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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.10 ■ 決断 ■


 ―深い深い意識の淵で、勇太は夢を見ていた。自分ではない“A001”と呼ばれた自分が、様々な能力を扱いながら鬼鮫と、武彦と対峙している。こんな事は望んでいなかった。勇太は意識の淵で呟く。
 能力の乱用による意識の摩耗。自分ではない“A001”の意識は徐々に弱まり、自分の意志が表に多少は出せる様になっていく。
 シルバールーク改Dによって発射されるミサイルは、サイコキネシスによる防御壁でダメージを受ける事はほぼないとは言え、周囲の民家や家に流れ弾が当たらないとも限らない。そう感じた勇太は振り絞る自我によってミサイルを次々と上空へと誘導し、爆発させた。おかげで地表には着弾させる事はなく、周囲にその傷跡を残す事はなかった。


                 ―『殺して』


 そう願った勇太に武彦が答えた言葉は、誰よりも言ってほしかった言葉。


       ――「お前は生きたいって願ってりゃ良いんだ、勇太ぁ!」


 武彦の言葉は戦闘が終わり、意識の淵に漂う勇太の心の中を温かい優しさで満たしていく。


 深い意識の淵で、勇太は静かに目を開けた。



「…叔父さん、憶えているかな?」

「『幸せになる為に生きろ』って、昔そう言ってくれたよね…」

「でも、それはとても難しくて、無理なんだ…」

「俺がどんなにそう望んでいても、世間がそうさせてくれない」

「力を隠して、周りと距離を置いて…。それが、“幸せ”になる方法」

「…そう思ってた…」

「でも、それは間違いだったって気付いた」

「普通の人で、能力なんて持ってない。それでも、俺より強くて…」

「俺の事なんて子供扱いしてくれちゃってさ…」

「…そんな人が、いるんだよ…」

「俺、この能力を隠す事も、利用される事も、もう嫌なんだ」

「だからさ、俺は守る為に戦う…!」

「叔父さんが望んだ形とは違うかもしれないけど、見つけたから」

「俺だけが出来る、俺だけが創れる…―」


              「―俺の幸せを…―!」






――「なぁにやってるんですか、草間さんてば」
 抱えていた武彦から手を離し、勇太は呆れた様に呟いた。
「お前、大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫」勇太はすっと百合を真っ直ぐ見つめた。「俺の能力と同じ…。確か、アンタの能力は空間操作による銃攻撃だったよね?」
「フフ、そうよ。正確には、その能力も持っているわ」百合がクスクスと笑う。「私はオリジナルのアナタを殺し、オリジナルを超えた存在になる…!」
「…へぇ? それは随分楽しそうなシナリオだね」勇太は挑発しながら武彦の腕を掴んだ。「だったら、ついてきなよ」
 勇太はそう言って武彦を連れたままテレポートを開始した。目指す場所は決めていなかったが、人がいない、民家もない街の近くの山の頂上にある大きな公園。勇太はそこへ行先を決めた。
 テレポートして山頂の公園に着いた所で、百合は得意の空間を繋ぐ能力を使い、勇太の目の前に再び姿を現した。
「鬼ごっこはお終いかしら?」
「ここなら誰かを巻き込む事もないからね…」勇太はテレパシーを応用して周囲に人がいるかを探るが、どうやら近くには誰もいない様だ。「草間さん、手出さないでね」
「…大丈夫なのか? アイツはお前の能力を奪って強くなっている…。以前よりも手強くなっているって事だぞ」武彦がコートの内ポケットにしまった銃へと手をかけながら尋ねる。
「うん。良い事なのかは解らないけど、洗脳されて一度大きく力を解放したせいか、銚子が良いんだ。今の俺なら、負けないよ」
「…そうか。なら、任せるぞ」
 武彦がそう言って勇太の肩をポンと叩いた。勇太は感じていた。その武彦の触れた手が、優しくて温かい。そう、何処か叔父に似ている、と。
「ゴチャゴチャ言ってないで、さっさと死ねば良いわ!」能力を駆使し、百合が先手を取る。
