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<東京怪談ノベル(シングル)>


リネン室ってなーに?



 ここは、とある山奥にある某旅館。寂れた外観とは対照的に、中からはかしましい声。賑わっているのは、神聖都学園女子部の合宿生達だ。
 談笑の中、瀬名・雫(せな・しずく)がふと呟く。
「リネン室って知ってる?」
「リネン室?」
 尋ね返したのは三島・玲奈(みしま・れいな)だ。興味津々に身を乗り出す。つられて他の生徒達も耳をそばだてた。雫は胸を反らすと、饒舌に語り出す。
「皆も聞いたことあるでしょ? どこの旅館に行ってもあるけど、結局何かは……」
「確かに知らないかも」
「ね? ってことで、謎部屋探索したい人この指とーまれ!」
 少女達はわっと盛り上がった。



 消灯後の館内。探索部隊には、玲奈と雫を含め、九名の女生徒達が集まった。
「でも、全員で行ってもあんまり怖くないよね」
 雫が考え込む。そこに、ピン、と玲奈がひらめいた。
「じゃ、二人組になって順番に行こうよ」
「いいね! なら、あたしは玲奈と」
「ずるい! 玲奈となら絶対安全じゃない」
 周囲の生徒達から非難の声を浴びても、雫は動じない。玲奈の傍へ近づくと、するりと腕を絡める。
「さっ、探索開始!」
 巻き起こるブーイングの中、リネン室の探索が始まった。

 所詮は肝試し。そう大した問題が起こるはずがない。参加した、誰もがそう思っていた。だが――。
「……あれ」
 玲奈と雫が戻ってみると、そこには他の生徒の姿はなかった。それどころか、部屋の灯りさえ点いてはいない。玲奈は何気なく敷き布団に触れてみる。熱はない。
 雫は時計を見やる。
「出発してから結構経ってるはずなのに」
「捜そう、雫」
 寝室の扉を閉め、再び廊下に出る。そこに漂ってきたのは、得体のしれない音。
「……何か聴こえない?」
 優秀なるメイドサーヴァントは尖った耳をそばだてた。すると、遠くで微かに鳴っている旋律がある。か細い調べは幽かで、杳々たる雰囲気を醸し出している。二人の背筋にぞっと悪寒が走る。
「ね、ねえ、雫。リネン室って、一体どんな部屋なの?」
「分かんない。ただ……首吊り自殺の定番の部屋だって……」
 首吊り自殺。
 その単語をきっかけに、無知な二人の脳裏に妄想が渦巻き出す。



 玲奈は思った。
 リネン室……理念室。それは様々な人間の理念を司る、強靭なる意思の育成部屋。壁には小難しい標語や、天井まで届く本棚が立ち並んでいる。部屋の中央にあるのは古びた講壇だ。その影では、座禅で打たれる人の悲鳴が――。


 一方、雫は思った。
 リネン室……裏燃室? きっとそうに違いない。強固な鉄扉の奥ではボイラーが燃え盛っている。ボイラーが燃やしているのは、恐らくあんな本やこんな本。もしかすると、秘密の書類もあるかもしれない。それらを隠蔽するべく、業火は燃え続け――。



 ひとしきり妄想してから、彼女達は顔を見合わせた。
 ヤバイ。リネン室はヤバイ。危ない部屋に違いない。
「まさか、ね」
「まさか、うん……」
 二人の歩みが徐々に遅くなる。遅くなり、止まり……見上げてみれば、そこがリネン室の入り口だった。
 辿り着いてしまったからには開けるしかない。もしかしたら、この中に未帰還者達が囚われているかもしれない。正義感の強い玲奈にとっては引き返すわけにはいかなかった。唾を飲み込む。
 そして、引き戸を押し開けた。




