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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.3 ■ 船上の被害者 ■



 未だかつて、冥月ともあろう者がコンディションを整える大事な日、戦いの前夜ともある日に、こんな状況に陥った事があっただろうか。

 小回りが利く上に価格が安い。そして、GPS機能がついた最新型クルーザー。そこにこんな死角が潜んでいるとは、と冥月はベッドの上で卓上のランプがゆらゆらと揺れる光が天井を照らしている様を見つめながら思い返していた。
「…誤算だ…。まさか部屋が同室でベッドが一つ…。しかも明らかに二人は眠れる大きさ…。あの店主、『御二人様にはピッタリの船です!』と言っていたが、こういう意味だったとは…」顔を真っ赤にして冥月は天井を見つめてブツブツと呟く。まるで古くなった機械がギギっと鈍い音を立てながらこすれる様な歪な動きをしながら冥月はソファーで横になっている武彦へと振り返った。
 武彦はお構いなしとでも言わんばかりに口を開けて眠っていた。自動操縦で走っているクルーザーが波で揺れる度に武彦がこっちを振り向く様に思えてしまう。高鳴り強く脈打つ冥月の心臓は既に破裂しそうな勢いだ。
「ね…ね…眠れない…〜〜!」
 思わず冥月は考えていた。今もし武彦が起きて抱き着いてこようものなら、自分は抵抗するのだろうか、それとも…。更に頬が紅潮している上に、表情がだらしなく緩みかけるのを必死に堪え、布団を深く被った。
「ど…どう…しよう…」そっと布団から頭をひょっこりと出し、再び武彦の寝顔を見つめる。「も、もし…今私から…」
 再び顔が紅潮する。もはや妄想は留まる事を知らず、ずっと冥月はそんな時間を過ごしては一人でニヤニヤと緩んでしまう表情を必死に隠していた。






「ね…眠れなかった…」
 船窓から覗く朝焼けを見つめながら冥月は呟いた。あまりにも緊張と興奮、更には自分から羞恥妄想を繰り返すという愚行。冥月は思わず我ながら情けなくなり、深い嫌悪感に包まれながら朝を迎えた。
 気分転換に冥月は操舵室へと向かい、現在地を調べる。自動操縦とは言え、潮と地場の影響から通常通り真っ直ぐ向かったのでは目的地である離れ島へは辿り着けない。一度迂回する様に座標設定をしていたが、どうやら予定通り目的の地点へは数十分程度で到着出来そうだ。
 気分転換というよりも、冷静になろうと冥月は深呼吸する。その程度では落ち着かない事は自分でも承知していたが、とりあえず冥月はシャワーを浴びに行った。途中室内を通過するが、武彦は相変わらず口を開けて熟睡している。この様子なら暫く起きる事もないだろうと思いながら冥月はさっさとシャワールームへ足を運んだ。


 シャワーを浴びている最中、冥月は深く溜息を吐いた。ここまで緊張している自分とは対照的に、武彦自身はぐーすかと熟睡している。
「まったく、男のクセに情けないな…」ブツブツと呟く。「それとも、私魅力ないのかな…?」そう言いながら冥月は自分の身体を触れる。スタイルだって良い方だと自負している。その辺の男なら色香で情報を取るのも簡単なぐらいだ。「なのに、起きないし…」
 気分は多少落ち着き、それでも溜息混じりに冥月はつい普段通り、タオルを身体に巻いたままシャワールームから出た。濡れた髪を小さめなタオルで拭き取りながら歩いていると寝起き姿のまま武彦が歩いていた。
「…あ…」ピタっと動きを止めた冥月に振り返り、武彦の表情からは見る見る血の気が引いていく。
「…ま、待て…、これは不幸な…いや、俺には幸いだが…、実に悲しい偶然が…―」
「きゃあぁぁ!!?」
「み、冥月さん!? 誤解ですよ!? むしろ、何でそんな恰好で…って、その右手の拳はどうしちゃったのかなー!? ごふぅ…!」
 鉄拳制裁。武彦は熟睡していた直後に不慮の事故によって永眠しかけるハメになってしまった。目的地に到着する前から精神的に疲弊している冥月と、肉体的に傷を負った武彦を乗せた船は、冥月が自動操縦から手動操縦に切り替えて離れ島へと二人を運んでいった。




