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<東京怪談ノベル(シングル)>


     A Mail Called For A Fellowship

 「海原(うなばら)さん、メリーさんからのメールって知ってる?」
 昼休み、みなもにそう声をかけてきたのは長く憂鬱な雨で暇を持て余したらしいクラスメイトの一人である。
 「捨てられた人形が電話をかけて近づいてくるっていう都市伝説のメール版みたいなんだけど。一度目はちょっと痛い思いをするだけで、見逃してくれるんだって。でも別れ際にこう言うの。次はあなたが捨てられる番だって。もう一度会った時は絶対に見逃してくれないみたい。メールボックスに真っ赤な写真付きのメールを一通残して、二度目にメリーさんに会った人は消えちゃうらしいよ。」
 毎日コンタクトレンズを使い捨てている身としては、一度目の”ちょっと痛い思い”がどれくらいかも気がかりなんだけど、とクラスメイトが不安そうに言う。それに小さく微笑みかけて、みなもは安心させるような柔らかな声音でこう答えた。
 「側溝に片足が落ちるとかボールが頭に当たるとか、そんなものみたいですよ。それにメリーさんは、まだ使える物を捨てる人のところにしか現れないと思います。」
 「そうなの? 海原さん、メリーさんについて詳しいんだね。」
 「たまたま人に聞いただけですよ。」
 みなもはそう言って曖昧な笑みを浮かべる。その言葉に嘘はなく、実際みなもはメール版のメリーさんについて、オカルト専門の探偵・雨達(うだつ)から詳細を聞いていた。
 もっとも、彼女がメリーさんに詳しい一番の理由はそのメリーさんと電脳世界で言葉を交わしたことがあるからである。電子メールとインターネットにすみかを変えた都市伝説「メリーさん」を調査していた雨達から助言を求められたのがきっかけで、都市伝説そのものに憑(つ)いた付喪神(つくもがみ)メリーさんの居場所をつきとめるべく、みなもの意識に同化している元携帯電話の付喪神の”みなも”と共に彼女と接触したのだ。
 その時にメリーさんは、長く使われた道具に宿る、あるいは捨てられた物が成る付喪神を自身の肉体という器に受け入れ同化しているみなもを見て何やら思うところがあったらしく、「今後は人間に対して手加減をしてもいい」と告げている。
 今のやり方がその結果なのだろうとみなもは考えていた。元の都市伝説である「メリーさんの電話」では、メリーさんに会ったが最後結末は語られないまま不吉な幕が下りるが、いたずら程度の不幸と警告が幕間に入るようになっている。それが彼女の言った「手加減」なのだ。
 「ところで海原さん、顔色が悪いけど大丈夫?」
 「え、そうですか? でも大丈夫です。あたしよりあなたの方が元気がなさそうですよ。」
 気遣ってくれたクラスメイト自身が気落ちしているように感じみなもがそう言うと、彼女はあははと乾いた声をあげて困ったように微笑んだ。
 「ちょっと友達とけんかしてね。好きな有名人が載っている雑誌だからってとっておいたらしいんだけど、わたしがそれを知らずに捨てちゃったの。あんまり怒るから、わたしもたかが雑誌にって頭にきて、それで謝る機会を逃しちゃったんだよね。顔も合わせづらいし、今さらだけどごめんねってメールを送ろうかどうしようか迷ってたところ。」
 「送った方がいいと思います!」
 暇を持て余していたというよりは誰かとおしゃべりをして気をまぎらわせたかったらしいクラスメイトに、みなもは真剣な面持ちでやや勢い込んで言った。友情や恋愛を大切にするみなもにとっては、仲違いなど見過ごせることではないのだ。彼女がメリーさんの話を持ち出したのも、雑誌を捨てたことをひどく気にしているからだろうとみなもには判った。
 そこで身を乗り出し、隣の席に少し肩を落として座っているクラスメイトを励ますように言葉をついだ。
 「今からでも遅くないですよ。休み時間が終わる前に送りましょう、ね?」
 「ええ? そんなすぐには勇気が出ないよ。もうちょっと考えてみるけど……それにしても海原さん、急に元気になったみたい……わたしもかな。」
 そう言ってありがとうと小さく笑ったクラスメイトは、
 「海原さんはバイトがんばりすぎだよね。」
 と冗談まじりに付け足し、みなもも軽く笑ってそれを受け流した。

