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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.11 ■ 爪痕 ■




―『ここは、あの子の記憶の中…?』
 勇太が百合の記憶を遡り、目を覚ました。どうやら百合の記憶の奥底で勇太は止まっている様だ。家でも学校でもないそこは、どうやら寮の様な造りをしている。それぞれの部屋はドアで仕切られ、ドアにはその部屋に住んでいるであろう人達の名前が刻まれた紙がプレートにはめ込まれている。勇太はそんな光景を見て、すぐに気付いた。
『ここ…、施設だ…』勇太が呟く。
 勇太も過去に施設にいた頃がある。そのせいか、何処か懐かしいこの光景にはすぐに気付く事が出来た。そんな中、一人の少女が楽しそうに不格好なスキップをしながら院長室と書かれたプレートの貼られた部屋へと小走りしながら入って行った。
「院長せんせ!」女の子が嬉しそうに描いた絵を院長に渡した。「はい! あげる!」
「おぉ、百合ちゃん。これはボクかな?」
「うん!」
「おぉ、ありがとう」優しそうなお爺さんは嬉しそうに笑顔を浮かべて百合の頭を撫でた。立派にたくわえられた口髭を動かしながら、お爺さんは頭を撫でていた。
 百合は嬉しそうに笑っていた。不遇な境遇だとは言え、幸せそうに笑顔を浮かべている。勇太はそんな百合の姿に何故か少し安堵した。


『どうしてこんなに優しい環境にいた子が虚無に…?』勇太は不意に疑問を抱いた。特別な能力も何も持たない子供。親がいない少女が、何故“現在”では自分を殺そうとするのか。

 春の昼下がりだった。施設の外の公園には桜が咲き誇っていた。その後も勇太は百合の過去の姿を追ってみるが、そこに今に至る理由は見当たらなかった。とは言え、ここで遡る速度が止まった事を考える。確かにここに、何かがある筈だ。勇太は諦めずに百合の姿を追った。周りの一緒に預けられた子供達も、元気に楽しそうに百合と話したり遊んだりしている。嵐の前の静けさ。それが勇太の心に強く根付いた印象だった。






 夕刻、世界が紅く染まっていた。鮮やかな紅色に染められた桜が風になびいている。勇太はそこで何かが起こる予感がした。嫌な胸騒ぎが勇太の胸の中へと広がっていく。
 陽が沈もうと藍色の空が広がる。夕陽が山の合間へと隠れようとする頃、唐突に嫌な風が施設の中へと吹き抜ける事に勇太は気付いた。
 唐突に訪れた二人組。スーツを着た二人組の男が施設の前へと気配もなく現れた。彼らは表情を変える事も会話を交わす事もせずに真っ直ぐと施設の中へと歩いて行った。そんな二人組に気付いた職員の男性が男達へと歩み寄る。
「失礼ですが、どういったご用件でしょうか?」職員の男が声をかけるが、男達は立ち止まろうともせずに施設の中へ歩こうとする。「―おい、止ま――」
 制止しようとスーツの男の肩を掴もうとした瞬間だった。職員の男の首が鮮やかな紫色の刃をした刀によって切り落とされた。
「…行くぞ」
 外で何が起きたのかを知らない百合は相変わらず紙に絵を描き続けていた。そんな百合が騒ぎに気付いたのは、同じ施設にいる少年が外で叫ぶ悲痛な叫び声がきっかけとなった。施設の中から次々に児童が慌てて様子を見に走りに行く。混沌としたその光景に、次々に叫び、泣く声がこだまする。百合は恐怖に駆られながら、その現場から離れようと院長のいる院長室へと駆け出した。院長室へと近づいた途端、院長室からは何やら言い争っている様な声が聞こえてきた。
「な、何を言っている…!」
「とぼけるつもりか? お前が――に協力――」
 百合には男達の声がハッキリと聞こえなかった。異常に気付き、半開きとなっている扉から覗きこんでいる事しか出来なかったのだ。
「貴様ら――の犬――!」
 院長が激昂している姿に、百合は恐怖を感じた。いつもは穏やかに笑っている院長とは思えない表情。そして、その次の瞬間だった。院長の身体を冷たく鈍く光る刃が貫く。百合はその光景を見て叫び声をあげる事もなく、ただただ目を見開いていた。膝が笑い、力無くその場に百合は座り込んだ。
「……!」



  ―この瞬間、百合の中の何かが弾け飛んだ。大きく強大な迄の憎悪。







――。





「“柴村 百合”。空間接続《コネクト》の能力者…か…」科学者の風貌をした白衣を着た男がファイルに目を通し、呆れた様に呟いた。「年齢は十三歳…。能力値も問題はない…」
「あぁ…。だが、精神面に問題がある。我々“IO2”を恨んでいるからな、彼女は…。幼い頃の事件がきっかけで、な」スーツ姿の男がそう言うと、煙草を咥えて少女をガラス越しに座り込んでいる少女、百合を見つめた。
「物心ついた頃から家族の様に過ごしていた施設を襲われ、家族はほぼ収監。もしくは処刑された…。生き残った後も我々“IO2”の監視下に置かれているのだからな」科学者の男が淡々と言葉を続けた。「さしずめ、我々は彼女にとっては“仇”だ。憎むべき相手だ」
「しかし、それは“虚無の境界”が“霊鬼兵開発の為の人柱”を育てていた施設だろう? 感謝こそされど、憎まれる覚えはないがな」
「どんな大義名分があれば、お前は肉親を殺されても許せる?」コーヒーを啜りながら科学者の男は再び淡々と言い放った。
「…っ。そうだな。俺達は羨望の眼差しを受ける為に仕事をしている訳じゃない…」
「そういう事だ…」





