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<東京怪談ノベル(シングル)>


最終兵器戦艦は女子高生


「髪、出産、男運。女としてのそれらを君から奪ったのは、まさしく国家の必然なのだよ! 徴兵や強制備蓄と同じ。誇りに思いたまえ」
「胸もね……」
 朗々と謳う技術者の言葉に、三島・玲奈(みしま・れいな)は重々しい溜息を吐いた。





 長く、真直ぐな黒髪をなびかせる少女。紫と黒のオッド・アイが目を引くその風貌は、何処か神秘的でもある。一見して、美少女といえる――そんな己の容貌は、玲奈にとって皮肉でしかなかった。
 全身の毛がなく、長い黒髪はウィッグ。体型も、あまり女性らしいとはいえない。服の下には、人間では持ち得ない翼や尻尾がしまいこまれている。
 玲奈は、IO2戦略創造軍情報将校。――通りの良い別の通り名は、最終兵器戦艦。





「誰に承諾を得てこんなことしたってのよ! この身体はあたしのものじゃないの? 国のものってワケ? ふざけんじゃないわ!」
 勝手に改造されたことに対して、玲奈は常に立腹していた。無理もない。自分の身体を好きに弄くられて、快く思う者もそういまい。
「玲奈ちゃん、落ち着いて」
 担当者の茂枝・萌(しげえだ・もえ)が玲奈をなだめる。しかし、玲奈の怒りは収まらない。
「ウィッグかぶらなきゃならないわ、尻尾隠さなきゃならないわ、胸は無いわ……『人間』として見るならとんだ欠陥品じゃない。どうせ改造するなら、中途半端に女のカラダなんか残すんじゃないわよ!」
「玲奈ちゃん……」
 意図的に残された、純粋な乙女心。これが、逆に玲奈を苦しめている。
「まったく、何を嘆いているのだね君は!」
 そこへ、玲奈をこんな風に改造した所属の技術者が現れた。年の割に高いそのテンションを前にすると、逆に玲奈のテンションは下がる一方だ。
「嘆くこと、それこそが嘆かわしい! 君は素晴らしい存在なのだぞ。国に感謝こそすれど、恨み節を口にするなど理解しかねる」
「いや……」
 玲奈はげんなりした顔で小さく呟き、重々しく溜息を吐いた。言葉もない、とはこのことか。
 肩を落とし、諦めたように瞼を伏せる玲奈。担当者の萌は、そんな彼女の様子に、ううむと首を捻った。





 IO2の研究所の一室。
 玲奈がメンテナンスに入り、残った萌はひとり、映画を観始めた。といっても、娯楽の目的ではない。
『何を嘆くというんだ。僕の身体は確かに機械だけど、好きでこうなった訳じゃない。両親を殺した機械を討つために、こうするしかなかったというだけ』
 選ぶ作品は、機械の身体に改造された人間を題材に取り上げたもの。せっかくだからと頼んでみた宅配ピザをつまみながら、ぼんやりと鑑賞している。
『こんな……こんな身体、むなしいだけだ』
 そのスタイルは確かに遊んでいるようだが、そんなつもりはない。萌は、玲奈のことを理解したいと思ったのだ。
『限りある命は、不老不死より素晴らしい!』
 けれど実際に改造されたことのない萌には、理解しようとも想像し難い。その上辺すら、掴めるものか怪しいものだ。だからまずは、フィクションとはいえ幾つかの事例を見て、検討してみようと思った。
「何だかなあ……」
 だがしかし、小さく呟く。黙々とピザを口に運ぶその瞳は、つまらなさそうに画面を見つめていた。
 ひとまず一作目を見終えると、気を取り直して、用意していたもうひとつのディスクに交換する。先程の主人公は男性だったが、今度は玲奈と同じくらいの年頃の少女だ。こちらの方が、参考になるかもしれない。
『あのね、あたしっ……』
 少女の身体が、人のそれからかけ離れたものへと変わっていく。機械の身体が成長し、人間から機械へと『完全に』変態を遂げるのだ。
『……なんでもない』
 少女は、恋人に自分の本当の気持ちを伝えようとした。けれど、それは呑み込んでしまった。恋人の少年が、自分の身体に恐れを抱いていることを感じてしまったから。
『ばいばい』
 だから笑顔で手を振り、別れを告げる。それを観ていた萌は、やはり呆れたような顔で、ピザの最後の一切れを飲み込んだ。
「何やってんのこの彼氏。人外が彼女でもいいじゃん」
 ふう、と小さく息を吐き、DVDを停止する。玲奈の気持ちを、玲奈の悲しみを理解したくて。そう思ってこのような映画を観たけれど、どうにも釈然としなかった。
―――だけど、ちょっとだけ思ったこともある。
 機械に改造された人間、を、どうしても『可哀想な存在』にしたいらしい。わざとらしいほどに悲観的に見たり、ヒーローに祀り上げたりする。そういう存在と、玲奈を、結びつけることは出来なかった。
 やがて、メンテナンスを行っていた玲奈が戻ってくる。何も身に纏わず、ぺたぺたと裸足のまま。全身から一切の体毛を失くし、代わりに背から人工羽毛翼を生やした玲奈は、何も映していないような瞳で項垂れていた。
「次は、どうするの?」
 そう尋ねる玲奈は気落ちしているようで、やや勢いをなくしていた。メンテナンスをする間は、否が応にも改造された自分の身体と向き合う。肉体的にも精神的にも、少し疲れてしまったのかもしれない。
「あなたのモノを見に行こう」
 萌は、そう提案した。玲奈は眉を僅かに動かしたが、黙って頷く。そんな感情の変化は、見なかったことにした。
―――だってね、何を悲観することがあるっていうんだか。
 そう思う、のだ。玲奈は、玲奈ではないか、と。
 玲奈にとりあえず服を着させて、ふたりが向かったのは格納庫だった。巨大な翼と甲殻類を彷彿とさせるボディの軍艦が、天上から吊るされている。彼女の細胞から培養した、戦艦だ。
「あの虫みたいなのがあたしそのもので、この身体は操り人形よね」
 滑稽だわ、と自嘲気味に玲奈が笑う。もうどうでもいい、と開き直ったように床に胡坐をかいた。
「だめだよ、玲奈ちゃん。むしろ、その逆なんだから」
 萌が眉を上げて、叱るように玲奈を見上げる。
「玲奈ちゃんの世界はこんなところだけじゃないんだよ。人間社会で暮らすなら、お洒落しないと!」





