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<東京怪談ノベル(シングル)>


昔話を少しだけ

 その日は聖祭の用意で、学園内も慌ただしかった。
 大変そうだなあ。
 工藤勇太は窓の外を横切る人々を眺めながら、他人事のように思う。
 実際の所、他人事である。
普通科だと普通の文化祭の準備と同じような雰囲気だが、他の学科だと訳が違う。
 元々聖学園は芸術総合学園を称する場所である。故に、聖祭に来客する人物の中には、各界著名人が来るので、その彼らの前で自分の手腕をアピールする事ができる。つまりこれらは、各界に足を踏み入れるためのオーディションやコンペと等しく価値があるのだ。
 もっとも、勇太は自分の科の計画が始まっている事はそこそこ知ってはいるが、実際の準備が始まるのはもう少し後だとも聞いている。だから今は一生懸命練習したり準備したりしている人達を「大変そうだなあ」と眺める事以外にできる事はない。
 今、新聞部には誰もいない。
 連太はバレエ科の取材に出かけているし、他の部員達も以下同文。
 とりあえず書いてもらったコラムを貼り付けといてと台紙を渡されたが、貼り付けたらもうやる事がなくなってしまった。
 だから今は勇太は1人でバックナンバーを漁っていたのだが。

「変だなあ……全部抜かれてる」

 4年前の記事はまるまる1年分、全て抜け落ちていたのだ。最初は見間違いかと思ったが、他の年の分は号外も含めて几帳面に仕舞ってあるが、4年前の記事は号外含めて完全に抜かれていた。
 誰かが意図的に隠したって事でいいのかな……。
 前に拾った思念を思い返しながら思う。
 人死にが隠されちゃったって事でいいのかな……。でも……、人死にだったら余計騒ぎになってもおかしくないのに、何で全部隠ぺいされちゃったんだろう?
 少しだけ目を閉じて、バックナンバーを仕舞っていたケースに手を当ててみる。

『――これは全部―――に』
  『ちょっと待って下さい。これ全部ですか!?』
 『これは――まずいから』

 流石に4年前のせいか、残っている思念も所々飛んでしまっているが、やはり誰かに抜き取られてしまったらしい。
 でも人死によりまずい事って何なんだろう……。
 思考を読み終えても、勇太の中ではてなマークが飛び交うだけだった。

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 勇太は海棠が気がかりだった。
 4年も経っていたら、普通はケースに残っていた思念のようにノイズが生じる。でも海棠の4年前の記憶は鮮やかなままだったのだ。
 どれだけ大事な記憶なんだろう……。
 もしかして、あの死んだ白い子、海棠君と仲のいい子だったのかな……。
 1人で考えても分からない事だらけで、結局あんまり使いたがらないテレパシー能力を使い過ぎてしまった。
 頭の中に情報が入り過ぎて、クラクラしてくる。

「う――」

 よろよろと中庭のベンチに座って頭を冷やしてみるが、まだ頭の中の整理ができずにいた。

「こらっ」
「わっ!!」

 背後から声を掛けられ、思わず勇太はベンチからずれ落ちる。
 芝生に尻餅ついてから振り返ると、聖栞が意外そうに目を少しだけ大きくして、勇太を見下ろしていた。

「あら、本当に大丈夫? 疲れているみたいだけれど」
「あー、大丈夫です。本当」
「そう? あっ、そうだ。新しくお菓子作ったんだけれど、食べに来ない?」
「あー……いただきます」

 勇太はのろのろと立ち上がると、栞はにこにことしながら理事長館へと案内した。
 理事長館の門を潜る時、栞は珍しく少しだけ眉間に皺を寄せた。

「駄目よ、あんまりその能力使ったら。いくら力弱くなっているからとは言っても、そんなにポンポン人の心読んでたら、脳に負担がかかってもしょうがないでしょ」
「あー……すみません」
「まあ、よっぽどの事があったのね」

 そう言いながら、応接室へと勇太を通した。
 テーブルに乗っているのはどうも焼き立てらしいフィナンシェが、湯気を立てて皿に盛られていた。

「すぐお茶出すから」
「あっ、はい。ありがとうございます。いただきます」

 そのままフィナンシェを少し手でつまむと、かじってみる。
 本当に出来立てらしく、ほろりと崩れる食感を楽しんでいたら、すぐにお茶を持って栞が戻ってきた。

「あのー、海棠君の事ですけど」
「あら、秋也?」
「はい。……えっと、海棠君、何か悩んでないかなって。力になれるのでしたら、なりたいんですけれど、上手く調べる事ができなくって」
「…………」

 栞がじっと勇太を見るのに、勇太は必死で視線を合わせ続けた。その視線は、勇太を探っているような、試しているような色を帯びていた。
 流石に力は使い過ぎたから、今はもうテレパシーは使えないが、彼の力になりたいと言う気持ちにも嘘はない。
 やがて、ふっと栞は微笑んだ。

「ちょっと前だけどね」
「前……ですか」

 4年前……だろうな。
 勇太は黙ってそれを聞いた。

「あの子の仲のいい子が亡くなったのよ」
「ああ……」
「でも仲のいい子はあまりにも有名人だったものだから、マスコミは毎日のように学園に詰めかけた。それのせいで、学園内でノイローゼになる子が大量に出たの。そりゃそうね。その子がしたのは、あまりにも劇場的な自殺だったものだから……。だから、4年前の事は学園内では一切伏せられる事になったのよ。学園内でもこの件の事を知っているほとんどの子達は口をつぐんでいるはずだわ」
「…………」

 ああ……。だから4年前の記事は全てどこかに持って行かれちゃったんだ。
 でもなあ。何でその4年も前の事が今もなおこの学園で問題になっているんだろう?

「海棠君は、もしかしてそれを引き摺っているんですか?」
「…………」

 栞は天井をちらりと見た後、こくりと頷いた。

「あの子元々人付き合い苦手だったけれど、あの件以来すっかりそれに拍車がかかっちゃったものだから、塞ぎ勝ちになっちゃって。そのせいか周りも腫れ物扱いするのね。
 ……仲良くしてくれない? 私がそれを頼むのも、変な話だけれどね」
「……これ、俺に話しちゃってよかったのですか?」
「あなたはそれを知ろうとしたからよ。知ろうとしない事は私も教えられないけれど、知ろうとしたなら、私はそれを答えられる」
「はあ……」

 よく分からないけれど、海棠君心配している事は伝わったって事でいいのかな?
 と、頭上からチェロの音色が聴こえてきた。

「あ……」
「秋也、その部屋に普段いるから。たまに会いに行ってあげて。チェロは正直趣味で弾いているから、本人もあんまり外では弾きたがらないみたいだけど、理事長館内でだったら好きに弾いているから」

 チェロの音色はやけに物悲しい。
 確かあの曲は「白鳥」だったっけ。「動物の謝肉祭」の中の曲だったと思うけど。
 勇太は天井をぼんやりと眺めながら、彼の曲に聴き入っていた。

<了>