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<東京怪談ノベル(シングル)>


機関者と馬簾な

1.
 アニメ・美少女エアー楽器バンド『けれんみ』のメンバーとロゴの描かれたラッピング電車がホームに静かに滑り込んできた。
「口パクと弾き真似の何処がいいの?」
 隣に座る碇麗香(いかり・れいか)を横目でじとーっと眺めつつ、三島玲奈(みしま・れいな)は不満そうにそう言った。
「あら、可愛いじゃない。若者の夢と希望が溢れてて私は好きだけど?」
 琵琶湖畔、浜大津駅。
 ここはいまや美少女エアー楽器バンド『けれんみ』のラッピング電車がよりよく見えるとして、聖地としてもてはやされている。
 今も玲奈と麗香の前では、聖地を巡礼に来た信者…いわゆるアニメオタクたちが、一緒に写真を撮ったり、拝んだり、電車をさすったりしている。
「で、今回は何しに来たの??」
「言ってなかった? この駅今、危機に瀕しているのよ。噂によると幽霊列車が通るんですって。せっかく『けれんみ』聖地として脚光を浴びてきたところにそんな噂が立っちゃったもんだから、駅長さんがウチに真偽を調べてくれないかって。…まぁ、その幽霊列車が本当だとしたら、話題をそれに摩り替えて売り込もうって魂胆なんでしょうけど…」
「麗香さん…そこまでズバズバ今この場で言わなくても…」
「…あ、限定『けれんみ』グッズ売ってる! ちょっと買ってくるわ!!」
 玲奈を残してグッズを大量に買い込む麗香の姿を遠巻きに見ながら、玲奈はなんか嫌な予感がした。
 女の勘だ。根拠はない。
 しかし、それは当たってしまうものだ…。

 その日の終電後、比叡山駅前を不気味な電車が走っていった。
 目撃者は酔っ払いの大道芸人と、それを迎えにきていたオカン。
「あ、あれはどうみても機関車ト…もが!」
「いえ、人面瘡でした。本当にありがとうございました」
 オカンの口を押さえたは大道芸人は、そう言うとただ青ざめて去っていったという。


2.
「明後日♪ さてさてさて♪ さてはウ〜キン馬簾♪ 五重〜の塔〜で御座いますっ♪」
 翌日、その噂を聞きつけた玲奈と麗香は京都市右京区へと足を運んだ。
 人面列車の情報収集のために、わざわざ大道芸人の仕事先にまで足を運んだのである。
 大道芸人は通りで鮮やかな簾さばきを披露している。
 芸がひとつ完成するたびに、足を止めた男や店のオバちゃんからは大きな拍手が沸き起こる。
「ちょっといいですか?」
 玲奈は意を決して大道芸人に話しかけた。
「はいはい?」
 そう言って笑顔で振り向いた大道芸人だったが、麗香を見るや否や顔色を変えた。
「あんた…それ『バンド楽器エアー美少女・けんみれ』だね?」
 大道芸人が指差したのは麗香の大量のけれんみグッズだ。
「ちがうわ、『美少女エアー楽器バンド・けれんみ』よ」
 麗香が訂正したが、大道芸人にはもはや言葉は通じなかった。
「俺ぁな、そういう手先口先で誤魔化そうって奴が嫌いなんだ! 帰れ!」
「え!? ちょ…」
 玲奈がとりつくしまもなく、大道芸人は道具をさっさと片付けるとどこかへ行ってしまった。
「…玲奈、帰るわよ」
「え!? 取材どうするんですか!?」
 玲奈がそう聞くと、麗香はまぶたの下を引くつかせてニヤリと不敵に笑った。
「そっちがそう出るなら、こっちにも意地があるわ。帰るわよ! 東京へ!!」
 何かよくわからない情熱が、そこには垣間見えた。


3.
 東京・白王社に帰ってきた麗香は黙々と何かを始めた。
 人をかき集め、余っていた部屋に事務机を次々に運び入れ、そして最後に手書きの看板を部屋の入り口に貼り付けた。

