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●日いづる国の美しき
人々は、新しい年を迎えられたことに感謝する。
初日の出、おせち料理、初詣……様々な事始めが存在する事は、日本人がどれ程、新年に重きを置いたのか理解できるだろう。
此処にも、一人、新しい年に思い馳せる男が在った。
元旦――日いづる国の太陽は美しい。
早朝特有の、シン、とした静けさと、心洗われるような空気の冷たさ。
白くけぶる雲と、其れに対比するかのような紅く燃ゆる日の出。
二つの色の対比は見事で、その荘厳さの前では人間などと言う存在は、ちっぽけにすら思える。
――否、ちっぽけであるのだろう。
地平線の彼方から、ゆっくり昇り往く太陽を見ながら、藤宮・永(6638)はその美しさに感嘆の息を吐いた。
外気の冷たさ、厳しさは、その白い吐息から窺う事が出来る。
手足の末端が赤く、彼が随分と長い間、日の出を待っていた事は想像に難くない。
新年と言うだけで背筋が伸びるような、そのような思いを抱く――ただ、青の和服に羽織りを羽織っただけの姿では、少しばかり、寒い。
「冬はつとめて……やはり、美しいもんや」
先人が綴った随筆の一文を思い出せば、思わず零れた言葉――つとめて、明ける前の、夜の美しさ。
玄が藍に染まり、そして太陽が顔を出す。
その色合いの美しさ、荘厳さはどれ程、言葉巧みな者が褒めても全てを表す事など出来ぬだろう。
日本は美しい国だ――人々は忘れがちであるが。
「何や、心が洗われるなぁ」
もう暫く、初日の出を眺めていたかった永だが、そろそろ挨拶に向かうべきだろう。
「(もう暫く見てたいけど、挨拶に行かなあかんなぁ)」
と言えども、藤宮家の朝は早く、時間は待ってなどくれず。
思いは心の中に隠し、何時も通りの温和そうな表情へと切り替えると、障子越しに祖父へと声をかける。
入室の許可が得られてから、カララと音を立てて障子を引く。
「今年もどうぞ、ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します」
深々と頭を下げれば、祖父は満足したように頷き、厳しい声で告げた。
「うむ、今年もゆめゆめ怠ることなく、精進するように」
永の祖父、そして父と高名な書家であり、また、永も幼い時より書に馴染んでいた。
書には人の心が表れる、半紙と対峙すればそれは一種の儀式であり、また、己の心との闘いである。
それを乗り越えて、深みと味のある書を書く祖父と父は、やはり永にとって尊敬すべき相手であった。
父へも、口上を口にすれば、やはり精進されよ、との言葉……書の道は何処まで高めようとも、極める事など出来ない。
理解し、それでも尚、書の道をひたすらに歩んで行く――其は、書の道に入った時よりの宿命であろうか。
台所から、祖母や母の声が聞こえてくる。
「明けましておめでとうございます。今年も、藤宮家を陰から支えていきましょうね」
「明けましておめでとうございます。ええ、お義母様。――と、そろそろお雑煮が」
どうやら、藤宮家の女性陣は雑煮の用意をしているらしい。
ころころと、鈴を転がすような澄んだ声で、女性陣が笑う。
「お義父様、あなた、永、おせち料理の準備と、お雑煮が出来ましたよ」
「わかりました、じゃあ……」
食事をするなら、全員で――重箱に詰められた料理には、様々な思いが込められている。
漆塗りの美しい重箱は、慎ましく開かれるのを待っていた。
「一献、如何ですか?」
「貰おうか」
下座に座る永が、祖父へ、そして父へと猪口に清酒を注いでいく。
永自身は手酌で清酒を注ぎ入れ、乾杯の声掛けと共に、一気に飲み干せば辛口のすっきりとした味わいが心地よい。
少量を神棚に供えた祖母が、口元をほころばせどうぞ、と重箱を並べる。
祖父が食べるのを待ってから、永自身も祝い箸で一口。
「美味しいですね」
「今年のごまめは、自信作なの」
食べてみて、と言われて口に運べば、成程、甘辛い味わいが口の中に広がる。
「今年一年……良い一年になりそうだ」
ぐい、と猪口の酒を飲み干し、祖父がしみじみと言った。
「嫌ですよ、そんな年寄りじみた事を言って」
祖母が目元の笑い皺を深くし、ふっくらと愛らしく笑いながら、その言葉を茶化す。
母もくす、と柔らかな笑みを見せ、永も釣られて笑みを零した。
「ご馳走様でした」
「お粗末さまでした」
食事を終えて、自室へと歩を進める。
自室はやはり、馴染んだ墨独特の匂いと半紙の匂いがしていた。
