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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


新年早々大波乱!?
 新たな年がやってきた。
 新たな年はどこの家にも共通してやってくる。海原家とて例外では無い。
 しかし、他の家ではよく一家一族で集ったりするものの、海原家にはそれが無い。
 姉妹にはそれぞれお役目があったり、または新年会に招待されたりと家にいる事は少なく、また両親に至っては海外が多いため、日本にいる事自体が稀だ。
 つまり、家に居ても1人――なんて事になりがちなのである。
 気づけば海原・みなも(うなばら・みなも)もそんな新年に慣れ、気づけば割りの良いバイトなど入れて寂しさを埋めている。少なくともバイトをしている間はひとりぼっちの寂しさを紛らわす事が出来る。
 新年のバイトは少々特殊なモノも多く、その珍しさと季節的な問題もあるのだろう。ぶっちゃけ貰える額も中々宜しい。ミクロ的経済問題をかかえるみなもとしてはお財布が潤う上に、新年の持つ非日常的雰囲気を楽しめるのは少しだけ楽しいといえば、楽しい。
 だが今年は例年より、ちょっとだけ嬉しい事が増えた。
 そのたよりを運んできたのは数日前に海原家に届いた手紙。
 なんと、年始に父が帰ってくるのだという。何せ先ほども書いたように、両親が帰ってくるのは極めて珍しい。
 しかしながら日程はみなものバイトと被って居る。
 それでも父が帰ってくるのは彼女にとっては喜ばしい事だった。

 そして、父が帰ってくる予定の日。
 みなもはバイトへと向かいつつも、帰ってきたら父と何を話そうか、などと考えていた。
 一応家のテーブルの上には、父へのメッセージを残してある。バイトから帰るまで待っていて欲しい、と。
 因みにバイト内容は所謂イベントコンパニオン。しかし衣装は干支である辰に扮したスキンタイトなモノである。
 つまり、辰風だけれど、ぴったり。身体のラインがはっきりわかる。
 ぶっちゃけ、知り合いに見られるとちょっと恥ずかしい……かも。
 それでもみなもとしては楽しんでいたのだが……。 
「あれ? お父さん……?」
 人ごみの中に見知った姿を見つけ、ちょっと驚いた。もう帰ってきていた、という事も驚きながら、何故ここにやってきたのか、と。
「みなも、元気そうで何よりだね。きちゃった」
 てへぺろ、と仕草を作ったものの、その分おっさん感が倍増してしまうのが悲しい。
「来ちゃった……って」
「家に帰ってきたら、みなもは仕事中だっていうじゃないか。だから折角だしお父さん、仕事中の愛娘の姿を見に来たんだよ。うんうん」
 ひとりにこにこしながら彼は周囲を見渡しこう告げた。
「で、新しいお友達はどうしたんだい?」
「友達……」
 みなもは視線を宙へと彷徨わせたが。
「……仁科さんの事?」
「うん。そうそう。仁科さん。そうだ! 折角だしその仁科さんとやらに挨拶に行こうじゃないか」
 うん、それがいい、と父親は満足そうに1人頷いて居るものの――。
 とにかくあまり2人で話し込むのも何だとみなもは父の袖を引き、人気の少ない場所へと連れて行き告げた。
「お父さん、あたしまだ暫くバイトが……」
 困った顔のみなもに対し、父は良い笑顔。
「大丈夫。そのあたりはお父さんがなんとかしておくから」
 言うなり父親はどこからともなく1冊の本を取り出した。
「お父さん、それ……」
「そう『竜に囚われた姫』の写本だね。原本は仁科さんの手元にあるんだろう?」
 大丈夫、今なら新年の催し物だと思われるだけだよ、などと言いつつ彼は本を開いた。
 以前原本を手にした時のように、本ははじけ飛び、それを構成していた無数の紙片がみなもへと張り付いていく。
 そして――。

