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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


【食べられない悪夢】

 コンコンッ。
 戸を叩く音に草間興信所の探偵、草間・武彦が顔を上げた。
「バクがいないの〜! バクを探して〜!!!」
 突如訪れた依頼主。それは小さな女の子だった。
 手に鞭らしきものを持ち、頭に被った帽子が可愛らしい女の子は、草間の顔を見て頬を膨らませた。
「バクを探して!!」
 入ってきて早々同じ言葉を口にし、それからずっと同じことしか言わない。
 呆れて言葉の出ない草間に代わって、零が口を開く。
「バクって、あの夢を食べるバクですか?」
「そうだよ。バクは悪夢を食べてくれるの! でも、この前食べた夢が怖すぎて、お腹を壊してから食べてくれなくなっちゃったの! それで家出しちゃって……」
 うるうると女の子の目に涙がたまってゆく。
 それにうろたえたのは零だ。
 彼女はオロオロと視線を彷徨わせた後草間を見た。
「探して――」
「却下」
 即答された言葉に口をパクパクさせる。
「そもそも、バクが夢を喰うなんてお伽話じゃねえか。話になんねえ――っあだ、ッ!」
 草間の頭を強烈な何かが殴り飛ばした。
 床に転がるように椅子を飛び降りた草間を、女の子が物凄い形相でにらみつけている。
「あっちだって、人間になんかあ頼みたくねえだ! けんど、じい様が頼め言うから来てやったんよ!!」
 突然物凄い訛りを発揮した少女に、目をパチクリさせる。
「に、人間って……まさか……」
 草間の表情が引き攣る。ここのところ避けようと思っても舞い込む怪奇依頼。
 その全てを断りたい勢いな草間に追い打ちをかける声が聞こえてきた。
「あ、言い忘れてましたけど、この子夢の番人です」
「夢の番人?」
「神様みたいな存在です」
 にっこり笑った零に草間はガックリとその場に項垂れた。
 こうして迷子の夢喰い動物、バク探しが始まるのであった。


 ◇ ◆ ◇


 静まり返った興信所の中で顔を合わせる2人。
 夢の番人と草間興信所の主、草間武彦は、先程まで同じ口論を繰り返していた。
 そして現在は、水掛け論に疲れて黙り込んだ所だったりする。
 そもそもここに、唯一この場を納められるであろう零がいないのも、静けさを招いた原因の1つだろう。
「……何処まで菓子を買いに行ってるんだ」
 やれやれと息を吐き、短くなった煙草の火を消す。
「そもそもどうやってバクを探す。当てなんてないだろ」
 そう言いながら長々と紫煙を吐き出し、彼は大仰にソファに肩を沈めた。
 その姿に夢の番人が頬を膨らませる。
「なんて人間だが! あっちのバクは優秀だが!」
「優秀つったって、居なきゃ意味ねえだろ」
 本日何度目の溜息だろう。
 新たな煙草を手に憂鬱気に視線を逸らした時だ。
 不意に冷たい風が入ってきた。
「バクさんは悪夢に吸い寄せられるのですよ。と言う事で草間サンお休みなのです」
「――なっ、お前またッ!?」
 そう叫んだのも束の間、不意に襲ってくる眠気に、草間の体が傾いた。
「ッ……何、しやがっ…た……」
 ドサリ。
 ソファに崩れ落ちた草間を視界に留め、窓から侵入を果たした少女は、服に付いた汚れを払うと、赤の瞳を夢の番人に向けた。
「あんたさ、誰だべ?」
「アリアはアリアネス・サーバントと言うのですよ。話は聞いたのです」
 ニコリと笑んで窓を閉めるアリア。
 その姿は何処か手慣れており、夢の番人は呆気にとられたように目を瞬くと、彼女の目がアリアの手元に落ちた。
「悪夢を見る為の薬草を調合してきたのです。ティーのアドバイス付きなのでぐっすり眠れるのですよ」
 言って、薬草を持った手を見せると片目を瞑った。
 そんな彼女の言うティーとは、彼女の契約した悪魔の愛称だ。天文や薬草、そして宝石にも詳しい存在の言葉であれば、確実であることは間違いないだろう。
 何より、アリア自身がそれを信じているのだから、間違いない。
「今頃は、借金取りに追われる悪夢でも見てるはずなのです。アリアとしては、無防備な姿を晒すのは遠慮したいですのですよ」
 彼女はそう口にして、草間が眠るソファとは反対側の、夢の番人が座る隣に腰を据えてカードを取り出した。

