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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜光あれ 我が世界よ〜


 日曜日の昼下がり。
 それは、何の変哲もない、平和な午後だった――1分前までは。
 三下忠雄と三島玲奈(みしま・れいな)は、コーヒーがおいしいと評判の喫茶店で、のんびりと休日を楽しんでいた。
 とりとめもない会話、そしてある意味どうでもいい話が続く、穏やかな時間だ。
 玲奈が、最後のクッキーを真っ白な皿からつまみ上げた時、「それ」は起こった。
「何、あれ?」
 窓際の客が、ガラスを通した向こう側に目をやって、不穏な声を辺りに響かせる。
 突如、無数の機影が上空を覆い尽くした。
 そのとがった先端から白い閃光が発され、ビルがへこみ、崩れ始めた。
「きゃああああ!」
 客は一斉に悲鳴を上げ、店外へと逃げ出した。
 玲奈と三下も彼らと共に外へと走ったが、閃光がきらめくたびに崩れて来るビルのがれきに、運動神経がまるでない三下が押しつぶされそうになった。
「う、うわ、うわああ!」
 情けない声をあげ、三下が頭をかばった。
 その身体がふわっと宙に浮き、「えっ?」一瞬の間に安全な場所に下ろされる。
 地面に足がついてほっとした後、三下は誰が自分を助けてくれたのかと周りを見渡したが、そこには逃げ惑う人々と、もうもうと煙をあげるがれきしかなく、救助者の姿は一向に視界に入って来なかった。
「そ、そうだ、玲奈ちゃん?! 玲奈ちゃん、どこですか?!」
 不意に我に返り、三下は玲奈の名を呼ばわった。
 だが、人々は三下の声に反応するどころか、自分の身を守るので精いっぱいで、誰も玲奈の行方を教えてはくれなかった。
 三下は力がぬけた足を引きずりながら、震える声で玲奈を呼び、あたりを探した。
 しかし結局、玲奈の行方は、まるで神隠しにでも遭ったように、杳として知れなかった。
 
 
 
「どうやら首相は真実をご存じないようですから、我々はここで重大な発表を国民の皆様に申し上げたいと思います!」
 野次や怒号が飛び交う霞が関・国会議事堂で、マイクの前に立ったのは最大野党の自立民意党の若手議員だ。
 与党・環境党の相次ぐ失政に、彼らの気炎は最高潮だ。
 声を張り上げ、彼はある事実を高らかに宣言した。
「開発省所有の宇宙線は、虚無の境界製です! 証拠はここに!」
 設計図を掲げ、彼は議会の面々、特に与党の重鎮たちに向かって唾を飛ばして断言した。
「政府はあの宇宙船を『平和研究』のためのものだと説明してきた! その実態はテロ組織製だったのだ!政府はこの重要な事実を隠ぺいしていた! これが世界中にどんな災厄を引き起こすか、首相はご理解していると思うが?!」
 一気にざわめく議会の中心で、首相は青ざめ、側近たちも顔色を失っていく。
 いつかはばれることではあっただろう。
 だが、それは今ではなかった。
 首相は額から落ちる汗をぬぐおうと、ポケットからハンカチを出した。
 ここから挽回はできるだろうか。
 ゼロに近い勝率の賭けに挑もうと、彼はのろのろと自分の席を立ち上がった。
 
 
 
