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<東京怪談ノベル(シングル)>


月影の闘姫

 かつ、かつ、かつ――
 奇妙に大きく響く自らの足音を聞きながら、水嶋・琴美(みずしま・ことみ)は研究所の内部へと足を踏み入れた。もちろん油断するようなことはなく、けれども内面に溢れている圧倒的な余裕が現れた表情で、ゆったりと隅々まで眼差しを向ける。
 当然ながら、一応は大規模な製薬企業である以上、すぐさま見つかるようなところに非合法で、かつ非人道的な実験の証拠など、残っているはずもなかった。例えこの研究所が、公式には存在しないことになっている秘密裏の実験施設であったとしても、だ。
 だから慎重に、何一つ見落としのないように。下された指令はこの研究所を破壊することだ。その任務を遂行する為に、万に一つの漏れもあってはいけない。
 歩む琴美のシルエットを、窓から差し込む月の明かりが青白く照らし出しす。人目を忍ぶ施設としてはなんだか奇異な気もするが、研究所の建物には大きな窓がいくつも切り取ってあった。
 琴美の殲滅任務には、この研究所そのものの破壊工作も含まれている。どこに爆薬を仕掛ければもっとも効果的に、最小限の火力で最大限の威力を発揮させる事が出来るだろう。
 幾つか目星をつけながら、脳裏に刻み込んだ研究所の見取り図に補足を加えていく。任務前に提示された見取り図はもちろん完璧に覚えているけれども、見取り図そのままで出来上がっていることなど、こういった性質の建物ではほとんどない話だ。
 かつ、かつ、かつ、かつ――
 豊かな黒髪を靡かせ、蠱惑的な肢体に自信を漲らせながら歩く琴美の歩みを止めようと、時折、重火器を携えた屈強の男達が立ちはだかった。

「これ以上は進ません!」
「――そのセリフも、もう聞き飽きましたわ」

 ザッ、と。立ち並ぶ数人の男達を前にして、けれども琴美は上品なため息を吐く。研究所入り口を突破し、すでにこういった連中を幾度か撃破してきている琴美を前にして、すでに彼らに油断は見えなかったけれども。
 ふわり、舞うように音もなく廊下を蹴り、頭上を塞ぐ天井へと着地した。はっ、と目を見開き、慌ててマシンガンを構えようとする男と目が合って、艶やかに微笑む。

「ごめんなさいませね?」
「グア‥‥ッ!?」

 そうして次の瞬間には、可愛らしい口調でそんな謝罪を嘯きながらも、琴美は全身をしならせて天井を蹴り、その顔面にグローブに覆われた拳をお見舞いした。めり込んだ右手を支点にくるりと回転、男が手にしていたマシンガンを編み上げブーツの踵で蹴り飛ばしながら廊下に着地、そのままの勢いで次の男へと低い位置から回転蹴りをお見舞いする。
 グラリ、次の男がバランスを崩した。くすりと笑って肉薄し、グイッ、と豊か過ぎる女性の象徴を押し付けるように男の首に右腕を回すと、そのまま胸元に抱き込む要領で首の骨を折る。
 確かな手ごたえ。苦悶と、それ以外の何かの表情のまま事切れた敵を投げ飛ばして次の男のバランスを崩しにかかり、同時に最初に拳を叩き込んだ男に止めを刺し。
 優雅に、それゆえに無慈悲に、琴美が舞うたびに廊下に積み重なる死体が増えていく。罪悪感など、あるはずもなかった。
 ここで行われている非人道的な実験を、守っている時点で彼ら自身は実験に携わっていなくても、その実験に加担しているのと同じだ。否、恐らくはここで行われている実験を知っていてそれでも契約を続けている以上、むしろ積極的に関わっているといえる。

(それでなくともどうせ、後ろ暗いところのある方々なのでしょうし、ね)

 最初から数えてすら居ない、何人目かの男の大切な部分を容赦なくハイヒールの踵で踏み潰しながら、琴美はそう分析した。
 こんな企業と伝を持つくらいだから、元よりそう言ったアンダーグラウンドな世界に生きている男達なのだろう。とはいえ興味もないので、それを確かめる気にはなれないが。
 かつ、かつ、かつ、かつ――
 幾人もの敵に止めを刺し、的確に爆薬を仕掛けていく。途中、隠し扉から続く階段を下りて行った先で見つけた、実験の被害者達の骸と、まだ息のある被験者達も同様に、闇へと葬り去った――彼ら自身に罪はないが、この実験を明るみに出すわけには行かないし、何より彼ら自身がすでに、生き続ける方が苦しむであろう状態になっていたので。
 怒りは、覚えなかった。哀れみすら。それは人間として間違っているかも知れないが、琴美のような暗殺者には必要な事だ。

(ごめんなさいませね?)

