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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.8 ■ 人の価値 ■


 何度も嗅いだ事のある独特の煙草の香りが、勇太の理性を目覚めさせようとしていた。空中に浮いている念によって造られた大きな槍が消失し、勇太は何も言わずにじっと武彦を見つめていた。その瞳に生気がない事から、武彦は瞬時に操られている事に気付いた。
「勇太、戻って来るんだ! お前の意志はそんなにヤワじゃないだろう!」
「……う…」勇太が突如頭を押さえながら蹲った。「…ディテ…クター…!」
 その場から瞬時に武彦の目の前へとテレポートをした勇太は武彦の銃口が自分に向いているにも関わらず武彦を吹き飛ばした。武彦は宙で翻し、すぐに銃を勇太へと向ける。が、勇太の周りには球体の何かが漂っている。球体の一つが武彦目掛けて飛ぶ。
「なんだ…!?」咄嗟に横へと飛び、球体に直撃を避けた武彦は球体の正体を確かめるべく、自分のいた位置を見つめ、思わず絶句した。とてつもなく重い何かが地面を砕いた様な形跡がある。
「…“重力球≪グラビティボール≫”」勇太の周りを漂っている歪んだ球体が次々に武彦目掛けて飛んでいく。武彦はそれらを横へと飛び、寸前の所で避ける。
「チ…、どうなってやがる…! あんな能力持ってない筈だってのに…!」武彦が銃を構え、勇太の腕を目掛けて三連発撃つが、全て勇太の身体を避ける様に軌道を変えた。「…成程、空間を操って重力を歪めてやがるのか…。自我も葛藤もなくなって、研究されていた幾つもの力が目覚めつつある…。やがては完全に無慈悲な兵器にでもなるって事か…!」
 武彦は焦っていた。IO2という組織の独特の考え方が武彦を焦らせる。そう、最悪の場合は潜入部隊は殲滅されたと考え、シルバールークを使った爆撃の可能性がある。そうなれば、自分や勇太はともかく、鬼鮫は生きて出られない可能性すらある。爆撃される前にIO2へと連絡をするつもりだったが、今の勇太はそこまでの余裕を与えてはくれない。どうしたものか考えながら、勇太の攻撃を避ける武彦を勇太は容赦なく攻撃し続ける。
「…っ! なるほど、そこが弱点か…!」勇太の攻撃の緩急のタイミングに気付いた武彦は自分の動きを勇太の呼吸に合わせて緩急をつける。すると、勇太の攻撃はさっきよりも浅く、武彦の動きに全くついて来れなくなっていた。


          ――突如、武彦の時計がアラームを鳴らす。
                「しまった…!」


 けたたましい爆音が鳴り響き、建物がぐらぐらと大きく揺れる。天井からは埃が落ち、照明が揺らされている。次の瞬間、壁面が爆風と共に破られ、鋼の身体がその姿を曝した。
「チッ、おい!撃つな――!」
 武彦の制止も虚しく、シルバールーク改Dが放ったミサイルが数発一斉に周囲へと散らばる。

               『――ダメだ!』

 勇太の眠らされている自我が強く発せられる。瞬間、勇太は鬼鮫の目の前へテレポートし、爆発のダメージを背に受けながらも鬼鮫を抱えて姿を消した。武彦もまたその瞬間を目の当たりにしながら爆風によって身体を吹き飛ばされた。



――「…ここは…?」
 鬼鮫が目を覚ます。そこには背中を怪我し、庇う様に自分にもたれかかっている勇太の姿があった。おぼろげではあるが戦闘中に何があったのかを憶えている。鬼鮫は勇太の身体をどかし、立ち上がった。
「…チッ、自我を失くしてると思えば、俺を助けやがるとは…」握り締めた刀を鞘へと収め、鬼鮫は倒れている勇太を見つめた。「…にしても、ここは何処だ…?」
 鬼鮫が周囲を見回す。どうやらここはさっきまでいた研究施設ではない様だ。周囲にあるのは沢山の木々だけ。だが見覚えがない訳ではない。そんな事を考えている時、不意に鬼鮫のポケットに入っていた携帯が鳴り始めた。
「…ディテクターか」
『鬼鮫、無事か?』電話越しに声をかけてきたのは武彦だった。『勇太…、あのガキは?』
「ガキは生きてる。とは言え、背中には酷い傷が残っているがな」
『さっきの爆風か…。良いか、そのガキは殺すなよ』
「フン、お前に言われなくてもこんな虚無の人形相手じゃ興醒めだ。何の為だか知らねぇが、俺を助けて気を失っている奴の隙を突いて殺す気などない」
『良し。何処にいるか解るか?』
「…ここは――」


