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<東京怪談ノベル(シングル)>


総力戦丁沖・悪華繚乱

 計器を見つめ、彼らは心の奥から這い上がってくる恐怖に身を震わせていた。
 イタリアの、とある研究所で。地球という観点から見れば余りにちっぽけなこの場所で、今、彼らはまさに悪夢としか言いようのない光景を目の当たりにしている。

「こんな事が、本当に‥‥」
「悪夢だ‥‥」
「因果律に抗うなど、大宇宙の意思に背く行為ではないか」

 口々に、譫言のように呟いた。そうしたところで何も変わらないことはわかっていたが、それでも呟かずにはいられなかったのだ。
 光より速い粒子。そんなものが現実にこの世にありうるのか。
 ある意味では『ないはずだ』という信念の元に研究を重ねてきた彼らは、今、その光景を目の当たりにして言いようのない恐怖に身を震わせずにはいられなかったのだ。それは検証実験に過ぎず、彼らはただ与えられた実験手順の再現をしているだけだと解っていても。
 なんと言うことをしてくれたのだ――誰とも知れず、そう思った。光の粒子より速いものはこの世には存在しないという、子供でも知っている因果を、この実験は覆してしまった。
 何という、悪魔の御業。しかもそれは誰かの世迷い言ではなく、こうして現に彼ら自身の手によって再現された――同じ再現実験は、他の研究所でも行われているだろう。
 もはや、その実在を否定する事は出来ない。その事実が彼らを打ちのめし、恐怖させる。
 ――なんという、悪夢。





「ふ、はは‥‥ッ! あっはははは‥‥ッ!」

 イタリアにある、虚無の境界聖堂。その祭壇の前で、まさに魔女のごときブラックドレスに身を包んだ藤田・あやこ(ふじた・あやこ)は喉をのけぞらせて哄笑した。
 祭壇の上には生贄の血肉。辺り一帯に満ちる、むせかえるような血臭があやこの意識を高揚させる。
 あやこはこの祭壇で、生贄を捧げて祈った――「ニュートリノの光を我に授けよ。因果応報。報いを先んじよ」と。光の速度よりもなお速いその力を、この身に授けたまえ、と。
 その祈りと、捧げられた血肉に悪魔は応えた。最後の文言を紡ぎ終わった途端、どこからともなく到来した禍々しい光が魔女を、あやこを愛撫するように包み込んだのだ。
 そうしてその光が消え去った時、あやこは身の内に、新たな力が宿ったのを確かに感じた。身体の底から漲ってくるような光の奔流――これが、たったいま悪魔から与えられた力である事を、あやこは疑わない。
 狂喜。あやこの心中を表すならば、その言葉が一番相応しいだろう。狂おしいほどの破壊の衝動が、あやこを支配する――早く、この力を使ってみたくて、彼女を認めなかった下らない連中に見せつけてやりたくて、仕方がない。
 くすり、そんなあやこを見て、巫浄・霧絵(ふじょう・きりえ)が微笑んだ。彼女が見出し、誘惑し、導き入れた、新たな虚無の幹部。あやこがその座にあって裏切らぬ限り、霧絵は彼女の破壊の願いに応えよう。
 あやこ、と名を呼んだ。手元のリモコンを操作すると、立った今まで厳粛な儀式場だった聖堂の壁に、ぱっとどこかの映像が浮かび上がる。
 その光景に、もちろんあやこは見覚えがあった。彼女が作り上げたブランド・ブティックモスカジの本社を、一体どうして会長である彼女が忘れる事があるだろう。
 右上のテロップに小さく、『内乱罪!? ブティックモスカジ家宅捜索!』と白い文字で書かれている画面の中では、次々とダンボールが運び出され、一体それが何の捜査資料になるのかと思わず首を傾げたくなるようなモスカジのファッション資料が押収されていく所だった。幾つか零れ落ちたデザイン画を撮りながら、画面の中のパパラッチも首を傾げている。
 本社玄関前に集まったそれらのパパラッチと、次々に映し出されるモスカジのファッションデザイン、そうして次第にヒートアップしていく大衆――それらに、霧絵は嗤った。おもねるようにあやこもまた、嘲る笑みを浮かべる。

「モスカジの蛾の紋様に秘められた大衆洗脳効果――発動するときが来たわ」
「ええ」

 あやこの言葉に霧絵は頷く。頷き、その混乱の行く末を思って遠い眼差しを血塗れた祭壇へと注ぐ。
 あやこを新幹部に迎えた後、教祖たる霧絵が仕掛けた罠は巧妙で、ちょっとやそっとでは見抜くことは出来ないだろう。まさに蛾の模様の如く、巧妙に織り上げられた罠――それから果たして、何人の人間が逃れえるだろう?
 くすくす、くすくす――
 血臭むせ返る聖堂の中で、あやこと霧絵の笑い声がただ、こだまする。イタリア、38度線。かつて虐殺事件が起こった場所で、再び死が蔓延し、地獄の扉が新たな住人を飲み込むべく開くだろう。





