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<東京怪談・PCゲームノベル>


【D・A・N 〜First〜】


(んー…どうすっかなー…)
 工藤勇太は思案していた。
 どこにでもあるような街の裏路地。その壁に背を預けるような格好で、眼前のいかにもな不良を見遣る。
 さっきからどこかで聞いたような陳腐な悪役の台詞ばかり口にしているその不良は、ついさっき、これまたどこかで見たような陳腐な絡み方をしてきて勇太を路地裏に引き込んだ当人だったりする。
 それなりに背が高く体格も悪くない上、勇太への絡み方からしてこういうことをするのは初めてではないらしい不良と、さほど背も高くなく、ぱっと見は身体も細く決して屈強とはいえない勇太。
 恐らくこの現場を見た人間は十中八九、勇太があえなく不良に搾取されるものと思うだろうが――。
(この場を『何とか』するのは簡単なんだけどな)
 心中で呟いた通り、勇太にはこの場を切り抜ける――事によっては不良を叩きのめすことのできる――手段があった。
 俗にいう、超能力。
 サイコキネシス、テレポート、テレパシー…超能力の中でも割とメジャーなそれらを、勇太は生まれつき持っていた。
 それらの能力はメリットだけでなくデメリットも勇太に与えたが――むしろこれまでの自身の人生を振り返るにデメリットであった記憶の方が濃いわけだが――それを自由自在とまではいかずとも、ある程度思うように使用できることは、誰よりも己がよく知っている。
 けれど。
(でもこんなののせいで力持ってるのバレたりするのもなぁ)
 たかだかその辺の不良のために、能力者だとバレるような危険を冒すのもどうなんだ、と思う自分が居るのも確かで。
 というか、「めんどくせぇなー」というのが正直なところだったりもする。
 結果、ただただ不良の言い分を黙って聞いているような状態になっていた、その時。
「あっれー? なんかマズイとこに出ちゃった感じ?」
 唐突に聞こえた声に、驚いたのは勇太も不良も同時だった。
 路地の更に奥、暗がりから現れたその人物は、色素の薄い茶色の髪を掻きつつ、首を傾げていた。
「ん? んんー?」
 何やら唸ったかと思うと、まじまじと勇太を見る。その視線の強さに勇太が思わずたじろぐと同時、不良が声を上げた。
「ンだよ、お前。とっととどっか行け」
 そう言って睨みを利かせる不良に、恐らく勇太と同年代だろう見た目の少年はにかっと笑った。状況にそぐわないその笑顔に、こいつ大丈夫かと色んな意味で不安になる勇太。
「や、サスガにこの状況でそのままどっか行くってのは良心的なアレが疼くっていうか何て言うか。とりあえずさ、」
 そのままひょいっと不良との間合いを詰めて。
「『どっか行く』のはアンタの方だよ。――分かった?」
 不良と視線を合わせて、そんなことを言った。
(いや、言って聞くんなら最初からこんなことしねぇだろ…)
 よっぽど空気の読めない馬鹿だとしか思えない行動に、呆れ半分、興味半分で成り行きを見守っていると――不良がふらり、と動き出した。
 一瞬見えた表情が妙に虚ろに思えて、確認しようと反射的に踏み出す――その一瞬前に、能天気な声がそれを止めた。
「ちょーっと訊きたいことあるんだけど、いい? まあダメでも訊くけど。むしろダメとか言わせないけど」
 それはどうなんだという発言をしつつ勇太に向き直った少年は、人好きのする笑みを浮かべて言った。
「ここ、『東京』であってる?」
「……は?」
 あまりに意味不明――というかとんちんかんな『質問』に、間抜けた声が漏れた。
(ここが『東京』かって…それわざわざ他人に確認することか?)
 そう思ったのが表情に出たのか、少年は更に言葉を重ねる。
「あーいや今の質問は海より深く山より高いやむにやまれぬ事情があってのことなわけでね? 決してオレが現在地の都道府県すら分からないようなカワイソウな頭してるわけじゃなくってさ。いや確かにオレは鶏頭だって常々言われてるし自分でもそう思うしムズカシーことは律の管轄だって思ってるわけだけど――ってのはまあ置いといて」
 ぺらぺらと紡がれる言葉は内容を肯定するようにまったくもって理路整然としていない。あんまり相手を意識して話してないんだろうな、と勇太は思う。マイペースというかなんというか。
(っていうか律って誰だ?)
 この流れでいきなり出てきた人名に、つい脳内でツッコミを入れる。どうでもいいこと――勇太自身に関わることではなさそうなのは分かっているので口にはしなかったが。
 「置いといて」の部分で無駄にジェスチャーなんかをした少年は、再度勇太の目を見て、問う。
「で、ここって『東京』だよな?」
「……そうだけど」
 質問の意図は分からないままだが、ひとまず答える勇太。対する少年は、考え込むように目を伏せた。
「あれー? んじゃまさか違う『東京』に出ちゃったとか? でも感覚にひっかかるくらいのヒトは結構いるしなー…」
 何やらぶつぶつ呟いているものの、完全な独り言のようで、勇太にその内容は窺えない。
 暫く怪訝な表情で思考に没頭していた少年は、不意に「ま、いーか」と顔を上げた。
「答えてくれてありがとー。助かった!」
 にっこりと笑って礼を言う、その顔にオレンジの光が差す。
 沈みゆく夕日の光がこの路地に差し込んだ、それだけのこと。勇太は「ああもうこんな時間か」と思っただけだったが――少年の反応は違った。
「うあ、やばっ?!」
 ざっと顔色を変えて、あたふたと辺りを見回す。
(何してんだ?)
 どうしようどうしよう、と全身で叫びつつも何かを探しているようなその動きに、勇太が首を傾げた――その瞬間。
