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<東京怪談ノベル(シングル)>


総力戦丁沖・絢爛怒涛祭

 薄暗く、血生臭ささの拭えない部屋だった。ちらちらと、壁にわずかに掲げられた蝋燭のほの暗い明かりを映し出すのは、磨き抜かれた大きな水晶柱だ。
 炎がゆらり、揺らめくたびに水晶柱が、妖しく部屋の中を照らし出す。照らし、また闇に戻り、また照らす。
 キィ、と小さな啼き声が、した。からん、とそれに併せて乾いた音を立て、崩れ落ちるのは髑髏の山だ。それはまがまがしい血色に彩られ、今まさにここで誰かが血潮を流したがごとく、塗れたように光っている。
 キェ〜、と今度はいささか大きく、だが弱々しさを秘めた啼き声が、水晶柱に木霊した。からから、と髑髏が幾つも崩れ落ちると、その中から異形の悪魔が姿を見せる。
 悪魔――或いは宇宙人、と形容するのが正しいのかもしれない。禿頭に、明らかに人間のものではない尖った耳を持ち、のっぺりとした顔についた双眸はギョロリと大きいそれを、どう呼ぶかは見た者の感性によって分かれるだろう。
 その宇宙人、或いは悪魔は身を震わせて、揺らめく蝋燭の炎を見つめ、キェ〜、とまた啼いた。それにあわせて背中のぶよぶよした鰭状の2つの肉塊が、醜悪に蠢いた。
 ――果たしてそれが、かつて藤田・あやこ(ふじた・あやこ)と呼ばれた女性のなれの果てだと、いったい誰が想像できただろう? 否、それが女性であるという事すら、わずかに身につけた女物のパンツに気付かなければ、想像すら及ばないに違いない。
 あやこは、起き上がる気力ももはや残っていないようだった。いったい彼女の身の上に何があったのか、かつての彼女を知る者ならば誰もが首を傾げることだろう。
 水晶が、蝋燭の炎を妖しく映し出す。そこにはくすんだ文字でこう書かれてあった――「はっちゃけあやこさん。参拾撥度煽情の壊佛壱」。
 きぃ、とあやこは弱々しく啼いた。それに気付いたかのように、水晶柱が不意に、過去のあやこの姿を映し出す。
 懐かしむようにギョロリとした双眸を瞬かせ、悪魔は映し出された過去をじっと見つめた。





 最初に変化が訪れたのは、サンフランシスコ沖だった。突然現れた謎の巨艦――舳から見ると桑の字に見える、逆三角形の帆を3つ連ねた巨大な船。
 それは突如現れたかと思うと、ゆっくりと方向を転換して、日本へと進撃を始めた。その様子を見つめていたのは、当のサンフランシスコ港を擁するアメリカのみではない。IO2もまた、あらゆる情報網でつぶさにその様子を観察していたのだ。

「責任を取る必要があると、思わないかね?」

 IO2が擁する軍事法廷に引き出され、拘束された状態で、居並ぶ軍人達にそう告げられて、あやこは唇を噛みしめた。反論の言葉は、出てこない。
 与えられた任務を果たせなかったこと、指揮をしくじったこと。言葉だけを並べればただそれだけの話と言える。けれどもそのミスによって失われたものの重さは、彼女自身が解っていた。
 数多の命を危険に晒し、失わせ、だのにそれと引き替えに世界を守るどころか、世界そのものをも危険に晒した。あやこが犯したミスとは、そういう事だ。
 だから。

「藤田あやこ。貴官に死刑を命ずる。――貴官の犯した失態は、あまりにも重い」

 ぐるりと部屋を取り囲むように並べられた重厚な木の椅子に座った軍人達のうち、中央に座る老人が重々しい言葉でそう告げた時も、衝撃を受けはしたけれども、抵抗しようとは思えなかった。脳裏をよぎったのは愛娘のこと。あやこが指揮を執った作戦に携わった者中には、彼女の愛娘自身も含まれていた。
 思わず瞑目したあやこは、拘束されたまま連行され、反乱防止の為に羽毛や髪まで毟られた。そうして衣服すらはぎ取られ、こうして独房に叩き込まれて、死刑の時を待ち続けているのだ。
 きぃ、とあやこが啼いた。その声は血濡れた髑髏に木霊して、水晶柱に当たって砕けた。





