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<東京怪談ノベル(シングル)>


VS冬将軍!!


 乾いた冷たい風が吹く町中を男が歩いていた。ざんぎり頭に袴、足元には皮靴といういでたちだ。男は、寒い寒いと言いながら、両手をたもとにしまい、背中を丸めて早足に建物へと向かう。
 そこは月刊アトラス編集部…ではなく、瓦版「亜虎須」編集部だ。

「はああ」
 三下・忠雄(みのした・ただお)は盛大な溜息をついた。机の上には掘りかけの木板が木くずにまみれている。
 指先は寒さと疲労で震えるが、あいにく火鉢は三下の席から遠い場所に置かれている。三下は両手をこすり合わせながら、はあ、と息を吹きかけた。
「どうしてこんな事になってしまったんだろう…」
 トホホと嘆くが誰も助けてなどくれない。
 三下は木版の上の木くずを払うと、意を決して掘り始めた。やらなければ、いつまでたっても終わらないのだ。自分が任された瓦版の記事を掘り続ける三下。特集は『支配者冬将軍の謎と真意』。

 どうしてこんな事になってしまったのかという、三下の疑問にお答えしよう。
 人々の節電意識が極限まで高まり、それが実行に移された。無ければ無いで何とかなるという人間の適応力の素晴らしさ。
 いつの間にか、文明ははるか昔まで退化していた。
 退化し、混乱した世の中。それに乗じるように復活したのが1人の将軍の霊。
 恐らく悪霊と思われるが、この将軍がなかなかのやり手で、その政治手腕で多くの信任を得て、ついには支配者までにのし上がった。
 三下がこの特集記事を掘り続けるに至った経緯については、話は1日前にさかのぼる。

 冬の寒さも、いずれ訪れる春の暖かさを思えば、耐えられなくもない。しかし冬将軍に支配された世には、春が訪れる事は無い。
「春を奪還すべきだ!」
 某藩の武士が怒鳴った。それに同意した他の武士が拳を上げる。
「そうだ!冬将軍を打つしかない!」
訪れない春をじっと待っていても問題は解決しない。ここは一気に武力で攻め落とそうと言う。
「まあまあ…」
 穏健派たちは慌ててそれをなだめにかかる。
「ではどうすると言うのだ!」
 ピリピリした空気の中、隅っこで小さくなっている三下。諸藩の代表者たちによる論争を取材中だ。いつにもましてビクビクしている。
 三下の隣には、彼の知人の蘭学者が座っていた。
「黒船を使うのです」
 穏健派が口を開いた。
「さらには様々な文明の利器を将軍に示すのです。さすれば将軍も開国に頷かざるを得ないでしょう」
 武力派の武士が大声で笑い出した。
「何をおっしゃるかと思えば。だいたい、将軍を脅かせるほどの黒船などどこにあると言うのだ」
 すると蘭学者がすっと立ち上がる。
「何だ」
 武士に睨まれた蘭学者はすっと背筋を伸ばして、
「こちらをご覧ください」
 手の平を胸の前にかざし、なにやら怪しげな呪文を唱え始めた。
「なんじゃ!」
「怪しげな呪術か!?」
 ざわめく武士たち。蘭学者の周りに風が起こり、辺りが光り始めた。
 三下はその場から離れずにじっとその光景を見上げている。腰が抜けて動けないのだ。
 そう言えばこの知人、南蛮の妖力を研究していたが、まさか…。
「いでよ!」
 蘭学者のベタな掛け声とともに、光の中に1人の少女が姿を現した。
 その背中には翼が生えている。消えゆく光の中で、少女は風にあおられて頬にかかる髪を手で払った。少女の耳は尖っていた。
「妖精にございます」
 蘭学者は武士たちを見回して、言った。
 あんぐりと口を開けたままの者、腰を抜かして床に手をついたままの者、衝撃の光景に、武士たちはまだ言葉が出なかった。
「ええと…」
 妖精は一同をぐるりと見回した。
「まずは自己紹介、ですよね。初めまして。三島・玲奈(みしま・れいな)です」
 ぺこりとお辞儀をした。
「そなたは船を操れると聞いたが」
 蘭学者が尋ねると、玲奈はにっこりと微笑んだ。
「はい。玲奈号ならあそこに泊めてあります」
 玲奈が港を指差した。横浜港に巨大な船が停泊していた、黒船玲奈号。
「三下」
 蘭学者は三下を見下ろした。急に名前を呼ばれて、三下はびくりとした。
「な、なんでしょうか」
「黒船を用意したところで武力行使をするつもりは無いのだ。さりげなく近代の文明を将軍に示し、気を引くのだ。そうすれば将軍の気も変わるだろう」
「なるほど。文明開化作戦ですか!面白い」
 自信満々の蘭学者と、堂々としている妖精を見ていると、三下にも根拠のない自信がわいて来た。
 何だかうまくいきそうな気がする。
「とりあえずお前は、討幕記事を書いてくれ」
「ええ!僕がですかあ?」
 三下は情けない声を出した。
「お前の職業は何だ」
「え?瓦版記者ですよ。知ってるでしょう?」
 蘭学者は三下の肩をぽんと叩いた。
「よし。頑張っていい記事を書いてくれよ」

