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<東京怪談ノベル(シングル)>


地の底の戦舞

 事件の発端は、この頃ホームレスを中心として、ふらりと姿を消す人間が増えている、という話だった。
 それ自体はけれども、取り立てて騒ぐほど珍しいものではなかっただろう。日本の年間失踪者は、実はあまり意識されないだけで毎年、結構な数に上っている。まして、それがホームレスともなれば実数を把握するのも困難だろう。
 となれば、その調査が公的機関では遅々として進まないのも、無理からぬ事であった。殺人などといった凶悪犯罪が起こればなおさらに、成人した人間の、事件性の薄い――少なくとも表立った事件性の認められない人探しなど、後回しにされがちだ。

(もしかすればこのまま、迷宮入りするかもしれませんわね)

 ぼんやりとそう思い、白鳥・瑞科(しらとり・みずか)は微かな笑みを浮かべた。たとえそうなった所で、彼女自身の知人が行方不明となったわけでもなく、彼女が所属する教会にとっての不利益が生じるわけでもないから、妥当な反応では、ある。
 とある、山の中だった。辺りに密集する木々をさやさやと揺らす風は冷たく、本格的な冬の訪れをいやがおうにも感じさせる。戦闘用の特殊素材で作られた、肩からつけた短いマントが風に揺られてふわり、揺れた。
 瑞科が見つめている先には、周りからは巧妙に視線を遮るように入り口を偽装された、山肌にぽっかりと口を開いた洞窟だ。覗き込んだ視線の先にはただ、見るものすべてを引きずり込もうとするかのような闇が満ちている。
 耳を澄ませても、時折揺れる枝のしなる音や、葉ざやの音以外は何も聞こえない――そんな山の中に今、瑞科が居るのにはもちろん、訳があった。それが件の、ホームレス失踪事件である。
 繰り返すが、瑞科自身にはこの事件はなんら、関係のない話である。そうして彼女の所属する教会にとっても、失踪者の身柄自体は、重要な意味を持っては居ない。
 けれども。その失踪事件を引き起こしているのが、教会とは異なる危険な思想を持つ、最近少しずつ信者を増やしてきたオカルト教団であるとなれば、話は別だ。
 静かな眼差しで、瑞科は洞窟の中を見透かそうとするかのように、じっと闇を見つめた。
 この頃勢いを増してきているオカルト集団――その不自然な隆盛と、些か看過するには危険に過ぎる思想に危機感を覚え、密かに教会が動向を探らせていた調査員がその知らせを持って帰ってきたのは、つい昨日のこと。この頃巷で起こっている、ホームレス失踪事件――その現場と思われるとある町の路上で、ホームレスを昏倒させて抵抗を封じた上で人目につかないよう偽装したバンに積み込む、信者の姿があったのだと言う。

『バンは山中の洞窟の前で止まり、ホームレス達はそこで下ろされていました。以前より、かのオカルト教団が何らかの儀式を行っているのでは、と目をつけていた場所です』

 報告を持って帰ってきた調査員の言葉を聞いて、誰もがたった1つの結論を導かずには居られなかった。危険思想を持つオカルト教団、連れ去られて戻ってきたという話を聞かないホームレス、何らかの儀式を行っていると見込まれる洞窟。
 念の為、公的機関のデータベースにアクセスし、確かに居なくなった人々が誰も帰ってきたという記録が残されていないことを確かめて、教会は翌日、瑞科に指令を下した。件の洞窟で行われているという儀式を確かめ、場合によっては跡形もなく殲滅してこよ、と。

(生贄、と考えるのが一番、自然ですものね)

 じゃり。足元を確かめながら、瑞科はそう考える。かのオカルト教団の事は、日頃はシスターとして教会に所属する瑞科も聞き及んだ事があった。願いを叶えるためならば、血を代償にすることも厭わないのだと。
 その思想自体を、実は瑞科はそこまで異端だとは思わない。聖書にも神は生贄を求めたとあるし、古来、どんな宗教であれ血の代償を求めなかった神はない。
 けれども。ただ個人の願いの為だけに、神の名の元に弱き者の血を流すのが果たして正義かと言えば、些か首を傾げざるを得ず。

(貴方方の神の力、見せてもらいますわよ?)

