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さよなら、2011
2012年、1月1日。
2年参りの初詣の帰り道。
黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)と草間・武彦(くさま・たけひこ)は夜道をゆっくりと歩いていた。
2人は寄り添い、どこから見ても恋人同士だった。
真夜中にもかかわらず、街は活気に溢れて明るい笑顔で皆通り過ぎていく。
「あれ?」
ふと、通りかかった公園の街頭の下に人影が見えた。
草間は立ち止まり、目を細めて見つめた。
「どうしたの? 武彦」
突然立ち止まった恋人に、冥月も立ち止まり視線をたどった。
公園の片隅にある小さなブランコに、人影が1つ揺れいていた。
一目見て、人間でないことが冥月にはわかった。
「武彦…あれは…」
そう言った冥月に、草間は「わかってる」と短く答えて人影へと近づいていく。
…わかっている。これが草間武彦という人間なのだ。
人だろうと、人でなかろうと困っている者を見ればほっておくことが出来ないのだ。
それがいいところなのだ。
さっきまでの予定は白紙に戻ってしまったが、仕方ない。
小さなため息を1つ吐いて、冥月は草間の後を追って人影へと近づいた。
近づくにつれ、段々と人影が鮮明に見えてくる。
おそらく最初は白かったであろうボロボロの服を着て、ぼさぼさの髪の毛と赤い目の色白な小さな少女。
草間は少女の前に屈みこんだ。
「どうした?」
少女はその赤い瞳をゆっくりと草間に向け、そしてまたゆっくりと地面に顔を向けた。
「もうすぐ…皆とお別れなんだ」
冥月もしゃがみこみ、少女の顔を覗き込んだ。
「お名前は?」
「………」
「寒くない? …ここを離れては駄目?」
コクリと頷いた少女に、冥月はそっと手を差しのべた。
「とりあえず、その格好じゃ風邪を引いてしまう」
冥月も静かに微笑んで、着ていたファーのロングコートを脱ごうとした。
「俺が貸すからいいよ」
そういって草間はコートを脱いで、少女へと羽織らせた。
少女は目を丸くして草間を見つめた。
「武彦、この子を興信所につれてっちゃ駄目かな?」
冥月の問いに、草間は少女の頭をグシャグシャッと撫でた。
「じゃあ、家に帰るか」
冥月は少女の小さな手を握った。
少女の手は、ほんのりと温かかった。
草間興信所に着くと、小さなストーブに火を入れる。
草間は風呂を沸かし始めると、興信所の入り口でボーっと突っ立っていた少女をソファに座らせた。
「今あったかいミルクを作るから、待ってて」
小さな鍋にカップ一杯分のミルクを入れて、人肌に温める。
「はい。ゆっくり飲みなさい」
冥月がミルクの入ったカップを少女に差し出す。
カップを受け取った少女は、おもむろにカップに口をつけた。
「っち!」
「フーフーってするの。ほら、フーフー」
冥月は少女のカップに顔を近づけて、カップの中に息を吹きかけた。
それを見ていた少女も、真似してフーフーッとカップの中を吹いた。
「…あったかい…」
まだ飲んでもいないミルクを前に、少女は微かに微笑んだ気がした。
「?」
冥月が首をかしげていると、少女はミルクを飲んで今度はにっこりと笑った。
「おいしい!」
「そう、それはよかった」
ちびちびとミルクを飲む少女は、まるで人間そのもので悪意は何もない。
いったいこの子は何なのか?
そして『みんなとお別れ』とは何なのか?
「風呂、出来たぞ」
草間がぱたんと扉を開けて事務所に戻ってきた。
「1人で入れるか?」
冥月がそう訊ねると、少女は目をぱちぱちとさせた。
「風呂って…なに?」
おもわず顔を見合わせた草間と冥月。
「…しょうがない。私がこの子を風呂に入れてくる」
「わ、悪いな…」
何故か照れている草間をよそに、冥月は少女と共に風呂に入ることになった。
「…風呂場でいったい何があったんだ?」
出てきた冥月と少女を見て、草間は苦笑いをした。
冥月の貸したエプロンドレスを着込んで喜んでいる少女に対し、冥月は疲れたようにぐったりとしていた。
少女は先ほどとは打って変わって愛らしい姿になった。
「うん…まぁ、ちょっと手こずっただけよ」
シャンプーを嫌がって抵抗されたり、湯船に入るのを嫌がられたり…なんてことがあったのだが、まぁ敢えて言うことでもないだろう。
少女がそれまで着ていた服は、異空間に用意してあった乾燥機付きの洗濯機に放り込んできた。
数時間もすれば綺麗に乾いているだろう。
「冥月はいい母親になれるな」
草間がそういったので、冥月は赤くなって「そ、そんな」と俯いた。
『ぎゅるるるるる〜』っと物凄い音がなったのはその直後である。
雰囲気も何もあったもんじゃなかったが、その音は少女の腹からしているようだった。
「腹減ったのか?」
「…うん」
少女が頷いたので、冥月は異空間の冷蔵庫にしまってあった御節を取り出した。
「ちょっと早い気もするけど、食べようか」
蓋を開けると綺麗につめられた色とりどりの料理が並んで入っている。
「うわぁ〜」
「おぉ!?」
少女と草間が感嘆の声を上げたので、冥月は少々恥ずかしくなった。
「日本の御節は作ったことがないから…あんまり自信がないんだけど…」
「お前が作ったのか!? 今時御節を作る日本人ってのも少ないんだが…大したもんだな」