「玲奈ちゃーん! どこにいるんですかー?!」
 機銃掃射の中、三下は身の危険も顧みず――というか、実際には現状があまりわかっていないだけだったが――玲奈を探し回った。
 通り抜けた道らしき隙間には、負傷者が大勢倒れていた。
 空には大量の機影が存在し、閃光と爆風が辺りを席巻している。
「玲奈ちゃーん! ごほっごほごほ!」
 三下は風から身をかばいながら、咳き込みつつも玲奈を呼ぶ。
 喫茶店を出た時にはいっしょにいたのに、すぐに見失ってしまったのだ。
 きょろきょろとせわしなく辺りを見回していると、三下の視界に、ひとつの影が映り込んだ。
「鳥…?」
 大きな翼が目に飛び込んできて、三下は何度も目をまばたきながら、鳥のように見える大きな影を凝視する。
 その鳥が、くるりとこちらを振り返った。
「あれは…」
 よく見ると、人の形をしていて、破れたセーラー服とブルマを着用している。
 しかも、その長い髪と顔貌は、三下のよく見知った物だった。
「君は玲奈ちゃん? 玲奈ちゃんだよね!」
 こけつまろびつしながら駆け寄る三下に、鋭い、だがどこか悲哀を感じさせる言葉が投げつけられた。
「見ないで三下さん」
 がれきの上を跳躍し、玲奈は上空の敵に向かって、無数のミサイルを放った。
 ビルを粉砕した光と同じものが、敵機を紙くずのように撃ち落として行く。
 玲奈は三下を振り返らなかった。
 片足できれいに放物線を描きながら50m先に跳躍すると、瞬く間に爆風の向こうへと消えて行った。
 
 
 
 元首官邸では、首相が文字通り頭をかかえて悩んでいた。
 各国からは、明後日の日の出までに宇宙船を解体すれば攻撃を止めるという最後通牒が届いている。
 もし解体できなければ、日本は地殻破壊ミサイルによって、海の藻屑と消えるだろう。
「どうすればいいんだ…」
 玲奈はかなり国家に貢献した。
 今まで黙秘を続けていたのはそのためだ。
 だが、彼女を脅威だと思う国々との戦争は避けなければならない。
 首相は迷っていた。
 そんないとまなど、もうないはずなのに。
 
 
 
「こんなことが…本当に…」
 何とか戦火を逃れていた白王社編集部で、三下は一通のメールを受け取っていた。
 先ほど別れたばかりの玲奈からのメールである。
 そこには事情説明と彼女の願いが綴られていた。
 メールにはこう書かれていた。
「あたしは明後日朝までの命。最期まで人として在りたい。だから、結婚して欲しい」
 ぎゅっと三下は携帯電話を握りしめた。
「玲奈ちゃん…」
 いつもは冴えない編集部員だが、ここで彼女の願いに応えないなど男がすたる。
 誰一人として自分のことを「男」だと認めてくれないとしても――それが純然たる事実である――、今できることをするだけだ。
 三下は編集部を飛び出した。
 そして、彼女の指定した場所へとがれきの山を越えて行った。
 
 
 
 待ち合わせ場所には玲奈がいた。
 彼女は別れた時と同じように、破れたセーラー服から天使の翼をのぞかせ、ブルマ姿でそこに立っていた。
「三下さん、あたし…」
「い、いいんですよ、何も言わなくて」
 メガネをずり上げ、どもりながらも笑顔で三下は片手を玲奈に差し出した。
「ちょっと遠いですけど、行けますよね?」
 ふたりが向かった場所は人里離れた別荘だった。
 殺伐としたこんな夜に、別荘地を訪れているのは自分たちぐらいだろうと玲奈は可笑しく思った。
「じ、じゃあ、入りマショウカ、オ、オクサマ」
 壊れたロボットのように緊張しながら、三下が玲奈を別荘の中へ招き入れる。
 敵の攻撃で電気の通わない中、ろうそくをともしての新婚ごっこ――たとえそれが一時の幸せでも、玲奈には一生分の幸福だった。
 何度も笑顔を見せてくれる三下に玲奈は感謝と喜びを心の中で伝えながら、ふたりの夜はふける。
「ありがとう、三下さん…」
 翌朝、三下に告げたとおり、玲奈は眠る三下にあいさつして、手を祈りの形に組んだ。
 その身体が空気に透け、きらきらと光だけが天に昇っていく。
 だが、彼女が消える前に、地殻ミサイルは日本に向けて発射されていた。
 すべては虚無の境界の策略だったのだ。
 天から地上を見下ろし、丸坊主、水着姿の天使、玲奈は神々しい笑みを浮かべて、ミサイルを黄金の光で撃ち落とした。
 その光が地球をやさしく包み込み、明け方の陽光と溶け合う中、玲奈は全世界にこう言い放った。
「私は、皆の守護女神なのです!」


〜END〜