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わたしのクリスマスイブ(悲)
「ああ、去年のイブは俺、独身なりに幸福だった……」
寒空の下クレアクレイン・クレメンタイン(くれあーくれいん・くれめんたいん)は遠い目をした。
目前に佇むのは美容室。普通におしゃれな感じのお店である。
19歳の娘さんが行くという事を考えれば、ごくごく普通である。何せ年頃の娘さんといったらおしゃれだってしたいものだろう。流行の髪型とかにしたいだろう。
したいのだろう、が……。
彼女の腰まである黒髪が寒風に靡く。
ジーンズ姿の服装はあまりおしゃれな雰囲気ではない。所持した愛らしいポーチ(カラーリングはピンク)の中にはお化粧セットと美少女声優のドラマCD。愛らしさの中に時折見え隠れする野郎臭に違和感さんが大爆発、である。
どういう事かというと、このクレアクレイン・クレメンタイン嬢。中の人(?)は野郎なのである。様々な理由により彼の魂はこの白衣が似合う色白で大人しい眼鏡才女クレアに宿ったのだ。
(「実家の両親に逢うまでに女言葉を完璧に会得しろという嫁の命令だが……どうしてこうなった?」)
全力でその場の道路に頭を打ちつけたい気持ちになりつつも堪えるクレアクレイン。
喉から零れる嗚咽はどう聴いてもか細く乙女な感じである。
……いやもう、ホントにどうしてこうなった?
だがしかし、現実は非情である。どれだけ見直しても彼の身体は現在華奢で綺麗なコムスメ、なのである。
「これが今の俺だ」
その場に項垂れかねない勢いで、絶望的な声を絞り出すクレアクレイン。
「そして嫁の実家はかもめ水産とかいう喫茶店だ……」
かもめ水産は、なぜか生足に膝上スカート限定という不可解なドレスコードがある。その為自動的に男性は入れない(とはいえ生足膝上スカート着用をするのが好きというのが男性も居るかも知れないが)
しかも店主である女性は柔和なようで上手く相手を絡め取りかならず違反者を門前払いするという。
即ち、嫁の実家に行く為には……嫁の両親に会う為には、何がなんでもこのドレスコードをくぐり抜けねばならないわけだ。
大きく、かつこれから死刑でも執行されるんじゃないかという勢いのため息をついた彼女(彼?)は美容室へと足を踏み入れようとし、今日やらねばならない事を思い出す。
「そうだ! スカート買ってこなくちゃなんねーんだよ」
ぽん、と手をうち美容室からくるりと背を向ける。
向けた所で知らないにーちゃんが声をかけてきた。
見るからにチャラい、ブリーチしまくって痛んだ髪のだらしなさげな服装の青年だ。
「ねえ、今暇? 良かったら一緒に2時間くらいカラオケでも……」
途端にギン、とクレアクレインの視線が険しいものに。極力声を低くしこう告げる。
「るせーよ! もいで潰すぞ!!」
何をもいで潰すのか、具体的な説明は避けるが、言われた青年は股間を押さえて飛び退る。どうやら彼は理解してしまったらしい。
チッ! と舌打ちをし、仕方無しに移動を開始しようと歩道を見やると……車道を挟んだ向こう側に彼女(彼?)の嫁の姿があった。
つーか、見るからに涙目。
「うわ〜、判ったから泣くなよ……」
呟いた、のは良かったもののその言葉自体はあまりに極小さかったため流石に嫁には伝わらないだろう。どうやって宥めたものかと思った瞬間、クレアクレインのポーチの中から軽快な音楽が響く。
「あ、嫁からメールだ……何々」
ポーチから携帯を取り出しメールを読みかけ……クレアクレインはその場にぼとりと携帯を落とす。更にはポーチまでぼとり。そしてわなわなと震え出す。
「死刑宣告、来た……」
地に落ちた携帯の画面には「アンティークショップ・レンに行くように」といった内容の指示が書かれていた。
アンティークショップ・レンは碧摩・蓮が店主を務める店で、色々妙なモノがある。モチロン多少は衣装の類も扱っているわけで、今回はこの店でスカートを買ってこい、という事らしい。
なお、スカートの代金は既に嫁が先払いしておいたらしい。
文末の「代金の範囲内で素敵なスカートを選んできてね(はぁと)」が心に痛い。
いよいよのスカートデビューにブロークンハートである。
気づけばクレアクレインはアンティークショップ・レンの前に。だが扉を開けるのは逡巡する。
何せこの扉を開けたら最後、スカートデビュー確定だからだ。
野郎としてのアレコレを売り渡すような気持ちになりつつも、背中に突き刺さる視線は恐らく嫁のモノ。
覚悟を決めて彼女は扉を開けた。
――それから暫く。
日は既に落ち、空は紺碧に染まっている。
「こうして俺いや私はかもめ水産で嫁と素敵な……? ううっ泣けてくる……イブが始まるのだった」
どこかに向かってそう説明的な台詞呟くクレアクレイン。
横には嫁の姿があるわけだが、クレアクレインがちょっと大股であるいたり、立ち居振る舞いが男っぽいと速攻で突っついてくる始末。女性らしい振る舞いをしろ、という事らしい。正直気が休まる暇が無い。
そして、スカートである。
(「うう……足がすーすーする……」)
まさか野郎として生まれておいてスカートなんぞ履く日が来るとは誰が予想したであろうか? とはいえ現在は肉体的には女性なわけだが。
もはや涙目というより8割泣き位。
因みにかもめ水産はその微妙なネーミングセンスの割りには店内はおしゃれだった。
蒼のカクテルライトが店内を照らし出し、まるで海底のようだとクレアクレインは思う。
しかしながら不思議なのは客層である。
前述のドレスコードがある為、客は全員女性。それは問題無い。
小奇麗な若いマダムや女子高生と思しき年齢の少女もいるが、全員、水商売っぽい雰囲気やギャルギャルしい雰囲気などは無い。妙に落ち着いているのだ。
その上、待ち人がいるといった様子でもない(とはいえ待ち人が居たとしてもこの場所では男性は入れそうにないが)
ふと、クレアクレインの前を1人の少女が通りかかる。さらりと靡いた髪の下には尖った耳が覗いた。
(「エルフか? どういう客層だよ……」)
とはいえ「貴女はエルフですか?」等と訊ねるわけにも行かない。コスプレの付け耳なのか、生耳なのか判別は出来ないが……。
……正直店の妙な落ち着きっぷりを考えるとホンモノの様な予感がする。
「つかイブに女ども何つるんでんだよ?」
うっかり口から出た言葉に店中の女性がクレアクレインの方を向き、嫁が脇腹にエルボーをかましてくる。迂闊な事は言ってはいけないのである。
周囲の女性ばかりという環境に緊張しつつも、パーティらしく、料理は美味しい。お酒は……流石に成人してないのでお断りされたものの、何となく愚痴りたい気分になり、シラフ酔い状態になっていく。
「ええい、男なんてぇ!!」
ぐれぐれにグレたクレアクレイン。
しかしながら、この絶望的かもしれないイブの夜はまだ始まったばかりなのであった。まる。
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