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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Episode.4 ■ 交錯する想い




古く物々しい雰囲気を放った洋館を前に二人は足を止めた。
「武彦。ここから先は敵の真っ只中に飛び込む事になる。絶対に離れるな」
「あぁ。俺も気を引き締めないとな…」
 冥月が扉を開き、中の様子を覗いに足を踏み入れた。瞬間、風を切る音が冥月に向かって飛来していく。冥月はそれを表情も変えずに人差し指と中指の二本で掴み取った。
「どうした、冥月?」武彦が冥月へと歩み寄って尋ねた。
「挨拶をされただけだ」掴み取ったナイフを握り、冥月は言葉を続けた。「昔は薄暗い上に辛気臭い廃屋の様な場所だったが…」
「…そうは見えないな。随分と綺麗だ」
 武彦の言う通りだった。所々に傷みが目立っていた筈の古い屋敷だった筈が、どうやら綺麗に改装されたらしい。
「昔のやり方ならこんな事はしない筈だが、先の少女が所有したのかもしれんな。いずれにせよ、そこの奴らから聞かせてもらおうか?」
 冥月が視線を移した奥から、四人の男が現われた。気配すらなく、まるでずっとそこにあった置物の様に武彦は感じていた。
「な、何者だ…?」
「手に持っている武器は全て暗器だ。武彦、周囲をよく見るんだ。四人一組で計四組。しっかりと位置を把握しておくんだ」
「…全然気付けなかったな…。これが一流ってヤツか…?」
「懐かしい顔もある。が、私の敵ではないな…」冥月が掌を見つめる。「ふむ、術式の効果は継続している様だし、少しばかり厄介だな。下がっていろ、武彦」
「へ…?」
 武彦の呆けた声を背に、冥月は一瞬にして前方の一組へと間合いを詰める。散開した中央に位置する二組。左右に位置する一組。冥月は一閃、先程の投げつけられたナイフで四人の喉を切りつけ、血の付いたナイフと切り付けた男の足についたホルダーからナイフを奪い、残りの二人へと投げつけて突き刺した。散開した二組の残党が冥月へと攻撃を仕掛けようと構えるが、冥月はそんな二人の攻撃をあっさりと交わし、向かって右に位置していた一組へと突進を開始する。残った中央の二人との直線上から一瞬にして姿を消したと思えば、右に位置していた四人の後ろに現われ、向かって左にいた最後の一組の動きを目で殺す様に睨み付けた。右側の四人はその場で崩れ落ち、中央の残った二人が思わず足を止める。武彦はなんとか冥月を目で追っていた。
「やれやれ…」面倒だとでも言わんばかりに冥月は呟き、再び姿を消した。
 武彦は見失い探し出そうと周囲を見回すが背後からドサっと何かが倒れる様な音が聞こえ、振り返った。四人の男が倒れ、冥月の姿があった。
「何が起きていたんだか…」武彦が呆れた様に呟く。
「術が使えないと思って油断したか?」冥月が一瞬にして残った二人の背後へと移動した。「それとも、人数でどうにかなる相手だとでも思ったか?」そう言って一人の男を手刀によって気絶させ、冥月は最後の一人を睨み付けた。
「…一瞬だ」男が恐怖に顔を引き攣らせながら呟いた。「ほんの一瞬、隙が出来ればと人数による多重攻撃をするつもりだった…。だが現実は、一瞬にして味方が全て崩された…」
「私が戦いから離れ、そんな隙を生じさせるとでも思っていたのか。随分と甘く見られたモノだな」冥月が淡々と言葉を続けた。「さぁ、教えてもらおうか。何が狙いだ?」
「…私達は…――」
 男が口を開いた瞬間、銃声が響き渡り、男の額を撃ち抜いた。銃声の先へと冥月と武彦が振り返ると、そこには先日の少女が立っていた。
「何で殺しもしないの? 昔の貴方なら…!」少女が憐れむ様な眼をして冥月へとそう言うと、唇をキュっと噛み、姿を消した。
「クソ、待ちやがれ!」武彦が駆け寄るが、既に少女の姿は何処にもなかった。「冥月、怪我はないか?」
「…あぁ」脳裏に浮かんだ過去。確かに過去の冥月であれば、これ程までに悠長に敵を生かしてはいなかっただろう。「私はもう…、殺しをやめたんだ…」
「…冥月…」
「…すまんな、私らしくない…」
「いや、気にするな…。俺もお前には人を殺して欲しくない…」武彦が真顔で続けた。「そうでなければ第一犠牲者は確実に俺の様な気が――」
「――それ以上言ったら殴る」
「…もう殴って…ぐはぁ…」倒れ込んだ武彦を見つめながら冥月はヒクヒクと顔を引き攣らせていたが、奥の扉の向こうから放たれる殺気を感じ、表情は一瞬で真顔に戻る。
「…手練れがいるな…」
「…そ、そうか…?」武彦が態勢を立て直す。「ったく、お前のパンチの方が俺には…―」
「―黙れ、武彦」
「あぁ、冗談はここまで、か…」武彦が扉を見つめる。「いい加減出て来たらどうだ? 俺が気付く程に嫌な殺気放って待たれても、な」
 圧倒的な威圧感だった。武彦は思わず初めて会った頃の冥月を思い出していた。眼前に渦巻く圧倒的な脅威。
「…懐かしいな」冥月が一蹴する様に冷笑した。「まさか、お前程の男があんな小娘の計略に加担しているとは思わなかったぞ」
 扉が静かに開く。たかが扉一枚がなくなり、隔たりが消えた途端に武彦の頬を一筋の汗が滴る。
「冷徹の微笑、冥月。よもや忘れた訳ではあるまいな?」男が静かに腰を低く構えた。
「未だ恨んでいるのか? 組織が潰された事を」冥月もまた腰を静かに低くした。「武彦、下がっていろ。奴を相手にお前を庇って戦うのは荷が重い」
「…あぁ、解った」
 言われるがままに武彦が背後へとじりじりと下がる。正直、武彦は安堵していた。下手に向かっていこうものなら、恐らく一瞬で殺されてしまうだろう。そんな事すら感じさせられる男の気配は武彦の動きを鈍らせていた。
「いざ!」
 男の掛け声と共に、地を蹴る。冥月は武彦から離れる様に距離を取り、男の動きを誘導した。どうやら男は最初から武彦に対して攻撃を仕掛けるつもりはない様だ。真っ直ぐ冥月だけを狙ってきている。
「能力の制限がある分、やや私が不利…。ならば!」冥月のスピードが加速した。一瞬にして迫ってきていた男の背後へと回り込み、手刀を繰り出した。
「―甘い」手刀は空を切り、伏せた身体から突如冥月の腹部へと蹴りが真っ直ぐ入り込む。
「ぐぅ…!」冥月がそのまま後ろへ飛ばされながら腹を押さえて跪く。
「咄嗟の判断で身体を屈めて衝撃を半減させたか。さすがは冥月。今の一撃に反応出来る者は見た事すらない」
「褒めているつもりか…」冥月が身体を起こす。「見事な蹴りだったが、幸い私の反応の方が早さは上。次はない…」
「…成程。今の一撃で私の限界を見切ったか…」
「勘違いするな。私はそこまで器用ではない」冥月が溜息混じりにそう言って再び腰を落とす。「次の私を、捕らえられるかと聞いている」
 冥月の言葉が途切れたその次の一瞬だった。冥月の身体は既に男の背後に移り、手刀を首へと当てていた。一瞬の判断から男は何とか身体を逸らしたが、冥月はそのまま再び一瞬で前へと戻り、顎へと回し蹴りを喰らわせて男を吹き飛ばした。
「…ふぅ、これで暫くは起き上がれないだろう…」冥月が髪をかき上げて振り返る。「…武彦?」
 冥月が振り返った先に武彦の姿はなかった。周囲を見回すが敵の姿は見当たらない。
「…どういう事だ…。人質として使うつもりか…?」




