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あなたとハッピークリスマス!
すがすがしい朝であった。朝の散歩だろうか、園児と先生の集団が向かいから歩いてくる。何事もなくすれ違うはずだったのだが、
「ねぇ、おじさんってサンタさんの知り合いの人?」
「なんでだよ」
「だって、赤い服着てるし大きな袋持ってるし」
そう指摘され、草間・武彦は自身の姿を見直した。なるほど、赤いセーターにダークレッドのスウェットに無精ひげ、さらには燃えるごみの入った大きな黒い袋を持っている。単に可燃ごみの日にごみを集積所に持っていくだけである。これをもってサンタの知り合いと断ずるなら、それも良かろう。
武彦の沈黙を肯定と受け取った園児は、更に言葉を続けた。
「あのね、僕、サンタさんにお願いしたいことがあるんだけど、どこにいるのか探してくれない?」
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「アメリカンドリームがこの冬日本上陸! この迫力にに乗り遅れるな! 超大型メガトン級テーマパーク風ショッピングモール、ステテコ♪」
テレビから流れてきた軽快な音楽に、藤田・あやこは食事の手を止めて見入っていた。
「ステテコ……日本上陸……」
すべてが巨大、すべてが激安。会員制の大型スーパーの存在は以前から知っていた。それがとうとう日本にやってくる。つまり、
「私に、会員証を手に入れろということよね……」
手に入れるための計画を考え始めたあやこに、天啓が降りてきた。
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「お前、よく引き受けてくれたな。報酬出ないどころか自腹だぞ、自腹」
武彦があきれたように言う。
あのあと、「子供の純粋な夢を壊さないで」と園長先生に押し切られて、幼稚園慰問をタダでで請け負うことになったのだ。いわゆるクリスマス会のサンタ役である。プレゼントを運ぶ関係上、一人では厳しいと思い、無償で働いてくれる人を募ったのだ。すぐに連絡が来るとは思わなかった。
「気にしないで。まさにこれ以上ないチャンスだから」
あやこはひらり、と一枚のチラシを武彦の目の前で揺らした。某アメリカ由来の巨大スーパーのオープンセールについて、派手派手しい色で書き立ててある。
「ここで準備を整えるのよ! もちろん、会員証を作って」
「ほお……」
武彦も食いついた。
「まあ、ここならいろいろ安く手に入りそうだな」
もっともらしい理由を吐いているが、新しい店に興味深々であることは明らかだ。
そびえ立つ白く巨大な建物。壁には大胆に「ステテコ」の文字が青く染め抜かれている。概観も大味だったが、中に入るとそのアメリカンサイズさに度肝を抜かれる。
食欲をそそる色でできたカーペットと思ったそれは冷凍ピザだった。これを解凍できる巨大電子レンジなんて、どこか特殊な研究所にしかないんじゃないだろうか。
「ねえ、『ピザ』って10回言って?」
あやこがベタないたずらを仕掛けてくる。警戒しながらも武彦がそれに応じる。
「ピザ、ピザ、ピザ、ピザ……」
「じゃあ、ここは?」
「………………………………………………………………膝゜」
「見事に切り抜けたわね」
悔しさの中にもうれしさが隠しきれないあやこだ。
「さあ、ここでプレゼント買って食べ物も買って、25日にパーティーを開くのよ、園庭で」
「何も聞いてないぞ」
「あれ、言ってなかったっけ? 大丈夫、許可なんてすぐ下りるから」
「とかいいながら巨大鶏肉をかごに入れるな。どうするつもりだ」
「チキンで子どもたちにキチン質を……なんちって」
「きちんとしなきゃいけないのはお前だろ! っつーかこの肉本当に鶏肉か? 明らかにダチョウよりたくましいモモ肉だぞ!」
「だってステテコサイズだもん」
「そういう問題じゃねえ!」
あやこは気になるものをどんどんかごに放り込んでいく。それに気づくたび武彦が元に戻す。ひそやかな攻防が続く。
「これすごい、極太フランスパン!」