  * * *

 その頃、草間はと言うと――
「か、勘弁してくれっ!」
 事務所のドアノブを掴んで必死に抗議している真っ最中だった。
 ドアを激しく叩く音と、後ろから聞こえる銃声にタダならぬ危機感を感じる。しかも相手は1人ではなく、2人――いや、それ以上いると見て良いだろう。
「何だっていきなりこんな押しかけてきやがるんだ! 零、零は何処に行った!」
 自分よりもこうした対応が得意であろう存在を探すが何処にもいない。
 それどころか僅かに空間がオカシイ。歪んでいるような、儚げな印象を受ける。しかし、そのことに完全な疑問を持つより早く、ドアの音に引き戻された。
『草間さーん、居るのはわかってるんですよー。もう期限がとっくに過ぎてて、そろそろ湾に沈めようかって話も出てるんですよねー』
 如何しましょう?
 そう問いかける声に「ひいいいいい!」と悲鳴しか出ない。
 もう何が何だかわからない。これならいっそ出てしまった方が楽ではないか。そう自棄になりかけた時だ。
『な、なんだ、このヘンテコなのはっ!』
『うああああ、腕が、腕がああ!』
 ただならぬ気配に、草間の目が見開かれる。
 そして開けたドア。その先に居たモノを見て、彼はまた目を見開いた。

  * * *

 興信所の中に響くカードを捲る音。それを耳に、夢の番人は繰り広げられる占い結果を眺めていた。
「人間とは面白い生き物だべ。こんなんで何がわかるんだ?」
 夢の番人――人間ではない者には、占いと言う物はイマイチわからない感覚なのかもしれない。
 だがアリアは言う。
「占いとは人の心や内、運勢や未来など、直接見る事が出来ない物について判断するものなのです」
「直接見る事が出来ないもの……?」
「アリアは、カードや星を使って見えない物を詠むのですよ」
 そう言って、反した最後のカード。それが示す結果を見て、彼女は夢の番人を見た。
「番人さんは、バクさんが姿を消した原因は怖い夢を食べたから――そう言ったのです?」
「んだ。バクは、怖い夢を食べた後、怖がって別の夢を食べてくれなくなっただ。ほんで、あっちが無理矢理食べさせようとしたから……」
「本当にそうでしょうか」
「へ?」
 アリアの声に夢の番人の目が上がる。
 その目は何かを期待し、そして何かを疑う目。占いを頼りに彼女の前に現れる者と同じ目だ。
「番人さんは、本当にバクさんに戻って来て欲しいのですか?」
 全てを見透かすかのような瞳に、夢の番人は眉を潜め、静かに視線を落とした。
 その表情は何かを思い詰めているかのようにも見える。アリアはカードを彼女の前に置くと、俯いた顔を覗き込んだ。
「番人さんは、バクさんの嫌がる事をしたくない。そう思っているのですよ。でも、バクさんに悪夢を食べて貰わないと困る。とも、思っているのです」
 カードが示すのは、夢の番人が抱える葛藤。そしてそれに気付いたバクの葛藤。互いの気持ちに気付いていながら、合わさる事の出来ない心。
 カードはそれらの行き違いと互いの想いを示している。
「バクさんは、番人さんの為に居なくなったのですよ」
「あっちの、ために……」
 でも、それなら何故、何も言わずにいなくなったのか。
 その言葉を呑み込んだ彼女の肩を叩き、アリアはカードを閉じた。
「答えは悪夢の中にあるのです。アリアが見守る形で行ってくるのです」
「え?」
「きっと今頃、草間サンがバクさんと対面してる筈なのですよ」
 そう言って笑って見せたアリアに、夢の番人は目を瞬き、苦しげに眉を寄せて眠る草間に目を向けた。

