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<東京怪談ノベル(シングル)>


総力戦臨時【嘉辰】
「いいこと? 丁重に運びなさい! 火を絶やせばあなたたちの命はないわよ!」
 物騒なことを叫びながら、白衣の少女が移送されつつある灯火の行き先を指示していた。
 滋賀県は比叡山の延暦寺である。2011年もあとほんの少しで終える時刻……大晦日の午後十時のことだ。宵闇の中で移送される灯火は随分明るく見えたが、同時に一抹の不安を誘うものだと三島・玲奈は思いながらそれを眺めていた。
 延暦寺に来たことがある者は、一様に首を傾げるだろう。なにしろ隣には戦略寺なるものが用意され、兵器や土嚢が山積みなばかりか軍隊僧侶が入り乱れて警護に当たっている。
 事の始まりはこうだ。大晦日の朝に突如として、羽毛の蛇が琵琶湖上空に多数出現したのだ。白衣の少女、鍵屋・智子はそれをケツアルコアトルと呼んでいた。アステカかどこかの神だった気もするが、生憎玲奈はそこまでの知識しか持っていなかった。
 指示を終えた鍵屋が戻ってくる。戦略寺の境内に腰掛けてそれを眺めていた玲奈に、鍵屋は鼻を鳴らして見せた。
「玲奈! 用意はできてるの?」
「いつでも飛べまーす。ねえ智子、どうして海の向こうの神様が日本のお寺を狙うの?」
「私へ解説を求めるなんて、いい度胸ね。それに免じて偉大なる知識を披露してあげるわ」
「いえあの。分かりやすくお願いします」
 玲奈の言葉を聞いているのかいないのか、鍵屋はいかにも自信満々といった様子で白衣をばさりと靡かせ、腰に手を当てた。それが様になるのだから恐ろしい少女である。
「2012年人類滅亡説というのを聞いたことがあるでしょう?」
「ええと、マヤ歴がどうの……ってやつだったけ?」
「そうよ。マヤ文明は肉眼でしているとは思えない高精度な観測を行っていたわ。天体観測に優れれば暦も精密に作れる。ま、そのマヤ人の作ったサイクルが、今年の冬至辺りで終わるから人類も滅びるって説があるのよ」
「なんか強引だなぁ」
「延暦寺の不滅の法灯はその説を完全否定したわ。……ま、簡単に言えばあっちは灯を消して次のサイクルに移りたいのよね。現代文明を滅ぼしたいわけ。あなたはその最終防衛ラインね」
 どう? 分かりやすいでしょう? と笑む鍵屋に、なるほどねと玲奈は苦笑した。どおりで自分は最前線の琵琶湖に配置されなかったわけだ。
「暦を終わらせないための戦いかあ。舞台が暦を延ばすお寺っていうのも面白いね」
「この延暦寺は日本の中でも有数の霊場だしね。ケツアルコアトルが火を授けた神というのも中々に興味深いわ……震えてきちゃう」
 ぶるりと本当に身ぶるいしつつも、鍵屋は小さく舌舐めずりをした。この女、本当に根っからのオカルティックサイエンティストである。恐らく彼女の中では、今回の事象についての様々な仮説や論が駆け巡っているのだろうが、玲奈はあえて聞かないことにした。聞いているだけで新年を迎えてしまいそうだ。
 刻々と時は過ぎ、玲奈は少しもどかしい気持ちで場の騒ぎを見守っていた。時刻はそろそろ零時を回ろうかというところだ。除夜の鐘も最後の一個が鳴る。新年を迎えるのに戦闘体勢というのもなんだが、寺で過ごすというのは少しいいものかも知れない。そう思っていた時だった。
「鍵屋博士! ご報告が!」
「なに!?」
 いち兵士が飛びこんできて、鍵屋は大仰に振り返って見せた。兵士は敬礼の姿勢を取り、正しく報告して見せた。
「京都市内にて大停電が発生しました! 原因調査中です!」
「停電……?」
 俄かに動揺を見せる玲奈とは対照的に、鍵屋は腕組みをして余裕の態度だった。