 心の中でそっと呟いて、研究所を出る。すでに、敵は壊滅した。あとはこの実験施設を瓦礫へと帰すだけだ。
 遠隔操作のスイッチを入れ、素早く走り、距離を取る。胸の中で数を数え、起爆の瞬間に備えて耳栓を押し込み、研究所全体が見渡せる場所へと移動して。

 ――ドー‥‥ンッ!!

 地の底から響くような、重々しい爆破音が辺り一杯に響きわたった。それは琴美が計算した通りに、いくつも、いくつも、立て続けに鈍い音を響かせる。
 それに伴って、月光の下、白々とした容貌を誇っていた研究所が、大きくひび割れ、土煙を上げて地に沈んでいって。
 少し離れた場所からその様子を、じっと爆破音の数を数えながら観察するように見つめていた琴美は、彼女が仕掛けた最後の爆弾と、そこから誘爆するよう計算したエネルギータンクのひときわ大きな爆発音を聞き、ふわり、微笑んだ。
 離れた場所にいる琴美の所まで、激しい爆風が押し寄せ、彼女の豊かな黒髪や、申し訳程度に腰回りを覆うミニスカートをたなびかせ、全身をなぶり尽くす。

「任務達成ですわ」

 歌うように呟いた声色はひどく優しげで、浮かべた微笑はまるで聖母のように――否、くのいちの末裔たる彼女の出自と生業を考えれば、菩薩のように、とでも表現すべきか――慈愛に満ちていた。その惨劇を為したのが、他ならぬ琴美自身であるにも関わらず、だ。
 爆発は研究所自身を瓦礫に変え、そこに残してきた敵の骸をも押しつぶすだろう。研究の成果は跡形も残らず、新たな何かを発見することも出来ないはずだ。
 その様子に満足そうに髪をかきあげて、それから琴美はふと、ため息を吐いた。

「それにしても――あの程度の実力で、悪事を為そうなんて本当に、己の分というものをご存知ない方達でしたわね」

 彼女の失意に同意するように、大きなため息にあわせて着物の下の豊かな象徴が大きく、揺れる。決して琴美は悪事に賛成をしているわけではないけれども、何かを為すには力が必要なのだ。
 もちろん琴美の実力がずば抜けている事は、誇張でもなんでもないただの事実だけれども。彼女の前に敵として立ちはだかるほどの悪であるならば、もう少しばかり、歯ごたえというものを見せてほしいものだ。
 ふぅ、とまた大きなため息を吐く。けれどもそうした所で、敵がさらなる実力を備えて蘇ってくるわけでもない。
 カツン、とハイヒールの踵を鳴らして、だから琴美は崩壊する研究所に背を向けた。