 みなもは幽霊部員になるほど部活動もままならない多忙なバイト生活を送っている。この頃体調が優れないのも事実だ――しかし、その原因はバイトとは別のことにあった。
 電脳世界でメリーさんと接触した時、どういったはずみか付喪神であった”みなも”が持っていた能力の一部、電波の認知・操作が携帯電話を通すことで可能になったのだが、その能力を使いこなそうと練習しては体調を崩していたのである。その上、成果も芳しいとは言い難かった。
 「あたし、才能がないのかしら。」
 教室の窓を流れ落ちていく雨のしずくをぼんやりと見ながらみなもが心中でこぼした独り言に『何を言っているの。』とあきれたように口をはさんだのは、彼女の中のもう一人の”みなも”である。
 『限定的とはいえ”あたし”の能力まで使えるようになったのに。』
 「でも、せっかく新しいことができるようになってもそれを使いこなせずに振り回されている感じで、成長できていない気がするんです。」
 みなもは心の内側に反論し、ため息をついてひんやりとした窓ガラスに手を伸ばした。結露した水滴が細い指の上に落ち、するすると重力に逆らって何度かうずまきを描いたあと窓枠に着地する。
 水を操るのは人魚の末裔であるみなもが得意とする能力だ。
 『電波も水として認識――この場合は誤認と言った方がいいかしら?――できるようになれば、扱いも楽になるんじゃないの? 電脳世界での情報処理だってそうしてるじゃない。』
 「コンピュータの情報は0と1という”形”として感覚的に認識できるから、それを水に置き換えられましたけど、電波は見えないからうまく感覚がつかめないんです。それに……。」
 その先をみなもは言葉にしなかった。だが意識を共有している”みなも”には判ったに違いない、とみなもは思う。彼女がどのように新しい能力を持て余しているかということも。

