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<東京怪談ノベル(シングル)>


運命の手

 あなたに、この気持ちを打ち明けよう。
 あなたは何と言うだろうか?
 私を受け入れてくれるだろうか?
 それとも…。


 真夜中の空気は冷たく、雲がかかる空には僅かな隙間から月光が差す。
「二年参りか…」
 白い息を吐きながら、コートを着込んだ草間武彦(くさま・たけひこ)はポケットに手を突っ込んだ。
「………」
 草間の隣を上質のスーツの上にファーのロングダウンを着込んだ黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)は無言で歩く。
 時刻は12月31日の午後11時を回ったところである。
 向かうは渋谷区にある由緒正しき神社。
 初詣に向かう途中である。
 この時間にしては行き交う人は多く、皆同じ目的で歩いている。
 軽やかに、そして笑顔で歩く人々が多い。
 その流れの中で、冥月は今日告白するべきことを考えていた。
 どこから切り出したらいいのか…。
 そんなことを考えていたから、冥月は小さな石につまづいた。
「冥月、前見て歩け」
 危ういところで、草間が冥月の体を支えた。
「ご、ごめん…ありがとう」
 顔を赤くしてそう呟くと、草間が小さく笑った。
「おまえでもボンヤリする事あるんだな」
 呑気にそんなことを言う草間に、冥月は少しだけ微笑んだ。
 あなたのその笑顔は…私が全てを話しても変わらないでいてくれるだろうか…?

 境内は既に、大勢の参拝客でにぎわっていた。
 例年参拝の規制がかかったりもする大きな神社だけに、その賑わいはまるで真昼のようだ。
「これは本殿に参拝するまでに時間がかかるな…」
 人の頭越しに先を見つめる草間はため息を漏らした。
「コーヒーでも飲む?」
「…用意がいいな」
「ふふっ。寒いかなって思ったから」
 小さく異空間を開け、そこから小さな水筒を取り出す。
 その中身は手ずから引いたコーヒー豆で淹れた温かなコーヒーが入っている。
 それを一口飲んだ草間は「あぁ、これこれ」と口元を緩めた。
「話が…あるの」
 冥月はそれを機会に、口火を切った。
「…どうした? 深刻な話か? なら、別の場所で…」
「ここで! ここでいいから…」
 列を離れようとした草間の袖を引っ張った。
 冥月の強い決意を感じ取ったのか、草間は無言で冥月に向き直った。
「歩きながらでいいのか?」
 草間が再度確認すると、こくりと冥月は頷いて草間にしっかりとしがみついた。

 ねぇ、私がクリスマスイブに泣いてしまったこと、覚えてる?
 …私ね、昔酷いところに居たの。
 人間を人間として扱わず、ただの殺戮兵器に変えてしまうようなところよ。
 幼い頃から殺しの道具として育てられたの、私。
 そんな私にね、初めて感情をくれた人がいた。
 人というものが温かくて、笑いあえて、支えあっていけるものだって教えてくれた人。
 その人がいなければ今も私は、組織の暗殺者だったんだと思う。
 …そう。武彦にも教えたよね。私に誕生日をくれた人よ。
 私、その人を愛していた。
 何度だって一緒に死線を潜り、お互いに生きているんだって感じられた。
 その人とならずっと生きていけるんだって信じてた。
 でも、あの人はそんな生き方を変えようとしてくれた。
 一緒に組織を抜けようとしてくれたの。
 そしてあの人は殺されて…私は故郷の日本でお墓を見守って生きようと決めた。
 あの人だけを守っていこうって…。
 でも私、あなたに出会った。もう誰かに惹かれる事はないと思ってたのに止められなかった。
 危うい感じがあの人ととても似ていて、最初はあの人を見ているみたいだった。
 だけど、あの人とは違うあなたを見つめ始める自分がいた。
 そして、あの人の存在の大きさを、あなたへの想いが強まる程に思い知らされた。
 あなたのいない人生ももう考えられない、だけど…あの人を忘れられないの。
 私、どうしたらいいのかわからない。
 とても不安で、あのイブの日も涙を止められなかった。
 この気持ちのままで、あなたと一緒にいることも辛い。
 だけど、私、自分に嘘をつきたくないの。
 私は…あなたに捨てられるのが今、一番怖いの…。

 しっかりと握った手を、冥月は伏せ目がちに見つめた。
 手首にはクリスマスにもらったブレスレットが輝いている。
 草間は何も言わずにゆっくりと歩み続けている。
 人ごみの中にいるにもかかわらず、監獄の中にいる気分だった。
「私、酷い女よね。武彦のこと好きだって言いながら、あの人のこと忘れられない」
 冥月は涙をこらえていた。
 今流す涙は卑怯なだけだ。そんな涙は流したくはなかった。
「それでも…こんな酷い私を赦してくれるなら、あの人の事は忘れる…忘れてみせるから」
 冥月は首に手を回すと、ロケットを引きちぎって草間の前に差し出した。
「これもあなたに捨てて欲しい」
「…これ、お前が大切にしてる…?」
「あの人の写真が入ってるの」
 草間の手の平にぎゅっと握らせた。
 あとは…草間が決断してくれればいい。
 私は、それに従うだけ。

 草間は手のひらのロケットを見つめた後、何も言わずにロケットをポケットに入れた。
「これは俺が直しておくから」
 そう呟いた草間は、少しだけ笑って見せた。
「そんな辛そうな顔するな。そいつだってお前を泣かせるために命はったわけじゃないだろ?」
 草間は冥月を抱き寄せて、一緒に歩き出す。
 参拝の列はもうだいぶ本殿に近づいているようだ。
「あのな? 冥月」
 草間はそう一言おいてから、話し出した。
「俺は、今までいろんな人間と出会って、別れてきた。だけど俺は、人と出会ってきたことを後悔しない。別れたことを負い目に感じたりしない。そうやって出会って別れたことは、俺の運命だ」
 運命…そんな不確定な言葉を草間が口にするとは思わなかった。
 冥月はぼんやりと草間の言葉を反芻する。
 私とあの人と死に別れてしまったことも運命なの?
 そして、武彦と出会ってしまったことも…?
「そんな運命に立ち向かうにはどうしたらいいか? 知ってるか?」
「…わからない。どうしたらいいの?」
 冥月が訊ねると、草間は微笑んだ。
「祈るんだよ。祈りが届くまでずっとな」
「誰に?」
 冥月の問いに、草間は財布から5円玉をふたつ取り出した。
 そしてひとつを冥月に渡した。
「神様。先に逝った知り合い。そして、自分に…だ」
 本殿最前列で、二人は並んで初詣を済ませた。

 参拝を終えると、日にちは既に1月1日になっていた。
 
「…今度、その恋敵の墓参りにでも行くか」
「え?」
 冥月は丸い目をして草間を見つめた。
「言っただろ? 祈らなきゃいけないって。二人で祈ればいつかは届くさ」
 草間は目を細めて、白い息を吐いた。
「うん…そうね。そうかもしれない…」
 二人で…あの人を弔えば、私、あの人との出会いを思い出に出来るのかもしれない。
「あけましておめでとう。今年もよろしくな。冥月」
「えぇ。あけましておめでとう。今年も…ずっとよろしくね」
 二人は手を繋いで歩き出した。
 温かな草間の手が、冥月はとても心地よかった。
 あなたとなら、この運命を乗り越えられる気がする…。

「ねぇ、今日は一緒にいてもいい?」
 冥月が恥ずかしそうにそう訊くと、草間は冥月の髪をクシャリと撫でた。