「ハーハッハッ! 我ガ国ニ刃向ウ者ハみさいるデ殺ス」

 サンフランシスコの軍港に、勇ましい声が響いた。己の成功を欠片ほども疑っていない、それは自信に満ちた声だ。
 そこに展開していたのは、最強を自負し、誇っている艦隊の群である。太陽の光に黒々と光る、幾つもの大砲。腹の中にはミサイルを積み込める限り積み込んでいて、いつでも照準を合わせられる状態になっている。
 あやこの失敗を受けて、その後任の指揮官として選ばれた、これが男の最初の任務だった。先人の愚かな轍を決して踏まないという自信はあったし、何より、そのあやこの失敗自体も彼女自身の実力不足に起因するものだと、彼は思っている。
 彼が率いるのは最強の艦隊。そこに彼の指揮が加われば、いったいどうして、失敗することがあるだろう? 見事、撃沈を果たしてみせる。
 そう、自信満々に睨みつけた標的、桑巨艦と呼称される船の甲板からもまた、自らを目指して続々と出撃してくる艦隊を見つめる眼差しがあった。
 甲板にずらりと居並ぶ7つの影。その姿だけを見れば日本で有名な七福神にも似ているが、つり目に毒々しいメイクを施したそれらを、そう呼ぶのは躊躇われる。
 その七福神達の後ろに居並ぶのは、悪魔めいた姿の仏『壊佛』だった。ずらり、それらが甲板にひしめき合って、七福神達の指揮を今か、今かと待っている。
 自らの力を過信する愚かな人間ども。それらが率いる『最強』の軍勢など、彼らの前にあってはいかほどの価値があるというのだろう?
 七福神達はだから、無言で静かに艦隊が到着するのを待っていた。自らの価値を過信する愚かな人間に、己の身の程を思い知らせてやらねばならない。





 巫浄・霧絵(ふじょう・きりえ)は静かな面持ちで、虚空のどこかを見つめていた。彼女の眼差しの先には何もなかったが、彼女の眼差しは確かに何かを捕らえている。
 そこは、桑港教会だった。彼女自身が盟主を務める、心霊テロ組織『虚無の境界』が所有する建物。その中にあって、霧絵の白い肌がただ、異質なもののように浮き上がっている。

「もう、良いでしょう」

 ぽつり、霧絵が虚空に呟いた。眼差しは相変わらず、どこを見つめているのかは解らない。けれども確かに誰かに語りかけるように、けれども独り言のようにそう、呟いた。
 しばし、耳を澄ませる。そこにはただ沈黙だけが満ちていたが、その中から霧絵は確かに、何か、彼女の満足する音を聞き取ったようだった。
 シュルリ、わずかな衣擦れの音。

「けれども、そこに居ればただ、貴女は貴女を理解しない愚かな人々の手によって、命を奪われるだけじゃないかしら?」
『ぅ‥‥』

 他に誰もいない教会の中で、霧絵の耳には確かにその言葉が聞こえていた。何もないはずの虚空に彼女の赤い双眸が見出している、相手の姿もまるで目の前にいるかのようによく見える。
 見るも無惨で、おぞましいその容貌。禿頭の悪魔、或いは宇宙人と表現するのがもっともしっくりくる生き物。
 それは、IO2に拘束され、独房の中でただ死刑を待つだけの身の上となった、藤田あやこだった。現実のあやこは、きぃ、と弱々しく啼いただけだったけれども、その意志を霧絵はちゃんと理解している。
 薄く、笑みを浮かべた。あやこの胸の中を今、強く満たしている感情は、彼女が仕える創られし神の好むものであり、そうしてそれそのものでもあった。

「――貴女は今まで、どれだけIO2に貢献してきたかしら。それだのに彼らは、貴女の今までの功績を省みることなく、たった1度の失敗で切り捨てるのよ」
『でも、それは』
「ねぇ? 貴女はとても、頑張っていたわ。けれども彼らはそれを解ってくれては居なかったのね」

 言外に、自分だけがそれを解っているのだという意志を込めて、静かに語りかける。あやこの中の不信の炎に、慎重に油を注ぎ足していく。
 すべてを、否定し過ぎてはいけない。大切なのは適度な同調と、その中に打ち込む楔だ。時に冷たい現実を突きつけ、時にゆりかごのように優しく包み込む。そうして少しずつ、心を揺さぶっていく。
 ねぇ、と。貴女は本当に、今を後悔していないの?