 何だかうまく丸めこまれた気もするのだが。
 そんな訳で三下は将軍に関する記事を書かなければいけない。記事を書くためには取材だろうと、寒風吹きすさぶ中、江戸城へ向かっていた。
 将軍に突撃取材を行うのだ。突撃といっても、事前に許可は取ってある。本当に突撃したら危険すぎる。三下は身震いをした。
「ええと、先にお話ししたように、冬将軍様の記事を瓦版に乗せたいのですが」
 三下はさっとデジカメを取りだした。
「お写真よろしいですか?あ、これはですね。カメラなんですよ!すごくないですか!?」
 三下は自慢げにデジカメを将軍に見せる。しかし将軍は頬づえをついたまま、特に驚いた様子は無い。
「あれ・・・えっと」
 戸惑っている三下。
「取材に関して、一切のぅこめんとで御座る!記事はこちらで用意した資料を用いてもらう。よいな!もちろん写真も用意しておる」
 三下は手渡された資料を見る。
「ん?この写真…はっ」
 なんと印画紙の代わりに膏薬を用いていた。三下は思わず、ギャフン、とその場に倒れ込んだ。

「どうでした?」
 亜虎須編集部に戻った三下に、玲奈が声をかけた。
「う・・・今回は負けたけど、次は向こうがギャフンという番だ!」
 江戸城から戻る道中、次の手を考えてあった。三下はビデオカメラを担ぎ出した。
「もう一回行ってくる!」
「大丈夫。ビデオは真似できんわ」
 玲奈に励まされて、三下は再び江戸城へ乗り込んでいった。

「ぜひ冬将軍様の動画を記録したく、ビデオカメラを用意しました!撮らせていただいてもよろしいですか?」
 三下はビデオカメラを見せびらかすように将軍のそばに寄る。しかし将軍は頬づえをついたまま、特に驚いた様子は無い。
「あれ・・・えっと」
 戸惑っている三下。
「一切のぅこめんとと申したであろう!このてえぷ≠用いてもらう。よいな!」
 三下は手渡されたテープを見る。
「ん?このテープ…はっ」
 三下の手が震えた。
「これは、か、干瓢…」
 ギャフン。再び三下は倒れ込んだ。

 三下はビデオカメラを提げて、とぼとぼと江戸城を後にした。
 町のはずれを通りがかった時、何やら人が集まってざわめいているのが見えた。
 人垣の後ろの方にいた男に尋ねたところ、将軍に謀反を企てた者が釜茹での刑に処される所らしい。
「謀反…もしかして」
 蘭学者の顔が頭をよぎる。三下は慌てて人垣をかき分けて、広場が見える位置に出た。
 釜は巨大で、中に入れられた人物は釜の縁を掴んでいる。釜の底に足が届かないのだろう。顔がぎりぎり見えるくらいだった。その顔は…。
「玲奈さん!」
 かまどに火が付けられ、どんどんと薪がくべられている。
「ちょっとマジで出して!熱くなってきてるって!」
「ええい、手をどけんか」
 男たちが蓋に手をかける。ついに蓋が閉じられようとした。
「玲奈さーん!!」
 蓋が閉じようとする寸前、玲奈は隙間から両翼を出した。そのまま、玲奈は釜ごと飛翔した。

 宙に浮かぶ巨大な釜を見上げて、武士たちはひぃと悲鳴を上げた。
「う、虚ろ船じゃ〜」
 武士たちが右往左往する上で、玲奈は釜の中でもがいていた。
「アチチ」
 蓋を押し上げて外に飛び出した。その姿を見て、武士たちはさらに恐怖した。
 鬘が融け、頭髪の無い玲奈の頭があらわになっている。制服も融けてしまったため、玲奈は水着姿で飛んでいる。
「ひぃい〜ゑゐりあんでござる!」
 玲奈を指差して、武士が叫んだ。
「宇宙人ちゃうわ!」
 玲奈が怒ると、武士は頭を抱えて、ひっと悲鳴を上げた。

 飛翔する釜。そこから飛び出す玲奈の姿を見ていた冬将軍は愕然としていた。
 UFOが現れ、さらに中から宇宙人が出て来たと思い込んだ彼は、かなりのショックを受けたようだ。
「儂の時代は終わった…」
 ぽつりと呟いた。
 こうして冬将軍の支配は終わった。

「玲奈さんは救世主ですよ!ばっちり写真も撮りました!」
 嬉しそうに言う三下。
「恥ずかしい!その記事没にして!」
 玲奈は三下を睨んだ。
「そんなあ。特ダネなんですから、そういうわけには」
 玲奈は、仕方ないなあ、と腕組みをして、
「それじゃあ代わりに、今夜食事でも…どう?」
「ええ!いいんですか!?」
 三下は玲奈を見上げた。女性と、しかもこんな美少女と2人きりで食事など、三下にしてみれば奇跡としか言いようのないチャンスだ。
 美少女は三下の目を見て、にっこりと微笑んだ。
「天使だ…」
「え?」
「玲奈さんあなたは天使ですかここは天国ですかー!?」
「天使ちゃうわ」
 玲奈はぼそりとつっ込んだが、三下の耳には届いていないようだ。
「僕にもついに春が来たんですね!さようなら冬将軍ー!!」
 三下は窓を開けて、大きく手を振った。