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年越し☆新春♪暴走特急な僧侶たちはいってらしゃーい!!
新たな年を迎えんと厳かにして神聖な空気漂う海岸沿いの寺社は異様に張りつめた緊張感に支配されていた。
寺のあちこちでは警報装置を片手に見回る僧侶たちの姿が多くみられ、参拝者たちはあまりの超厳戒態勢ぶりに息を飲み、本堂への参詣もそこそこに早々に立ち去る始末。
彼らがここまで警戒するのはなぜか?
それは年に一度、初日の出とともに訪れるものが理由であった。
新たなる年の先行きを照らし出す太陽の光が寺社・奥の院にゆっくりと差し込むと同時にそこに置かれた屏風を闇の中から鮮やかに浮かび上がらせた。
見るものを圧倒させる力強く描かれた松と一対の鶴の水墨の屏風絵。
だが、参拝者たちの目に触れられることはかなわなかった。
厳かな空気をぶち壊す大型バイクのとんでもない排気音。
「来たぞ!!周りを固めろ」
「警察に連絡しろ!!」
怒号にも似た叫びが飛び交い、険しい表情を浮かべた僧侶たちが竹刀やさすまたといった護身具を手に奥の院を周辺を固める。
だが、無情にも爆音とともに大きな影が、僧侶たちの頭上を飛び越える。
「喝ぁぁぁぁぁぁっ!!」
「喝ぁぁぁぁぁっぁぁっぁぁっぁ!!」
不自然な叫びが響き、僧侶たちの背後に大型バイクが一台転がったかと思うと空中回転をしながら奥の院に飛び込む二つの影。
その勢いで新年を迎えるにあたって新調された障子が木端微塵に粉砕され、無残な姿を化す。
「だぁぁぁぁぁぁっ、また来たあぁぁ」
「警察はまだかぁぁぁぁぁ」
「誰かあの罰当たりを止めろ!!」
阿鼻叫喚の地獄絵図さながらに僧侶たちが悲鳴を上げ、奥の院へと続く石段を駆け上がるが、時すでに遅かった。
墨染めの衣を片肌に脱ぎ、首には『仏上等!』『正義は暴走だぜぇぇぇと!!』など意味不明かつ罰当たり極まりない札と数珠をかけたファンキーな姿をした二人の僧侶もどきはそれぞれ懐から墨汁と筆を取り出し、器用にも掌でくるりと回す。
「坊主がぁぁっぁぁぁぁぁ」
「上手にぃぃぃぃぃぃ」
奇声をあげ、水墨画の屏風に向かってためらいなく筆を下す。
黒々とした墨痕が一対の鶴を塗りつぶされると同時に知らせを受けて僧侶たちと一緒に石段を上がってきた住職は血を流さんばかりの叫びをあげた。
「屏風にぃぃぃぃぃぃぃ」
「手水のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
住職の絶叫など無視し、僧侶もどきの二人はためらうことなく筆を屏風に走らせる。
荘厳な絵はもの数分もせず、どっかの暴走族が迷惑顧みず商店街の塀や地下道の壁に書きなぐる落書きと化していく。
「絵を描いたぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっ!」
フィニッシュとばかりに二人の声が見事に重なった時、屏風絵には訳のわからん巨大な鮫もどきの落書きが書き加えられ、完全にその荘厳な姿を永久に失った。
「はーはっっっはっ、喝ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ようやく石段を登り切った住職以下寺社の僧侶たちは無残な姿をさらす屏風絵を目撃し、力なくその場に膝をつく。
そんな彼らをあざ笑うかのように―いや、完全にあざ笑った僧侶もどき二人は高笑いを残し再び障子をブチぬき、階下へと空中回転して飛び降りるとバイクを起こし、超はた迷惑な爆音残して寺社を去っていた。
「いいからっ!!注意してくれればいいんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
日が昇り切らぬ海岸で身なりの良い初老の男は数十人の若者たちを相手に必死に―いや、瞳孔が開かんばかりに目を血走らせて警告を口走る。
すさまじい迫力に全員ドン引きだったが、そのうちの一人の青年がなけなしの根性を出したのか、恨めしそうにぼやく。
「でもよ〜せっかくの」