  * * *

 夢の番人は、アリアの助けもあり、難なく草間の夢の中に入る事が出来た。
 見覚えのある興信所内。
 そこに怖い表情でソファに座って腕を組む草間と、申し訳なさそうにしゃがみ込むバクがいる。
「……神様みたいな存在でも人間みたいなことがあるんだな」
 面戸くせぇ。
 そう呟き、草間は息を吐く。
 目の前のバクは動物園でも見たことのある姿のまま鎮座している。正直、今が夢の中でも、更に夢を見ている気分になってくる。
 そもそもバクが人語を解し、人語を喋る事自体オカシイのだ。
「ご主人様には申し訳ないと思ってるであります。我輩が悪夢を嫌うばかりに御迷惑をおかけし……、っ…うぐ、えぐっ」
「あ゛ー……動物が泣くな、泣くんじゃねえ」
 勘弁してくれ。そう額に手を添えた時、彼の目の前に小さな存在が飛び出してきた。
「あっちのバクを虐めるでねえ!」
「ああ?!」
『草間サン、動物虐待は駄目なのですよ』
「っ、この声はっ――」
 まるで頭に直接響くような声に草間の眉が寄った。
 きっと、この夢のような空間と現在の現象を作り出した原因に思い至ったのだろう。
 彼は大仰に息を吐くと、ヒラリと手を振って見せた。
「……もう会えたんだろ。さっさと人の夢から出てけ」
 言って、彼女たちを追い払ってしまう。
 そしてその時を見計らって、アリアはとっておきの占術を繰り広げた。
 星を詠み、人の夢の中をほんの少しだけ弄って動かす。そうして紡ぎ出したのは、夢の番人とバクだけが存在する美しい星の世界だ。
 紺色の空一面に広がった、大小様々な星。そこに浮かぶ月は少しだけ赤み掛かっていて現実離れして綺麗だ。
「……綺麗だべ」
 夢の番人は思わずそう呟くと、バクの頭を撫でた。
 そこに優しく穏やかな声が響く。
『アリアの監視付きで良ければ、沢山遊びに行くのですよ』
「……遊びに?」
 神様に近い存在である事。
 そして、悪夢を食べ人に良い夢を届ける役目がある事。
 それしか見えていなかった彼女にとって、アリアの言葉は予想外の物だった。
 幼い少女の外見通り、彼女は夢の番人としても経験が浅い。それが故に知らない事も多い。
 それは仕事だけではなく、肩の力を抜き、たまには遊ぶこと、息抜きをすることも、彼女はまだ知らない。
「あっちは、遊んでも良いんだべか」
「じい様が昔、言ってたであります。楽しみがあるから、辛いことも乗り越えられるんだって。我輩も頑張りであります。なので、その……」
 思わず口籠ったバクに、夢の番人の目が向かう。
 そうして2つの目が合うと、彼女たちは互いに笑い合い、全てを理解した。
「一緒に頑張るべ」
「了解であります」
 そう言葉を交わした2つの影の頭上で、星が1つ流れた。
 アリアはその星に密かな願いを掛け、そしてこの夢を閉じた。

  * * *

「報酬があるなら、アリアは力を貸すのです。何処かに行きたい時はアリアをよろしくなのですよ」
 彼女はそう言うと、草間興信所の窓から外に出て行った。
 その様子を見送り、夢の番人とバクは顔を見合わせる。そうして互いに笑い声を零すと、彼女たちも草間興信所を後にした。
 そこに残された興信所の主である草間は、やっと静かになったと息を吐く。
「もう悪夢はコリゴリだ」
 フッと口角を上げて囁き、彼はそっと瞼を閉じ、別の夢を探しに眠りへと落ちて行ったのだった。
 そう囁いてアリアは穏やかに微笑んだ。

 END


=登場人物 =
【8228/アリアネス・サーバント/女性/16歳/霊媒師】

=ライター通信=
こんにちは、朝臣 あむ(あさみ あむ)です。
大変お待たせいたしましたが、リプレイの方をお届けいたします。
少しでも楽しんで頂けたなら嬉しい限りです。
この度は数あるOPの中から選んで頂き、本当にありがとうございました。