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<東京怪談ノベル(シングル)>


犀になる
「どういうことだ!」
 ガタン! と軍服の男が勢い余って立ち上がり、力任せにテーブルを叩いた。テーブル上の書類や水の入ったグラスが揺れる。
 冬の寒風が吹き荒れる中、ばさばさという外の垂れ幕とテントが揺れる音だけが聞こえてくる。羽田にあるIO2の基地内・作戦立案室には何人かの将校が集まり、ずらりと並んで腰かけていた。
「これで三人目だ! サミットはもう目の前に迫っておるというのに」
「……想像もつきません、一体どうやって犯行に及んだのか」
 比較的若い将校が、恐る恐るそう言った。
 事件自体は言葉にすると一言で済んだ。各国要人の連続暗殺事件。だがその方法が余りにも不可解だった。移動中の旅客機の窓を割り、侵入した挙句に毒殺しているのである。
「なぜ窓を割って侵入した挙句、毒殺など回りくどいことをする!? そもそも飛行機にどうやって侵入したというんだ! 空を飛んでいるんだぞ!」
「当然護衛もおりました。しかし……」
「殺害された事実が全てだ。このままではIO2の名折れだぞ!」
 叫び、将校はまたため息をついた。またも室内は沈黙に覆われる。
「仕方ない……あの女を呼ぶか……」


 草間興信所所長、草間・武彦は改めて回りを見渡した。
 晴海にある倉庫街、その一角に店を構えているカフェである。北欧風の内装のお陰で、マリンブルーとホワイトの明るい二色もどこか落ちついた明るさに見える。丸い天窓からは十分な採光がされ、木目の美しいテーブルやチェア、カウンターも北欧を意識したつくりだ。
「待たせたわね」
 ぱちんと携帯を折りたたみながら、待ち合わせ相手その人が姿を見せた。いくつも年下の、まだ若い女だ。細身の長身を生かした大人の女の装いが似合う。かと言ってケバケバしくないのも彼女の着こなしのためだろうか。それもそうだろう、若くしてアパレル業界を中心に活躍する、遣り手の女社長なのだから当然だ。
 女性……藤田・あやこが座るのを待ち、武彦は答えた。
「いいや。それであやこさん、今回の報酬なんだが、いつも通りに……」
「草間さん、申し訳ないのだけれど次の依頼と同時振り込みさせてもらうわ。いつもの口座にね」
「次の依頼?」
「そう。たった今飛びこんできたのよ」
 堂々と笑顔で言う彼女に、武彦は肩を竦めてみせた。彼女とは何度も組んで仕事をしている。性格も知り尽くしているとまでは言わないが、ある程度知れた仲だ。
「で、俺は何をすれば?」
「簡単よ。単なる調べ物。端末からすぐに電送しておくわ」
「ということは、俺はその仕事をまったりと事務所でできるわけだ」
「そういうこと。頼んだわよ」
 気前良く紙幣を何枚かテーブルに置くと、あやこは出口には向かわずに厨房へと入っていった。武彦はそれについては眉も上げずにテーブル上の紙幣で支払いを済ませると、事務所へ戻っていった。


