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<東京怪談・PCゲームノベル>


まだらイグニッション! そのさん。



「やった! やったぞウテナ!」
 歓喜の声をあげる主に、ウテナは笑った。
「ですねですね! さっすがですぅ!」
 ウテナに褒められて気分がさらに高揚したのか、控えめな発言ばかりだった少年が頬を赤く染める。
「おまえのおかげだよ……。いつもボクを励ましてくれて……導いてくれて」
「そんなことないですぅ!」
 照れるウテナは首を傾げつつ、微笑んだ。その可愛らしいしぐさに少年はどきりとしてしまう。
 心臓が早鐘をうった。
 その少年の背後には、巨大な影が立っている。彼は気づいていない。気づいて――――。

 ウテナは大泣きしている。バーチャルの世界の空に向けて、ひたすら嘆いている。
 悲しい。かなしい。
 感情をむき出しにして泣いているウテナの背後には、同じようにあの大きな影が立っている。振り上げられた鎌が、大きな動きで振り下ろされ。

***

<ウテナのパラメーターを確認>
 鎖に縛られているウテナは瞼を閉じている。狭い室内に響いているその声が耳に届いているかすらわからない。
 声だけが響いている。
<プレイヤー・マサルはクリア直前で脱落>
 身じろぎ一つしないウテナだけが、スポットライトを当てられていた。しかし、光があふれ、部屋の中が照らされたそこには、鎖に縛られた少年や少女たちがいる。
 全員、アラビアンナイトを彷彿とさせる衣装に身を包んでいる。髪型も肌の色も、違う。
 ビーッ、と音がした。
<フレイムのパラメーターを確認>
 スポットライトが別の人物に移ると、ウテナの姿は、いや、他の者たちは闇の中に溶け込むように消えていく。
 褐色の肌の少年は、鎖に吊るされているような姿だ。
<プレイヤー・メリサは火の国で脱落>
 ……………………………。