「中に誰かが入ってるって言われたら信じそうだな……いや、だから買わないぞ」
「こういうの、園児が喜ぶと思わない?」
「喜ぶかもしれないけど、一番楽しんでるのはあやこだろ」
「とかいって、さっきから『南関東の天然氷』1ガロンが気になってるみたいだし」
武彦とあやこ、どっちもどっちであった。
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そして、クリスマス会当日。幼稚園はかわいらしくクリスマスの装飾がされていた。
「いい子にしてたみんなのために、サンタさんが来てくれたよー!」
園児たちを集めて座らせ、先生が前振りを繰り広げている。
ドアの向こう、廊下の隅で、あやこと武彦は静かに出番を待っていた。武彦の格好はもちろんサンタクロースだ。間違っても赤いトレーナーなどではなく、正真正銘サンタ服である。あやこは赤地に白いファーのついたワンピースを着ていた。
「――じゃあ、みんなで呼んでみようか。せえの、『サンタさーん!!』」
「サンタさーーん!!」
「サンタさあぁん!」
凄まじいラブコールにたじろぎつつ、二人は20人の幼稚園児の前に姿を現す。期待で一杯の20対の瞳に、武彦が声を出した。
「め、メリークリスマス。よい子にしていた君たちに、会いに来たよ。……ほっほっほ」
なんともぎこちないサンタだ。しかし、
「サンタさんだー!」
「来てくれたんだ、やったー!」
「オレの願い事聞いてくれるの?」
「うわー、うわー!」
どうにか盛り上がってくれた。が、目ざとい子供もいる。
「こっちのお姉さんは誰ー?」
「サンタさんに女がいるのー?」
聞き方によっては随分大人な意味を持つが、おそらく他意はない。
「え、ええと、こいつは……」
なんだろう、サンタガールとか? としどろもどろになっている間に、
「サンタさんの彼女ー?」
「うわー、どぉはんだ!」
「どぉはんってなあに?」
「デートのこと?」
「ちがうよーお金払ってデートするんだよ」
マセガキどもが勝手に騒ぎ出す。
大きく手を広げて場を制したのは保母さんだった。
「いい? この人は洗濯ロォズ。サンタクロースさんの優秀な助手なのよ」
「せ、洗濯ローズ……?」
それは一体なんなのか。洗濯のおばさんみたいなものか? クリーニング屋? 武彦が想像をめぐらせている間に、
「……そうよ、私は洗濯ローズ! シャボンの女神より使わされた真実の巫女!」
あやこは確実に何かを受信していた。
「わー、洗濯ローズだー!」
「良い子のみんな、靴下をお出し! 綺麗な靴下には綺麗なプレゼントを入れて返してあげる!」
恐るべし、洗濯ローズ。そして子供たちの適応力。
「みんなー、洗濯ローズさんの言うことを聞くのよー」
保母さんも保母さんだ。武彦だけが一人取り残されている。
「あれ、俺、一応サンタさんなのに……」
洗濯ローズの前に子供たちが一列に並ぶ。渡された靴下に、白い袋から取り出したプレゼントを入れて返してあげる。
「これからもいい子に洗濯するのよ!」
「はーい、洗濯ローズさん!」
武彦は、洗濯ロォズにプレゼントを手渡しするだけの助手と成り果てていた。
「……これで全部ね。あれ?」
なにげなく武彦のほうを振り返ったあやこは、袋の中にまだプレゼントが残っているのに気づく。
「あぁ……これか。お前にやるよ」
「あまりものには福がある?」
「さぁな」
肩をすくめ、武彦は次の会場である園庭へと出て行ってしまった。クリスマスツリーとバーベキューの準備がしてあるのだ。
「園児の数は分かってたはずなのに……」
不思議に思い、あやこは早速包装を破ってみた。そこにあったのは、レコードサイズのぺろぺろキャンディだった。4桁の数字がコミカルに印字してある。
「5963」。
ゴクローサン。
まさかの語呂合わせであった。
「ふっふっふ……」
最初からこれをあやこに渡すつもりだったのだろうか。
報酬分は働こうじゃない。
「洗濯ローズ様の、登場よ!」
あやこは飛び切りの笑顔で園庭に飛び出した。
〜Merry Christmas!〜
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