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<東京怪談ノベル(シングル)>


恋する乙女の報復

 抱きしめられて…息が苦しくて…でも、その苦しさは心地よくて…。
 私、こんなことでいいの?
 あなたといると、まるで私が私でなくなってしまう…。

 押し倒された草間興信所のソファの上で、黒冥月(ヘイ・ミンユェ)は草間武彦に抱きしめられていた。
 ツンデレ怨霊の呪いにかかった冥月を、草間が救ってくれた。
 …それはいいのだ。
 セクハラまがいの『据え膳食わぬは男の恥』発言や、胸を勝手に触ったり、押し倒した事だって許す。
 でも…でも…。
「武彦…? あのね…」
「ん? なんだ?」
 上機嫌の草間は冥月の心の変化に気付いていない。
 冥月はそっと手を差し出すと、草間の顔を両の手で優しく包み込んだ。
 そして頬を染めながら、少しずつ思考をまとめ言葉を口にする。
「武彦を…あ、愛してるのは認める。口づけも抱き締められるのも嬉しい。結果的に呪いを解いてくれて感謝もしてる」
 上気した頬は色っぽく、つややかな唇が冥月の言葉を紡ぎだす。
 草間はごくりと息を飲んだ。
 これは…本気で据え膳なのか!?
 しかし、笑顔の冥月は次にこう口にしたのだ。

「でもね、何か違う気がするの」

「…は?」
 そんな素っ頓狂な声を出した草間の顔を、ググググッと手に力を入れて挟みだす冥月。
「…! ま、待て…い、いてててて…」
 段々と不穏な空気が流れ始める。
 しかし、冥月はそれに気が付いていないようだ。
「愛してる事とか…」
 ついに草間を押し上げ、冥月はゆっくりと上体を起こす。
「喜ぶ事とか…」
 冥月はおもむろに草間の腕をくるっと捻り上げる。
「い、いででででで!!!」
 草間は悲鳴を上げるが、まるでそれが耳に入っていないかのように冥月は言葉を選んでいく。
「何か最近それを」
 形勢逆転。草間の上にがっしりと間接を決めた冥月は乗っかった。
「見透かした感じに接してない?」
 笑顔のままで頬は赤く染まり、自分の言葉に恥じ入るように冥月は続ける。

「い、痛いん…だが? み、冥月??」
 草間が痛みに耐えながら、それでも相手に刺激を与えないように言葉に気をつけて声をかける。
 どうやら草間は草間の知らないうちに冥月の琴線に触れる何かをしてしまったらしい。
 当の冥月は自分の行動に気が付いていないのか、はたまたわざとなのか。
 そんな草間の言葉は完全に聞こえていないようだ。
「そりゃ、事実抗えない私も悪いんだけど…」
 言葉を切って考え出した冥月は、ハッとした。
 ようやくこの状況を把握したのかと思いきや…

「それを感じさせないで欲しい女心も分かって欲しいのよ!」

 心の叫びを吐露した冥月。
 冷や汗どころか、脂汗も出てきて草間大ピンチ!
 どうやら冥月の心を大きく動揺させていたとこの時ようやく理解した。
「わ、わかった…わかったから…まずはどいてくれ、な?」
 だらだらと流れる汗に、草間は意識が遠のきそうだった。
 最近は女としての部分を多く見ていたせいで忘れていたが、こいつは用心棒もやれるほどの腕前だ。
 完全に入った関節技を外すことは難しい。
 なにより、全力を出して冥月に怪我をさせたら…そう思うと草間は冥月に頼み込むしかなかった。


 抱きしめてほしい。キスして欲しい。
 でも…でも、あたしからそれをいうのは…。
 女は"求められたから"って理由づけが欲しいものなのよ!
 なのに…なんでいつもあたしから言わせるの…?