「思い知らせてやりたいと、思わない?」
『思い、知らせて』
「えぇ、そうよ。ねぇ、一緒に彼らに思い知らせてやりましょう? 貴女はとても優秀な指揮官だったのに、彼らは貴女を切り捨てたわ。貴女の価値を、彼らが切り捨てた貴女の実力がどれほど得難く尊いものだったのかを、彼らは思い知るべきだわ」

 そうでしょう? と。
 最後に慎重に打ち込んだ楔に、ぐらり、あやこの意識が傾いたのを悟って、霧絵は小さくほくそ笑んだ。あやこには価値がある。IO2の指揮官であり、彼らの手の内を知っていて、あやこ自身の能力もまた素晴らしいのだから。
 けれども急いで畳みかけるようなことはしない。霧絵はゆっくりと間を置いて、あやこの心に浮かんだ想いが全身を巡り、脳を浸し、犯すのを静かに待つ。
 誰かから強要された想いは、弱い。例え他人から誘導されたものであっても、自ら考え、至った結論に基づく想いは、あとはこちらが手を貸さなくても、時折気をつけて言葉をかけてやるだけで、勝手に深く根付いていく。
 沈黙が、辺りを満たした。それに心地よさすら感じながら、霧絵はその沈黙を破ることなく、あやこの答えが返るのを待つ。

『――でも。‥‥一体、どうすれば』

 そうしてどれほど待っただろうか、ついに、あやこがそう呟いた。きぃぃ、と戸惑うような啼き声の中に、確かにその意志があるのを、霧絵は見出した。
 ふわり、と。慈母のように、だから霧絵はあやこへ微笑みかける。

「まずは、そこから出てきて。私の手を取って? 大丈夫よ、私は貴女の味方――私だけが、貴女を理解している。貴女にふさわしい地位を、私達は用意してるわ」

 さぁ、と。
 虚空に差し伸べた手は、独房にいるあやこからすれば、水晶柱からすぅっと差し伸べられたように見えた。その手を取ることにもはや、躊躇いはない――あやこはあんなにも尽くしてきた、力を注いできたIO2に、たった1度の失敗で裏切られたのだ。
 本当に、と心のどこかで誰かが呟く。けれどもその声にふたをする。だって今、あやこを理解し、慰め、手を差し伸べてくれるのはもはや、霧絵しかいない。
 ぐっ、と縋るように差し伸べ握り締めた、我ながら醜く変化した悪魔の手を、汚れなど知らないような白い手は拒まなかった。力強く握り返し、赤い瞳が確かにあやこを捕らえて、ぐい、と水晶の中に引きずり込む。
 ――やがて、あやこが立っていたのは静謐な教会の中だった。緑の髪を揺らした霧絵が、静かにあやこを見つめている。見つめ、少し考えるように小首を傾げて、ぱちん、と指を鳴らす。

「その格好のままでは、寒いでしょう? 貴女によく似合う服を持ってこさせるわ。――ようこそ、虚無へ。私達は、貴女を歓迎するわ」

 その言葉に。
 あやこは、自らの姿があの醜い悪魔とも宇宙人ともつかぬ容貌から戻ったことを知り――彼女が虚無に受け入れられたことを、理解した。





 戦況に変化が現れたのは、砲撃を開始してすぐの事だった。
 とはいえ、戦況、といえるほどの成果が上がっていたのかといえば、答えは否だ。最強を自称し、またそれに見合う実力を保有していた戦艦は、けれども見た目こそ一昔も二昔も旧式としか思えない桑巨艦に、さしたるダメージすら与えられては居なかったのだから。
 この戦況を打破するのに、どうすれば良いのか。どこを攻撃すれば、敵の陣型を崩せるのか。
 自信満々に出港した指揮官の表情に焦りの色が見えてきた――それは、そんな最中の出来事だったのだ。

「‥‥アレハ?」
『解りません! 新たな敵が――あぁッ!!』

 不意にサンフランシスコ沖に響き渡った、高らかな女の笑い声。それに首を傾げた指揮官の言葉に、通信で答えようとした艦の1つが、悲鳴を最期に通信を途切れさせる。
 一体なにが、と指揮官は強い焦りを覚えて、たまらず甲板へと飛び出した。飛び出し、彼は見た――桑巨艦の上空にびっしりと、群をなして現れた姑獲鳥が、彼の自慢の艦隊に向けて攻撃を開始するのを。
 そして、その姑獲鳥を指揮しているのは。

