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<東京怪談・PCゲームノベル>


まだらイグニッション! そのよん。



 閉鎖されているはずなのに、己以外のプレイヤーが存在する……?
 そのプレイヤーが攻撃を仕掛けたのか、なんのためにウテナを狙っているのか……気になる。
(問題は今後、なのよねぇ)
 頬杖をつきながら、目の前のディスプレイを眺める。
 閉鎖した旨を伝える文面が表示されたサイトは、『CR』のものだ。
(ウテナとの絆が鍵になるにしても、残り少ない使用回数でどうにかしないといけないから、状況を把握して考えて、使いどころを見極めなくちゃ)
 だがその使いどころ、というのがかなりネックになる。
 ウテナの使用回数は制限されているし、敵の攻撃も、前回は偶然なんとかなっただけかもしれない。
 ウテナの能力は『反転』。つまりは、毎回攻撃を相手に跳ね返している鏡のようなものなのだろう。
 豊かな大地が枯れ果てるのも、彼女の能力だ。
(付き合い方も、少しはわかってきたつもりだし……焦っても、首絞めるだけだから、改めてそのへん気をつけてみよう)
 やれやれ。
 考えることはたくさんある。対策も練らねばならない。
(やることは山積み。それに)
 ヴァーチャルの世界にばかり構ってはいられない。エミリア・ジェンドリンは『現実』を生きる存在なのだから。



