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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


戦唄の奇跡

 鋼鉄の軍艦が夜の海に荒波を立てて進んでいく。
 その姿は星明かりを受け、まるで海の上を島が動いているような重圧を印象づけるものだった。
 船首に立つ女二人は険しい表情をしていた。
 なぜなら敵軍に圧されている友軍を迎えに行くところだからだ。沖からも陸地に沿ってかがり火が焚かれているのがわかる。拠点にしていた港まで敵が押し寄せてきているのだ。
 左目に慧眼を宿す藤田・あやこには陸地で何が起きているか、望遠鏡を使わずとも見えていた。相当な苦戦を強いられているのを見て黙っていられるあやこではない。親指の爪を囓り、愛用のミリタリージャケットを脱いだ。
「んもう、見ていられないわねえ」
 艶めかしい肢体を惜しみなく見せつけるようなボディコンは戦場に似つかわしくないが、これが彼女の戦闘服である。
 一方、横に立つ少女は苦笑しながらもやはり戦場に似合わないセーラー服姿である。しかも背中には天使のような翼が生えている。
「先に行くわ。玲奈ちゃんは全速前進でよろしく!」
「了解しました!」
 あやこの黒髪が風に逆らってふわりと浮かんだ瞬間、そこには蝶を模したような美しい羽が出現していた。透明で、鱗粉が夜空の星のように煌めくことでその形を保っている。幻想的な羽を広げてあやこは甲板を蹴った。視覚的にはふわりとしたゆっくりとした羽ばたきだが、あっという間に彼女は海上を駆ける光弾となった。
 見送りながらも三島・玲奈は自らの身体の一部である軍艦の速度を最大以上に上げ始めた。
 人外の女二人は、戦場へと乱入すべく最後の距離を詰めるのだった。

 絵本の中の妖精のように飛ぶあやこは聴いた者を惑わせる魔歌を歌い始めた。威力抜群のあやこの歌は時に武器になりうるのだ。
「いつか誰もふりむく別嬪になれるって
 通学路ペダル踏んで悟るの
 食パン咥え片手には缶コーヒー握りしめ
 エルフィンガール そこそこって何なのよぉ
 魔法のルージュを何本潰しても
 エルフィンガール 街角の妖精少女
 満月の貧血に奇跡はおきないわ♪」
 喉馴らしに歌う言葉が光の速さを超えて敵軍へ襲い掛かる。それはまるで光の雨で、友軍だけ綺麗に避けている。
「慎しみと恥らいこそが魅力だって男はほざくわ
 心底控えめな子はみんな底無し沼よ
 今はママのあやこも
 コギャルのままの玲奈も 皆爪を研ぐ
 エルフィンガール そこそこの妖精少女
 スカートの中には小型の核爆弾
 エルフィンガール あたしたち妖精少女
 流星のきらめきが宿敵の寿命なの♪」
 陸で戦う戦士たちには何が起きたのかわからなかった。突然の光の雨に敵味方混乱し始めたが、海面スレスレから急上昇し中空に姿を現した妖精の女王の姿に気がついたある者は歓喜の声を上げ、ある者は絶望を覚えた。
「あやこさんだ! 藤田・あやこさんだ!」
「なんだと!?」
「あのあやこ様か!? 歌姫あやこ様なのか!?」
 地上で戦う戦士たちの声に応えるようにあやこは紅い唇を震わせ魔歌を紡ぐ。
「光よ穿て 地に降り注げ
 敵には毒牙を 友には癒しを
 栄冠を戴くは勝者のみなり
 歌よ貫け 大地に響け
 敵には刃を 友には安らぎを
 栄光は我が頭上に輝けり♪」
 友軍を囲んでいた敵兵はあやこの歌に文字通り心を貫かれて魅了され、その場に崩れ落ちていく。そこへ軍艦の主砲が、祝砲のように鳴り響き着弾する。
「あっ、あれは玲奈号じゃないか!?」
「あやこ様に玲奈嬢だと!? 最強タッグじゃないか!」
 歓喜にむせぶ戦士たちはそれこそ数分前までの劣勢を吹き飛ばすように怒号を上げ、武器を握り直す。絶望に駆られ二度と故郷の地は踏めぬと諦めていた者たちの目にも希望の灯火が宿っていた。
「戦友諸君、今が好機だ! 行くぞ!」
 オォオオオオと凄まじい声に、必死で魔歌に耐えていた敵兵も怯まずにはいられなかった。

「さあ、あたしたちも加勢しますよ♪」
 玲奈の呼びかけに頷くことで応じたのは同乗してきたエルフの娘たちだった。あやこ程ではないが彼女たちもまた魔歌を使う。一人ではなく複数人で歌うことで声という糸を織り上げ軍艦を守る盾のフィールドを展開するのだ。
 そう、敵は陸上だけではない。
 海にもたくさんの戦艦が待ちかまえていたのだ。だが、玲奈は朗らかに唇の端を上げた。
「一気に形勢逆転します! 全砲展開、撃てぇええええ!」

 愛する者を守るために 歌いましょう
 愛する者を守るために 歌いましょう
 祈るように 祈るように 祈るように
 ララ ラララ ラ ラララ‥‥‥

 繊細な歌声をバックミュージックにしてあやこは大きく息を吸った。
「いつか誰もふりむく別嬪になれるって
 通学路ペダル踏んで悟るの
 食パン咥え片手には缶コーヒー握りしめ
 エルフィンガール そこそこって何なのよぉ
 魔法のルージュを何本潰しても
 エルフィンガール 街角の妖精少女
 満月の貧血に奇跡はおきないわ♪」
 すっかり形勢逆転した友軍の戦士たちはそれぞれ歓声を上げ始めた。
「歌姫ご降臨!」
「うおお」
「皆、玲奈号が奮闘中だと! 最後まで粘れ!」
「瞬殺で塗り替えかよ」
「すげえ」
「玲奈嬢かっけえ」
「さすがあやこさん!」
「L・O・V・E☆R・E・N・A! L・O・V・Eレッツゴーあやこ!
 L・O・V・E☆R・E・N・A! L・O・V・Eレッツゴーあやこ!」
 ラブコールまで上がり始める始末だが、歓喜という感情の波は魔歌の威力を跳ね上げる。
 あやこはノリノリで声を張り上げた。
「私はあやこ。猛き者は歴史に名を刻む好機ぞ。我と思わん強者は吾に続けぇ!」
 オォオオオオ!!!!
 そして、戦場に戦士たちの合唱が響き渡る。
「慎しみと恥らいこそが魅力だって男はほざくわ
 心底控えめな子はみんな底無し沼よ
 今はママのあやこも
 コギャルのままの玲奈も 皆爪を研ぐ
 エルフィンガール そこそこの妖精少女
 スカートの中には小型の核爆弾
 エルフィンガール あたしたち妖精少女
 流星のきらめきが宿敵の寿命なの♪」
 もはや敵兵は役に立たず全滅の様相だ。玲奈も味方の収容をし始めるが、ラブコールは中々やむことはなく、しまいにアンコールに応えあやこと玲奈のデュエットまで披露することになった。
 味方の戦士たちは肩を叩き合い、奇跡の形勢逆転を涙して喜んだ。
 伝説の歌姫と崇められ始めたあやこは怪我人の手当をしながら子守唄を歌ってやったりと、まんざらでもない様子だ。
 勝利の余韻に浸れなかったのはおそらく一人だけ。

「おか〜さんやりすぎ〜‥‥」
 派手すぎる母の行動に、藤田・あやこの愛娘は途方に暮れて頭を抱えるのであった。