初泳ぎという言葉を青年は思いっきり飲み込んだ。
それはそうだ。目を血走らせたおっさんにがん見されれば、誰であろうと迫力まけする。
仕方なく肩を落とし引き上げていく若者たちを見送りながら、少女・萌は居心地悪そうに頭をかきながら、若者以上に落ち込んだ男に近づいた。
「ご苦労様だね、あなたも」
「ほんとはね……ほんとはねぇぇぇぇぇぇっ!!初泳ぎで賑わってもらいんだよっ?!そうすりゃ、初泳ぎ客相手に甘酒やらB級グルメやら売りつけてっ!新年早々ぼろ儲けでウハウハだったんだ!!なのに……なのにぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
後半はまぎれもない本音だよと胸の中でツッコミ入れつつ、萌は泣きじゃくる男―実はこの町の町長だったりする―の話を黙って聞く。
元々、この海岸は初泳ぎのスポットで人気が高かったのだが、この数年、大晦日から元日にかけて化け物がどっかの有名パニック映画よろしく出現し、初泳ぎ客を襲撃しだしたという。
お蔭で客は激減。すっかり海岸は寂れてしまい、閑古鳥を通り越して大不景気の寒波が絶賛到来中。
「ふざけたことにその怪物、手水というんです。鮫の怪物のパチモンのせいで初泳ぎ客がすっかり寂れて……退治て下さいぃぃぃぃぃ!!」
黙ってうなづいていた萌だったが、さすがにいい年したおっさんの町長に涙ダクダク流しながら足に縋り付かれば、無下に断るなどできるわけなかった。
年越しを控えた深夜の大晦日。
厳かな、という単語はマリアナ海溝よりも遥かに超えた深海の淵に沈めてきたぜえぇぇ!とばかりに、あの変態罰当たりな僧侶もどきの二人がわき目も振らず爆走していた。
普通の姿ではない輩が走っているだけでも異様だが、さらに恐ろしい事に首から鎖をかけ、その伸びた先に無数の仏壇を大昔の青春映画よろしく引きずっているのだから罰当たりどころか仏罰必然である。
「きょぉぉぉぉぉぉぉっだぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃっ!!」
「なんだっ!!きょよぉぉぉぉぉぉだぁぁぁぁぁぁぁい!!」
爆走しながら叫ぶ超高周波をたっぷり含んだ声に眠っていた鳥たちがバタバタと失神して地上に落下。岩場や浜辺で戯れていた海洋生物―主にカニとかアメフラシとか―が発狂しながら海に沈んでいく。
はっきり言って―もう歩く破壊兵器以外、何物でもない。
そんな周囲のことなどお構いなしに僧侶もどきの兄弟はひたすら海岸を爆走しつづける。
やがて水平線の向こうに橙と赤の光のグラデーションが差し込むと同時に二人は足を止め、顔を見せ始めた太陽を仁王立ちで睨む。
はっきり言おう。こんなド変態に年の始まりから接触した太陽があまりに哀れで有難味が失せるというものだが、こいつらに分かる訳がない。
「迎春とは何だあぁぁぁぁぁぁぁ?」
「これが迎春だぁぁぁぁぁぁっぁ!!」
僧侶もどき弟の馬鹿でかい問答に僧侶もどき兄が雄叫びをあげて太陽を示すと、互いに向き合った二人は涙を流しながらひっしと抱き合うと、再び海岸を仏壇を引きずり回しながら雄叫びをあげて駆けだした。
「駆ぁぁぁぁぁぁけぇぇぇぇろぉぉぉぉぉ迎春っ!!」
言う必要も全くないが、あえて言おう。
キモい以外、何物でのないのだよ!!と。
萌からの珍しい応援要請を受け、対策本部となっている町役場を訪れた玲奈は対未確認巨大生命体クラス並の超警戒態勢ぶりに唖然とした。
IOS戦略指令室と同レベルの建物に見事な毛筆で書かれた『元旦暴僧族対策本部』という字がどこか懐かしさを覚えるのはなぜだろうと思いつつも、玲奈は緊張感に包まれた本部室へと踏み入れた。
紫煙が立ち込め、空気が果てしなく悪くなっている部屋でホワイトパネルの巨大な円卓を囲みながら、町長を筆頭に警官や数人の民間人がそこに置かれた―この周囲一帯の―地図を睨みつける。
よく見ると寺社から赤いマジックで丸で囲んだ僧の字がところどころに書き込まれていた。
「まるで台風の進路図ね」