 感覚が上下逆さまになるような奇妙なこれは。
 ん? と瞼を開けた刹那、目の前、というか頭上にマグマがあって衝撃を受ける。
 エミリアは目を見開いたものの、生来の性格からか大慌てで叫んだり、動いたりすることがなかった。
 そもそも、こんな近距離にあるのなら、マグマが空から降ってくるはずだし、高熱で火傷では済まない状態のはずだ。
(空?)
 本当に空なのだろうか?
 エミリアの長い髪は空に垂れている。垂れている、ということは重力は……。
(私が、下を向いているってこと!?)
 逆さまなのは自分だ!
 そのことに気づいたが、どう動いてもこのバランスが戻ることはない。
 頭に血がのぼらないだろうか。それが心配でならない。
「ウテナ」
 呼んでみると、すぅ、とウテナが真横に現れた。彼女は正しい向きで、きちんとマグマを『下に』して立っている。
 彼女はエミリアを眺めている。
「ウテナのカードを使いますか?」
(口を開けばそれよね)
 つまり、体勢を反転させて元に戻してくれるということだろう。
 無限に回数があれば使いたいところだが、そうではない。あと4回という制限がついているのだ。
「これじゃあ、歩けないんだけど」
「ウテナのカードを使いますか?」
 ……だめか。
 しょせん、彼女は能力カードだ。絆が低い今、彼女の親切をあてにするのは間違っているだろう。
 しかし徒歩もままならないこの状況をどうすればいいのか。
「そういえば、ここはどこ?」
「ここは『火の国』です」
 端的に応えるウテナの無表情は、崩れない。一ヶ月前に見たあの笑顔は、幻覚だったのかとさえ思う。
「あー、えっとね」
 エミリアは言葉を考えつつ、声を出す。
「私たちを攻撃してくる、けど、ウテナを狙ってるの?」
「違います」
 即答だった。
「ウテナはエミリアの所持カードです。あなたを攻撃しています」
 ……。
(守らなくちゃならない、とか意気込んでたんだけど……)
 違っていたようだ。
 視界がきちんと働いていないためか、気分が悪くなってくる。どうしよう、カードを使ったほうがいいだろうか?
(永遠にこのままってわけもありかもしれないわね。それにこんな状態で敵の攻撃を受けたら、ひとたまりもないわ)
 ちら、とウテナに視線を遣る。彼女はこちらを見下ろしてくるだけで、まったく動かない。
(友情とか、ぜんぜん感じられないわよねぇ……)
 傍にいてくれるだけでも、譲歩して……いや、それは彼女がエミリアの所持物だからだろう。
 腕組みして考えそうになるが、少し揺れてみると毛先がマグマに埋没した。ちり、と嫌な音と、焦げ臭さが鼻をつく。
 え、と思う。マグマに触れた部分が焼け焦げていた。
「ちょ!」
 驚いて動揺してしまうエミリアは、認識を改めた。
(逆さまなのは、それはそれで理由があるのかもね。……ないかもだけど)
「ど、どういう世界なのよここ」
「ここは炎の支配する国」
「マグマに触れればアウトってこと、ね。でしょ?」
「…………」
 ウテナにとっては珍しく会話に間があり、エミリアが怪訝そうにする。ウテナはゆっくりと瞳を伏せる。
「脱落を選択されますか?」
「え?」
 ずずっ、とウテナの背後に何かが見えた気がした。巨大な、大きな黒い塊だ。
 瞬きをした次の刹那には消えていたので錯覚かもしれない。
「リタイアしろってこと? 冗談じゃないわよ」
 まだ何もわかっていないってのに!
 エミリアの若干憤慨気味の言葉に、ウテナはぱち、と瞬きをしていつもの能面のような表情で告げた。
「エミリアは」
 こ、このパターンは!
 嫌な予感というのは当たる。じたばたしてもどうしようもないというのに、エミリアは身構えた。
「攻撃を受けています」
「やっぱり!」
 その言葉を発したエミリアの肉体が空中に放り投げだされる。いいや、空へと引っ張り上げられたのだ。
「ぐっ、こ、この、ぉ……!」
 急激に身体に負荷がかかる。右足首を乱暴に掴まれて勢いよく放り投げられたような感覚。
 一気に視界が広がる。
 マグマとウテナだけだった今までの世界が広がる。
 そこは、本当に炎だけだった。空は夕焼けで染まり、地面はすべてマグマに覆われている。歩く場所など皆無だ。
 すべてを食い尽くし、呑み尽くす世界。
 オオオオオオオオオオぉぉぉぉぉ……。
 怨嗟のような不気味な声が響いてくる。風の悪戯ならば良いのにと、エミリアに思わせた。
 ココは、危険だ。
 目の錯覚?
 マグマの中で蠢いているものがあるように感じてしまう。気分が悪くなった。
 ここはゲームの、ヴァーチャルの中のはずだ。
 五感は頼りにはならない。
「う、わ、」
 引きつった声だけが、洩れる。今度は背中に強い衝撃が襲った。叩き、落とされる――――!
 この速度であのマグマに叩きつけられれば死ぬ。死ぬ、死ぬ!
「カード能力行使!」
 声が聞こえた。
 幼い少年の声だ。
「ミナモ、『覆え』」
「カード回数が減りましたわ」
 女性の声も聞こえた。
 肉体を何かが包んだ。冷たいそれは、水だ。
 一気に落下速度が落ち、そしてエミリアはその身体能力をもって、声のした方向を素早く定めた。
 水でできた円盤のようなものの上に誰かが立っている。中学生くらいの少年は、どこにでもいそうな平凡な顔立ちの人間だ。傍には髪をツインテールにした妖艶な衣装の二十代の女性が居る。
(他のプレイヤー?)
 こんなことは、今までなかった。
「カードを使う!」
 少年はさらに叫んだ。エミリアは、ざわっと、悪寒が走る。
「やめ……っ!」
 本能的に叫んだが遅かった。
 少年のカードが使用されたのはわかった。けれども、エミリアを襲った『見えざる敵』のほうが早かったのだ。
 よくて、相討ちだったのかもしれない。
 少年ははたき落とされるような動きをして、円盤から……『落ちた』。
 エミリアの場所からは遠すぎる。
 落ちていく少年には、エミリアの手は届かない。
 悲鳴が世界に響いた。
 少年の悲鳴。そして、彼は救いをカードに求めた。
 タスケロ、と。
 命じた。
 けれども。
 ミナモと呼ばれた能力カードは姿が、ノイズが走ったようにざざっ、とブレて……消えた。
 それは死刑宣告のようなものだった。
 少年はマグマに飲み込まれてしまう。あっという間の出来事だった。
 同時にエミリアの肉体も落下を開始した。プレイヤーである少年が消えたからだろう。
 見えない敵は攻撃してこない。少年が倒したのかもしれない。あの少年には他のプレイヤーが見え、そして姿を見せることができたのかもしれない。あの能力カードの力で。
(なに、よ)
 なんなのよ!
 助けてくれたのかもしれない。気まぐれなのかもしれない。
 落下を続けるエミリアは、ウテナの名を呼ぶ。
「ウテナ!」
「ここに」
「助けて」
 試しに言ってみるが、カードは反応しない。そう、つまりはそうなのだ。
 能力カードには『情』が存在しない。能力しか使えない。
 窮地に陥ったエミリアは驚愕する。
 この世界は、カード能力を使わせることを前提としている。使わなければ待っているのは、先ほどの少年と同じような最期だ。
 この世界で死ねばどうなるのか。そして、パソコンの前の自分はどうなるのか。意識は? 魂は?
「カードを」
 使うわ、と言おうとしたエミリアにはマグマが迫りつつある。激突する直前で、ウテナがなにか呟いた。
 早口に唇が動いて、閉じられる。
(え? なに?)
 なんて、言った?
「次のステージの鍵が手に入りました」
 そうだ。
 いつ?
 いつ、手に……。
 ぞっとした悪寒は、手の中の冷たい感触が原因だ。
 いつの間に。
 これは。
 驚愕と絶望の瞳をウテナに向ける。
 鍵は、『2つ』。
 この数に怖気が走った。ウテナを凝視する。
 ウテナはまた笑った。うっすらと。

***

 耳に残る悲鳴。
 ハッとして起き上がったエミリアは、目の前の液晶画面を見つめる。
 このゲームには何かある。
 なぞが、ある。
 画面には、やはり鎖に縛られたウテナのカードが表示されている。
 エミリアは先ほどのことをゆっくりと、深呼吸をしてから思い出す。
(あの『影』は何)
 何、なんだろう?
 まるで死神のようだった。物語に登場する死神をそのまま形にしたような。
 ウテナの背後にあったように見えた、マボロシ。
 エミリアはぼんやりとした瞳に力を込めて、ゆっくりと掌を開く。そこには、なにも、ない。
 ないけれど、あの感触だけが残っている。
 鍵の数は二つだった。それは。
(予感が、予想が、当たっていれば)
 あの少年と、敵?
 鍵が手に入ったから、エミリアは助かった。では。では?
 冷汗が流れていく。
 閉鎖されたゲームには、エミリアのように招かれているプレイヤーたちが複数いる。そして互いに姿が見えない。はず、だ。
 はず……だ。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8001/エミリア・ジェンドリン(エミリア・ジェンドリン)/女/19/アウトサイダー】

NPC
【ウテナ(うてな)/無性別/?/電脳ゲーム「CR」の能力カード】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、ジェンドリン様。ライターのともやいずみです。
 ますます謎が深まっていきますが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。