 当然ながら、帰りついた基地にはすでに殆ど明かりもなく、月影の下にさやさやと大きなフォルムを輝かせていた。
 琴美はするりと建物の中に滑り込むと、そのまま人目を忍んで自室へと滑り込んだ。それから、ほっそりとした手をがっちり覆うグローブを脱ぎつつ、ちらり、姿見を見て軽く眉を顰める。
 お気に入りの戦闘服のあちこちに染み付いた、血の赤。それはもちろん琴美のものではなく、叩き潰してきた敵のものだけれども――だからこそ、クリーニング代くらいは奪ってくるべきだったでしょうか、と埒もないことを考える。
 とはいえ、特殊戦闘服であるこの衣装を、そこらのクリーニングに出すわけもないのだが――琴美はシュルリと帯を解きながらそう考え、くすり、そんな自分の思考に笑みを零した。すとん、と肩から落とした着物が足元にわだかまり、生地の海を作る。
 そうしてまずはスツールを引き寄せ、きっちりと編み上げたブーツを解きにかかった。太股に食い込むほどに編み上げたハイヒールのブーツは、戦闘中に万が一にも緩まないよう、全身の力を込めて締め上げている。となれば解くのもまた、一苦労だ。
 編み上げた紐を解き、くい、くい、と金具に掛けた紐を細い指先で丁寧に緩めていく。少しずつ、皮全体が緩んでいくにつれて足に痺れるように広がっていく開放感に、知らず、背筋を震わせた。
 無造作に脱ぎ捨てた編み上げブーツが、ころん、と無機質な床に転がる。それを白い爪先でひょい、と蹴り飛ばし、琴美は腰周りを申し訳程度に覆うプリーツスカートをそのまま、すとん、と脱ぎ捨てた。
 続けてぴたりと、太股を覆うように、そうして戦闘時の動きをサポートするべく軽い締め付けも入ったスパッツを、脱ぐ。何時間かぶりに外気に触れた、日の光を知らぬかのような真っ白な肌が、蛍光灯の光を艶かしく反射した。
 最後に上半身をぴたりと覆うインナーを脱ぎ捨てると、動きを阻害するような下着の類を一切身につけていない琴美は、生まれたままの姿になった。それに例えようのない開放感を覚えながら琴美は次に、自室に備え付けてあるシャワールームへと向かう。
 これから司令へと任務完了報告をしなければならないのに、汗まみれの姿で行く訳にはいかない。思い切りシャワーのコックを捻ると、途端、飛び出してきた熱い飛沫が琴美の肌を痛いほどに打った。
 念入りに汗を洗い落とし、豊かな黒髪に染み付いている戦いの跡を拭い去る。琴美の任務は、組織の中にあってすら極秘だ。この時間まで同僚が残っている事はまずないだろうが、それでも万が一に誰かに出会ったときに、違和感を与える訳には行かなかった。
 汗の匂いと、爆煙や硝煙の匂い。それに加えて、それらを拭い去るべく使用したシャワーの気配すら拭い落として。
 ふかふかのバスタオルですっかり水滴を拭い去った琴美は、彼女自身が脱ぎ捨てていったスーツへと着替え始めた。
 寄せて上げずとも十分に豊かさを誇る女性らしい胸元が、ぴったりとしたデザインのブラウスの下に押し込められて、抗議するようにその存在を強調するのはいつもの事だ。その上にさらに、ぴっちりとしたスーツの上着を着込むと逆に、体型を押し隠すどころか、女性らしいまろみをこの上なく強調してしまう。
 それは仕方のないことなのだが、と薄いストッキングを吐いた足をタイトスカートに差し込みながら、息を吐いた。たとえ任務を離れた時でも、いざという時のために動きやすさを追及してしまう琴美の服は、スーツに限らず、私服もミニスカートや、体にぴたりと張り付くデザインのものが多い。
 パンツスーツは、性には合わなかった。というよりは、デザイン性を重視したパンツスーツでは、逆に琴美の動きを阻害してしまう為、何かあった時には脱ぎ捨てて戦わなければならない、というとても恥ずかしい事になってしまう。
 するりとタイトスカートを引き上げて、ほっそりとしたくびれのあるウェストでホックを留めた。チーッ、とチャックを引き上げて、最後に前述の、ぴったりと身体に張り付くようなスーツの上着を身につけ、ボタンを留める。
 すると姿見の中に現れたのは、足元を踵の高いフォーマルなハイヒールに覆われた、ビジネスレディだった。化粧は、この時間に残っているなら残業メインのはずだから、少し疲れ目に。けれども、見苦しくはないように。
 だがそんな様子すら、琴美が装えば匂い立つような色香の方が先に目に付いた。どの様に押し隠そうとも、生まれ持った美貌や資質は、隠したその下から輝くように現れてくるものなのだろう。
 最後にもう一度だけ、自分の姿を姿見に写して確認してから、琴美はロッカールームを出た。そうして、ハイヒールのかかとを鳴らして向かった先は司令室。夜分どころか、すでに真夜中というにも遅い時間だったが、司令はまだいるはずだった。
 照明も落として、最低限の明るさしか残って居ない廊下を、歩く。廊下に伸びる長い影を時々視界に納めながら、辿り着いた先の重厚なドアを叩いた。

