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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


来たれ!2012

 クリスマス。
 楽しげに祝う街の人々は、皆幸せそうな笑顔を浮かべ通り過ぎていく。

 …そんな街の一角に、どす黒い瘴気に覆われたビルがあった。
 月刊アトラス編集部の入った白王社のビルである。
 恐る恐る月刊アトラス編集部に足を踏み入れると、そこには鬼の形相をした碇麗香(いかり・れいか)の姿。
 その他の社員も皆、殺気だって動き回っている。
 クリスマスなんてどこ吹く風だ。
 そんな中、麗香は叫んだ。

「いいこと! 世の中がクリスマスだ正月だなんていってるけど、うちにはそんなものはない! 一分一秒でも早くいいネタ仕入れて記事にしなさい! じゃなきゃ、アンタたちの来年は来ないわよ!」

 …どうやら切羽詰っているようだ…。
 ふらふらしていた三下忠雄(みのした・ただお)をとっ捕まえて、話を聞いてみた。
「いや、実は…来月号のトップ記事を任せてあったフリーのライターさんが記事持って他社に駆け込んじゃったんですよ…何か記事になりそうなネタありませんか? じゃないと僕たち、正月を無事に迎えられません…」
 後半は泣きながら、三下はそう訴えた…。


1.
「で、何故私が月刊アトラス編集部に行かねばならないんだ?」
 クリスマスを幸せに過ごした草間武彦(くさま・たけひこ)からその話を聞いた黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)は不服そうにそう訊ねた。
「まぁ、そう言ってやるなよ。あそこには借りもあるし、お前ならそういうネタ強いだろ?」
 草間が苦笑いして冥月をなだめる。
「…ネタ提供してくるだけよ? それ以上は手伝わないからね?」
「わかったわかった」
 恋人の頼みとあっては断るわけにもいかない。
 そうして冥月は26日の昼間に月刊アトラス編集部に足を向けることとなった。

 扉を開ける前から既に陰気なオーラが会社全体を覆っている。
「これは相当だな…」
 怪異の類よりよっぽど人間の負の感情のほうが怖い。
 そう思っても約束したのだから入らないわけにいかない。
 ため息をひとつ吐いて編集部のドアを開けた。
 すれ違いに見知った顔が外へと出て行った。
 確か…春日・謡子(かすが・ようこ)といったっけ。
「あぁ、冥月。来てくれたのね! 助かるわ!」
 奥の席からいつもの声が聞こえてきた。編集長・麗香だ。
「…草間の頼みだからな。しょうがないだろう」
 そういいながら、冥月は手土産に持ってきた点心を差し出した。
「相変わらず仲がいいのね…悪いけど、早速仕事のほうに入らせてもらうわ」
 冥月の手土産を貰いながら、麗香は1人の人間を呼び寄せた。
「アルバイトの桂(けい)くん。桂くん、こちら黒冥月さんよ」
 ぺこりと小さくお辞儀した桂は、小柄でまだ少年といえそうな風貌だった。
「あとは彼に任せてあるから」
 そういって麗香は他の編集部員に冥月の土産を配るように指示して、仕事に戻っていった。
「…忙しそうだな」
「編集長、まだ年内に仕事納めする気ですからね。ボクらも頑張らないと…」
 桂はパーテーションで区切られた小さな応接セットに、冥月を案内した。


2.
 冥月を椅子に座るように促し、桂はオフィスからノートPCを持ってきた。
「それじゃすいませんが、冥月さんのネタ、聞かせてもらっていいですか?」
 桂がノートPCを広げながら冥月の前に座った。
「あー、とっておきのネタならないでもないが…そうだな…。十年前に中東で死んだあの…」
「ちょ、ちょっと!?」
 話し始めた冥月に、桂が思わずストップをかけた。
「それって…もしかして…」
 カタカタカタっとPCのキーボードを打って、くるりとモニターを冥月に向けた。
「この団体じゃないですよね?」
「なんだ、知ってるのか。なら話は早い…このネタは世界最大の宗教団体を敵に回せるくらいの大きなネタでな…」
「わーわーわー!!! それタブーです! ウチで扱えるようなネタじゃないです!!」
 桂が慌ててモニターの表示を消した。
 その顔は聞いてはいけないことを聞きかけた焦りで、あわあわと目が泳いでいた。
 少しして、桂はフーっと息を吐いた。
「お願いですから…それ以外のネタでお願いします…」
「何だ、我侭だな。世界を揺るがす情報なのに」
「ウチの雑誌が揺らいじゃいますよ!」
 PCをくるりと自分に向けて、桂は再び真面目な顔になった。
「お願いします」
「仕方ない、無難なのにするか」
 冥月はふぅっと息を吐いた。
 そして身を乗り出して、真剣な顔で話し始めた。
「…半年前に突然潰れた新興宗教団体があったろう? そうだ、あの黒頭巾の奴等だ。草間興信所で受けた依頼でな、私と…」
 そこまで言うと麗香がひょいっと顔を出した。
「ちょっと、冥月。うちのルーキーに惚気話なんかしないでよ?」
「だ、誰がするか!」
 不意打ちのツッコミに、冥月は赤くなった。
 くすくすと笑いながら去っていった麗香に、冥月は気を取り直した。
「は、話を続ける。…私と武彦で調査して生贄にされそうだった娘を助けたんだ。その程度はよくある話だが、実はその結社の創始者はとある政治団体の…」
 ひそひそとその名を口にすると、桂の顔色が変わった。


