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<東京怪談ノベル(シングル)>


+ 灯り一つともす、願い +



「じゃ、良いクリスマスを♪」


 そう口にし、片手を振って俺はその場を立ち去る。
 依頼を終えたのはまだかろうじて太陽が昇っている夕方四時。これならなんとか間に合うと俺は心を浮き立たせながら目的地に向かって歩を進めた。


 本日はクリスマス。
 街はカップル達が楽しそうにいちゃついていたりするけれど、そんなのは俺には関係ない。俺にも今日くらい逢いたい人が居て、今から逢いにいける――それが嬉しくてたまらない。
 途中の花屋さんでクリスマスローズの花束を購入して、それに鼻先を寄せて香りを嗅ぐ。うん、大丈夫。「あの人」の好みそうな花だ。
 ねえ、喜んでくれるかな。
 笑って受け取ってくれるかな。
 笑ってくれるならどんな風に笑ってくれるかな。


「出来れば特別制の笑顔がみたいんだけどね」


 花束を大事に抱えながら歩いて進む。
 だがふと視界の端に「危険」を見つけて俺は思わずそちらへと駆け出した。


「間に合えっ!」


 横断歩道を歩く老人が信号を無視してきた車に轢かれそうになっている光景に眉根をひそめる。走っているだけじゃ間に合わない。そう瞬間的に判断した俺は僅かとはいえ老人までの距離を縮めるために自身の超能力の一つであるテレポートを使う。そして「ひぃっ」と怯え身を固める老人の身体をしっかりと抱きしめると、あくまで自然に若者が助けたと見えるように車ぎりぎりの距離まで移動した。
 はぁはぁ、と息が零れる。車を運転していた若者は窓から顔を突き出し、こっちに中指を立てて何か暴言を吐いてるけど、そんなのは無視だ。今は目の前の老人の方が大事。


「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。すまんのう、ありがとう。よければお名前でも」
「や、俺、今すっげー急いでるんで! じゃあな、じいちゃん。今度は轢かれないよう気をつけてね!」


 老人は何度も俺に頭を下げてお礼を告げてくる。だけどそれよりも時間の方を優先したくて俺は走り出す。


「きゃあああ!! マンションから子供が落ちて――!!」


 その声をきっかけに人がそのマンションの方へと視線を向ける。それは俺も同様。何階建てのマンションかは咄嗟の判断じゃ判らなかったけど、子供は確かにベランダのフェンスを乗り越え、柵に両手を引っ掛けてぶら下がっている。今は両手で必死に掴んでいるがバランスを崩して落ちかかっている時点で落下は時間の問題。しかもその場所はかなり高い。やがて子供は力尽き、両手を離した。
 いち早く動いた人間が子供の落下地点まで走っていく。だけどその速度じゃ間に合わない。俺は片手をかざし、必死にその先に力を込めた。


「どうか、助かれっ!!」


 子供が背中から地面に叩きつけられそうになったその僅かな時間だけ、俺はサイコキネシスを使用して子供の落下速度を緩める。そして駆けつけた人間の腕の中にぎりぎり収まったのを確認してから力を止めた。
 速度を減少した分だけダメージは軽減されるだろうが、それでも受け止めた人間は多少苦痛に満ちた表情を浮かべながら、「子供は無事だぞー!!」と叫び、子供を地面に下ろした。子供はうりゅっと涙を浮かべ泣き始めるが、それは確かに無事な証である。
 その瞬間、人混みから歓声が湧き上がる。俺はほうっと息を吐き出した。
 喜びを分かち合いたいのは山々。
 しかし俺が細工したのはばれるわけには行かないので大人しくその場を立ち去る。


 腕時計を見ればまだ走ればなんとか間に合う時間。あの人と逢える時間、だ。
 だけどクリスマス様、いや、神様。イエス様。
 一体どうして――。


「ふぇええ、お母さん。どこぉおー!」


 ……今度は迷子の子供かよ!!


 ねえ、神様、イエス様。運命の女神様。
 どうして聖夜というのに俺にはトラブルが付きまとってくれるんですか。
 乾いた笑いを浮かべながら空を見上げる俺。だけど性格上、困っている人を見捨てられない。俺はふぅっとため息を吐き出しながら周囲に迷子の女の子を探している人がいるかどうかテレパシーで探す事にした。



■■■■■



 結局目的地に着いたのは指定時間を大幅にオーバーした夜。
 面会時間を示す看板の文字が今は胸を締め付ける。
 目的地は――俺の母親が入院している精神科の病院だ。あと少しで逢えたというのに空しく閉ざされた扉が憎い。