 古書肆淡雪は正月早々何事もないかのように営業していた。
 強いて言えば店頭に正月飾りが控えめにつけられているのが唯一日常的では無い点かも知れない。
「こんにちはー。あけましておめでとうございますー」
 そんな古書肆淡雪に中年男性の低めの声が響いた。
「はい、あけましておめでとうございます。いらっしゃいませ」
 店主仁科・雪久は答えながらに店頭にやってきた客に対応しようとし、そしてそのまま固まった。
 何せ、店頭に1匹の白龍と、見知らぬ中年男性が佇んでいたのだから。
 古書店には普通、中年男性がやってくる事はあっても、白龍がやってくる事は無い。
 しかし、この白龍、どこかで見たことがあるような――と雪久は考える。
 どこか女性的なラインを持つ真っ白な龍。何かを訴えるような青の瞳――。
「……みなもさん……?」
 小さく呟いた雪久の声に白龍が頷く。
 そして雪久は白龍から中年男性へと視線を向ける。
「ならば、あなたは……」
 雪久は即座に白龍と化したみなもと、中年男性の間に割って入った。みなもを庇うように彼女には背を向けて。
「……あなたが、事件の首謀者ですか」
 雪久の若干険を含んだ声にも中年男性はにこにこと穏やかに笑んだままだ。
 どこにでもいるような、ごく普通のおじさん。そんな印象を持たせる男。
 ヘタをすれば会った事すら忘れてしまいそうな程、奇妙に没個性な人物。
「あなたの言っている事件が何を指すかは解りませんが、ある意味ではそうですよ。仁科さん」
「……何故私の名前を? それに何をしにここへ……ッ」
 雪久が更に問い詰めようとした所、彼は袖をぐい、と何かに引かれる。
 慌ててふりむくとそこには白龍のままのみなもが居る。普段なら袖を引くにしてもつい、くらいなのだが、龍になっていた為力加減が上手く行かなかったらしい。それでもなお、彼女は何かを訴える。
 以前は貼り付いた紙を引きはがす事で元に戻せたが、今回は一分の隙すら無い。剥がすためのきっかけとなる場所が無いのだ。
「……みなもさん、落ち着いて。君の姿を思いだして」
 雪久は白龍の手をそっと握る。かぎ爪の生えた手ではあるものの、以前のドラゴン化時よりは、より女性的だ。恐らく以前よりみなもらしさが全面に出ているのだろう。
「君の姿を。青の髪を。そして青の瞳を」
 声に導かれるように、みなも自身も目を閉じ深奥へと意識を向ける。
 そして――。
 彼女の姿は次第に白龍から少女へと移り変わっていく。
 白く滑らかではあったものの、鱗が存在していた肌は、暖かみのある人間のものへ。
 細い角が生えていた頭には、青の髪がさらりと流れる。
 再び彼女が目を開いた瞬間、貼り付いていた紙片がばさり、とその場に舞い落ちた。
 残されていたのは1人の少女――みなもの姿、だったのだが。
 服装は身体のラインぴったりな白のスーツ。そして、そこにあしらわれた辰を思わせる飾り。
 雪久はそれにちょっと困った顔。目のやりどころに困る感じなのだろう。
「えー……っと……」
 2人の間に満ちる奇妙な間が、重い。
 みなもも頬を朱に染めたの見て、雪久は我に返って慌てて上着を彼女に着せかけた。

「……貴方がみなもさんのお父様、なのですか」
 急須から緑茶を注ぎつつ雪久が問うと、先ほどの妙に特徴の無い中年男性――みなもの父がこくりと頷いた。
「ええ、娘に新しく友達が増えたと聞きまして、新年ですし日本に戻ってきたのですよ」
 貴方の名前も娘から聞いていたのですよ、とにこにこ。
 因みにみなも自身はというと、未だ頬を赤らめたまま、雪久に渡された上着にくるまるようにして着座している。その横にはこちらもすっかり古書肆淡雪に馴染んだロリータ服の少女の姿。彼女はといえば我関せずと言った様子で緑茶をすすっている。
「しかし貴方は、私がさっき『事件の首謀者ですか』と問うた時、そうだと答えましたよね?」
 茶菓子の最中を供しつつ未だ若干警戒気味に雪久は問う。
 ――これでも、人の姿に戻ったみなもが懸命に「あたしのお父さんなんです!」と述べた事もあり、多少は警戒を解いたのだ。
「そうですよ。みなもを今白龍に変えてここに連れてきた、という意味合いですが」
 途端に凍っていた空気が少しだけ溶けて緩んだ、ような気がした。
「……しかし、娘さんに何故こんな事を?」
 雪久の問いにみなもの父は腕を組み暫く宙へと視線を彷徨わせ――その後とてもイイ笑顔でこう言った。
「……面白そうだったから?」
 形容するならばどっかんがらがらがっしゃんプー、という感じで空気が崩壊した。少女は楽しそうにケラケラ笑っているし、雪久はテーブルへと顔面からつっぷしかけるし、必要以上に茶目っ気を発揮する恐ろしいおっさんである。
「お父さんはこういうタチの悪い悪戯するのが好きなんです……」
 フォローするように丸まったままみなもが告げる。
 脱力しっぱなしの雪久、そして笑う少女を余所に、みなもの父親は、みなもへと手を差しのばす。頭を優しく撫で、彼は言った。
「いや、でも良い友達が出来たようで安心しました……」
 こんなに心配してくれる人が居るなんて、と穏やかに微笑む彼は、確かに父親の顔をしていたのだった。

「それでは、きちんとした挨拶にはまた後日伺いますので」
 みなもの父はそう言い雪久へと丁寧に頭を下げた。彼はそのままみなもと仲良く並び、古書肆淡雪を去っていく。一見しただけではごく普通の父と娘なのだが……。
「それにしても、なんだかとんでもないお父さんだったねぇ……」
 雪久の言葉に少女はくすくすと笑う。
「きっと何かとっても凄い事をするヒトよ? 意外と偉かったりするかもしれないわ」
「見た目はどうみても普通のおじさんなんだけれど……」
 ううむ、と唸りつつも雪久も、何かあのどこにでもいそうな中年男性――みなもの父がこれから何かやらかす予感がしてならないのだった。