「――公園? 最初にガキと会った所か?」武彦が走りながら電話越しに尋ねていた。
『あぁ…。今は俺も力の後遺症でロクに動けねぇ。とりあえずこのまま林の中でガキを見張っておくぜ』
「解った、俺も今向かっている所だ」
 武彦が携帯を切り、公園へと向かって更にスピードを上げて走り出した。シルバールークが動き出したのであれば、上層部は徹底的にこの機に虚無と戦うつもりだろう。勇太を助けるには、鬼鮫が気変わりしてくれている今しかない。武彦はそう思っていた。走っていると、ふと自分の携帯電話が鳴っている事に気付いた。
「もしもし?」
『ディテクター。IO2情報部です。どうやら無事だった様ですね』事務的な女性の声が受話器越しに聞こえる。
「何だってんだ? 俺は今急いでいるんだが…」
『標的、工藤 勇太の生死は解りますか?』
「生きてる。どうやら洗脳されている様だがな。それがどうした?」
『了解しました。では、上層部の指示を伝えます。工藤 勇太を確保し、一度戻って下さい。逆洗脳を施し、虚無の盟主を討ち取らせる為に潜入させます』
「どういう事だ…!」思わず武彦が足を止めて尋ねる。「能力によって洗脳されている人間は脳に負担がかかっているケースがある! その上から更に洗脳なんてすれば、勇太は――!」
『――ディテクター、仰る意味が解りません』
「何だと!?」
『工藤 勇太は既に虚無に堕ちた者です。利用出来るのであれば、利用する。出来ないのであれば処分する。これは今までにも例外なく行われてきた“判断基準”です』
「――…っ!」
『上層部の判断は以上です。ディテクター、指示の遂行は絶対です』
「――…か…?」
『はい?』
「人は道具かって聞いたんだ! アイツは傷付きながら、傷付けたくない人を傷付けさせられている…。挙句の果てには捨て駒にしろだと…? フザけるな!」武彦は携帯電話を切り、電源を切って再び走り出した。
 解っている事だった。IO2という組織も、虚無の境界という組織も、お互いの戦いには非情であるべきだ。その為に勇太を使い、二重スパイとして利用出来る可能性があるなら、知らない人間ならば武彦だったそういう判断をしていたのかもしれない。だが、武彦と勇太は既にお互いを知っている。武彦は勇太をそんな駒として扱う事は出来ずにいた。





『起きなさい…』
 突如勇太の目が開き、勇太が立ち上がる。背中に怪我をしている上に、慣れない能力の乱用。既に身体は悲鳴をあげているだろうと言うのに、勇太の表情は相も変わらず無表情のまま、ただ何処かを見つめていた。
「勇太!」
 立ち上がっている勇太を前に、武彦がようやく辿り着く。あまりにも傷付いたその姿は痛々しくすらある。鬼鮫は何も言おうとはせず、ただ勇太をじっと見つめながら刀の柄へと手を添え、構えた。
「…ディテ…クター…」勇太の目が真っ直ぐ武彦を捕らえ、ゆっくりと歩き出す。鬼鮫が刀を抜いた瞬間、武彦が鬼鮫へと叫んだ。
「辞めるんだ、鬼鮫! そいつは俺が止める!」
「…フン、好きにしろ」鬼鮫は刀を構えたまま勇太を見つめるが、勇太はただ真っ直ぐに武彦へと歩み寄る。鬼鮫の存在すら忘れている様だ。
「勇太、今度こそお前を止めてやる…!」武彦が銃を構えると同時に、勇太が重力球を周囲に作り出し、更に右手を空へと掲げ、念の槍を空中に生み出した。が、身体が悲鳴をあげているせいか、空中へと生み出された念の槍はゆらゆら揺れながら消失し、重力球も不安定に動きを見せている。
「辞めろ、勇太…。もう限界なんてとっくに越えている…」
「命令を…守る…!」
「気付いているんだろう!? 能力の使い過ぎで身体に負担がかかれば、お前は気を失う!」武彦が声を張り上げる。
「…命令を…!」勇太がテレポートを開始し、早々に武彦との距離を詰めた。「重力球!」
 武彦は不意を突かれるが、どうにか後ろへ飛ぶ事でダメージを軽減させ、致命傷を避けた。が、勇太の上空から幾つもの念の槍による雨の様な連続攻撃が武彦の身体を襲う。威力そのものは落ちてはいるが、まともに喰らえば致命的だ。武彦は横へと転がりながら体制を立て直し、銃を構える。
「…勇太ぁぁぁ!」三連発の早撃ち。武彦が最も得意とする攻撃だった。しかし、勇太はテレポートですぐに位置を撹乱し、武彦の背後へと回りこんだ。
「切り裂け…!」勇太が刀を振る様に手を振り下ろす。武彦は咄嗟に横へと飛び、直撃を免れるが、コートの一部がまるで鋭利な刃物で切られたかの様に裂けた。避けつつも武彦が勇太の腹へと蹴りを入れた瞬間だった…。



          ――『俺を殺して…、草間さん…』


「…っ!」
 どうやら勇太の思念がテレパシーの様に漏れ出している様だ。触れた瞬間に聞こえてきた、勇太の本心。刹那、ミサイルが武彦の頭上を通り越え、勇太へと襲い掛かる。勇太はミサイルを空中へと吹き飛ばし、上空に大きな重力球を作り、その中で爆発させた。
「…勇太、お前…」
 身体を傷付かせながら、それでも戦わせられているのに、爆発によって誰かが巻き込まれたりしない様に空の重力球の中で爆発させる事で飛散する事を避けている。背中の傷も、能力の乱用も自分にとっては不利にしかならないと言うのに、勇太は洗脳されながらも人を守ろうとしている。武彦はその事に気付いていた。
 武彦は何も言おうとはせず、携帯を取り出し、IO2へと連絡を入れた。シルバールークの爆撃を止めさせた。


          ――「勇太、俺がお前を救ってやる…」


                               Episode.8 Fin