 くすり、艶やかに微笑んで、瑞科はかつん、とブーツの踵を響かせ、洞窟へと足を踏み入れた。灯1つ持たぬ身だったが、それでも瑞科は己に傷1つつけられる者など存在して居ない事を、確信している。
 だから長い髪をふわりとなびかせ、瑞科は自信たっぷりに一歩、一歩、歩き始めた。その度に瑞科の自信を象徴するかのように、身につけた戦闘用の衣装が大きく揺れ、その下に覆われた魅惑的な肉体の存在を誇張する。
 マントのみではない、身につけているすべての衣類は、瑞科のために特別に開発された、専用の特殊素材を用いた激しい戦闘の動きにも耐えられるものだ。類稀な戦闘力を誇る瑞科の動きに、付いてこられる衣類は普通には存在しない。
 きゅっと、被り直したベレー帽ももちろん、同じ素材で作ったもの。しっかりと締め付けているような感じはないが、いざ戦闘で激しいアクションが必要になった時でも、決してどこかに飛んで行ってしまう事はなく、洗い流したまま括ったりはしない瑞科の髪がめちゃくちゃに動いて視界を遮ったりしないよう、しっかりと押さえてくれる優れもの。
 上半身は、ぴたりと身体に張り付くようなデザインの伸縮性に優れたシャツ。格闘をメインとする瑞科の戦闘スタイルでは、いささか女性らしすぎる豊満な肉体や、その象徴たる豊かな胸元は大きなハンデとなりがちだが、それをしっかりとサポートしてくれる役割も担っている。
 その上に身につけた、肩の部分にだけ超軽量で丈夫な甲冑を模したガードの付いた、全体に補強の意味も兼ねて精緻な刺繍の施された上着は、戦闘中の激しい動きの邪魔にならないようしっかりと押さえ込んでいるシャツを通してなお、ふくよかなまろみを保っていて、大きくブーツの踵を響かせるたびに豊かに揺れた。それでも、瑞科の動きには些かの揺らぎもない。素材が良い証拠だ。
 満足げに微笑みながら、瑞科はカツ、カツ、カツ、と洞窟の奥へ、奥へ、足を踏み入れて行った。その様子を見ているものがいたとすれば、さながら、中世の神殿騎士が竜か悪魔を退治するべく、進軍しているようだと表現した事だろう。
 手にしたロッドもまた、特殊な加工を施して作られており、瑞科の手にしっくりと馴染む。振り回すには少しの重さも感じさせず、けれどもこのロッドを振り下ろされた敵は確実に、頭蓋骨陥没程度では免れないほどの強靭さだ。
 先端につけられた輝石が怪しく、何かの光を反射して輝いた。どうやら敵が、瑞科の存在に気付いてやって来たらしい。
 くすくすと、甲冑に覆われた肩を小さく震わせて、瑞科は笑った。豊かな胸が漣のように揺れる。

「随分、あっさりと尻尾を出しますのね」

 気付かぬふりをして、或いは何も解らぬふりをしていれば、或いは誤魔化しおおせたかも知れないのに。
 そう、言外に軽蔑の揶揄を込めながら眼差しを向けた闇の先には、ぽっ、と灯る明かりが1つ。瑞科のロッドの輝石が相手にとっての目印になるように、彼らの灯もまた瑞科にとっての格好の目印になると、彼らはほんの少しでも考えなかったのだろうか。
 ざわり、洞窟の闇に満ちる気配が凶暴に揺らめいた。ちゃき、がちゃ、と鈍い金属の音が聞こえるのは、彼らが武器を携帯している証拠だ。
 あちらからは瑞科の姿が丸見えなのだろう、ごくり、唾を飲み込むような音も聞こえる。どこまでも下種な方達ですわね、と言葉遣いは丁寧ながら、とっても酷いことを瑞科は遠慮なく考えた。
 ここは洞窟、そして地の利はそれでも相手の中にある。瑞科の圧倒的な戦闘力を持ってすれば、一気に敵を封じることは可能だろうが、そうして下手に洞窟を崩してしまっては、この先で行われているであろう儀式の詳細を確かめることは出来ない。
 一瞬のうちにそこまで考え、ふぅ、と瑞科は浅く、息を吐いた。そうして肺の奥底まで、すぅ、と大きく息を吸い込んで。