「…どういうつもりだ?」武彦は睨み付ける様な眼差しを浮かべながら言葉を続けた。「俺を人質にして冥月を従わせるつもりか?」
 武彦の眼差しの先にいたのは先日の少女だった。真っ直ぐ武彦を見つめながら少女はクスっと小さく笑みを浮かべた。
「…International OccultCriminal Investigator Organization。通称“IO2”には、様々な人間がいるわ…」
「…何の話だ?」武彦の眉間が一瞬動く。
「隠しても無駄よ、草間 武彦…。非公式に動いている超国家的組織であるIO2。アナタが無関係だとでも言うつもりかしら?」
「…成程、隠しても無駄という訳か…」武彦が煙草を咥え、火を点ける。「どうやら、狙いは冥月だけではなく、俺も一緒という訳か」紫煙を吐きながら武彦は呆れた様に呟いた。
「ご明察。流石はトップエージェントと呼ばれていただけの事はあるわね…」
「だが解せないな」武彦が続ける。「お前は私怨を混同させながら動いている節がある。冥月に対してと俺に対して、それぞれの行動は別案件といった所か?」
「…鋭すぎるのもあまり良い気はしないわね」少女の表情から薄い笑いが消える。「私は家を失い、家族を失った。それでも、あの人だけは私の心から強い憧れだけを焼き付けて私の前を去った…」
「冥月か」
「そうよ。お姉様は冷徹・冷酷な殺戮マシーンだった。息を呑む様な美しさを持った素敵なお姉様が、今ではただ美しいだけ…。アナタのせいで冷徹さを失い、冷酷だった心が温くなった…!」
「それは違うな。アイツ自身が望んだ形だ。俺がどうこうした訳じゃない」
「どうとでも取り繕えるわ!」少女から禍々しい憎悪が噴き出す。「…邪魔だったアナタが何者か、私は調べた。過去・経歴・趣味・家族…。だと言うのに、アナタのデータは何処にも存在しなかった。私達の様に組織にいた形跡すら見つかる事はなかった…」
「それはそうだ。俺の過去はすぐに探し出せる様な場所にはないからな」
「えぇ…。まさかアナタがIO2の関係者だったとは思いもしなかったわ。あの方が力を貸してくれなければ、きっと気付く事すら出来なかったでしょうね…」
「…あの方…?」
「知っているでしょう? アナタ達が危惧する組織の盟主」
「…“巫浄 霧絵”…!」
「私達はお姉様を。あの方はアナタを。それぞれ目的は違えど、手を組むべき理由はあった。そして、私は再びお姉様を…―」
「―私をどうすると言うつもりだ?」
 振り返った先には、冥月が立っていた…―。



                               Episode.4 Fin