 勇太は一足早く百合の背後へと回ろうとテレポートしたが、予想していたよりも百合の空間接続は早く、手に握っていた銃を勇太の側頭部へと押し当てる。勇太は手を振り翳す事もなく百合の銃をサイコキネシスによって衝撃を生み出し、弾いた。が、それはあくまでも百合の初手。そのまま空間から飛び出た手がサイコキネシスを生み出し、勇太の身体を横へと吹き飛ばす。砂塵を巻き上げながら樹へと叩き付ける。
「あはは! 自分の能力で殺される気分はどう!?」歪んだ笑顔を浮かべ、百合は念の槍を練り上げて叫んだ。「死ね、オリジナル!」
 勇太の創り出す念の槍とは違い、禍々しく暗い紫色の槍が勇太の飛ばされた先へと猛突進した。奥へと続く林も薙ぎ払い、槍は風化するまでその速度を落とす事もなかった。
「は…ははは…! すごい! 私の能力! 私の力がオリジナルを…―」
「―おい、ジャリっ娘」狂喜する百合へと冷静な武彦の声が突き刺さる。「まだ終わっちゃいねぇ。油断しない事だな」
「何…―!」
「ふぅ、飛ばされた時はさすがに驚いたけど、そのまま俺の能力と一緒だね」傷一つ負わずに勇太が横から姿を現した。
「な、何故そんな所に…―!」
「衝撃波は何も攻撃だけに使う訳じゃないって事」勇太は溜息混じりにそう言った。「今の砂塵は、俺が意図的に起こしたものでただの攪乱だよ。ちなみに、その“念の槍≪サイコ・ジャベリン≫”は俺のオリジナル能力だけど、アンタじゃ直線にしか飛ばせない。俺みたいに操れる様になるには、まだちょっと無理があるかもね」
「くっ…!」百合の表情が憎しみで歪む。どうやら霊鬼兵として改良された百合の性格は好戦的且つ直情的になりつつある様だ。「…そんな事、今は必要もない!」
 次々に“念の槍”を空中に練り上げる。本来であれば精神力の消耗は尋常ではない筈だが、百合はそんな素振りを一切現さない。それどころか、力が満ちていく様にすら感じる。
「勇太! 様子がおかしいぞ!」武彦が勇太へと声をかける。
「うん、俺も気付いてる…。能力の乱用は術者の精神力を大きく消費する筈なんだ。なのに、その素振りもない…。隠しているって訳じゃなさそうだし…」
「フフ、霊鬼兵となった私には、周囲の霊気を収束させ、無尽蔵に力を作れる! 例え能力の扱いが負けても、スタミナで負ける事はないわ!」
 百合の言葉と同時に“念の槍”が次々と勇太に目がけて飛びかかる。勇太はそれらをあっさりと避け、百合とは対照的な蒼く澄んだ色をした青い“念の槍”を練り上げ、百合へと攻撃するが、百合もまた新たに槍を練り上げてそれを相殺した。
「相殺…出来るんだ」勇太が何かに気付いた様に呟いた。「…確かに、俺の能力そのまんまコピーしたみたいだね。それでも能力の限界あるみたいだけど…」
「そうよ! キミは自分の能力を呪っていた! だからこそ、私が殺してあげる! キミが呪い、忌み嫌った能力で!」新たに練り上げた巨大な“念の槍”が姿を現す。高さ三メートルに横幅五メートル程の強大な力の塊が、その矛先を勇太に向けて睨み付ける。「死ねえぇぇ!」
「避けろ、勇太!」武彦の叫びも虚しく、勇太は避けようともせずに両手を翳し、人差し指と中指の二本だけを“念の槍”に向かって突出し、外へと向けて構えた。
「―な、なんだと…―!」
 勇太の手に触れた瞬間、禍々しい光を放っていた“念の槍”が勇太の力に呼応するかの様に徐々に青く染まり、動きを止めた。勇太がそのまま両手を広げると、青く光った粒子が飛散していく。
「残念だけど、俺はオリジナルだから。キミが俺の能力を真似ても、俺には通用しない」勇太が静かに呟く。「俺は、この能力をもう嫌ったりしない。俺にしか出来ない、誰かを守る戦いをする為に俺は戦い続ける…!」
「勇太…」
 勇太の瞳に、迷いはなかった。真っ直ぐと百合を見据える。
「…守る…だと…! だったら…! 何故あの時…!」
「…?」
「フザけるな…フザけるなぁ! 壊してやる! お前を壊してやる!」
「…っ!」勇太の頭に痛みが走る。「ぐっ…あぁ!」
「フフフ、精神を壊してやれば、いくらキミでも―!」
「―捕まえたよ」勇太が小さく笑って百合へと視線を戻した。「“精神汚染≪サイコ・ジャミング≫”でしょ? 俺はデータと違って、成長するんだ。やろうとする事、全部ぶっ壊してやるのは俺の方だ!」
「くっ…、あああぁぁ!!」百合が頭を押さえながらその場に跪く。「やめろ…、やめろぉ…! ああぁぁぁぁぁっ…―」


         ――勇太は百合の記憶と心の奥底へと意識を進めた。



                              Episode.10 Fin