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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


来たれ!2012

 クリスマス。
 楽しげに祝う街の人々は、皆幸せそうな笑顔を浮かべ通り過ぎていく。

 あたしもあの中の1人だったらよかったのに…。
 春日謡子(かすが・ようこ)は窓から眺めるそんな光景にため息を吐いた。
 月刊アトラス編集部の入った白王社のビルは今どす黒い瘴気に覆われていた。
 そして、その渦中で謡子は窓の外を眺めていたわけである。

 遡ること、数時間前。
 また苦情処理のために訪れた月刊アトラス編集部から不穏な空気が漏れ出していた。
 恐る恐る足を踏み入れると、そこには鬼の形相をした碇麗香(いかり・れいか)の姿。
 な、何事なの!? いつもと違うその状況に二の足を踏む謡子。
 そんな謡子には目もくれず、その他の社員も皆殺気だって動き回っている。
 クリスマスなんてどこ吹く風だ。
 そんな中、麗香は叫んだ。
「いいこと! 世の中がクリスマスだ正月だなんていってるけど、うちにはそんなものはない! 一分一秒でも早くいいネタ仕入れて記事にしなさい! じゃなきゃ、アンタたちの来年は来ないわよ!」
 …どうやら切羽詰っているようだ…。
「あ、三下さん! どうしたんですか!?」
 ふらふらしていた三下忠雄(みのした・ただお)をとっ捕まえて、謡子は話を聞いてみた。
「いや、実は…来月号のトップ記事を任せてあったフリーのライターさんが記事持って他社に駆け込んじゃったんですよ…何か記事になりそうなネタありませんか? じゃないと僕たち、正月を無事に迎えられません…」
 後半は泣きながら、三下はそう訴えた…。


1.
「ネタって…オカルト絡みじゃなきゃ駄目なんですよねぇ?」
 そう訊ねた謡子に、三下はすがる様な目をしてコクコクと何度も頷いた。
 しかし、謡子は申し訳なさそうに三下から目を逸らした。
「…や、あたし今まで全然そういう体験したことなかったから。ここに派遣されてアトラス編集部のこといろいろ知って、あーそういうのってほんとにあるんだーって吃驚したくらいだし…」
 そう言って謡子は「ごめん」と付け加えた。
「いえ、こちらこそ無理を言ってすいませんでした…」
 明らかに落胆した声だったが、それでも三下は謡子を気遣うように笑った。
 その笑顔を謡子は頭の中で天秤にかけた。
 天秤の上には三下をはじめとする月刊アトラスの面々、そしてもう片方にはもうすぐ来るであろう仕事納めと正月休み。
 コタツで上げ膳・据え膳、日本酒飲んで弟の出るであろう歌番組見て…。
 考えるだけで至福。これ以外に選択肢はない気がした。
 しかし…と謡子は再び三下を見た。
 この仕事をこなさねば来年はないと言い切った麗香は、本気の本気だろう。
 あたしに…この人たちを見捨てることが出来るの?
 自問自答。天秤がグラグラと揺れて、ついに片方に傾いた。
「サポートしか出来ないけど、あたしでよければ手伝うよ」
 その言葉が出てきた時、三下の顔が輝いた。
「ほ、ホントですか!?」
「お茶汲みでも夜食の買出しでも肩もみでも、何でも言ってよ」
 どんと胸を張って言い切った謡子に、三下は涙ぐんで頭を下げた。
「すいません! 恩に着ます!!」
 それを笑顔で返し「頑張りましょ」と三下の肩を叩いた。
 要はこの仕事がさっさと終われば、三下たちもあたしも無事に正月を迎えられるってことよね。
 自分をそう納得させて、謡子はこの手伝いをすることを決めたのだった。


2.
「これ、コピーお願い!」
「はい! 今すぐ!」
「こっち、コーヒー頼みます!」
「今いれます!」
 容赦のない要請に、謡子は休む間もなく動き回った。
 クリスマスソングはいつの間にか鳴り止み、一晩が明けた。
「…悪いわね、別部署なのに巻き込んでしまったみたいで…」
 給湯室でウトウトとしていた謡子に、声をかけたのは他でもない編集長・麗香だった。
「あ…いえ。お困りのようでしたし…」
 ショボショボとした目だったが、話しかけられて少し目が覚めた。
「…少し仮眠するといいわ。疲れていたら作業効率も落ちるというものよ」
 片手を軽く挙げて立ち去ろうとした麗香に、謡子は思わず声をかけた。
「麗香さんはとらないんですか? 仮眠」
 振り向いた麗香は不敵に笑った。

「私が寝てたら、終わる仕事も終わらないでしょ?」
 
 その一言だけを残して、麗香は戦場へと消えていった。
 …あれが仕事に生きる女の覚悟か…。
 あたしは…まだそこまで至ってないな。
 言葉に甘えて少しだけ仮眠させてもらおう。
 給湯室の隅っこの椅子に座って、謡子はうつらうつらと船を漕ぎ出した。
 そうだ…目が覚めたら…ネットで調べてみよう…まだ、あたしにも出来ること…が…。
 夢か現か。そんなことを考えながら、謡子は夢の中へ落ちていった…。


