コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


恐怖! ヒゲ剃りババア

 冬晴れの空の下、押し寄せる寒波に反逆するように号令をかける女が一人。
「そーれ、ごっしごし!」
 呼びかけに応えるように復唱するのは、いかにもむさ苦しい髭をたくわえた男たち。
「ごっしごし」
 ――そう、おなじみギックリ腰坂学園・髭部の面々である。
 体毛とふんどしだけを身にまとい、寒空の下で一斉に白いタオルを肌にこすりつけている。まごうことなき乾布摩擦である。
「艷やかな顎、すっきりした美しいヒゲラインの維持には?」
「心身の健康、そしてステキな剃刀が必須です」
「そのとおり!」
 年の瀬の締めにふさわしい目一杯のドヤ顔を満面に浮かべ、あやこは仁王立ちのまま部員に告げた。
「そこで、セール情報よ」
 懐から取り出したるは、とある電気屋の新聞折込み広告だ。
 なぜそこまで巨大な紙に印刷するのですか? 2枚組じゃダメなんですか? と問いたくなる大判のアレを、あやこは部員の前で広げた。
 予めチェックしてあったと思しき赤丸を指し、高らかに宣言する。
「3枚刃やら4枚刃はもはや過去の遺物にすぎない。この『10枚刃電気シェーバー』こそ来年のマストアイテムよ!」

 かくして早朝の電気屋――ギックリ腰カメラへ赴くあやこと髭部員。
 しかしたどり着いた店舗は、まだ開店直後だというのに何やら騒がしい。
「何かあったの?」
 慌ただしく走り回る店員を呼び止めて、あやこは問いかけた。
 すると店員は涙目になって、状況を語り始める。
「先着の電気シェーバー、十個が即完売しちゃったんですが……空広告だろってお客さんが騒ぐもんだからもう」
「えっ、もう売れたの!?」
 驚くあやこ。それもそのはず、まだ開店から5分も経っていない。
 特別に整理券を配布するといった話もなかったのに、もう十人が会計を済ませたというのか?
「私どもの方では、在庫はちゃんと用意したんです。信じてくれますよね?」
 今にも泣き出しそうな顔であやこを見つめる店員。
 意見を求めて背後を振り返るが、今にも泣き出しそうな顔で電気シェーバーに思いを馳せる部員達が目に入って、あやこは頭を抱えた。
「……どっちも信用するとしたら、何者かが買い占めた、としか考えられないわね。どちらにせよ今日は諦めて学園に戻りましょう」
 部員たちの野太い泣き声が、電気屋中にこだました。

 部室に戻った部員たちは、皆一様に落ち込んだ様子であった。
 ある者は遠くを見つめたまま放心し、またある者は怒りのあまり叫び始めている。
「ギク腰の髭剃機、買いそびれたぜ」
「うおおおおお畜生ギックめぇぇぇぇえええ!」
「正月を古いカミソリで迎えるとかマジ勘弁すぎる……」
「……手が震えてうまくヒゲが剃れないよ」
「お、おぬし、顎から出血しておるぞぉぉぉぉ!?」
 阿鼻驚嘆とはこのことか。これぞ血祭り。そんな馬鹿な。
 なんだかんだ言って髭部の人間はピュアでいいやつばかりなのだ。
 このまま放っておいては女がすたる。
 あやこはこの件に関しての調査を行うことを決心し、同時に草間・武彦に協力を仰ぐことにした――。

 一方その頃。
「ポチってしまったでござる……」
 頭を抱える男が一人。体調不良で自宅に残っていた髭部の一員である。
 失意のどん底にいたギク腰カメラからの帰り道、ギックリ腰商店街でサンタのコスプレをした幼……少女から渡されたチラシ。
 そこには、喉から手が出るほど欲しかった、あの限定特売の品が掲載されていたのだ。
『未開封新品。こちらの商品はウホーッネットオークションにて販売中』
 煽り文句を見た男の胸中で、ふたつの想いが拮抗する。
 転売厨爆発しろ!
 でも欲しい!
 ……しばしの苦悩の末、男は欲望に負けた。
 落札完了である。翌朝配達の文字を見つめ男はニヤリと笑った。
 ――これが悲劇のはじまりだと、この時、男はまだ知らない。

