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<東京怪談ノベル(シングル)>


即・身・成・仏


 マグマが煮える地底にそびえる謎の研究所。ここから脱出を図るひとりの女がいた。
 しかし背後から追っ手が迫る。その姿はまるで鬼、それも悪鬼だ。そう、ここは地獄。血も心も枯れ果てた万物たちの終着駅である。
「はぁ、はぁ……」
 無論、生きた人間が易々と来れる場所ではない。彼女は耐熱服を着ていた。その手には研究所から奪った機密の入った耐熱ケースが握られている。
「うばぁー! ま、待ちやがれぇぇ!」
 鬼が乱暴に金棒を投げつける。それは不運にも、女性の背中に命中した。
「うぐっ! くは……っ!」
 華奢な体に甚大なダメージを負った彼女は、焼けつく大地に身を伏し、そのまま動かなくなった。
 それを見た鬼は悠然とした足取りで近づき、孤独となった耐熱ケースと命を奪った金棒を拾い上げる。
「ぶはぁー。手間かけさせやがって」
 この事件は、これで決着したかのように思えた。が、しかし……これは始まりの序曲に過ぎない。


 それから十年後。
 東南アジアの某国が推進する乱開発によって、近隣に存在した墓場の卒塔婆が倒壊。その拍子で仏舎利を納めた箱が、不運にも汚染水へ落ちてしまった。
 そこから不穏な水泡が湧き上がったかと思えば、突然として異形の怪神が姿を現す。その顔は、どこかナマズに似ていた。これを仏と呼ぶのは、少し躊躇がある。
「ウボアァーーー!」
「ひ、ひぃっ! ば、ば、ば、化けもんだーーー!」
 工事関係者は誰も何も気にせずに仕事を続けていたが、怪神の出現に慌てふためく。ナマズは仏罰とばかりに暴れ狂い、不遜な人間どもを退治したのだった。


 場所は変わって、東京都内の仏教系名門学園「三途学院」の校門。
 この日も生徒たちは元気に登校し、礼儀正しく合掌で挨拶をし、学友との談笑している。
 そこへ女番長よろしく制服を着こなす三島玲奈が、校門の前に立って豪快に合掌。その仕草はどこかぎこちなく、生徒たちの注目を浴びるには十分だった。
 彼らから「もしかして転校生?」という憶測が流れる頃、玲奈は青春によくある1ページを見つける。憧れの先輩に告白とラブレターを渡す後輩……しかし、ラストは想像を超える結末となった。
「私、あなたに興味ないから。こんなのいらない」
 その先輩は一切の感情を表に出さずに返答を突きつけ、ラブレターも数歩先に流れる近くの川に捨てたのだ。
 これを見た玲奈は、怒るよりも先に体が動く。さっそうと制服を脱ぎ捨てると、水着姿になって川へ飛び込む。そして水浸しになったラブレターを手に取り、修羅の形相で無情の先輩の前に立った。
「名前は?」
「茂枝、萌。あなた転校生?」
「そうよ、あたしは玲奈。この学園みんなの嫁になる女。あなた、ちゃんと責任とんなよ」
 自己紹介もぶっ飛んでいるなら、強く交際を勧める姿もまたぶっ飛んでいる。まさに規格外の転校生、それが玲奈だ。
 萌は「あなたが絡むと厄介だから、これは預かっとく」とラブレターを回収するも、玲奈は「ちゃんと読むまで離れない」と強硬な姿勢を貫く。

 こうして萌は、玲奈に監視される羽目になった。
 偶然にもクラスが同じ。しかも自分よりも後ろの席にいるので、下手な芝居は通用しない。また女番長を自負する玲奈なら、授業中でも遠慮なく説教するだろう。
 冷戦の様相を呈しつつあった萌と玲奈だが、思わぬところから騒ぎが起こる。
「ちょっと! 貧乏ゆすりすんのやめてよ! 耳障りでイライラするのよ……」
「そっ、そんなこと、やってねぇって!」
 玲奈はよくわからない言いがかりをつける女子生徒をなだめようとするが、それはまるで波紋のようにクラス中に広がっていく。
「これは、まさか……」
「ちょ、ちょっと萌! みんなを止めなさいよ!」
 萌は今までになく深刻な表情で、教室を飛び出した。彼女の向かう先は、三途学院に言い伝えられる開かずのトイレ。彼女はここをたやすく開くと、熱のこもった廃墟へと進む。
 ここは地獄の淵。十年前、ある女性が研究を持ち出そうとした問題の場所である。通称「シルルスポット」。ここには地獄の力「テラパワー」を封じたさまざまな位牌が散らばっていた。
「あれはきっと、母さんが持ち出せなかったテラ木魚のせい……」
 この少女は、鬼に殺された女性の娘であった。なぜ母がいたこの場所に導かれたのかはわからない。あえて言葉にするなら、これは「奇縁」か。
 だがこの縁は、学院に巣食う闇とも繋がっているのだ。それを阻むための手段は存在する。それは大いなる母の遺産・テラパワーだが、皮肉にも娘の萌には使えない。使おうにも霊格が低く、体が耐えられないのだ。
「なぜ……なぜ、私にはダメなの?」
 彼女の苦悩は、ひとりきりの空間を包み込む。