3.
 すっきりした。数時間眠っただけで充分眠気は飛んだ。
 謡子はコーヒーや雑用をこなしながら、空いていた1台のパソコンの前に陣取った。
 ネタに使えるものが出てくるかはわからないが、ネット検索をかけてみることにした。
 ネット検索なんて誰でも出来るものだ。
 そんなことはわかっている。だけど、やれることはやっておきたい。
 今のあたしに出来ること、やれることをやるだけ!
 片っ端から検索キーをいれて、検索をしまくる。
 どこかにきっとまだ未発掘の情報があるはずだ。
 …と、ひとつ気になるキーワードを見つけた。
 東京都下にある、まだ掲載されて間もない心霊スポットの書き込みだ。
「三下さん! これ…どうかな?」
 シュレッダーの前で泣いていた三下を呼び、2人でモニターを見つめる。
「…春日さん、これ…ぼ、僕行ってきます!」
 取材バックを引っつかみ、大声で「取材行ってきます!」と三下は大急ぎで出ていった。
 …役に…立てたのかな?
 はぁ〜っと思わず大きなため息が出た。
「春日さん! すいませんが、買出しお願いできますか?」
「あ、はい! 今行きます」
 立ち上がり、コートを着込むと謡子は編集部の扉を開けた。
 入れ違いに黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)が編集部に入っていった。
 外に出ると、街は迎春の準備に入っていた。
 少しずつではあるが、編集部にも春は近づいている。
 だから、あたしも今やれることを精一杯やろう。


4.
 27日…28日…刻一刻と流れていく時間。
 その時間の中で編集部員たちの手によって次々と原稿は作られ、その原稿は麗香の手によって決定稿とされた。
 そんな中で、三下からの連絡がないことが謡子は不安だった。
 三下さん、大丈夫かな…。
 原稿に目を通す麗香にコーヒーを差し入れながら、謡子は考えた。
 乱れた髪が麗香の疲れを物語る。
 編集部には最初ほどの勢いはなく、疲労困憊の雰囲気が全体を包んでいた。
 もはや春はこないのかもしれない…そんな絶望感すら感じられた。
 謡子はそんな彼らにさしいれをし、時に肩をほぐし、時に励ましの声をかけて回った。
 それが謡子に出来る精一杯のことだった。
 と、突然!編集部の扉が開かれ、ボロボロになった三下が転がり込んできた。
「お、遅くなってすいませんでした!」
「ネタは!? 記事のほうは出来そうなの!?」
 立ち上がった麗香は三下のほうに向かって怒鳴った。
「は、はぃい! ネタはばっちりでした!」
 すくみ上がった三下に麗香はにやりと笑った。
「よし! 早速書き上げなさい!」
 その号令と共に、活気のなくなっていた編集部に生気が戻った。
 三下さんが流れを作った…? みんなやる気を取り戻した…!
 先ほどまでの絶望感が消えたことが、なにより嬉しかった。
「手伝えることがあったら言ってくださいね!」
 謡子がそう言うと、三下は「じゃあ…」とモジモジとした。
「お腹空いちゃって…何か食べ物もらえますか?」
「OK! ちょっと待ってて!」
 給湯室に買い置きしておいたおにぎりと、温かなお茶を入れていそいそと三下の元へと持っていった。


5.
 三下の原稿は何度も麗香につき返されては改稿されていく。
「没! 書き直し!!」
 厳しい言葉が飛んだが、三下は諦めなかった。
「僕が頑張らなきゃ、皆さんにいい年が来ませんからね」
 謡子が温かな飲み物を差し入れするたびに、呪文のように三下はそう繰り返した。
 29日…30日…そして31日。
 いつの間にか取材に行っていたらしいアルバイトの桂(けい)と黒冥月が戻ってきて記事を纏めている。
 頑張って…みんな、頑張れ!!
 謡子は笑顔でみんなを励まし続けた。

「…よし…これで完成よ! みんなお疲れ様!!」

 麗香のその声と共に、編集部から歓声が上がった。
「年内で…終わった…」
 腰が抜けたように座り込んだ三下に、謡子はにっこりと笑った。
「お疲れ様でした! …やりましたね」
「か、春日さんのおかげです…」
 ボロボロと泣き出した三下に、謡子はぽんぽんと肩を叩いた。
 編集部員たちはついに仕事納めをすることが出来た。
 みな足早に帰宅していく。
「春日さん。印刷所に原稿回すからちょっと手伝ってもらえるかしら」
 不意に麗香が謡子を呼んだ。
 そうなのだ。本というのは印刷してもらってやっと完成なのだ。
「わかりました。お手伝いします」
 本が出来るというのは大変な手間がかかっているものだ…と改めて思った。
「これが終わったら時間ある? どう? 飲みにでも行かない?」
 麗香がデータ入稿をしながら、そんなことを言った。

 ヒレ酒と甲羅酒とつまみのわさび漬けに、焼き魚。
 女2人の居酒屋で、謡子は麗香と共に新年を迎えた。
「明けましておめでとうございます、年末の凄まじいお仕事お疲れ様でした。契約延長して貰えるかどうかわかんないけど、とりあえず今年も宜しくお願いします」
 そう挨拶した謡子に、麗香はふふっと笑った。
「管理部で必要ないって言われたら、うちに来るといいわ。即戦力は歓迎よ?」
 その言葉にちょっとだけ酔いが醒めた。

 今年こそは…仕事一筋…じゃないほうがいいかも? 

  
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■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 8508 / 春日・謡子 / 女 / 26歳 / 派遣社員

 2778 / 黒・冥月 / 女 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒


■□     ライター通信      □■
 春日・謡子様

 明けましておめでとうございます。三咲都李です。
 この度は混沌とした月刊アトラスへの助っ人ありがとうございました。
 もう1人参加者がいますが、今回は完全個別に近い形で作らせていただきました。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。
 それでは、今年が謡子様にとってよい年になりますように。