「空き巣ぅ?」
 さめざめと泣く部員の姿に、あやこは思わず間抜けな声をあげた。
「夜中にちょっとコンビニに出かけたら……」
「で、何を盗られたの。お金?」
 その問いに部員は首を振る。
「いえ、荒らされたのは洗面所洗濯物、タオル、それからゴミ袋がなくなっていました」
「……どういうことなの……」
「わかりません、だからこそ気色悪いというか」
 ふたたび頭を抱える部員とあやこ。
 だが、そこへ割って入る人物があらわれた。事件の背景調査に向かっていた草間である。
「あやこ、ウホオクの出品について一つ分かった。どうやらやはり、ギク腰カメラのセール品転売らしい。電気屋店舗付近でソリが目撃されている」
「ソリ?」
「ああ。トナカイ便の配送車だ。ウホオクの落札物を多く配送している会社だな」
「……ウホオク?」
 顔を見合わせる部員とあやこ。
 謎の因子が少しずつ、つながり始めた。
 ヒゲ剃り完売。買い占め。ウホオク転売。落札。空き巣。
「どうやら、鍵はトナカイ便にありそうね」
 高額落札者を狙った空き巣か。それとも……?
 残る謎はひとつ。
 なぜ、金目のものが奪われなかったか――。

 答えを求めて、あやこは部員数名を引き連れトナカイ便本社を訪れた。殴り込みとも言う。
 バァン、と派手な音を立てて扉を開く。
 その先に広がっていた光景は、目を疑うようなものだった。
「……ヒゲ?」
 ウイーンガシャン。ガガ、ピー、ガガッ、ガガッ。
 わかりやすい機械音を奏でながら、部屋の中央で大型のプリンターが稼働している。
 印刷されているのはダンディなヒゲおじさまの肖像。
「あっ、あの子っす! 自分にウホオクのチラシをくれたの!」
 空き巣被害にあった部員が、プリンターの傍に立つサンタ衣装の少女を指差して叫んだ。
 あやこが部員の指す方を見ると、少女は奥に鎮座する老婆に、何やら難癖をつけられているようだった。
 老婆の手には絵に描いたような鞭が握られていた。
「独り暮らしの男の洗濯物だって言ったろう! 既婚者じゃ駄目なんだよ、この役たたず!」
「ひいぃ、申し訳ございません!」
「あたしゃ若い男のヒゲが欲しいんだ! 新鮮なヒゲの屑がね! 屑のヒゲはノーサンキュー!」
「へ、変態だー!?」
 思わず本能で叫んだ。
 ……まったく、解せぬ。(状況が)
「あの、もしもし?」
「若いのに高額で落札するようなやつは、良家の子息に違いないからね。ほれ、さっさとお行き! 次はこの家だよ!」
 老婆は少女を蹴り飛ばすと、満悦の表情で印刷された紙に頬ずりをする。
「ああ、いいねぇいいねぇ。若い子のヒゲはいいねぇ、いいにおいがするよ」
 そのセリフに、あやこはようやく、老婆の目的を知った。

「髭トナーかい!」

「と、トナカイ便だけに……」
 場に沈黙が流れかけたが、あやこはそれを許さなかった。即座に気持ちを切り替え、滑ったギャグを諸共なかったことにするように、高らかに号令をかける。
「髭部! 全員、用意ー! 髭フェチ婆を成敗せよーっ!」
「ははー!」
 ドカッバキッ。ババアは倒れた。髭フェチ(笑)

 こうして髭のお手入れをこよなく愛する髭部の面々により、ヒゲ剃り買い占め・転売の犯人は捕縛された。
 その後あやこはといえば、プリンターを没収され泣き崩れる老婆に容赦なく「この者悪徳転売者兼泥棒」と張り紙を貼り付けると、
 蹴り倒されていたサンタ少女に手を差し伸べ、友好の契りを結んだという。