「それでは失礼ですけれども、皆様にはここでお休み頂きますわ」

 見えているかは不明だったが、そう、艶やかに微笑むと同時に瑞科のブーツがカッ、と大きく地を蹴った。次の瞬間、膝までをしっかりと覆った白い編み上げブーツの鋭い踵が、ドゴッ! と遠慮なく手近に居た誰かの腹にめり込む。
 グハッ、間近で空気の塊を吐く音が聞こえた。同時に何か暖かいもの、恐らくは吐瀉物が降って来るのを、気配だけでひらりと避けて瑞科は手にしたロッドを別の敵に叩き込む。
 動きに合わせて、腰周りをさやさやと覆うミニのプリーツスカートがふわりと宙に舞った。それが落ちてくるのを待つこともなく、瑞科は振り上げた右足をバネ代わりに身体をぐるりと反転させ、地に着くと同時にその足を軸に左足を大きく振り上げ、相手の顎を蹴り上げる。
 それほど激しい動きをしてもなお、足元をしっかりと覆う黒いニーソックスは、些かもずれることなくしっかりと瑞科の太股に食い込み、その動きをサポートした。僅かに見える白い肌が、まるで初めて空気に触れたかのようにその存在を顕わにし、闇の中でほのかに浮かぶ。
 闇を従え、白く舞う、瑞科の姿はさながら地の底に眠る神に舞を捧げる巫女そのもの。残念ながら彼女自身は、唯一の神に身を捧げたシスターだけれども。
 やがて闇の中で、動くものが何もなくなったのを確認して、ふぅ、と瑞科は小さく息を吐く。予想していた事ではあるけれども、あまりにもあっけなく、てごたえのない連中ばかりだ。

「そうでなければ、己の願いを叶えるのに血を求める神になど、縋りませんわね」

 くすり、苦笑が漏れる。己の力で願いを叶える気概があるのなら、最初からこんな怪しげなオカルト教団になど、頼りはすまい。
 かつ、かつ、かつ、かつ――
 天井の低い洞窟に、ただ、瑞科が歩むブーツの音だけが、幾重にも反響して響き渡る。それはまるで賛美歌の音色にも似ていると、何故か瑞科は思い、また苦笑した。
 洞窟は、予想よりは奥深くまで続いている。横穴も幾つかあるようで、時折は瑞科の歩みを阻害しようと、そこから手に手に武器を持った男や、時には必死の形相をした女もまた、瑞科を血走った目で睨みつけながら襲い掛かってきた。

(弱い犬ほどよく吼える、という格言がありましたかしら?)

 数える事すら面倒に感じながら、容易く振り下ろされた棍棒を避けて相手の首筋に手刀を叩き込み、瑞科はそう考えた。これほど必死になって襲ってくると、むしろ、この先には後ろ暗いものがあると宣伝しているようなものなのだが。
 それでも、彼らが瑞科の歩みを止められるのなら、効果的な手段。だが生憎と、ここに立つ瑞科はオカルト教団に縋らねば戦うことすら出来ない、弱い相手など足元にも及ばぬ強者である。
 かつ、かつ、かつ、かつ――
 僅かに息を見出しもせず、瑞科は敵を叩きのめし、奥へ、奥へと歩みを進める。彼女が歩み、戦いの舞を舞うたびに、倒れ伏すものが山積になり。
 やがて行く手に、篝火と、それに照らされたぽっかりと広い空間が見えてきた。迷わずまっすぐにそちらへと足を進め、そこに繰り広げられていた光景を見た瑞科は、予想通りのものを見て小さく、失望に鼻を鳴らす。
 覆面を兼ねたローブに全身を覆った幾人かの、司祭らしき人間。その中央に据えつけられた祭壇には、どす黒く変色した血がこびりついている。何か薬品を使われているのだろう、祭壇に寝かされたホームレスらしき男は抵抗らしき抵抗もせず、空ろな眼差しで、今まさに振り下ろされようとするナイフの切っ先をじっと見つめていた。
 あまりにも解りやすい、解り易過ぎる、生贄の儀式。

「申し上げたくはありませんけれども、独創性って、大切ですわよ?」

 思わず瑞科は呆れを込めて、そう言った。世に流布している娯楽マンガやゲームをかき集めれば、似たような儀式など幾らでも見つけられるだろう。
 だがその正直な、そして容赦のない瑞科の言葉は、生憎彼らには受け入れられなかったようだった。覆面の人間たちが発する気配が凶暴になり、周りでその儀式の成り行きを見守っていたのだろう、信者らしき人間たちがカッと顔を赤くして憎々しげに瑞科を睨みつける。
 或いは、麗しく可憐で、この場に居る誰よりも宗教色の強い装いをしている瑞科にそう評された事で、彼らの存在そのものを否定されたと思ったのかもしれなかった。とは言え瑞科にとっては、それも慣れた感情だ。美しく、麗しく、可憐で強い、完璧な彼女は周りからの嫉妬も受けやすい。
 くすり、だから艶やかな笑み1つで受け流した、瑞科に信者たちが一斉に襲いかかった。その数は、十数人をくだらない。手に手に武器を持っている辺りは、さて、果たしてここで行われていたのはどんな儀式だったものやら。
 けれども――