<「乙女の甲種輸送マガジン」編集部>

「…なにこれ?」
 書かれた文字を見上げながら唖然と呟いた玲奈に、麗香は言った。
「いいこと? 甲種輸送とは正式名称『甲種鉄道車両輸送』のことで鉄道車両の運搬作業のことをさすわ。この『乙女の甲種輸送マガジン』のターゲットはずばり女子! 女子力に不可欠なのはいかに男をノセて、上に運べるか! きっとこれの撮影が女子力向上に繋がるわ!! ていうか、繋がるのよ! 見てなさいよ、あの大道芸人! 『けれんみ』を侮辱した罪…ひいては碇麗香を本気にした罪は重くってよ!」
 熱く潤んだ瞳の麗香はもはや誰に語るでもなく、大輪の菊を背に熱弁している。陶酔。まさにその言葉がふさわしい。
 まぁ、でも敏腕編集長の麗香の手にかかれば、甚だ意味不明だが多分流行るんだろう。そうに違いない。
「まずは新創刊を祝って、華々しく新型『けれんみ』の甲種輸送を特集するわよ! 皆、気合入れなさい!!」
「おーーー!!!!」
 盛り上がる編集部。
 完全においていかれた玲奈は1人、麗香に静かに突っ込みを入れた。
「完全に勢いだよね…。けれんみの甲種輸送目当てですね? 判ります」
 しかし、玲奈は知らなかった。
 この乙女の甲種輸送マガジンが実は陽動作戦でもあったということを…。


4.
 新型けれんみ電車の甲種輸送。
 深い夜に閉ざされたホームはいつもなら真っ暗なはずだが、今日は煌々と明かりを灯している。そしてそこには黒い山のような人だかりが出来ていた。
 一社独占の取材を敢行するのはもちろん、麗香率いる「乙女の甲種輸送マガジン」編集部だ。その中に玲奈も混じっている。
 その周りには深夜であるにもかかわらず、ホームにはカメラ片手の若い乙女たちが黄色い声援で今か今かと『けれんみ』の車両が入ってくるのを待っている。
「あ、着たみたい!」
 乙女の一人がそう叫ぶと、一斉にカメラがホームの奥から現れた光へと向けられた。
 だがしかし、それは『けれんみ』甲種輸送車ではなかった。
「なにあれ!? キモい!!」
 真夜中に突如として現れた人面瘡列車に、ホームは騒然とした。
「皆落ち着いて! 落ち着くのよ!!」
 麗香が一括して編集部員は隊列を整えたが、乙女たちはそうはいかない。
「いっやーーー!! こんなの女子力落ちるし!」
 逃げ惑う乙女たち。玲奈は軽くため息をついた。
 と!その時!!
「これは《機関》の仕業だ! 俺たちに任せろ!!」
 一陣の風と共に颯爽と現れたのは、メガネをキランと光らせ背中には膨大なカメラのレンズを仕込んだ鉄道ヲタク(略してテツヲ)の軍団であった。
 逃げ惑う乙女たちを背に1人のテツヲが前に出て、人面瘡列車に語りだした。
「お前の正体はわかっている! 俺たちは知っているんだ、もう…こんなことはよせ!!」
 人面瘡列車はその説得に、明らかにうなだれているようだった。
「…やだ、鉄ヲタがカッコイイ…」
 1人の乙女がそう呟くと、次々に乙女たちがテツヲたちに熱いラブコールを始めた。
 デレデレと顔を崩しまくって、鼻の下伸び放題のテツヲたちを乙女たちは取り囲んだ。
 そんな中、玲奈は動き出した。
「そこまでよ! これは…陰謀よ!!」
 こそこそと逃げ出そうとしていた人面瘡列車の口に貝母(読:ばいも・薬効:はれもの、できもの他 )を放り込んだ。
 人面瘡列車にクリーンダメージ! 人面瘡列車は死亡した。
「あ!?」
 テツヲの1人が声を上げたとき、玲奈はびしっとテツヲたちを指差した。
「あなた、この間の大道芸人の友達ね!? あなたの顔、はっきり覚えているわ!」
 そう。テツヲの中にこの間大道芸人に会いに行った時、拍手を送っていた者がいたのだ。
「うっ! お前…何故俺たちの邪魔をする!? お前さえいなければ…人面瘡列車は脚光を浴び、口パクアニメ『けれんみ』は衰退し、俺たちは婚活ヒャッホイ!だったのに!!」

「…何て言った、今?」 

 乙女に囲まれたままだったことを忘れたテツヲは、そのまま乙女たちと血婚式へと突入した。
 ギャー!! バシバシ☆ スタタン♪ ガスッ! ドスッ!
「結ばれてよかったね」

 夜空に軽快な『けれんみ』のナンバーがいつまでも響き渡っていた…。