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<東京怪談ノベル(シングル)>


今も昔も色鮮やかな

「うーん……」

 工藤勇太は首を傾げながら、フェンシング場をうろうろしていた。
 今は学園最大のイベント、聖祭の影響で、フェンシング部も今は部活動は行っておらず、フェンシング場も、どこかの部活の演目用の舞台設置が始まり、今は小休憩らしくて人気がない。
 そこをぷらぷらしつつ、勇太はのんびりと天井を見上げた。
 天窓は先日怪盗が現れた際に割られたらしいが、既に業者が来て天窓の取り換えは行われており、前よりもピカピカ透明なガラスからの光が、燦々と降り注いでいた。
 うーん……。
 意識を集中してみる。ここに何かしらの思念が残っていないかと言うものだったが、何故か気分が悪くなってくる。

『やめて』
 『だから何で』
『お願いだから』
 『…………』

 激しく言い合う声が聴こえる。その声は1人はまだ声変わりしたての少年の声、もう1人はまだ幼い少女の声だった。
 何故かここに残された鮮烈なイメージは、胸がしくしく痛むような悲しみと、ふつふつ沸き上がるような怒りと、真っ赤に染まるイメージが流れ込んでくる。
 どうなってるんだろう……?
 ここで怪盗が宝剣を盗んだんだって思っていたけれど、黒い思念が残っていたはずの思念を掻き消してしまってる……。
 そして何よりも。
 思念を読み取ろうとしてみると、かすかに匂いがするのだ。
 もちろん、匂いがイメージとして勇太に流れてきただけで、実際に匂う訳ではないのだが、その匂いは前に体育館の辺りで嗅いだ匂いと同じものだった。

「……やっぱり、これだけだとよく分からないか」

 勇太はぎゅっと目を閉じた。
 本来ならあまりしないし、自分でもコントロールできる自身はないが。
 でも学園内なら結界があるから、まだギリギリ制御できるかもしれない。
 そう思って、意識を集中した。
 力を一気に解放する。
 勇太の全身の毛孔が開くようなイメージが入り、あちこちからたくさんの思念が流れ込んできた。

『聖学園もうすぐだなあ』
 『バレエ科は3大バレエを公演するんですって』
『最近副会長の機嫌が悪いって』
        『普段滅多に怒る人じゃないのに……』
   『無理! 私には無理だから!』
『もう! この子はうじうじしてさ!』
 『失敗しても構わないからさ』
     『他の学科は言わば就職活動だけども、普通科は暇だよなあ』
『泣くな、そう言うものだ』

 全く関係のない人々の思念の中に、色んなものが挟まっている。
 思念の量が多過ぎて、全部を拾いきる事ができず、勇太の頭は急激に痛くなる。それでも……。

『もうそろそろだっけ?』
 『4年前だっけねえ。4回忌』
『そのせいで「ジゼル」は学園内だと上演禁止になったものね』
   『残念ね』

 さっきの鮮烈なイメージから流れた匂いと同じ匂いのする思念が流れ込んでくる。
 4年前……?
 あの鮮烈な黒いイメージは、4年前の事と関係しているのか?
 でも、4回忌と言う事は、4年前に誰かが死んだと言う事じゃ……。
 ……やっぱり、リミッターがあるとは言えど、全開放させるのはきっついなあ。頭痛くて仕方ないや。
 ……そう言えば。
 1つ勇太は思いついた事がある。
 上演禁止とかの管轄って、理事長だっけ?
 それだけぽつんと思った後、視界が真っ白になる。
 意識が、そこで途切れた。

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「……い。おい」

 誰かが頬をぺしぺしと裏拳で叩く感触を覚える。
 んー……?
 さっきテレパシーを全開放したせいか、まだあちこちから思念が流れ込んでくる感覚があって気持ちが悪い。そろそろテレパシーの感覚閉じないと、また気分悪くなるな……。
 そう思っていて気付いた。
 今、自分の頬をかすかに叩いている人物の思考が、少しだけ流れ込んできたからだ。

『それでは、最後の演目を披露いたします』

 真っ白なバレエ衣装を身に纏った少女が、中庭で丁寧に礼をする場面だ。
 少女は芝生の上とは思えない優美な踊りと足取りで、軽やかに踊る。彼女の周りにだけ重力が存在しないように見え、重力の存在を証明するのは、彼女が跳んだ後に刻まれる芝生を踏むシャクリとした音だけだった。
 踊っている彼女の顔に、勇太は見覚えがあった。
 あれ、この子……。
 それはいつか理事長の思念が流れ込んで来た時に見えた、幼い少女だった。
 最後に彼女がトンと地面に足を付け、彼女の踊りは終わった。
 中庭は拍手に包まれた。
 彼女は一通り踊りきったのに、息一つ切らさず、汗もかかずに微笑んでいた。
 そして、膝を落とした後。何かを芝生の間から拾い上げた。
 ……それは、舞台のセットのように綺麗な細工を施した、短剣だった。

『やめろ――――っっ!!』

 耳をつんざかんばかりの悲鳴が、勇太の頭いっぱいに響く。

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 勇太は思わず大声を出して、そのまま反射的に起き上がった。

「……大丈夫か?」

 傍からボソボソとした声が聞こえ、思わず勇太は振り返る。
 無表情だが、どことなく気を使うように目を細める海棠が、彼の傍で膝立ちしていたのだ。

「あれ? 海棠君? ごめん。俺何か気絶していたみたい」
「……バレエフロアに向かう途中で、誰かの足が見えたから来てみたら……」
「あはははは、ごめんごめん。心配させるつもりはなかったんだ」

 勇太は笑いながら謝る。海棠は少し気を使うように目を細めていたが、勇太自身が特に何もないのでほっとしたらしく、そのまま立ち上がる。

「大丈夫なら、それで構わない」
「うん。ありがとう」

 勇太もゆっくり立ち上がりながら、海棠を眺めた。
 さっきの光景、何だったんだろう。4年前に死んだって言う誰かなのかな?
 でもあの声……。
 最後に叫んでいた声と、白い衣装の少女の声は、ここで言い争っていた少年少女の声と似ているように感じる。
 もしかして、触れて欲しくない事なのかな……。
 勇太は「うーん」と小さく唸って、まあいっかとだけ思う。
 いずれ、訊ける時に訊こう。あんまり触れて欲しくない事だってあるだろうし。

「そう言えば、何でバレエフロアに来てたの?」
「…………う」
「えっ?」
「練習」
「練習って……もしかしてバレエ……じゃあないよね?」
「…………」

 海棠は相変わらずの無表情で、否定も肯定もしない。
 まあ、彼はこう言う人なんだろうな。そう思う事にした。

「そう言えば、練習と言えば。曲。前に調べてみたけれど、トランペットとピアノで合わせるのって、なかなかなくってさ……「カノン」だったらよさそうだなって思ったんだけど」
「ああ」

 表情はそのままだが、雰囲気だけは少しだけ柔らかくなったような気がする。

「ヴァイオリンのパートをトランペットにか?」
「うんそれ!」
「それなら」

 そのまま2人はフェンシング場を後にした。
 でも……。
 海棠君も不思議な人だなあ。音楽科だけれどバレエもしてたんだね。
 勇太はそれだけを胸に留めておいた。

<了>