「それなりに成功はしてるみたいですわね」

 小さく、瑞科は呟きながら頭上に振り下ろされた棍棒をロッドで跳ね除け、トン、と軽く地を蹴って彼らから距離を取った。ちらり、流した眼差しの先に居るのは不定形のスライムにガーゴイル。
 いずれも下等な生き物にせよ、ああいったものを召喚出来る程度には、この儀式の支配者は実力があったと言う事だろう。ちょっとは成果があって良かったじゃありませんのと、くすくす瑞科は肩を揺らした。
 大きく、ロッドを振り上げて構える。輝石を向けた先はうねうねと瑞科目掛けて近寄って来ようとするスライム。胸の中で幾つか呼吸を数え、静かな眼差しでスライムを見つめ。

「でも、あなた方の居場所はここにはありませんの。お帰り下さいませね?」

 歌うように呟くと同時に、輝石の先から鋭い電撃が迸った。ピシャッ、と雷が落ちたような大きな音がして、命中したスライムがビクリと大きく跳ね上がる。
 風圧で、瑞科の長い髪がふわりと宙を舞い、全身が大きく揺れた。悩ましい肢体を前に、信者達の、中でも特に若く精力に満ちた若者達の眼差しの中に、凶暴な衝動の色が混ざったようだ。
 だがけれども、その程度の男に触れられる事を許すほど、瑞科は弱くはない。衝動のままに飛び掛ってきた男を、軽蔑の眼差しで容赦なく叩きのめし、片っ端から急所を一片の慈悲もなく踏み潰す。
 艶やかな、可憐な容姿でもって、無慈悲に戦う瑞科はさながら、人間に神の罰を下して回る天使そのものに見えた。或いは、御使いとは神の意を忠実に地上に反映するものであるのだから、教会の指令を受けて戦う瑞科はまさに、その者であったかも知れない。
 ふわり、瑞科が身を揺らし、しなやかな腕をたたきつけ、躍動的な足を蹴り上げるたびに、信者たちが1人、また1人と倒れていく。そこに一切の慈悲はない。そこに一切の手加減はない。
 大きく両腕を振り上げた。自然、胸を張り出すような姿勢に、抑えていても直その存在を主張する、上着の下の豊かな女性の象徴が大きくその存在を主張した。
 それに一切、構うことなく――瑞科は両腕を、その先に握り締めたロッドを大きく、振り下ろす。

「貴方方の信じる神と共に、永遠の眠りを差し上げますわ!」

 言葉と共に、ありったけの力を込めた重力弾が打ち出された。それは洞窟の天井へと当たり、ピシリ、と大きく亀裂を走らせる。
 続けざまに、瑞科は次々と重力弾を放ち、電撃を走らせた。ピシピシピシと、天井の亀裂がどんどん大きくなり。
 やがて。

 ――ズズズ‥‥ッ

 大きな地鳴りが響き始め、土埃がぱらぱらと降り始めたのを確認して、瑞科はさっと身を翻して洞窟を出る。僅かに追いすがって来ようとした相手は、容赦なく、徹底的に意識を奪い、と止めを刺した。
 タイミングも、角度も、威力も完璧だった。この洞窟はすぐに崩れて、中にあったものは跡形もなくなるだろう。ホームレス失踪事件は永遠に迷宮入りをするか――或いは中から遺品の1つも見付かって、さらに謎は深まるかも知れない。
 瑞科にはどうでも良いことだった。彼女に与えられた任務は、この上なく完璧に完了している。

(後はこの結果を、教会に報告しなければなりませんわね)

 ちらり、1度だけ崩れ落ちる洞窟を振り返って、瑞科は肩にかかった長い髪をぱさり、払いのけた。シスターらしくほんの少しだけ瞑目し、それから艶やかな笑みを浮かべて背を向ける。
 そうして、誰も居なくなった山の中に――土の崩れる大きな音が、重く、低く響き渡った。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢  /      職業      】
 8402   / 白鳥・瑞科 / 女  /  21  / 武装審問官(戦闘シスター)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

戦う神官騎士なお嬢様、いかがでしたでしょうか。
今回もまた、お強く華麗で可憐なお嬢様を目指させて頂きました。
何となく蓮華の中のイメージが、某RPG風な感じだったので、はい――発想が貧困なのはオカルト教団ではなく、ええ(目逸らし

ご発注者様のイメージ通りの、お嬢様のお強さや女性らしさの引き立つノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と