「敵工作員の仕業かもしれないわね……。何を考えているのかしら」
「ん……?」
 その時、玲奈がぴくりと耳を動かした。
 なんだろう。この感じは。ぞわりぞわりと背中を悪寒めいたものが駆け巡っていく。
 と、参道の方から悲鳴が聞こえた。目を向ければ、瘴気に似たものが軍兵や僧兵をなぎ倒していった。目を凝らせば髑髏のように見えなくもない。
「なに、あれ……」
「読めたわ……停電どころか携帯も不通になっているのよ。新年の挨拶が遣り取りできなくて、市民が不安になった心の具現化されたものだわ!」
「撃墜しないと!」
 玲奈の声に呼ばれるようにして、ごうっと戦闘機が姿を現した。強い風圧で腕を盾にする鍵屋の限られた視界の中、玲奈が颯爽と操縦席に乗り込むのが見える。
「妨害電波……!」
<<或いはこの恐怖や不安の思念が、妨害電波と同等の効果を発揮しているのかもしれないわね>>
「もうっ!」
 風圧で様々なものが吹き飛んでいく中、低空飛行から一気に戦闘機が加速した。戦略寺の屋根を掠めそうになりながら高く飛びあがると、髑髏の思念もそれを追っていく。不気味も鳴き声が辺りを包み、鍵屋は耳を抑えながらそれらを見上げた。
「暗い……!」
 視界が狭い中でロールからのターンを加えようとしたものの、木々が目に入って機動に迷いが生まれる。髑髏が後ろから尾翼に激突して、木々に当たるとそれらがが風防を弾き飛ばした。
 危うく脱出した玲奈の制服の下から、翼が大きく開いて彼女の身体を滑空させた。
「玲奈! まずいわよ! 髑髏が結界をすり抜けたせいで、神鳥がこちらに向かっているわよ!」
「こんな状態じゃだめだ……。智子! 暗視能力に長けた子を呼んで!」
「任せなさい、こんなこともあろうかと私の偉大な頭脳が予測していたわ!」
 鍵屋がさっと手を振ると、生き残っていた兵士が走りだして何かの合図を寄越した。少し離れた大津港で「臨時総力戦【嘉辰】」の旗の下に、VTOL機や魔女が待機していた。照明弾をこれでもかというほど積んでいる。これも鍵屋の指示だった。
 エルフの魔女たちが箒で一斉に出動すると、すぐさま延暦寺まで駆け付けた。後ろにはVTOL機がある。髑髏のタックルを避け、玲奈がエルフたちの視線を追った。
「あそこ!」
 鋭く指差した方角に、戦闘機が赤外探知型のミサイルを撃ちこんだ。人の負の感情とは言え、熱を伴うものであったらしい。髑髏が先程の優位から転じて逃げ惑うが、ホーミングの前に撃ち落とされていく。
 髑髏の撃墜を確認した魔女たちが焔の魔法を焚き、戦闘機が照明弾をありったけに空へ打ち込んだ。まるでそれらは儀式にも似ていた。昼間のほうにぱっと明るくなると同時に、かの敵の姿が浮き上がる。
「バルカン!」
 鍵屋と玲奈の声が被る。戦闘機のバルカンが火を噴いて、神鳥の翼をバリバリと破るように打ち抜いた。ケツアルコアトルが痛みからか怒りからか叫び、尾を振りまわす。戦略寺を吹き飛ばして鉤爪が玲奈に振りおろされた。
 それを寸前で避け、はたと玲奈は気付く。武器がないのだ。
「トドメを早めに決着をつけないと……!」
「これを使いなさい!」
 戸惑う玲奈に、鍵屋が一振りの日本刀を投げ寄越した。それを受け取った玲奈は、はっとしてその刃を見遣る。そのあたりで売っていそうな安物の飾り刀だが、刃が真っ赤に燃え盛る炎のように赤い。
「不滅の焔に当てた即席霊剣……それでもひと振りには耐えるわ!」
「まったく、用意がいいんだから!」
 ゆらりと剣を構え、翼の滑空を止めた。神鳥の真上から、ほぼ重力に任せる形でその首めがけて焔の霊剣を振りおろす。
 それが手ごたえも確かに、見事に決まったのと同時に、朝日が東の果てからから姿を現した。