黒豆に箸を伸ばして、草間は一口ぱくりと食べた。
「…どう?」
冥月がどきどきとして聞くと、「おいしい!」と答えが返ってきた。
「このにんじん、とってもおいしい!」
少女がお煮しめの桜の形に切り込まれたにんじんを食べながら幸せそうに答えていた。
「…そ、そっか。よかった。いっぱい食べてね」
微笑みながら、冥月は草間をちらりと見た。
草間は一心不乱に黒豆を食べている。
論より証拠。答えを聞くまでもない…ということだろう。
豪快に食べる2人の姿を見ていると、作ってよかったと思う。
新年早々、こんなにいい姿を見られる私はきっと幸せ者だ。
「ごちそーさまでした」
お腹いっぱいに食べた2人に、冥月は「はい、お粗末様でした」と片付け始めた。
その時、少女が「あっ」と声を上げた。
「どうした?」
草間が少女に近寄ると、その先にはコマが飾ってあった。
「これが…どうかしたのか?」
「これ、遊ぶものでしょ? 私、見たことある」
察するに、少女はどうやらこれで遊んでみたいようだ。
「武彦、遊んであげたら?」
冥月は片づけをしながら草間にそう進言した。
「お、俺が?」
明らかに動揺の色を隠せない草間を、少女はキラキラとした瞳で見つめている。
「…わかったよ。ちょっと後ろ下がってろよ。って言っても、これ飾りゴマだから回るかわかんねーぞ?」
そういいつつ、草間はコマに紐をくくりつけて思いっきり引っ張った。
コマはヒュンッと空中を舞って、見事に床で回りだした!
「すごい! すごい! 綺麗! 綺麗!」
少女が飛び跳ねて喜んでいるのを見て、草間も満足げに笑った。
「もっともっと!」
せがむ少女の言葉に、草間は何度でも答える。
冥月はそれを微笑ましく見ていた。
『こんなところに居たのか、ウサギよ』
窓の外から、唐突に声がした。
冥月が反射的に外を見ると、大きな目玉がぎょろりと草間興信所の中を覗いていた。
「あ、タツ! 迎えに来てくれたの!?」
少女が嬉しそうに窓際に駆け寄っていく。
「お、おい!?」
草間が止めに入ったが、少女はその手を潜り抜けていた。
『…穢れが見当たらぬな? どうした?』
大きな目玉は少女を見つめて、そう訊いた。
「この人たちが落としてくれた。私、綺麗でしょ?」
『そうか、人間たちが…。わしからも礼を言おう。ウサギの穢れを落としてくれたことを。だが、時間は過ぎておる。早々に帰らねばお前が神にしかられる』
唐突に、冥月も草間も理解した。
少女は過ぎ去った2011年のウサギであったことを。
「私、もう行く…ありがとう。この服貰ってもいい?」
「うん。いいよ」
「ありがとう! また12年後に会おうね」
少女はひらりと窓から飛び出ると、大きな目玉の…おそらくは龍の頭に飛び乗った。
『人間たちよ、お前たちの願いがあるのなら言ってみるがいい。我がその願い叶えよう』
龍がそう言うと、草間は大きくはっきりした声で言った。
「これは願いじゃないが、あんたの前で誓っておく。俺は冥月の恋人の墓に冥月を正式に貰いにいく」
冥月は目を見張った。
『ほう。願いではなく誓いか。…よかろう。その誓いの証人引き受けた。誓いを成就させる為に身を引き締めるがよい』
そうして大空高く、ウサギを乗せた龍は舞い上がって見えなくなった。
「…行っちゃったわね」
窓際に立って空を見つめていた冥月がそう呟くと、草間が冥月の肩を抱いた。
「いい予行演習になったな」
「た、武彦も充分いい父親になれると思うわ」
赤面してそう言い返した冥月に、草間は「そうか?」とはにかんだ。
そうして少しの間2人の間に静寂が流れる。
クシュン!と冥月が小さなくしゃみをするまでは。
「…窓は開けっ放しにするもんじゃないな」
草間がそう言って窓を閉めると、冥月をしっかりと抱きしめた。
「た、武彦!?」
「体が冷え切ってる…また風邪引くぞ? 朝までいるつもりなら、俺が温めてやるよ」
耳元で草間の声がした。
心臓がドキドキして、このままでいいと思うほど幸せだった。
だけど、勇気を出して冥月は小さく頷いた。
それを確認した草間は、冥月をソファにゆっくりと横たえた。
そして、2人の影がソファの上で重なった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ)/ 女 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
NPC / 草間・武彦 / 男 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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黒・冥月 様
明けましておめでとうございます。三咲都李です。
この度はWF!迎春ドリームノベルへのご参加ありがとうございました。
パパ・草間と娘・ウサギの擬似家族体験はいかがでしたでしょうか?
今年が冥月様にとってよい年でありますよう。
それでは、またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
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