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<東京怪談ノベル(シングル)>


泉のコンチェルト

「ふんふんふんふん……」

 工藤勇太はヘッドフォンで曲を聴いている。図書館でCDの貸出も行われており、勇太の最近聴く曲は専らクラシックだった。
 前に海棠と約束したのだ。いつか一緒に曲をしようと。
 しかしまあ……。

「あんまりクラシックでないんだよねえ……トランペットとチェロって言うのは」

 ピアノではある事にはある。
 トランペット協奏曲と呼ばれる類のもので、一見するとトランペット単独演奏でピアノはあくまでも伴奏に聴こえるが、トランペット奏者はピアノの伴奏に合わせるように吹かないと駄目だし、ピアノ伴奏者はトランペットを引き立てるように弾かないといけない。なかなか難しい曲なのだ。
 この曲種は何作かはあり、とりあえず片っ端から聴いているが、なかなか勇太のピンと来るものが見つからなかったのである。今聴いているのは、ハイドンの作曲したものだが、どうも音が重厚すぎて、イメージに合わない気がする。

「うーん……」

 そう思いながら歩いていると、「アン・ドゥ・トロワ アン・ドゥ・トロワ」と言う掛け声がヘッドフォンの外から聴こえてくるのに気付いた。
 勇太がヘッドフォンをずらすと、気付けばバレエ科塔まで歩いて来てしまっている事にようやく気付いた。バレエ科塔の窓が大きく開けられており、そこから見えるのは、高等部の生徒達が廊下でバー練習をしている姿だった。
 普段は体育館の地下にあるダンスフロアで練習しているが、バレエ科塔は中に入れば練習用にあちこちにバーと鏡が設置され、塔内ならどこででも練習ができるようになっていた。
 そう言えば。
 勇太はヘッドフォンを首に引っ掛けながら、ふと思い出す。
 前にバレエ科の子と揉めたとか聞いたけど、あの子と仲直りできたのかな。それに……。

「そういや、あんまり知らないんだよなあ、「白鳥の湖」の話って」

 そう思ったら、自然とバレエ科塔へと足が向いていた。

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 バレエ科塔の中は、不思議とどこかでいつも軽やかな曲が流れているのが耳に入る。
1階、2階と登ってみて、ふと小さな小部屋があるのに気が付いた。「図書室」とある。図書館で借りた方が本の種類は豊富ではあるけれど、図書館に行くのが面倒くさい人用に各学科塔に図書室は存在する。もっとも、学科に関係ありそうな本しかないので、本当に本が好きな人間は図書館へ赴くが。
 勇太が図書室へとそっと入ると、中には綺麗な絵本からバレエ雑誌、技術書が少し埃が被って本棚に詰め込まれているのが見えた。ここは忘れられているのかさぼっているのか、図書委員はいない。まあ図書委員がちゃんと管理していたら埃を被る事もない訳だが。
 パッと目を引くのは、最後に誰かが読みかけのまま置いて行ったらしい特徴的な服を着た男女が踊っている絵の描かれた絵本である。あれは、「白鳥の湖」の絵本だろうか。
 勇太はそれの埃をペチペチと掃うと、それをペラペラめくって読んでみる。

 昼間は白鳥になる呪いをかけられた王女オデットと王子ジークフリートは夜の湖で出会い、恋に落ちる。
 真実の愛を告げられなければ呪いの解けないオデットのために、婚約パーティーで彼女に愛を告げると約束するジークフリート。
 しかしオデットに呪いをかけた悪魔ロットバルトはジークフリートを欺き、オデットと瓜2つな自分の娘オディールと婚約するように仕向ける。
 かくして呪いが解けないと絶望したオデットは自害し、ジークフリートも後追い自殺をする。2人の真実の愛によりロットバルトは滅び、オデットと共に呪いにかけられた乙女達の呪いは解けたと言う。

 随分とこう……。
 勇太は絵本を閉じ、本棚に差しながら首を傾げる。
 絵本って言っても全然子供向けじゃないよなあ。哲学的過ぎる内容だし。
 確か怪盗は2人とも「白鳥の湖」に登場する悪魔から取ってるんだよねえ。でもこの2人の関係って何なんだろうなあ。別に敵対している訳じゃないみたいだけど、協力関係はないみたいだし……。
 でも……。
 この場合オデットとジークフリートの役割をする人ってどこにいるんだろうなあ。
 考えてみたものの、勇太にはいまいちピンと来る事はなかった。
 しかしまあ。何で自分もこう、怪盗を追いかけちゃっているのかなあ。別に小山君みたいに新聞記事にしたい訳でもないし、むしろ俺がうっかり見つかるリスクとか高くなりそうなのになあ。
 まあでも……。
 変な事の多い所だけど、ここは結構気に入っているんだよねえ。だから、ここの生活を邪魔するような事はしてほしくないなあ……、多分それが1番の理由かな?
 でも前のロットバルトみたいに、人を傷つけるような人は嫌だなあ。人が傷つくようなら、それは阻止したいし。
 勇太はそう合点する。
 さて、何かバレエの本1冊だけでも借りて帰ろうかなあ……。
 そう思っていた時に何かが棚から落ちてきた。

「いでっ!! ……何これ」

 落ちてきたのは、「白鳥の湖の考察」と書かれたレポートだった。ぺらぺらめくってみると、レポート用紙を束ねて、硬めの装丁を施している。大学部のレポートか何か……かな? 表紙裏を見てみると、一応貸出許可は出るらしく、図書館マークの判子が押されている。
 ……まあ、役に立つのかは分からないけれど。
 勇太はレポートの裏にあった貸出票に記入すると、本来なら図書委員の使うカウンターに入れて、それを持って帰る事にした。

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「おかしい。ここどこだろ」

 ひとまずレポートを読んでみようと思ったのに、どうやってバレエ科塔から出ればいいのかが分からない。渡り廊下に出たら、そのまま普通科塔に出れると思うんだけど……。階段を昇って、気付けば一際広いスペースに出てしまった。あれ……ここどこだろう。
 この階は教室の他にバレエ科の個人レッスン用の部屋があった。
 と、そこから音楽が流れているのに気付く。
 あ、誰か練習しているのなら、道を訊けるかな……。
 そう思って部屋を覗き……。

「あっ」

 レオタード姿で練習している少女がいるのが見えた。
 勝気そうな眼差しで、バーに手をついて、脚を綺麗に伸ばす少女。音楽に合わせて跳ぶ姿には、体重と言うものを全く感じさせない。
 その子は見た事がある。舞踏会で連太を思いっきり殴っていた子だ。

「あの……」
「? 誰?」

 勝気そうな子は大きな目を少しだけ伏せて、こちらを見た。

「ええっと、迷子。です」
「迷子って……別の科の人ですか?」
「うん。そう。新聞部の工藤勇太です。……ええっと、練習中ごめん。ここからどうやったら出たらいいかな?」
「新聞部……」

 その子は恥ずかしそうに顔を赤らめる。ああ、小山君の知り合いだって分かったからかな。
 その子は指を指した。

「あっちの階段を1つ降りたら、そこから普通科塔に出る渡り廊下があります……」
「わあ、ありがとう。あっ、そうだ」

 勇太は頭を下げた後、その子を見た。気恥ずかしいらしく、まだ顔は赤い。

「君の名前教えてくれる?」
「……雪下椿です」
「雪下さんか。教えてくれてありがとうー」

 勇太はもう1度頭を下げると、元気に階段を駆け下りて行った。

<了>