ぼそりと玲奈がつぶやくとその姿に気づいた萌が小さく肩をすくめて苦笑いを浮かべる。
「まさしく台風だね。しかもこの何年か現れては暴れていくから、とんだ破戒僧だよ」
「……何?その破戒僧って」
「僧と呼ぶのもおこがましいっ!あ奴らは毎年元日に現れては奥の院にある屏風を穢して去っていく無頼の輩なんじゃぁぁぁぁ」
「そいつらが現れるようになってから海岸には手水とかいう鮫のバケモンは暴れるわ……踏んだり蹴ったり」
血の涙を流して迫る被害住職及び関係者に圧倒され、玲奈と萌はただ首を縦に振って同意する。
と、ふいに何かに気づいたように玲奈は頭を抱える町長を見た。
「その二人の僧侶は毎回、元日にやってくるんでしょう?しかも海岸に現れる『手水』も彼らが現れると出現する」
「ああ、そうだが?」
それがどうかしたのかと怪訝な表情を浮かべる面々に玲奈は小さく口元に笑みを浮かべた。
紺碧の水平に紅の光が描き出され、間もなく本年の初日の出が姿を見せようとする刻限を迎えた奥の院。
派手な爆音を響かせ、大型バイクで突撃してきた僧侶もどき兄弟は意味不明な雄叫びをあげながら、空中回転して奥の院へと飛び込む。
無残な音を立てて粉砕される障子。ここまではいつもと同じであったが、そこに広がる光景は全く違ったものだった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ?!!」
「なんじゃぁぁぁぁぁぁこりゃぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁ!!!!???」
兄弟の眼前に広がったのは部屋一面に隙間なく敷き詰められた多数の屏風。しかも本尊はその遥か先。
ぎりっと歯噛みしながらも、兄弟は気を取り直して―というか、いつもの調子で意気揚々と屏風を蹴散らして本尊の屏風目指して突撃を開始する。
「和尚がぁぁぁあぁぁぁっぁぁぁあ二人でぇぇぇぇぇぇぇぇお正月っっっっっっ〜」
毎回思うが、モロ寒いおやじギャグ。でもってこれで数人の警備が凍りつくから洒落にならなかったりする。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁ、何じゃぁぁぁあの寒いギャグっ」
「一次防衛線突破」
「次、地雷原いくわっ!!」
悲鳴を上げてのた打ち回る住職たちをそっちのけで萌は極めて冷静に現状を告げ、それに玲奈が素早く応じる。
一次防衛線とされた屏風群が鴨居の上まで派手にブチ飛ばし、僧侶もどき兄弟が次の間へ足を踏み込んだ瞬間―ねちゃりと粘着質たっぷりな効果音とともに二人は態勢を大きく崩す。
「おおっと!!」
そこに広がっていたのは新年絶対必需品・お節セット(重箱詰)。こちらも屏風同様、隙間なく敷き詰められている。さらに下手に足を踏み出せば、煮物などがぬるぬると足を取るという効果つき。
「ふっ、効果抜群ね」
思うように前に進めず、苦戦する僧侶もどき兄弟に玲奈は前髪をかき揚げた途端、背後から萌が怒りのオーラを立ち上らせて迫る。
「馬鹿言わないっ!新年じゃなくても食べ物をなんて使い方するんだっ!粗末にするじゃないっ」
「安心しなさい、萌。全てきちんと関係者たちが食べるように手配済みよ」
「……ならいい」
「SHOWガッツ!」
いや、それはどうなんだろうというツッコミはさておき、めげる・あきらめるという単語を脳細胞からミトコンドリアまで完全に消去した僧侶もどき兄弟は再びおやじギャグの奇声をあげて、二次防衛線たるお節重箱群を突破し、標的たる屏風へと肉薄する。
変態の悪筆が屏風に襲い、住職が名画・ムンクの叫びのごとく悲鳴を上げかけた瞬間、僧侶もどき兄の顔面を真横から繰り出された蹴りがきれいに決まり、大きくバウンドしながらお重トラップの遥か向こう、屏風防衛線までぶっ飛ぶ。
「兄弟っ!!」
「よそ見するな」
絶叫する弟の耳に冷やかな女の声が届いた途端、鳩尾に強烈な一撃がえぐり込み、息を詰まる。
次いで背後から殺気を感じ、弟は舌を撃ちながら真横へと逃れる。
そこへ己が腹へ一撃を決めた女がためらわず追撃とばかりに拳を乱打した。