 中で繰り広げられていたのは、想像を絶する光景だった。
 入ってまず目についたのは、おびただしい数の鬼火。室内にはおどろおどろしい唸り声が反響している。そして部屋の中央では、炎を湛えた奇怪な弾み車が、我が物顔で鎮座していた。弾み車はガラガラとやかましく鳴りながら回り続ける。中にはぼんやりと透けた、亡霊の姿――。
 不意に回転が止まる。鬼気迫る声が響いた。これは、閻魔の声?
「ヒャハハハ! お前は畜生道行きだ!」
「ヤメロ、ヤメテクレェ……!」
 玲奈は硬直した。同じく、雫もその場に凍りついた。
「雫……」
「玲奈……」
 哀れ二人は気を失うと、『輪廻室』の床へ倒れ込んだのだった。





 女の啜り泣く声がする。一人、二人? もっと大勢だ。
 先に目を醒ましたのは玲奈だった。二、三度目を瞬くと、周囲を見渡してみる。
 無造作に積み上げられた布団カバー。パリッと糊の効いたシーツ。
 そう。これこそまさに、『リネン室』だった。
「玲奈ぁ……」
 一段と啜り泣きが大きく聞こえて、玲奈はそちらを向き直る。そして、驚いた。
 そこには行方不明になっていた女子生徒達が、きっちり全員揃っていたからだ。ただし、誰もがその髪を丸刈りにされて。
「どうしたの、その髪!」
 その中の一人が示した先には、弦の切れた竪琴と……双眸を全開に見開いた、女神の遺体が横たわっていた。
 女生徒達曰く、こういうことであるらしかった。
 リネン室を探索しているうち、彼女達は竪琴を見つけた。珍しがって触っているうち、誤ってその弦を切ってしまったのだという。しかし、その竪琴は普通の竪琴ではなかった……竪琴には亜麻色の髪の女神が宿っていたのだ。女神が死んでしまい、彼女達は狼狽した。一刻も早く直さなければ。
 しかし、竪琴の修復に必要な亜麻色の髪は、あと二人前足りない――。

「それで、今までここから出られなかったって訳ね」
 女生徒達が揃って頷く。玲奈は溜め息をついた。
「仕方ないなぁ。あたしの髢を分けてあげるから、皆泣かないの」
 そう言うと、玲奈は懐から宝珠を取り出した。宝珠が神秘的な光を放ち始める。彼女はおもむろにその中へ手を突っ込み、まずはひとつ。予備の髢を取り出す。
「あと、もう一人分よね」
 これが無くなるのは正直痛手だったが、囚われた友人達のためだ。仕方がない。
 玲奈は自分の頭へ手をやった。髪を掴み、ずるり、と引っ張る。黒のストレートヘアーがばさりと取れた。
「さあ、竪琴。これもあげるから、早く皆を解放して」
 竪琴が光に満ちていく。新たな弦を手に入れて女神が、ふう、と息を吹き返した。
「玲奈さん、ありがとうございます。お陰で生き返ることができました」
「いいえ、どう致しまして……って、あらら?」
気付けば玲奈の周りには、丸坊主の女生徒達が群がり始めている。しかも、皆一様に目を輝かせている。
更に、よりにもよってこのタイミングで雫が目覚めてしまった。
「玲奈ちゃん、私をお嫁にして!」
「雫大好き……寝顔も可愛かったわ」
「う、うーん……玲奈? これ、どういうこと?」
「あたしも、何が何だかさっぱり……」
 竪琴の女神は微笑むと、緩やかに語り出す。曰く、竪琴の以前の主は九名の女楽士だったらしい。彼女達はいがみ合ったまま焼死したのだが、あなた達にはそうはなって欲しくない、と。
 その結果生まれた、異様にラブラブなこの状況。
 四方八方から投げられる「結婚して!」という言葉。
 玲奈と雫は複雑な心境になりながらも、言われるがままに彼女達と祝言をあげたのだった。




 翌日。
 顧問から大目玉を食らって、汚れたシーツを洗濯する9人の姿があった。
 9名はあれから寝乱れ、寝具室をぐちゃぐちゃに汚してしまったところを発見されたのだ。一晩が過ぎ、これにて一件落着、かと思いきや……
「雫はいい奥さんになれるよ」
「玲奈の妻は私なんだから!」
「私よ!」



「これ、どうしようね、玲奈……」
「こらー! どうにかしなさいよ、竪琴ー!」
 玲奈はシーツを振り乱しながら、遥か彼方に向かって叫んだのだった。