「入れ」

 誰何の声すらなく、ドアの向こうから響いた声に短く応えて、開ける。その向こうには大きな机があって、こんな時間であっても一糸乱れぬきりりとした姿の司令が、当たり前のように座っていて、何か書き仕事をしている。
 後ろ手にドアを閉めて、机の上に視線を落としたままの司令の前までまっすぐに進む。そうしてビシッと背筋を伸ばして背後で手を組むと、自然、琴美の豊か過ぎる女性の象徴を突き出すような姿勢になったが、気にしない。
 ひょいと、視線を上げた司令と目があって。

「殲滅任務、完了しましたわ。例えあの企業が瓦礫の中から何かを探そうとしても、決して見つけられませんことよ」

 そうして報告した琴美に、そうか、と司令は頷いた。頷き、手にしたままだった万年筆をカタリ、と置いた。
 それから机の上で両手を組んで、つい、と改めて見上げてきた司令の表情は、満足げだ。

「よくやった。水嶋‥‥どうだった」
「とても楽な任務でしたわ。あの程度の実力では、いずれ潰されていた事でしょう」

 くすり、と笑って琴美は司令の言葉にそう、答えた。琴美はこの司令の事を、心から信頼していた。例え傍から見ればどんな無茶に見える任務であっても、司令がそうせよと命じるならそれは必ず必要な事なのだと、琴美は心から信じている。
 また、そんな琴美のことを司令が信頼してくれているだろうことも、琴美は信じていた。だから絶対の自信を持って、司令の信頼に応えるべく、艶やかに唇の端を引き上げて微笑みながら、彼女は司令の眼差しをまっすぐ見つめ返す。
 そうか、とまた司令は深く、先よりもひどく満足げに頷いた。今回も司令の期待に応え、司令に下された任務をパーフェクトに遂行出来たことを改めて噛み締めて、琴美も本当に嬉しくなる。

「次も期待しているぞ。今日はご苦労だった」
「ありがとうございます。失礼致しますわ」

 だから深く頷きながらそう言った司令に、ビシリと凛々しく、けれどもそれゆえにどこか艶やかに、琴美は大きく礼をした。そうしてくるりと背を向けて、まだ司令の眼差しが自分の上にあることを感じながらまっすぐドアへと向かうと、そこでもう一度振り返って礼をし、外に出た。
 廊下にたゆたっていたひんやりとした夜気が、琴美の肢体を包み込む。それに一度だけ、大きく全身を震わせて、琴美は廊下を歩き出した。
 静まり返った廊下に、ハイヒールの音が響く。それは琴美に自然、今日の任務で何度も聞いた編み上げブーツのハイヒールの音を連想させ、あまりに他愛なかった任務の一部始終を脳裏に蘇らせた。
 琴美は戦闘狂ではない。彼女が幼い頃から身につけ、磨き上げてきた戦いの技術は任務のためであり、一族の宿命であり、性であった。
 けれども、或いはそれだからこそ、戦いは琴美の生きる術であり、生きる価値である。成長期を迎える頃からいささか豊満すぎるほどに女性らしく、年齢に不相応なほど妖艶に育った肢体は、はっきり言えば激しい戦闘任務や隠密行動には非常に不向きだが、それをハンディとせず、むしろ純然たる戦いの場においてすら有利とするだけの実力を琴美は持っていた。
 だから。

(次は、どんな任務なのでしょう?)

 ふと、琴美は足を止めて窓の外へと眼差しを向ける。常と何一つ変わらぬ街並み。すでにイルミネーションも消えつつあるそこにはまだ、琴美のあずかり知らぬ悪が、いずれ潰される運命とも知らず、今日も活動しているのだろう。
 それを、思った。司令は果たして、次はどんな悪を潰せと、琴美に命じるのだろう。その瞬間を思うだけで気分が高揚し、胸が高鳴った。

(どんな任務でも、必ず達成しますわ)

 艶やかに微笑んで、琴美は再びハイヒールのかかとを鳴らし、歩き出す。豊かで艶やかな黒髪が、後を追うようにふわり、舞った。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢  /     職業     】
 8036   / 水嶋・琴美 / 女  /  19  / 自衛隊 特務統合機動課

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

前回に引き続きまして、お強く華麗で可憐なお嬢様を目指させて頂きましたが、いかがでしたでしょうか。
今回は完結編と言うことで、文字数がすみません、かなり大変な事に‥‥orz
前回のノベルもお気に召して頂けたとのお言葉、本当に嬉しいです(ほく

ご発注者様のイメージ通りの、お嬢様のお強さや女性らしさの引き立つノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と