「玲奈ちゃん、今までこんなの着てたの?」
 ショッピングセンターを訪れ、試着室で玲奈の着ていた補正下着を見た眉は目を丸くした。ぎゅうぎゅうに翼を押さえつけたそれにより、翼も傷ついてしまっている。
「だって、こんなの隠さなきゃいけないし……」
「これはよくない。今の世の中、もっともっと良いものがあるんだよ」
 ちょっと待ってて、と萌が試着室のカーテンを閉める。戻ってきた萌は、幾つか服を手に持っていた。
「はいっ、まずはこれ。スクール水着にブルマです。水着なら伸縮性があるから、その下着よりは翼に優しいよ」
「そう……なの?」
「ま、着てみようよ。あ、あとこれもね」
 はい、ともう一つ手渡して、玲奈を試着室の中に残して再びカーテンを閉める。戸惑っているのか、少しの間は試着室の中も静かだった。が、やがて衣擦れの音が聞こえてくる。観念したのか、着替えた玲奈がやがてカーテンを開けて出てきた。
「うん。玲奈ちゃん、よく似合うよ。具合はどう?」
「確かに、割と楽」
 玲奈は、背中を気にするように試着室の鏡を見ていた。スクール水着とブルマの上から、萌に渡されたセーラー服を着ている。
「これ、女子高生の制服? あたし、こんなの着ていいのかな」
「そう、立派な海軍さんの制服だよ」
 私からプレゼント、と、萌。玲奈は、目をぱちくりと瞬いた。
「あたし……軍艦?」
「うん。軍艦の……ふつうの女子だよ」
 玲奈は、玲奈なのだから。その想いは、彼女に伝わるだろうか。玲奈は困惑したように、その瞳を揺らす。
「髪がなくても?」
「なくても」
「胸もなくても?」
「私もないし。……何が悪いのっ」
 何を言わせるのか、と萌が眉をひそめた。玲奈は構わず、彼女の言葉をじっと考えている。
「うん……そっか」
 それは、氷の塊が溶けるように。玲奈の表情が、少しずつ笑みにほころんでいく。
「そっかあ……!」
 からん、と。吹っ切れたように、玲奈は笑った。





 それから玲奈は、だんだんと明るくなっていった。
「もー! ほんっと、許せない! ヒトのこと改造しといて、何なのあの言い草!」
「玲奈ちゃん、機嫌直して。お茶でもしに行こう」
 憤慨しては、萌になだめられるのも常。ふたりは、行きつけの喫茶店へと足を運んだ。
「こういうとこ見られたら、言う人は言うかもね。戦艦がパフェ食べていいの? って」
「戦艦が喫茶店で好きなもの注文してちゃ悪いっての?」
 ふたりの頼んだいちごパフェとチョコレートパフェが運ばれてくる。少しばかりからかうような含みを持たせた萌の言葉を軽くいなして、玲奈は目を輝かせた。
「いいのよ!」
 玲奈は満面の笑顔で、美味しそうにチョコレートパフェを頬張った。





《了》