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<東京怪談ノベル(シングル)>


春に染まる雪

 さっむいなぁ…今日は一段と寒い気がするや…。
 大晦日の夜、商店街の店はシャッターが下り始めていた。
 心なしか人通りも少ない辺りを見回して、工藤勇太は少し寂しくなった。
 今年の年越しも1人か…。
 勇太はトボトボと歩き出した。
 叔父は仕事で今年も一緒に過ごすことは出来ない。
 …まぁ、毎年のことだし、仕事なんだからしょうがない。
 コンビニで年越し蕎麦でも買って帰るか…。
 商店街を抜けて、コンビニのある通りに出る。
 少し歩くと小さな公園が左手に見える。
 ふと動く影にその公園に目をやると、見覚えのある人物の顔が見えた気がした。
「…あれ?」
 思わず二度見して、勇太は公園に足を踏み入れた。
 街頭の薄暗い明かりの下で、近づくにつれはっきりと顔が見えてくる。
「零さん?」
「…え、工藤さん?」
 草間零(くさま・れい)は、一瞬びっくりしたようだったが笑顔になって走りよってきた。
「ど、どうしたんですか? こんなところで…」
 一瞬ぞわっとした気持ちを落ち着かせるように、勇太は零に訊ねた。
「年越し蕎麦と御節を買いに行こうと思ったんですが…お兄さん、お仕事が急に入ってしまいまして…」
 それでも笑顔で語る零は「工藤さんはどうしたんですか?」と小さく首を傾げた。
「俺は…その…」
 そう言いかけて勇太の頭にふとある考えが浮かんだ。
「…? どうしたんですか?」

「零さん、もしよければ俺と年越ししませんか?」

 思わず口に出して、零をふと見ると思わず背筋が凍る気がした。
 零の純真無垢な瞳が…そしてその後ろの『何か』が勇太の動向を見ている。
 やましい気持ちで誘ったわけではない…ないが…俺、ヤバイこと言った!?
 もしかして所長に怒られたりする!?
 いやいや、怒られるだけならまだしも…殺される!?
 焦りと逃げ出したい衝動に駆られる勇太に、零はゆっくりと花が咲くように笑った。
「いいんですか? 嬉しいです!」
 零の背後の『何か』も影を潜め、勇太は大きく息を吐いた。
 どうやら無事に年を越すことが出来そうだった…。

 さすがに勇太の自宅に招くのはマズイと思ったので、草間興信所に零と共に向かうことにした。
 途中、コンビニに寄って蕎麦と天ぷらの食材、お菓子に飲み物を買っていった。
「おいしいお蕎麦、作りましょうね」
 ウキウキとした零の足取りが、勇太の顔をついつい笑顔にする。
 『なにか』の影も今は見えない。
 誰かと歩く夜道は、少し寒いけれど悪い気はしなかった。
「俺も手伝っていいですか?」
「はい! 手伝ってくださいね」
 足取りも軽く草間興信所に着くと、勇太と零は早速年越し蕎麦作りを始めた。
「では、天ぷらを作ります。工藤さんは小麦粉を水で溶いてもらえますか?」
 エプロンをつけて零はてきぱきと、野菜を刻み始める。
 水で…溶く…?
 どばっと小麦粉をボウルに入れて、ざばっと水を入れてグイグイッと力を入れてかき回し始める。
「あ、そんなにかき混ぜては駄目ですよ。優しくかき混ぜてくださいね」
 零が包丁の手を止めて、勇太にアドバイスをした。
「あ…そ、そうなんですか?」
 やっぱり料理は苦手だ…勇太が少し気を落としていると、零はふふっと微笑んだ。
「やっぱり誰かとお料理するのは楽しいですね。工藤さんが今日誘ってくれて本当によかったです」
 気恥ずかしいような、くすぐったいような…そんな気分になって、勇太は照れたように笑い返した。