     ―不意に景色が移ろい、真っ暗な空間に勇太は放り込まれた。



          ―少女が一人。膝を抱えて泣いていた。



   『…知っていたのか…? 自分がモルモットとして育てられた事を…』
               勇太は少女に尋ねた。
           『アンタの記憶の中にある言葉だ…』


 「…それでも良かった。私にはあの場所が家だった。あの人達こそが家族だった…」


『下手すれば、アンタも実験台にされたんだぞ…? それで良かったなんて言えるのかよ…!』


        「言った筈よ。私は私の家族を奪ったIO2が憎い…。憎い!」

           醜悪な憎悪が勇太の精神を汚染しようとする。


   『でも、アンタは“被害者”だった! それを救ったのはIO2じゃないか!』


   「…それが“救い”だと言うのなら、私はそんな物を求めたりしなかった…」


         「―ただ、あの平穏だった時間を…家族を…!」


   「…アナタには解るハズよ。温もりを奪われる事の辛さを…。その憎しみも…」



            ―不意に、勇太の脳裏に母の顔が浮かぶ。


           『出て行け…! 私の中から…出て行け!』






 ―強烈な思念による精神の暴走が始まる。勇太はそのリスクを本能的に感じ取り、百合に触れようと手を伸ばした。
 瞬間だった。勇太の意識が急速に“現実”へと引き戻される…――。




――。



―「…勇太!」
 武彦が勇太の身体を揺さぶりながら必死に声をかけていた。どうやら勇太が行った精神共鳴は外部からの強制的な介入によってリンクしていた部分を砕かれた様だった。
「草間…さん…」勇太が頭を抱えながら立ち上がる。

―「久しぶりね、ディテクター…」

 悪寒が走る。思わず勇太の身体は一瞬で強張り、頬に一筋の冷や汗が滴る。絶対的な力の差。それが勇太を本能的に動けなくさせる要因でもあるが、それ以上に禍々しい空気。絡み付き、勇太の身体を縛り上げる様に這いずる蛇の様な嫌な威圧感が漂う。
「…虚無の盟主たるお前が、まさかこんな所に現われるとは…な」
 武彦の言葉の違和感に勇太は気付いてしまった。あの武彦でさえ、眼前に忽然と姿を現す“巫浄 霧絵”に対するその言葉の端々に緊張感を漂わせている。
「フフフ…、そんなに緊張しなくて良いわ。アナタ達との決着なんかより、もっと大きな目的が近い。この子を迎えに来ただけよ」霧絵は百合を抱きかかえながら相変わらずの嘲笑を浮かべていた。「それと、アナタへ選択するチャンスを与えてあげようと思って、ね」
「チャンスだと…?」
「えぇ…。一度その子からは手を引いてあげるわ」
「―…っ!」
「どういうつもりだ?」武彦は退かずに尋ねた。「お前達の研究に、言い方は悪いがこいつは持って来いの存在の筈だ。それを手を引く、だと? 一体何が目的だ!」
「フフフ…」霧絵が静かに笑う。「五年よ」
「五年…?」
「そう。A001、つまり彼の能力が成熟するには、あと五年はかかる…。私はその時を待つ事にしたわ」霧絵がクスクスと静かに嘲笑い続けた。
「…五年…」勇太が呟く。「十七になった俺を、また狙うって事…?」
「その時、アナタはどちら側にいるのかしらね…?」
「何を…―」
「―ディテクター。私はIO2そのものなんかより、アナタに興味があるのよ」霧絵は勇太の問いかけを無視して武彦を見つめた。「五年後、期は熟す。全てが導かれるままにね…」
「…まさか…!」
「そう、古代マヤ人があげた終焉の予言。メソアメリカ文明の長期暦、2012年12月21日の“虚無への帰還”。そこで全てが解るわ…」




  霧絵はそう言うと、黒い影の中へ飲み込まれる様に姿を消した…―。


                             Episode.11 Fin





■□■□■□■□■□■□■□ライターより■□■□■□■□■□■□■□

こうして私から私信を書かせて頂くのは久しぶりですね(笑)
白神 怜司です。

さてさて、工藤 勇太君、十二歳編。
ついにここに来て十七歳の“現在”を示唆する形で
一段落といった形になります。

長らく続いてしまった十二歳編でしたが、
ここからが“草間興信所と現在の勇太君”へと続く
エピローグとなる訳です。

実を言うと、壮大な“序章”だった訳です(笑)

今後、より一層背景を強化し、
新たなるNPCの登場などもある訳です。

今後とも宜しくお願い致します。
白神 怜司

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