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<東京怪談ノベル(シングル)>


-初日の出は鰤の味-

大晦日の大津の港。
そこにIO2の戦艦が停泊していた。
物々しい感じはなく、煌びやかな豪華客船として姿を変えている。
外は色とりどりの電飾が船全体を飾っていたが、中も絢爛豪華の様相を呈していた。
金持ちに好まれそうな金の燭台や調度品が部屋の隅を着飾り、普段は無骨な廊下には真っ赤なカーペットが敷かれている。
集まった人達もそれ相応の身分の者ばかりだった。王族、貴族、政治家に大富豪。
まばゆいばかりのシャンデリアの下、立食の会場となったホールにその殆どが集う。
有名店の出店が並ぶ一角に、カフェバーかもめ水産の出店がある。
黒い縁取りに銅金の箔押しされた看板が目を惹き、座位が高めのカフェチェアーとカウンター。
落ち着いた暗めの明かりも相まって、まるで高級フェにきているかのような瀟洒な雰囲気を醸していた。
メニューには年越しパスタ、餅シチュー、イタリアン重箱など欧風おせちが並んでいる。
だがかもめ水産の店主、藤田・あやこは調理場に籠もったままだった。
「んー、塩気はこれくらいかしら。あとは…」
鰤の切り身を角切りにし、葱とお新香を刻む。それらを丼のご飯の上に盛りつけ、半熟卵と胡麻を散らす。
色鮮やかな旬の鰤丼が出来上がった。
「うん、上出来ね」
あやこはこれからの出陣のための飯炊きで忙しくしていた。
大晦日から新年を迎えるこの日は、毎年何かしらの騒ぎがある。亡者やら幻獣やら、顔触れは様々だ。
それらと戦う者達のために、あやこは張り切っていた。


港から西へいくと、比叡山延暦寺がある。
荘厳な霊山なのだが、物々しい鉄板が張られ土嚢が積んであり、周囲を武装した兵士達が守っていた。
実はそちらは「戦略寺」という延暦寺を模したダミーで、本物の延暦寺は最初から隣にあった。
一見すると空き地に見える延暦寺には、エルフ達が張った結界の中に潜んでいて見たり感知することも出来なかった。
世間ではまことしやかにマヤ歴の終焉、即ち人類滅亡が囁かれる新年目前。
比叡山は予知占いによって、ケツアルコアトルからの襲撃に備えるためにこの厳戒態勢を配した。
そろそろ新年への鐘が突かれる頃。同時に東の空から魔の気配を感じた。


琵琶湖上空。
巨大な蛇の体躯と、相容れぬ美しい羽を広げた影が迫る。
アステカ文明の神や風の神などと云われ伝えのあるケツァルコアトル。
その目的は比叡山根本中堂に収められている不滅の法灯だった。
千数百年間消えたことのない不滅の法灯。
マヤ歴終了の足枷となるそれが、疎ましくて仕方なかった。
『何が不滅だ!』
怨霊にも似たけたたましい咆哮が、衝撃波となって空気を揺らした。


1時間前の羽田上空。
戦闘機の隣で箒に跨った魔女達が、油断大敵の由来を語る部隊長の演説に耳を傾けている。
「行灯などの油の準備を怠ったため、夜中に油が切れ、暗闇の中で敵に襲われ命を落とすことから油断大敵とするいわれがある。……護摩の燃油の途絶は闇と敵の大挙を招く。万一の時は我らが照明弾や火焔魔法で闇を照らすのだ!」
おぉー!と皆声を挙げる。
エルフや魔女の一団は西の琵琶湖方面を目指していた。
彼女たちは万が一に備え、あやこが動員した援軍だった。


再び琵琶湖上空。
新年も直前に控えた頃。
ケツァルコアトルの咆哮が響き、ビリビリと空気を揺らした。
すると突然周辺の家々から光が消えていった。
「な、なんだ?」
うろたえる護衛兵たち。
敵の工作による大停電だったが、それは既に想定済みだった。
邪魔な外套を脱ぎ捨て、あやこは歌う。
「闇は光の緞帳♪輝きの花道は私達の前に…」
間髪入れずに照明弾や火焔が夜空を彩る。まるで花火のように。
どうやら援軍も到着したようだ。
なおもあやこは歌い、彼女にスポットライトが当てられた。
どこからともなく紙吹雪が舞い、足下にはスモークが焚かれている。
空中のステージが演出されていた。
その様子に唖然としていたケツァルコアトルは、『ふてぶてしいにも程があるわ』と捨て台詞を吐いて闇の空へと消えていった。
「ふふ、私を誰だと思っているのかしら」
奇しくもあやこ達は勝利した。
ゴォーーーン。
勝利の歓声の中、銅鐘の重厚な音が鳴り響く。
今年も無事、年を越すことができたのだった。


琵琶湖の本部へ戻り、あやこは用意していた鰤丼を披露する。
「わぁ、おいしそう!」
「おーっほっほ。たんとめしあがれ!」
高笑いを決めると、眩しい光が入り少し眼を細めた。
初日の出に勝る笑みで湖岸の宴席を照らす。
藤田あやこはそういう人間なのだ。
演説台の上に立ち、改めて皆に向かってこう告げた。
「新年明けましておめでとうございます。皆様、今年もどうぞよろしくお願い致しますわね」
彼女のウィンクで幕は閉じた。
そして新しい年が幕を開ける。
今年は一体どんな年になるだろうか。
あやこは新しい希望の予感に、笑みを絶やすことはなかった。