 あれから何度か「困っている人」を見つける度に俺は救いの手を差し伸べてきた。いや、そういうと大事に聞こえるけど、ちょっと手助けをしてきただけだ。風船が木に引っかかったのを見つけたらさり気なく持ち主のところまで飛ぶように仕掛けたり、道に迷っている人が居たらテレパシー能力を使用してその人に「直感的に場所が閃く」形で案内したり……と。こんな事をしているから面会時間に間に合わなかったのだと、肩をがくりと落とし内心では落胆してしまった。


「ま、今日くらいはいいよね」


 次の瞬間、俺の姿は消え、ある病室へと現れる。


「母さん」


 一人用の病室、そのベッドの上でその人は寝転んでいた。
 時間を見やれば消灯時間が過ぎた午後十時過ぎ。病人であれば寝ている人がいても可笑しくない時間帯だった。消灯された暗い室内でも街の明かりが窓から僅かに零れ入り、俺には母さんがはっきりと見えた。


「ごめんね、遅くなって。これ、クリスマスプレゼント」


 トラブル続きのせいで僅かに草臥れてしまった花を花瓶に生けながら、俺は「俺」の事を認識していないベッドの上の住人に声を掛ける。前に見舞いに来た時より少し痩せた気がするのは光が少ないせいでいつもより明確に顔が見えないせいだろうか。それともまた発作でも出て物が食べられなくなってしまったのだろうか。
 今度ちゃんとした時間に見舞いに来れたら看護師に母の状態をしっかりと聞こう。


「メリークリスマス」


 相手の睡眠を邪魔しないよう、そう一言静かに伝えた。
 けれど衝動的に湧いた心の空虚を埋めるように母の手に己の指先をそっと乗せすぐに離した。それは「触れる」というには足りない接触で、体温すらもわからない。


 ふと、母さんの目が震えた。


「……母さん?」


 声を発する事はしなかったけれど、母さんはゆっくりと上半身を起こしそれから眠たそうに一度だけ目元を擦った。
 そうしてから自分の方へと顔を向けて――微笑んでくれた。


「母さん……」


 笑っているね。
 今日も笑ってくれるんだね。
 その表情が何を意味しているのかわからない。
 でも母さんはいつだって笑っている。
 心が壊れてしまった人間は、まるで人形のように一定の表情を保つと聞いた事があるけれど、母さんの場合はそれは笑顔の仮面だったのかな。


 ああ、笑っているね。
 笑ってくれて……いるんだね。
 その心の中にはもしかしたら恐怖があるのかもしれないのに。


「花、生けたよ」


 ズキン、と胸が痛む。
 母さんは花瓶の方へと首を向ける事でその意味を理解したのか、少し目を細め顔を伏せた。再び顔を持ち上げてきた時にはまた笑顔。
 ずぅっと、笑顔。
 なのに、俺は泣きたくなった。母さんの表情がいつも貼り付けている笑顔、……だったから。


「ねぇ、俺とデートしよっか?」


 黒い感情を吹き飛ばしたくて俺はそう進言する。
 自分の着ていたダウンジャケットを母さんに着せると彼女はまた笑った。だけどそれも特別のものじゃない。看護師に世話して貰った時に見せるような、そんな反射的な表情だった。
 だって彼女の目は俺を見ていない。俺と言う「子供」をまだしっかりと認識してくれていない。だから俺は母さんに罪悪感を抱く。それと同時に支えてあげたい気持ちも湧いた。


「ちゃんと掴まっててね。――大丈夫、五分で帰ってくるから看護士さん達にも見つからないよ」


 自分よりも細く軽い彼女を背中におぶり、俺はすぅっと息を吸い込む。
 一気に夜空へとテレポートし、そしてその場所で二人で空中浮遊。母さんはくす、と小さく笑った気がした。今彼女は背中にいるからその表情がどんなものなのかは判らない。
 だけどあの笑顔じゃないと良い。
 不安や罪悪感や責務に押し潰されて、壊れてしまった人間の「笑顔」じゃなければいい――俺は、街の明かりを見下げながらそう考える。


「きれいねぇ」
「うん、綺麗だよね」


 今宵はクリスマス。
 家族が、恋人達が、友人同士でなど多くの者達が楽しく騒ぎ、幸せを共有する日だ。あの光一つ一つに幸福が詰まっていて、それらは決して同一ではない。


「いつか、あの灯りの中に俺達も交じれる様になれるといいよね」


 心から母さんには笑って欲しい。
 幸せを身体中で感じ取って欲しい。


 いつだって貴女の幸せを祈っている自分だけど、どうか。
 神様――この日願うこの思いはどうか叶いますように。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1122 / 工藤・勇太 (くどう・ゆうた) / 男 / 17歳 / 超能力高校生】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、クリスマスネタ有難う御座いました!
 今回は前半はトラブルギャグ?、後半はしっとりとという発注を意識して欠いてみましたがいかがでしょう。
 今夜の願いがどうか叶いますよう、心から願います。ではでは。