 どす黒い嫉妬のような、どろどろとした感情が冥月の中に渦巻く。
 スッと冥月は立ち上がった。
 草間の関節技は外された。
 ホッとした草間だったが、それは大きな間違いだった。
 ブワッと冥月から影があふれ出て、それは草間を包み込んだ。
「へっ!?」
 草間は見る見る間に簀巻きになり、空中にフワフワと浮かび上がった。
「悔しい…」
「え?」
「何か悔しいから、私のどこが好きか十個挙げなさい」
 顔を真っ赤にしながら、冥月は草間に言い放った。
 草間はきょとんとした顔をしていたが、すぐに「えぇ!?」っと短い声を上げた。
「…言えないの?」
「い、言います。言わせてください…」
 有無を言わせぬ冥月の口調に、草間は観念したようだった。

「冥月のいいところ…そうだな。まずは黒髪が綺麗だ」
 そ、そっか。武彦も気に入ってくれてるのか…。伸ばしておいてよかった…。
「足も綺麗だ」
 …変な意味で言ってるんじゃないわよね? って、いつ見たの!?
「肌も透き通ってる」
 日ごろの手入れの成果…ちゃんと見ててくれたのね。
「胸もデカイ」
 そう直球に言われると…恥ずかしい。
「何より美人だ」
 武彦の目に…そう写ってる? だとしたら嬉しい…。

「…全部、外見だけじゃない。私ってそれだけなの?」
 照れながらも、冥月はぷぅっとむくれた。
 草間は慌てた様子で残りの五つを考え始めた。

「あー…じゃあ、人を裏切らない」
 そうね、私は裏切らない。裏切られたら…どれだけ辛いか知っているから。
「クールそうだが実は優しいトコとか」
 だ、誰にでもそうじゃないんだから…そこのとこ、わかってるの?
「なんだかんだ言って自分に厳しいトコとか」
 それって…どういう意味で好きなの? そんなに厳しいかしら?
「仕事は真面目にやるトコ」
 仕事だけじゃないんだけど…な。

 考えて、考えて…草間は冥月の顔色を窺った。
「………」
 顔を真っ赤にしてうつむいてしまった冥月は、するすると影から草間を解放した。
 唐突に解放された草間は、ハーっと安堵のため息をついた。
 ひとまず危機は脱したようだ。
「…変な事言わせてごめん」
 草間に言わせれば言わせるほど、何をやっているのかと我に返った。
 何がなんだかよくわからなくなって…どうしてこんなことをしてしまったのか?
 床に放り出された草間は、痛めた関節をさすりながら立ち上がった。
「…俺も悪かった。やりすぎたな」
 立ち上がった草間に、スッと近寄ると冥月は草間の胸にとんっと頭を押し当てた。
 顔を見せて言うのは、恥ずかしかった。
 自分のしたことをこんなに後悔するなんて…。
 だけど、どうしてもこの言葉だけは伝えておきたかった。
「私…武彦は意地悪だし無神経だけど、それも含めて……武彦だから、好きなの」
 泣きそうで、消え入りそうな声で冥月は呟いた。
 草間はそんな冥月を優しく抱きしめた。
「知ってる…わかってて俺、おまえのそういう所に甘えてたんだ。ごめんな」
「…っ」
 優しくされて、冥月は思わず泣きそうなほどの嬉しさを覚えた。
 私…この人を好きになってよかった…そう思えた。
「俺たちこれからなんだから、焦らずにお互いのことわかっていけばいいさ。喧嘩でもなんでもやろう。二人だからできること、一緒にやろう…な?」
 草間はそうして、冥月の背中をポンポンと二度叩いた。
 子供をあやすような、大人を慰めるような…そんな優しさだった。

「…あぁ、そうだ。最後の一個を忘れてた」
 草間がぼそっと呟いた。
「最後の一個?」
 冥月が顔を上げると、草間は恥ずかしそうに「さっきの十個好きなところをあげろってヤツだよ」と言った。
「…最後の一個って何だったの?」
 冥月がそう訊ねるとと、草間は冥月を抱きしめたまま小さな声で耳元に囁いた。

「俺みたいな意地悪くて無神経な男を好きでいてくれる、おまえが好きだ」