 焦りを映したその顔の輪郭が、揺らぐ。色彩が褪せて、薄れる。空気に溶ける。
 そして極限まで薄れたそれは、差し込む光が消えた――陽が完全に沈むと同時、再構築される。
 揺らいだ輪郭は、先ほどよりもやや細身の身体を形作り。
 褪せて薄れた色彩は、色を変え、鮮やかに。
 そして先ほどまで少年が立っていたそこには――…全くの別人が立っていた。
 日に当たったことがないような白い肌、先の少年よりも幾分か長い、夜闇の如き黒髪。
 呆れたように細められた対の瞳は、髪色よりなお深い漆黒。
 夜を纏ったその人物は、勇太を見て溜息を吐いた。
「まったく、あの阿呆は救いようがないな」
 発した言葉は勇太に対するものではないようだった。この場には勇太と目の前の人物以外見当たらないので、一体誰に向けての言葉なのかは謎だが。というか。
(…え? 今の、何?)
 明らかに通常起こりえないことが目の前で起こったように見えたのだが。
 勇太の見間違いでなければ、一人の人間が、全く別の人間へと変化する――そんな信じがたいことが起こった、のだが。
 動揺でパニックに陥った勇太だったが、それは一瞬だった。動揺が行動に表れるより早く、気持ちを立て直す。
(いや、でも霊とか悪魔とかいたりするわけだし、こういうこともあるのかも…? 人間に見えるけど人間じゃないとか)
 そもそも自分も『超能力』という『普通でないもの』を持っているわけだし、今目の前で起こったようなことだって起こりうるのかもしれない。
 そんな風に考えて自分を納得させた勇太に、黒髪の少年――先の勇太を助けた少年と同年代に見える――は軽く頭を下げた。
「突然のことに驚かせただろう。すまない」
「え、あ、いや……」
 どう返すべきか咄嗟に判断できず、曖昧に言葉を漏らした勇太に、彼は続けて言葉を紡ぐ。
「見られてしまったからには一応説明しておこうかと思うが――その前に」
 そう言って居住まいを正した少年に、何事かと勇太が身構えれば。
「私の名は律。そして先程君の前で阿呆な言動を晒したのがカイという。差し支えなければ、君の名前も聞かせてもらえないか」
 真面目な顔で、自己紹介をしてきた。
(…さっきの――カイってのもそうだけど、マイペースだな…)
 確かに名乗りは人間関係の基本かもしれないが、何故にこの流れで。
 しかしこれでさっきカイが口にした人名の謎が解けた。解けなくても全く問題なかったが。
「俺は工藤勇太。…えーと、呼び捨てでいい? 同年代っぽいし」
「……。…構わない。好きに呼んでくれ」
 意味深な沈黙があったものの、律は首肯した。
「それで――説明だが。私とカイは全くの別人だが、今は同じ存在であるとも言える。それ故に先程のような現象が起こった。太陽が出ている間はカイが、太陽が沈んでからは私が存在できる――そういう『存在』になっているからだ。理解するうえでは姿の変化を伴う二重人格とでも思ってもらえばいい。実際は違うが」
「へぇ……」
 わかったようなわからないような。というか実際は違うならその理解の仕方は駄目なんじゃないだろうか。
 徐々に暗くなる空に視線を遣った律は、淡々と勇太に告げる。
「…大分暗くなってきたな。君も早く帰るといい。先程のように再度誰かに絡まれることがないとも限らない――まあ、カイの手出しは余計なことだったかもしれないが」
「…っ、それ、どういう――」
「それでは。――恐らくは此度つくられただろう『縁』により、次があるかもしれないが、そうならないことを願おう」
 真意の読めない言葉と、何故か気遣うような視線だけを残して。
 その姿は、消えた。
(…何だったんだ…?)
 あんまりにも不可思議な出来事が続きすぎて、なんだか色々麻痺している気がする。
(消えた…みたいに見えたけど、テレポートとかだった、のか?)
 考えても、答えは出ない。少なくとも超常の力が働いたんだろうということだけが確実で。
 明らかに『普通』でない彼らだが、それを理由に敬遠しようとは考えない自分に勇太は気付く。己の願う『普通』から確実に外れた存在だろうと思うのに。
(なんか、こう…気になるんだよな。何でだろ)
 例えるなら、崖っぷちをふらふら歩いている人間を見ている心地というか。あと一歩でも間違えればまっさかさまに落ちるだろう場所を望んで歩いている人間を見てしまったような、そんな感覚。
(あの言い方だと、最初からああいう存在じゃなかったみたいだし…その辺のこと、聞いたら教えてくれるのかな)
 名前と顔しか知らないけれど、何故か『次』があると思えた。去り際に律もそんなことを言っていた気がするし。
 ともかくも、不可思議な二人に思いを馳せつつ、勇太は律の忠告通りに家に帰ることにしたのだった。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1122/工藤・勇太(くどう・ゆうた)/男性/17歳/超能力高校生】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、工藤様。ライターの遊月です。
 「D・A・N 〜First〜」にご参加くださりありがとうございました。

 専用NPC・カイと律、如何でしたでしょうか。
 昼メインということでしたが、説明の関係上、交わした言葉の数は似たり寄ったりに…。まあ律はコミュニケーションというより好き勝手喋っただけですが。

 ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
 リテイクその他はご遠慮なく。
 それでは、本当にありがとうございました。