 あれから1時間が経過した。いわれのない貧乏ゆすりから始まるケンカは、学院を確実に侵食していく。
 玲奈は必死でケンカの当事者を順番に引き離していくと、たまたま生徒会室の前で壮大なイジメが展開されていた。
「今までの中で一番ヒドいじゃない。あんたら、何してんのさ?!」
 女番長が威勢よく啖呵を切ると、生徒会室の中からナマズ怪神が登場。身構えようとする玲奈に、挨拶代わりのビンタを食らわす。
「ウボウボ! 邪魔するなぁ〜」
 さすがは異形の者、玲奈では歯が立たない。怪神は頭をつかんで、女番長を窓にシュート。そのまま中庭へ転がす。
「生徒会室から化け物……何なんだ、この学院っ!」
「減らず口を叩くなぁ〜!」
 動きは遅いが、攻撃に重さがある。華奢な玲奈がケンカを売るには、かなり厳しい相手だ。その後も好き放題に殴られ、玲奈は動けなくなってしまう。
「ウボボ、もうおしまいかぁ〜」
 ナマズの勝ち誇る声が響くと同時に、裏庭から焼却炉が飛んできた。そこで怪神は、名案を思いつく。
「邪魔者はこれで火葬だぁ〜、消毒だぁ〜!」
 どこから飛んできたのかもわからない炉を開けると、すでに紅蓮の炎が燃え盛っていた。ナマズは「ウボボ」と笑いつつ、玲奈を始末する。
「うぐっ!」
「諦めないで。もしかしたら、あなたは……」
 死を予感したその時、炎の中で聞き覚えのある声を聞いた。
 そう、萌だ。彼女は言葉を続ける。
「やっぱり。あなたはテラパワーに満ち溢れてる。今からあなたは生まれ変わるの。その名は……」
 萌の声が遠ざかるとともに、焼却炉から奇妙な音が発せられた。
『七……六……三』
 なんとも間の抜けたカウントダウンに首を傾げるナマズ怪神。しかし次の瞬間、焼却炉の煙突がいきなり傾いて、自分の方に向くではないか!
「ボアボアボア?!」
 当然、煙突からは炎が吹き出す。身を焦がす業火は、まるで地獄の釜を煮立たせるマグマのよう。ナマズは何かを思い出したかのように慌てる。
 そして炎の中から、ニューヒーローが誕生した。その正体はもちろん玲奈。萌から授かった戒名を、盛大に叫ぶ。
「鬼面サイバーオフセこと、三島玲奈! あんたの葬式、何宗さ? とっとと逝きな!」
 都市伝説として語り継がれる「鬼面サイバー」を名乗る赤き戦士は、腰に巻かれたベルトにテラ位牌を差し込む。すると両手や両脚に、さまざまな武器が装着される。これが基本の『解脱の型』である。
『木魚爆弾、チーン♪』
 お鈴の音とともに、宙を舞う左脚にバズーカ状の装備が出現。中から圧倒的な数の爆弾が放たれる。
「ボアボアー! これは……!」
『線香ブレード、数珠ヌンチャク、チーン♪』
 地面に降り立ったオフセは、右手に持った線香ブレードの影響で近接戦闘に特化した緑色のモード『涅槃の型』にチェンジ。二刀流でナマズを圧倒する。
 ヌンチャクで防御を崩しながら、フェンシングの要領で、線香の先端を巧みに使って顔を焼く。
「アチャチャチャ! 何するんだぁ〜!」
「それはこっちのセリフだ! 行くぞ!」
 テラ位牌をチェンジし、右手に焼香ジェットを装着すると、空中戦が得意な白き戦士『昇天の型』へと変貌。そのまま必殺の念仏レバーを引く!
『焼香ジェット! 色・即・是・空!』
「極楽逝け〜〜〜!」
 ナマズ怪神は猛スピードで宙を舞うオフセに捕らえられ、そのまま横を向いた煙突に突入した。
 ようやくシルルスポットから出た萌は、徐々に上を向こうとする煙突を見て驚く。
「ダメ、その必殺技は強力すぎて……!」
「ボグワァアアァァーーーーー!」
 しかしその声は届かず。完全に天を指した煙突から怒涛の火柱が吹き上がり、オフセは怪神もろとも爆発してしまった。
 その劇的な幕切れに、戦いを見守っていた生徒たちは自然と手を合わせる。炎が消えた後に残されたのは、鬼面サイバーオフセ『昇天の型』を思わせる白き煙だけ。
「玲奈は……玲奈は、皆の心の嫁になった」
 萌も天に向かって手を合わせた。


 玲奈は消えようとも、その志は残る。鬼面サイバーオフセ、キミは今どこに。