「悪くはないけど、地味ねえ」
 仕様書と眼前の戦闘機を見比べながら、あやこは特に臆する様子も隠す様子もなく、電話を寄越してきた将校の前で言った。羽田滑走路にある格納庫とカフェが地下で繋がっていたのである。
「スーパークルーズ可能でVTOLもついとる。ステルス性も問題ない。最新鋭機体だ」
「随分ミサイル積んでるじゃない。派手にぶっぱなしたら気持ちいいでしょうね」
 つい先日も貸しを作っただけに、将校は内心頭を抱えたい思いだった。この戦闘機……F47も、空軍将校の醜聞揉み消しを依頼した際の報酬だ。代償とも言うが。
 と、携帯が鳴り響いて、あやこは素早くそれを取った。武彦だ。
『あやこさん、俺だ。調査結果が出た』
「さすが優秀ね」
『空港関係者に怪しい部分はなし。あと肝心の毒のほうだが……、神経毒が見つかった。ホモバトラコトキシンってやつだ」
「聞いたことないわね」
『ヤドクガエルの一種が持ってるもんだが、ますますこんな毒を使うのが分からんな』
「結局は空で確認するのが手っとり早そうね」
 簡単に挨拶を済ませて携帯を切るあやこに、将校の顔がどんどん青ざめていく。
「これ早速使わせてもらうわ。あ、草間探偵事務所所長から連絡がある筈だから、無線で繋いで頂戴ね」
「待て、耐Gスーツもなしでは危険だぞ!」
「私を誰だと思っているの? 必要ないわ。出撃準備!」
 颯爽と乗り込んで、足を優雅にコクピット内に収める。要求高らかに懐から水晶玉を取りだすと、集中するような仕草で手を動かした。どこか妖しく魔術的な仕草だ。水晶玉が予知の光を見せ、あやこはちろりと舌舐めずりをした。見えた。
 キャノピーが閉められ、水晶玉を手にした女が空に打ち上げられた。


<<全くあなたは非常識な人だな>>
 言葉の割には随分楽しそうな声で、武彦からの無線が繋がれた。水晶玉片手に操縦幹を握り、あやこは鼻で笑ってみせる。
「常識なんてつまらないものに従うことないわ。だから今の私があるのよ。旅客機が見えてきたわ」
 暗殺を予知した水晶玉が告げていた。水晶玉によると、右側のシートに要人がいるようだ。旅客機の右側に回り込んで張り付いたところで、何かが旅客機とF47の間をすっと飛んでいった。
 えっと思う暇もなく、旅客機の窓がぶち割られる。当然小さい窓の中で大混乱が起きた。驚いて水晶玉に目を向けると、映し出した要人に鳥のようなものが飛びかかり、たちまち要人が痙攣を起こして倒れたのである。
「なに……?」
<<あやこさん? どうした?>>
「鳥よ、鳥が要人を暗殺したわ!」
<<鳥!? 高度一万メートルを超えてるんでしょう?>>
 そうよ、と言いかけたあやこは、突如機体をロールさせた。ミサイルがたった今F47がいたところを高速で飛んでいく。すぐさま、ミサイルが打ち出された方角を見遣った。次いでレーダーを確認する。ちらりと何かが映ったがすぐ消えた。
 ステルス機! とあやこが気づくのとほぼ同時に、小型ミサイルがまたも撃ちだされる。今度は一つではない、いくつもミサイルがこちらに向かってくる。
「くっ!」
 急降下からのバレルロールでミサイルを撒こうとするが、しつこくミサイルが追い掛けてきた。十秒が何倍にも感じられ、空に数多のダミー幻影を出すことでようやくそのミサイルらを回避する。
<<あやこさん、俺の見解を述べても?>>
「どうぞ!」
 レーダーが役に立たないので、水晶で敵機の位置を予知しながらあやこは応えた。こちらが追っていると分かると、再びミサイルを打ち出してくる。
<<例の毒と同じ毒を持つと言われる伝説の毒鳥が存在するが、俺はそれだと思う>>
「なんですって?」
<<鴆だよ、あやこさん>>
 セリフとほぼ同時、水晶玉が敵機の位置を示した。真後ろだ!
 操縦幹を引いてスピードを急に落すと、再びその鳥が見えた。孔雀に似た鮮やかな色彩に赤い嘴。一歩間違えばあの鳥が機内に飛びこんできて、先の要人と同じ結末になっただろう。
「怒ったわよ……その皮剥いでやるわ!」
 水晶玉が強い輝きを放った。神経を研ぎ澄まし、ここだというところでF47はミサイルを撃ちこむ。回避しそこねた敵機をミサイルが掠め、レーダーにありありと位置が示された。
 もらった、とF47に搭載されたポッドからレーザーが放たれ、敵機にクリーンヒットしたのだった。