 電波とは、3000GHz以下の周波数の電磁波のことである。そこには携帯電話がデータの送受信に使う周波数も当然含まれているが、ラジオやテレビ・衛星放送に利用される周波数も加わるため、「電波」というひとくくりで見た時のそこで扱われる情報量は、インターネットをはるかに超える膨大なものだ。
 ”みなも”が、そしてみなも自身が認知できるのはおおむねその「電波」と呼ばれる周波数の範囲内である。しかしそれを真っ向から受け止めるのは生身の人間には荷が重かった。
 高性能を誇る愛用の携帯電話をアンテナがわりに、拾える電波へと周波数を限定せずに意識を向けると、蟻のようにせわしく勤勉に行き交う情報の波が押し寄せる。そのさまを例えるなら、三百六十度、一分の隙もなく大隊を組んだオーケストラが大音量で交響曲を奏でながら、街宣車に乗って光速で迫ってくるようなものだ。目には見えないが、視覚以外の五感を突き破る勢いで絶え間なくくり返されるコンサートは常に大盛況で、みなもは幾度となく能力の練習中に卒倒した。”みなも”が周波数をしぼって調整すれば何とか意識を失わずにはすむが、”彼女”のように特定の周波数に乗った情報を読んだり、通信を妨害するなどという処理までは到底手が及ばない。せいぜい電波に乗って次々と流れてくる情報を個別に認識できる程度である。
 メリーさんは都市伝説という情報でありながら自らその形を変えてインターネットの海を自在に泳ぎ回っているというのに、もっとも泳ぎを得意としながら、みなもは人間ゆえに新しい世界ではうまく身動きがとれずにいる。彼女にはそれがどかしくもあり、メリーさんがうらやましくもあった。もっともその自覚はなく、ただそれが焦りとなって胸を叩くだけだったのだが。
 みなもは制服のポケットから携帯電話を取り出し、二つ折れになっている液晶画面を開いてアンテナが立っていることを確認した。それからちら、と隣の席で同じように携帯電話の液晶画面をにらんでいるクラスメイトに目を向ける。
 『面白いことを考えているわね。』
 みなもの思考を読み取って”みなも”が言う。
 「さっき電波を水と誤認するというのを聞いて思ったんです。ケリュケイオンと、逆鱗を使えばそれが可能なんじゃないかって。」
 みなもはそう言って携帯電話に意識を集中させた。
 ケリュケイオンと逆鱗は、みなもが常に持ち歩いている水を操る能力を補佐するアイテムである。前者は杖や全身スーツなどに形を変えることができる流動性の液体金属で、一定領域に霧散させ対象に混ぜればその対象物を「水」として認識し制御することができる。逆鱗はそういった水を扱う際の補佐をし、処理能力の強化に役立つものだ。
 携帯電話のアンテナが表示されているということは電波が教室内にも届いているということであるから、その電波にケリュケイオンを霧散させ水として認識できれば、先ほど水滴を操ったように電波や情報を制御することも可能になるかもしれない。
 そう考えてみなもは目に見えない電波を、洪水のようなノイズと情報の錯綜する世界の一部を、その手につかまえようと意識を伸ばした。
 ”みなも”に携帯電話の周波数に照準をしぼってもらい、そこに向けてケリュケイオンを広げる。そして水としての認知を、左目のまぶたに溶け込んでいる逆鱗で強化しながら行うのだ。
 みなもは意識の手をそろそろと伸ばし、ざあざあと音をたてている海に指先をひたすようにして電波の流れの一つをつかまえた。それに乗って隣のクラスメイトの携帯電話に滑り込む。携帯電話は電源が入っている間は基地局と頻繁に通信をしているので、そのやりとりにまぎれ彼女の携帯電話に接触することが可能だった。そこから小船のような未送信のメールをつまみあげ、パケットに詰めてそっと電波の海の中に落とし込む。するとそれは恐ろしいほどの早さで、宛先へと流れていった。
 みなもが確認できたのはそこまでである。何故なら、気を抜くと意識をさらわれてしまいそうな目まぐるしい情報の往来の中で的確に電波の流れをつかみ、混乱がないよう細心の注意を払って他の情報と情報の間に目的のメールをまぎれこませるという認知や操作は何とかできたものの、それを可能にしたケリュケイオンと逆鱗を使った負荷が大きく、気を失ってしまったからだ。
 みなもが目を覚ました時には放課後になっており、そばには保険医と隣の席のクラスメイトの姿があった。
 「突然倒れたからびっくりしちゃった。やっぱり体調が悪かったんだね。」
 そう言いながらもみなもが目を覚ましたことにほっとした顔を見せた彼女は、自分の携帯電話を指さし、何かのはずみで勝手に送信されてしまった友人への謝罪メールが思わぬ功を奏したことを告げた。もう怒っていない、という旨の仲直りの返信が来たというのだ。
 メールを勝手に送ったみなもにはおせっかいすぎるだろうかという懸念も多少はあったものの、こういったことに彼女は積極的であったし、あるいは”みなも”のみなもよりは少々過激で行動的な部分が出たのかもしれないが、どちらにせよ結果は悪いものではなかったようである。
 クラスメイトが友達と仲直りできたことを喜ぶみなもを彼女の中から見ながら、”みなも”は面白がるように独り言を呟いた。
 『あたしにはいつもちゃんと成長しているように見えるわよ。でも、このままどんどんいろんな能力を身につけて変わっていったらどうなるのかしら。人間がどんな風に”化ける”のか、とても興味深いわ。』



     了