 イタリア、シチリア島。北緯38度線上に位置するアリ村では、晩鐘が鳴り響く中、教会前の広場では人々があちらこちらで頭を垂れて、夕べの祈りを捧げていた。
 かつて、この島では血生臭い事件が起きた。中世の昔、住民と為政者の間に刻まれていた溝は、とある暴行事件をきっかけに一気に住民感情を爆発させ、暴徒と化した住民達によって4000人もの住民が虐殺される悲劇へと発展したのだ。
 その暴力の嵐はシチリア島全土に及んだ。ついには当時、東ローマ帝国遠征のために用意されていたローマ軍の艦隊も焼き払われ、数多の死傷者を出したと言う。
 だから住民は、頭を垂れて祈りを捧げる。二度と同じ事が怒りませんように――かの犠牲者達がどうか、魂の安寧を得られますように――

「大変だ!」

 どこかから、声が上がった。祈りを妨げるなんてと、眉を潜めた住民達はけれども、続く言葉を聞いてさっと顔を蒼褪めさせる。
 国際手配を受けている死刑囚・藤田あやこがイタリアに潜入したらしい。しかも彼女はこの、シチリア方面に向かっているらしいというではないか。
 ざわ、と祈る人々の間にどよめきが広がった。なにやら世界各地で、騒動を起こしているという死刑囚の話は噂には聞いている。そんな人間がやって来るなど、シチリアは一体どうなってしまうのか――

「あぁ‥‥ッ」

 まさにその時、地中海に浮かび上がった数多の戦艦を見て、人々の絶望は極地に達した。晩鐘の鳴り響く中、ローマ艦隊が焼き払われた――これはまるで、その故事を再現しようとするかのようではないか。
 1人、2人。
 恐れて逃げ出そうとする人の群れは、やがて波となって教会前の広場を飲み込んだ。逃げようとする人が人を押し潰し、辺りに悲鳴が蔓延する。
 その中で、IO2地中海艦隊基地を出港した艦隊は、あやこを警戒して厳重な警備を強いていた。御伴の戦艦に乗り込んだのは、件の死刑囚あやこの義理の娘で、サンフランシスコではあやこに重傷を負わされたと言う。
 ぎり、と辺りを見据える眼差しは強く、険しい。これはサンフランシスコの雪辱なのだと、乗り込む時に語っていたと隊員が言っていた。
 ――そうして。

「死に損ないの小娘が!」
「‥‥ッ!」

 突如、哄笑と共に放たれた光の矢を、娘は敏感に察知した。察知し、逃れながら目から光線を撃った――ハズ、だった。
 にやり、嗤ったあやこの顔。禍々しいその笑みを、一体何人の人間が目撃したであろうか。
 ブラックドレスを地中海の風にはためかせ、嗤ったあやこの――反対側からきたとしか、思えぬ角度で背中に突き刺さった光の矢に、娘の目が愕然と見開かれた。

「な‥‥ッ!?」
「因果に抗う魔法。たっぷり味合わせてやろうねぇ!」

 そんな娘を面白そうな眼差しで冷酷に見下ろして、あやこは次々と光の矢を放つ。それらの光の矢は次々に、娘の背中へ、腹へ、ももへ、腕へと突き刺さり、辺りに配備された地中海艦隊をも突き破ろうとする。
 ニュートリノの光の力を手に入れたあやこにとって、娘や艦隊の動きはあまりにも緩慢で、とまっている蝿ほどにも見えた。それらを狙い撃ちすることなど、ひどく簡単な作業だ。
 圧倒的な力。圧倒的な優位。
 撃たれる前に撃つあやこの魔法は、文字通り悪魔に授けられた力。それを見切ろうともがく娘の動きの、なんと緩慢な事か。

「あー‥‥はははは‥‥ッ! 全部沈んでおしまい!」
「お母さん! 正気に戻ってよ!」

 次々に地中海に、爆沈していく艦隊の花火が咲いた。その中で自らも傷付きながら、必死に空を見上げて呼びかけてくる、娘。
 見下ろし――あやこはニヤリ、嗤う。

「おかあさぁぁぁん‥‥ッ!」

 そうしていずこともなく姿を消したあやこの背に投げかけられた、娘の叫びと涙が空しく、地中海に響いた。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名   / 性別 / 年齢  /         職業          】
 7061   / 藤田・あやこ / 女  /  24  / ブティックモスカジ創業者会長、女性投資家

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

お母様の悪の幹部としての華々しい(?)ご活躍の物語、如何でしたでしょうか。
今回はタイトルのご指定がありませんでしたので、以前の発注から引き続きでつけさせて頂きました。
苦境に耐えて耐えて、最後に一気に勝利を掴む――と言うのは、見ていてもドラマチックで素敵ですね(笑
次回、お嬢様のターンはどんな形になるのでしょう。

ご発注者様のイメージ通りの、禍々しさ際立つ闇の戦いのノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と