速さのみならず力の乗った攻撃にたまらず弟は畳を蹴り、兄のいるところまで後退するしかなかった。
「これ以上の無法は許さないわよ」
「私と玲奈が最終防衛線。おとなしく捕まりなさい」
本尊たる屏風を守るように前に立つ玲奈と萌を睨みながら変態僧侶もどき兄弟はそれぞれ懐を探ると、一本の筆を取り出す。
「何?なんで筆?」
緊張感のない物体の登場に思わず萌が呆れた声をあげると、兄弟はきらりと目を光らせて残骸と化したトラップ屏風に筆を走らせる。
無駄なことを、と思うと同時に玲奈の本能が危険の警告をあげた。
兄弟たちが力まかせに絵を蹴り飛ばすと、ぐにゃりと屏風に走った墨汁が歪み、大きく脈動を打つ。
「上手に描いた手水ぅぅっぅぅぅぅ!!」
兄弟の声が重なった瞬間、屏風の中から異様に歯が強調された巨大な鮫もどきが出現し、狭い室内でばたばたと暴れまくった。
あっけにというか、もうなんというか―この光景を見て玲奈はようやく全てが一致する。
奥の院に変態僧侶が暴れ出したとともに元日に出現するようになった鮫。
その答えがここにあった。ってか、こいつらの落書きが実体化して海に逃げ出して暴れてただけの話。なんか微妙な気分である。
「頓智を使いこなすなっ!!」
くだらない真相に玲奈はこらえきれず笑い出す。萌に至っては呆然自失に陥っていた。
「っ!玲奈っ!!」
いち早く正気に戻った萌が警告を発するよりも早く、その隙をついてもろ肌脱いだ変態僧侶の兄が玲奈の背後に回り込み、がっちりと抱きしめる。
熱気たっぷり、汗でべったりな男のもろ肌に玲奈は全身を総毛立ち、反射的に背に隠していた翼を思いっきり広げ、張り付いていた変態をぶっ飛ばす。
「何するのよ!!気持ち悪いっ!!」
両腕で体を抱きかかえるようにさする玲奈。遅れながらも萌が怒りに震えながら隠し持っていたサブマシンガンを変態僧侶兄弟に向ける。
が、当の変態僧侶兄弟は恍惚とした表情で玲奈の姿を一身に見入っていた。
「おお……天使だ」
「まさしくっ!天使だ」
「…………はい?」
なんだか、いや、もうこれは完全にどっかの世界に旅立っているとしか言えない危ない空気とつぶやきに玲奈と萌の声がきれいに重なるも、そんなのカンケーねーな変態兄弟の問答は続く。
「兄弟っ!!迎春に足りぬ物は?」
「受だっ!」
涙をむやみに流しながら即答するな、と玲奈の声なきツッコミが届かない。居合わせた者全員が凍りつき、ものすごく果てしなくドン引きしているのにも構わず拳を震わせて力説する。
「変と受。是が迎春だ」
「……………どこがだぁぁぁぁぁぁっぁぁぁあ!!」
非難と絶叫を織り交ぜた激しいツッコミを無視して変態僧侶兄弟はがっしりと抱き合いながら、ようやく登り切った初日の出に向かって青春映画よろしく拳を突き出すのだった。
IOS仕事始めの日、玲奈は指令室で力なく―いや、完全に脱力してソファに座りこみ、萌に至っては口から魂魄を飛ばしかけている。
呼び出した上司は少々どころか激しく同情の念を隠しきれず、正気に戻ったらこのまま帰宅させようと固く誓ったくらいだ。
それもそのはず。
今年最初―それも元日早々から果てしなく常識を木端微塵に砕いて捨てた変態僧侶兄弟を相手にあれだけの目にあったのだ。
体力・気力もなくすのは仕方がない。
だが、よりにもよってその元凶となった兄弟が今度は数珠に代わって『変態上等!』『君は天使を見たかっ!!』などと刻んだ十字架を首にかけて、あたりかまわず住民に神の道を説いて回っているからなんとかしてくれと言われれば、現実逃避をしたくもなる。
しかし恥も外聞も節操もなく仏教から基督教に改宗したこの兄弟、やることが同じでは意味ないのではないかな〜と玲奈は思う。
けれども、一つだけ拒否したい。全力を持って拒否したい。
「私の姿を天使と思って改宗したって説くなぁぁぁぁぁっぁぁ!!」
玲奈の心からの絶叫がむなしく響き渡るが、あの変態たちに届く日は果たしてくるのかは……確かめたくはない。
FIN
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