3.
「…面白いネタですね。でも、この証拠がなければ記事に出来ません。冥月さん。付き合ってもらえますか?」
 PCを折りたたみ、桂は立ち上がった。
「どこに?」
「もちろん現場に、です」
 にっこりと笑った桂の顔は、真剣そのものだった。
「…いいだろう。付き合ってやる」
 冥月は黒い影の意空間を開くと「ついて来い」と歩き出した。
 桂も恐る恐るながら、先に歩く冥月の後を着いて歩き出した。
 すぐに潰れた宗教団体の建物へと到着した。
 今は廃墟のようで、真っ暗な建物の中は薄ら寒かった。
「生贄の居たのはどの部屋ですか?」
「こっちだ」
 部屋を何個か通り過ぎ、小さな部屋へとやってきた。
「この部屋に祭壇があって、そこに生贄は寝かされていた」
 冥月が指差した方向には、もう何も残ってはいない。
 しかし、桂はそこまで歩みを進めるとなにやらポケットから時計を取り出した。
「ちょっと待っててもらえますか? 証拠取ってきます」
 そう言うとおもむろに桂は空間に大きな穴を開けると、そこに消えていった。
 …あいつも能力者だったのか…。
 まぁ、麗香の部下ならアレくらいの能力があったほうが普通なのかもしれない。
 そう思うと…三下の顔が頭の中によぎった。
 あいつは…むしろ麗香の部下であり続けられるのが奇跡。
 むしろその奇跡があいつの能力なのかもしれない…。
 そんなことを思っていると、先ほど開いた穴からひょっこりと桂が戻ってきた。
「証拠が取れました。編集部に帰りましょう。ここは寒いですから」
 満足げに笑う桂に、冥月はいったいどんな証拠を掴んできたのかが気になった。


4.
 編集部に帰ると既に27日になっていた。
 2人は少し休んだあとで、記事の作成に入った。
 とはいっても主に作るのは桂の仕事で、冥月は桂の文章を見て情報を付け加えていくという形だ。
「そう言えば、証拠が取れたといっていたが…」
「これですよ。ちょっと暗がりですが、うまく撮れました」
 いつの間に忍ばせたのか、桂はポケットからコンパクトカメラを取り出した。
 そこには黒頭巾の集団に囲まれるテレビで見知った政治家の姿があった。
「おまえ…これをどこで…」
「蛇の道は蛇…ってことですよ」
 そう言うと、桂はにっこりと笑ってカメラのデータをパソコンに移した。
「お疲れ様です。これどうぞ」
 春日謡子が温かなお茶を2人に差し入れる。
 よく見れば、謡子は仕事をする編集部員たちの机を回って茶を差し入れたり声をかけたりしている。
「少し休みますか?」
 桂が辺りを見回していた冥月にそう声をかけた。
「…いや、やろう」
 冥月は微笑んで桂と向きあった。
 原稿を作っては麗香の指示を仰ぎ、改稿し、また提出して改稿…。
 麗香は外部の人間だろうが、アルバイトだろうが容赦なく駄目だしをした。
 28日の未明に原稿の決定稿が出来上がった。
 あとはレイアウトや見出しを決めて記事がひとつ出来上がる。
 しかし、これもまた麗香の駄目だしにより何度でもつき返されてはやり直す。
「麗香のヤツめ…」
「少し休んでください。後はボクだけでも大丈夫ですし…」
 桂がそう言ったが、冥月はふんっと腕を組んだ。
「ここで休んだらまるで逃げ出したみたいじゃないか。私は休まないぞ」
「…わかりました」
 苦笑いをして桂はまた作業に取り掛かる。
 結局、その作業は休みをとりつつ30日の夜までかかった。


5.
 12月31日。
 自分の作業はすべて完了したのだから、冥月はもう帰ってもよかった。
 …のだが、いつの間にか取材に行っていたらしい三下が今ラストスパートを猛烈な勢いでかけていた。
 ちょっと前の桂と自分のように原稿をつき返されては改稿し、またつき返されて…。
 それでも三下が諦めずにやる姿を誰もが応援していた。
 そして…

「…よし…これで完成よ! みんなお疲れ様!!」

 麗香のその声と共に、編集部から歓声が上がった。
「お疲れ様でした! 冥月さん!」
 桂がにっこりと笑った。その笑顔は屈託のない子供のような笑顔だった。
「冥月、ありがとう。よく付き合ってくれたわ。…あ、桂君アレ持ってきてくれるかしら」
 麗香が近づいてきて、桂に何かを取りにいかせた。
 紙袋を冥月に差し出して桂は、「本当にありがとうございました」ともう一度頭を下げた。
「報酬にしては少ないけど、感謝の気持ちだから持っていって」
 冥月が紙袋を少し覗いてみると、高級台湾烏龍「東方美人」と書かれた箱が入っていた。
「…わかった。ありがたくいただいていくよ」
 きびすを返し、冥月が編集部を出ようとしたとき桂が「よいお年を!」と叫んだ。

「来年も宜しくな。暇ならまた手伝ってやる」

 そう小さく呟くと、冥月は夜の闇に消えていった…。


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■□   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  □■

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 8508 / 春日・謡子 / 女 / 26歳 / 派遣社員

 2778 / 黒・冥月 / 女 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒


■□     ライター通信      □■
 黒・冥月様

 あけましておめでとうございます。三咲都李です。
 くそ忙しい月刊アトラスへの助っ人ありがとうございました。
 もう1人参加者がおられますが、完全個別に近い形となりました。
 少しでもお楽しみいただければ幸いです。
 それでは、冥月様にとって本年がよい年でありますように。