――。



 島に到着した二人はとりあえずクルーザーを停船所へと停め、島へと降り立った。武彦は鉄拳が直撃した腹部を押さえてよろめきながら歩いて降りていくと、島を見つめていた冥月が振り返った。
「どうやら、ご丁寧にも私の能力を邪魔する術式を施されているみたいだ」溜息混じりに冥月が呟く。「まぁ予想していた事だが…、物質化や移動できる範囲は全力でも十m程度が限界になってくるな」
「どういう事だ?」
「歓迎されているといった所だ。探知は出来るが、一掃が出来ない。私達がはぐれてしまったら厄介な事になるだろう」
「ある程度一掃出来る可能性を期待はしていたが、そう簡単にはいかないか。まぁ良い、行くぞ」武彦が先を歩き出す。
「あ、武彦…―」冥月が声をかけるとほぼ同時に、武彦は縄によって吊し上げられ、奇妙で恰好のつかない声をあげていた。「…罠がだいぶあるみたいだ」
「…そういう事は一番最初に言ってくれると助かるな…」宙吊りになった武彦が逆さまの視界のままブツブツと文句を言った。


 島内を歩いて進むにも、この島は武彦が思っていたよりも十分過ぎる程に大きい。ワイヤーに緑色のスプレーで着色され、視認が難しくなっているトラップに悉く武彦は引っかかっていた。その度に冥月が武彦を助ける。
「悪いな、冥月…どわっ」
「―へ?」
 引っ張られた拍子に武彦が転び、冥月の身体を押し倒してしまった。思わず顔が不用意に近づき、二人の時が止まる。みるみる頬が紅くなる冥月はハっと我に返り、武彦を投げ飛ばした。
「いっててて…、何も投げる事はねぇだろ…」
「うるさい! バカ!」顔を紅くして前を歩く冥月を武彦は立ち上がり、追いかけた。
「…? 何怒ってるんだ?」
「お、怒ってないわよ!」
「いや、そんなあからさまに怒りながら否定されてもな…」
「うるさいうるさい!」
 顔を背けながら冥月はトラップのワイヤーをすいすいと避けてさっさと進んでいく。武彦はなるべく冥月の歩いた位置を踏みながら歩こうと試みるが…―。
「…あ…」武彦が頭上のワイヤーに引っかかり、後ろから丸太が襲い掛かる。武彦は真っ直ぐ吹き飛ばされ、再び冥月を押し倒す。
「きゃっ!?」
 冥月と共に地面を転がされ、冥月が見ると武彦の顔が冥月の胸に見事に埋もれていた。
「〜〜〜ぶはっ!」顔をあげた武彦は事情を呑み込み、恐る恐る冥月の顔へと視線を移す。「あ、あの、冥月さん…? 今のも不可抗力…で…したよ?」
「い、い…」
「い?」
「いい加減にしろー!」
 冥月の鉄拳本日二度目。武彦の頬を思い切り強打し、武彦は完全のノックアウトしてしまっていた。
 その後は冥月が一つ一つのトラップを避けずに全て潰しながら歩いて進む形になり、武彦は完全に犬扱いされていた。「待て!」と言われれば立ち止まり、「良し」と言えばついていく。草間 武彦という男の、人としてのプレイドが崩れた瞬間だった。




 そんな二人のやり取りを樹の上から見つめていたのは、草間興信所に突如訪れた少女だった。冥月が怒りながらも、何処か嬉しそうな姿を見て少女は歯を食い縛り、手を強く握り締める。
「非情の女、最強の使者…。あの冷静・冷徹、そして冷酷だった“黒 冥月”が、随分と堕ちたモノね…」少女の表情が歪む。「あの男…! アイツがお姉さまを堕落させたに違いない…!」
 少女の憎しみと殺意が膨れ上がる。その殺意に気付いた冥月がバッと振り返り、樹の上を睨み付けるが、そこに少女の姿はない。
「今の殺意…。気のせいではない…」
「どうした?」
「…いや、何でもない…」冥月はそう言って前へと振り返った。「武彦、あそこに見えるのが隠れ家だ」
 冥月が指差した先には、古くそびえる洋館が建っていた。随分と古く、外観だけ見る分には薄気味悪い造りをしている。
「随分と薄気味悪いな…」
「あまり綺麗ではないな。とにかく、油断はするな。能力の制限だけならともかく、何が起きるか解らない」
「あぁ、足手まといにはならねぇよ」
「わ、私の傍から離れるんじゃ…ないぞ…」冥月が再び顔を紅潮し、そう言って武彦の前をまた歩き始めた。






                              Episode.3 Fin