「あッはははは‥‥ッ! その調子よ、姑獲鳥ども! 一隻残らず沈めておしまい!」
「アヤコ‥‥ッ!?」
「――あら。久しぶりねぇ。最期のお祈りは済んだの?」

 漆黒のスリット入りミニドレスを海風に靡かせて、恥じらいもなく血色のショーツを覗かせながら、高らかに笑う女の名を呼んだ指揮官に、ニヤリ、と女は――あやこは瞳を笑みの形に歪め、唇の端をつり上げた。どこにも好意的な感情などないことは、傍目にも明らかだ。
 なぜ、と幾つもの疑問が胸に浮かんでは、消えた。あやこはIO2の独房に拘束されていたのではなかったのか。死刑判決を下され、醜悪な姿に変わったまま、二度と日の目を見ることは叶わなかったのではないのか。それらの課題がすべてクリアされたのだとしても、なぜ、彼女はこちらではなくそちらにいる?
 男の表情からそれらの疑問を正確に読みとって、あやこはまた哄笑する。どうやらよほど、彼は彼女と再会したくなかったらしい。

「でも、それはこっちもだわ。お久しぶり、そして永遠にさようなら。あんたの大事なご自慢の艦隊と一緒に、海に沈んでしまいなさいな!」
『キェェェェェッ!』

 あやこの叫びに呼応して、妖怪姑獲鳥達が一斉に、呆然と男の立ち尽くす艦へと襲いかかった。的確に導炉部分を探り出し、致命傷を加えていく。
 いくつもの水柱が、サンフランシスコ沖に立ち上った。

 ――ドー‥‥ンッ!
 ――ドドー‥‥ンッ!

「ふ、は‥‥はははは‥‥ッ! いーい眺めねぇ!」

 次々と味方が爆発、炎上するのを受けて、混乱に陥り右往左往する艦隊を眺めて、あやこは漆黒のミニドレスをはためかせながら、身を仰け反らせて哄笑する。少し前まではあちら側にいたのだと思えば、いっそ痛快だ。
 霧絵から与えられた、虚無の幹部というこの立場はひどく、心地よい。相手は勝手知り尽くした軍隊だ、それを切り崩すべく指揮をとり、思うままに沈めていくのは、何と気持ちの良い事だろう。
 血と、硝煙の匂いに酔った。幾つも響く爆音は、さながらあやこを祝福するファンファーレのようだ。

「おかーさーんッ」

 不意にあやこの耳に、爆音を切り割いて届く、少女の声があった。とても、よく聞き慣れた響き――間違いようのない、その声色。
 つい、と視線を向けると案の定、そこに居たのは彼女の愛娘だった。けれども――それももう、過去の事だ。
 にぃ、と唇の端をつり上げる。何かを言おうと大きく息を吸い込んだ、娘にけれどもあやこは一片の容赦もなく、恫喝を突きつける。

「邪魔すると殺すよ!」
「おか‥‥さ‥‥?」

 冷たい声色と、何より他人を見るかのような一片の慈悲もない眼差しに、あやこの本気を悟ったのだろう。娘は呆然と目を見開き、続く言葉を失った。
 くっ、喉の奥で哄笑が弾ける。たかがこの程度で、娘の脇はがら空きだ。

「あははははッ、甘いわねぇッ!?」

 もちろん、あやこはその隙を見逃したりはしなかった。手に握っていた霊剣を一気に抜き放ち、あっと言う間に娘へと肉薄する。
 そうして。絶句し、大きく瞳を見開いたまま、あやこを呆然と見つめる娘めがけて。
 あやこは、わずかの手加減もなく、握った霊剣で斬り込んだ。

「‥‥‥ッ!!!」

 サンフランシスコ沖に、声にならない悲鳴が木霊する――‥‥





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名   / 性別 / 年齢  /         職業          】
 7061   / 藤田・あやこ / 女  /  24  / ブティックモスカジ創業者会長、女性投資家

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

お母様がついに悪へと墜ちてしまわれる物語、如何でしたでしょうか。
目まぐるしい展開に、蓮華もちょっとどきどきしております;
悪の仇花――こ、こんなイメージで大丈夫でしたでしょうか?(汗

ご発注者様のイメージ通りの、禍々しくも力強いノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と