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「ほんまは二日やねんけど、これせんと年が始まらんわ」
自室に戻りさっそく取り出したのは、筆に水に、硯に墨、半紙と文鎮を置けば、準備はもう出来た。
書初め――初硯、透明な水に、削れた墨が混ざり、艶やかな漆黒へと染め上げる。
ゆっくり、ゆっくり、墨を磨る時間は心を落ち着ける。
墨の削れる音が、空間を支配していた。
心を落ちつけ、半紙に対峙し、暫し考える――そして、愛用の筆にとっぷりと墨を吸わせた後、選んだ文字を書く。
『絆』
永の見た目からは、想像できない程に力強い書、強弱が美しく、目を楽しませてくれる。
書き上げた文字を見て、永は絆の成り立ちについて思う。
――分けた牛を糸で縛る、故に拘束するもの、つなぎとめるものという意が存在する。
だから、糸、そして半(ひきつれる)に成る、漢字とは人々の生活を表しているのだ。
「結構きっつい字やと思うけど、捕らえ方次第なんやろうな」
家族円満、友情、愛情、優しい絆もある、憎しみや悲しみ、怨嗟と言った痛ましい絆もある。
どちらを捉えるか、それは書が教えてくれる。
どんな感情を込め、そして書くか――己を映す鏡なのだ。
恐らく、この『絆』は前者であろう、先程の、食卓の光景を浮かべれば直ぐにわかる。
更に、永は新しい半紙を取り出す、今度は小筆――先人に倣い、一首作るのも悪くは無い。
「先人には、及ばへんかもしれんけどな」
五・七・五・七・七の美しさは、現代の人々が忘れかけているものだ。
過去、貴族は勿論の事、様々な階級の人間が、和歌の美しさに触れたと言う。
作るのなら、今日見た、美しい日の出を表したい。
『白雲と 紅に燃ゆ 初日の出 あまつそらへと 届けと思ふ』
(白い雲と紅に燃えた太陽の対比は目出度く、天つ空―自分の歩む書の道の高み―へ少しでも近づかんと思う)
(そんな自分のように、きっと先人もこうして空―高み―への憧れを抱いたのだろうなぁ)
小筆が繊細な動きを描いて、流れるような濃淡を付けながら半紙へと歌を綴る。
和紙の生成り色と、そして様々な色をした黒、最後に永の落款を捺せば、作品の完成だ。
「我ながら、悪くない出来や」
歌を読み返せば、ありありと浮かぶ今日の日の出。
「今年はどないな絆に捕らわれるんか、楽しみやわ」
捕らわれずに在る事など、不可能。
人々は生きて行く上で、様々な縁に縛られている――目に見える関係、見えぬ関係。
自然とこぼれる笑みは、心の底から零れたもの。
和服の裾が肌蹴ないように立ち上がり、額を探して作品を飾る。
『絆』と『短歌』と。
今年は良い、年になりそうだ――遠くで書道教室の生徒の声が聞こえ、永はカラカラと障子を開け、外に出る。
「新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します」
「明けましておめでとうございます、書き始めは二日からですので、時間がございましたらお越しください」
ほら、此処に、もう、絆が生まれている。
結ばれる縁がどうか――心地よいものでありますように。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【6638 / 藤宮・永 / 男性 / 25 / 書家】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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藤宮・永様。
この度は、発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。
文章を頂き、日本の美しさをとても、愛していらっしゃる方だと思い、綴らせて頂きました。
独白が多かったので、中々藤宮様の腹黒さを出す事が出来ませんでしたが。
その分、情景の描写に尽力させて頂きました。
私自身、書道を嗜んでいる事もあり、その時の気持ちを込めつつ、綴っております。
短歌希望とのことでしたので、挿入させて頂きましたが。
お気に召さないようでしたら、リテイク申請してやって下さいませ。
では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。
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