***

 少しずつウテナの使い方を、理解していっている気はする。エミリア・ジェンドリンは、横に立つ無表情のウテナをちらりと横目で見遣った。
 また、だ。またここに来てしまった。
 なにもない。広がるのはただの大地。草ばかりが目立つ、草原と言ってもいい。
 見渡す限り、だ。
「ここは?」
「ここは『地の国』です」
 前回手に入れた鍵はない。しかしここに、次のステージいくための鍵があるとは思えなかった。誰もいないのだ。
 アイテムらしきものも見えない。風に揺れることもない草原は、ただ不気味なだけだ。
 隣のウテナをもう一度見る。液晶モニターに表示されていたウテナのカードは、鎖でがんじがらめになっていた。
(……面白半分じゃ済まなくなってきているのかもしれない)
 そもそも「絆」がマイナスになるということは、なにかしら自身に落ち度があったのだ。
 前後の会話を思い出しても、ウテナに全面的に頼るという発言が問題……だった?
「…………」
 じーっとウテナを見ていると、ウテナがこちらに視線を遣ってくる。今までの経験からして、こういう時は敵から攻撃を受けていることが多い。
 身構えるエミリアはウテナが口を開くのを見ている。
「エミリアは」
「こ、攻撃?」
「……攻撃は受けていません」
「…………」
 構えを解くエミリアは、小さく息を吐いた。
 ここで発言をしては、またペナルティを食らって絆の値が落ちるかもしれない。
 うかがっていると、ウテナはじっとこちらを見てくるだけだ。
 ふいに、ウテナの視線が動いた。すぐ横を、まるで見えない何かが通り抜けるのを確認するように。
「ウテナ? なにかいるの?」
 敵だろうか? 敵の姿はそもそも見たことがない。エミリアはこの世界の『敵』をそもそも視認したことがないのだ。
「他のプレイヤーが通過しました」
「!?」
 ぎょっとしてエミリアは周囲を見回す。草を掻き分けて進んだ痕跡も何もないというのに?
「説明して、ウテナ。私には他のプテイヤーの姿が見えないんだけど」
「……」
 まさかのエラー、とか?
 今までのことがあるだけに、応えてくれる可能性は低い。あれこれ考えてはみたが、このゲームはそもそも故障しているし、ウテナにもその影響からか制限がかかっているようなのだ。
「見えていないのですか?」
 尋ね返された。
 これもまた初めてのことなので、エミリアはきょとんとしてしまう。
 つまり。
(ウテナは、私が他のプレイヤーが見えていないことを知らなかった……?)
 つまり、初期設定ではプレイヤー同士は見えていることになっているということ?
 それはそうだろう。オンラインゲームで、他のプレイヤーの姿が見えないゲームというのはプレイヤーを一人に絞った場合のものに限る。
 多人数参加型の『CR』にそれは当てはまらない。
(そういえば『CR』は、閉鎖されていたゲームだったわね)
 このあたりにも謎がありそうだ。
 ん? とそこで気になることができた。
 他のプレイヤーも自分と同じならば、エミリアの姿は相手には見えていないことになる。では、『誰』がエミリアを攻撃していたのか?
「……ウテナの他にもカードはあるのよね」
「あります」
 即答だった。どうやらこの問いかけは大丈夫だったようだ。
(む、むずかしいわね。どんなものがあるの、とか訊いたらエラーとか言われそうだし)
 ペナルティのこともある。
 そこまで考えて、エミリアは「あ」と気づいた。
 心を閉じている相手のようだ。その人物に接する時の雰囲気と似ている。
 それはそれで、エミリアにはかなり難しい。控えめで閉鎖的な心の持ち主は、エミリアの対極になるからだ。
(あら?)
 ぱちぱちと瞬きをして、エミリアはウテナを見る。
 対極?
 ああでは。
(積極的に接したら、そりゃ……まずいわよね)
「ゆっくり進みましょう。なにがあるかわからないわ。敵の攻撃があったらすぐに知らせてくれると助かるわ、ウテナ。でも無理はしないでね」
 いつもだったら言わない最後の一言。
 たった一言を添えるだけで、ウテナの真横にステータスが表示された。ずらっと並んだ文字と数字。
 絆の部分が、0に戻っている。赤く明滅しているが、マイナスからは脱したようだ。
(気遣いそうな旅になりそう。でもそれだけじゃないわよね……)
 ウテナは一番最初に「エラー」を多く口にし、本人もなんだか不調のようにどもったりすることがあった。
 このゲームには何かある。閉鎖する原因が。
 閉鎖しているはずなのに、こうしてエミリアが参加していることにも謎があるのだから。
「エミリアは」
 唐突にウテナが口を開いた。
「攻撃を受けています」
「えっ」
 いきなり!?
 しかし周囲にはなんの変化もない。それが逆に不気味だった。最初のように突然、ということもある。
 身構えて待つが、なにも変わったところなど……ないように見えるが?
 怪訝そうにしてウテナを見ると、彼女のあちこちが焼け焦げたようになっている。衣服も肌も。
「ウテナ!?」
「ウテナのカードを使いますか?」
 なんのことはないように、ウテナが尋ねてくる。
「どういう攻撃なの!」
 急いで訊くと、ウテナが沈黙してしまう。……まただめか。
「索敵スキャンにかかりました。攻撃は『侵略』の能力を使用。ウテナのカードを使いますか?」
「あと何回使えるの!」
 急がなければ。おそらくウテナが好調の時に続けて尋ねなければまた出会った頃のように、エラーが出てしまう。
 ウテナは押し黙る様子もなく、続けて口を開いた。
「ウテナのカードはあと5回使えます」
 5回!
 なんという少なさだ! ここで簡単に使えば、残りは4回となる。だが武器となるものはウテナしかない。
 歯がゆい世界にエミリアは顔をしかめる。楽しめればいいと思っていた。けれども。
(いつも勝手にログアウトしてるけど、もし……もしよ? 負けたらどうなるの?)
 予想しなかったことだ。2回とも無事に帰還しているのでそこまで考えてはいなかった。命が奪われないとは思うが、もしも何かがあったら……。
(たぶんウテナは『わからない』)
 問いかけには「エラー」と応えるはずだ。
「エミリアのターンです」
 まるで催促をするように言ってくるウテナを、エミリアは凝視する。
 この世界はなんだ? 何に攻撃されている? ウテナはどうなっている? 侵略?
 侵略……。
「つ、使わないわ」
 決断をすると、ウテナの火傷が一気に増えた。正しい選択だと、己を戒める。
 ウテナは能力カードだ。カードを攻撃されているのならば、相手の攻撃数を減らせばあるいは……。
 もしくは、この世界から脱出する鍵を手に入れれば。
「エミリアのターンです」
「……っ」
 攻撃数を増やせないのだろうか?
「カードを使う回数は増やせないの?」
「絆の数値があがれば増えます」
 それではだめだ。遅すぎる。
 鍵だ。それを探すしかない。
「ウテナのカードを使うわ。対象は」
 前回は「世界」そのものを反転した。では今回は。
「この草原」
「…………」
 黙ってしまうウテナは、どうやら能力を使ったらしい。緑豊かな大地はあっという間に荒れ果てる。
 枯れ果てた大地はひび割れ、ひどい有り様だ。
 ウテナの視線が一直線にある場所を見ている。
「他のプレイヤーがいるのね!?」
「います」
 端的に応じるウテナが、指を示す。その場所を。
 カード能力はもう使ってはならない。今回は。
 荒れ果てた大地で一箇所だけ、水が湧き出している。おそらく鍵はアレだ。
 駆け出したエミリアは、敵の姿が見えない。敵はウテナを狙っている。ならばエミリアを狙うことはしないはずだ。きっと……!
 水の湧き出る場所には無事に辿り着き、屈んでその場所に手を突っ込む。あった! 鍵だ!
 腕を抜いて掌を広げる。そこには錆びた鍵がある。
 風景が一瞬で変わった。あの巨大な扉の前だ。
 なにが……?
 困惑するエミリアは、立ち上がって見回す。一面、真っ白だ。
 スタート地点? まさか、一からやり直せと?
「ウテナの絆が1、あがりました」
 無傷のウテナが、真横に立っている。彼女は続けて言う。薄く、笑って。
「エミリアは次の世界への鍵を手に入れました」

 笑った?
 そう思った刹那、エミリアは目を覚ました。
 目の前にはやはり、パソコンの液晶画面。そこにはまた、ウテナのカードが表示されている。
 いつもと変わらない、囚人のようなウテナの姿。ほかのカードもそうなのだろうか?
「次の世界……」
 いくつのステージがあるのだろう? そして旅を終えた先に、謎は明かされるのだろうか?



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8001/エミリア・ジェンドリン(エミリア・ジェンドリン)/女/19/アウトサイダー】

NPC
【ウテナ(うてな)/無性別/?/電脳ゲーム「CR」の能力カード】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、ジェンドリン様。ライターのともやいずみです。
 絆が1、あがりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。