 零と一緒に作った野菜の天ぷらを蕎麦の上に乗せて、年越し蕎麦は完成した。
 事務所の応接セットまで運び、小さなストーブに火を入れてそこで食べることにした。
「うお! 美味いです!」
「工藤さんが頑張ってくれたおかげですね」
 勇太が蕎麦をすする傍らで、零はニコニコと肘をついてその様子を見つめている。
 零は勇太よりもかなり少なめの量の蕎麦を食べただけだった。
 小食なんだな、零さん。
 ズルズルと食べる勇太はそんなことを思いながら、体の芯まで温めるように汁まで飲み干した。
「ご馳走様でした!」
「いえいえ、お粗末さまでした」
 零が片付けようとしたので勇太は自分の食器を持って一緒に片付けをした。
「年が明けるまで、あと少しですね」
 零がそう言ったので時計を見ると、針は11時30分を回ったところだった。
 勇太と零は飲み物とお菓子を用意すると再び応接セットまで運んだ。
 テレビをつけると、丁度『紅組の優勝です!』などと歓声の上がっているところだった。
「工藤さんは、今年はどんな年でしたか?」
 その声を聞きながら、零はくりくりとした瞳で勇太に質問した。
「そうですね…俺は…充実してたかな」
 学校のこと、母さんのこと…いい事ばかりではなかったけど、人と関わりをもてた1年だったと思う。
 そうやって勇太はひとつひとつの出来事に思いをはせた。
 人の温もりを信じることは間違っていない…そんな風に思えた1年だった。
「…いい1年だったんですね」
 零はにっこりと微笑んだ。
 瞬間、勇太はハッとして赤くなった。
「いや、あの…」
「隠さなくてもいいですよ。工藤さん、とってもいい顔してます」
 ニコニコと笑って諭す零。
 …敵わないな、零さんには。
 俺に兄弟が…姉がいたら、こんな感じだったのかな?
 一緒に買い物したり、料理作ったり、他愛もない話をしたり。
「…? どうかしました?」
 パチパチと零が瞬きをした。
「な、なんでもないです…」
 思わず零を見つめていた視線を窓にうつすと、白い物が目に入った。
「あ! 雪です!」
 勇太の視線に気がついた零が立ち上がり、窓を開けた。
「どうりで寒いと思った」
 冷たい冷気と共に白い雪がふわりふわりと部屋の中に舞い降りてくる。
「雪…積もるんでしょうか?」
 零が空を見上げながら呟いた。
「積もるかもしれないですね」
 勇太も窓際に近寄ると、零の隣でそう呟いた。
 静かに降る雪を見上げていると、まるで暗闇に吸い込まれそうだ。
「この雪が、春を連れてくるんですね」
 零が小さく呟いた。
 2人で黙って夜空を見上げていると、どこかともなく鐘の音が響いてきた。
「除夜の鐘ですね。この近くにお寺なんてあったんだ」
「今、何回目の鐘なんでしょうね?」
 テレビを見ると、厳かに鐘を突く仏閣の風景が映し出されている。
 テレビからの鐘の音と、窓の外から聞こえる鐘の音。
「綺麗な音ですね」
 目を閉じて零は鐘の音に聞き入っている。
 雪の中でどこまでも響き渡る鐘の音は、確かに心の中にまでも響いてくるようだ。
 …と、「明けましておめでとうございます」とテレビから声がした。
「年が…明けましたね」
「明けましたね」
 窓際で2人、そう呟くと思わず顔を見合わせた。

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね」
 ほのかに赤く染まった頬で零はにっこりと笑った。
「おめでとうございます。あの…こちらこそよろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げた勇太の頭にうっすらと雪が積もっていた。
「工藤さん、頭に雪が…」
 零が手を伸ばして、勇太の頭の雪を払おうとした。
 その時…!

 ぞわぞわぞわ…!!!

 思わず身を引いた勇太に、きょとんとした零の顔…の後ろに『何か』がいた。
 それは『今年もよろしく』というように、ニヤリと笑ったように見えた…。

 少しだけ打ち解けたように思えた…のに…。
「どうかしましたか?」
 零の屈託のない笑顔に、勇太はただ今年最初の笑顔を何とか作ったのだった。