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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


バスタイム・ラプソディー

 今日も今日とて、シリューナ・リュクテイアが開く魔法薬屋は盛況(?)だった。
 シリューナの店を訪れ、魔法薬を求める人は、種族も違えば事情も異なる。とはいえ大切なたった1つ――すなわち、シリューナの魔法薬を欲しがっている、という共通点さえあれば、それはさして重要な違いではない。
 店主シリューナの弟子にして、シリューナを『お姉さま』と慕うファルス・ティレイラもまた、この魔法薬屋のスタッフとして日々、働いていた。とはいえシリューナのように、魔法を駆使して魔法薬を作成したり、或いは店を訪れる客の相談に乗ったり出来るわけではなくて。
 店番をしたり、お使いをしたり。時にはシリューナに頼まれた魔法薬の材料を、四苦八苦して揃えたりもする。
 けれどもあくまで彼女の本業は配達屋さん。何でも屋さんと言い換えても良いが、とにかく、荷物やその他のお届け物を請け負って、お客様とお客様の間を繋ぐのがティレイラの仕事だ。
 ――だから。

「お姉さま。今日のお風呂は、お仕事で貰った入浴剤を試してみても良いですか?」

 その日、ティレイラが綺麗な細工のガラスの小瓶を見せながらシリューナにそう言ったのは、決して不自然な事ではなかった。むしろ、配達屋さんという職業柄(?)か、ティレイラが頑張りやさんで可愛いからか、まともな物から一見して怪しい飲み物や食べ物も貰ってきたりするので、それに比べればずいぶんマトモな貰い物だったかもしれない。
 すでに店仕舞いも終え、夕食も済ませてのんびりとしていた、夜更けだった。外はまだまだ寒いけれども、家の中は暖炉の炎のおかげで暖かだ。
 ちら、とその小瓶を、小瓶の中のショッキングピンクの液体を見て、シリューナは微笑んだ。

「良いわよ。何の入浴剤かしら」
「香りはフローラルっぽいんですけど、下さったお客さんもどなたかから貰ったみたいで」

 うーん、とティレイラが首を傾げながら、そんなシリューナの言葉に応えた。たまたま配達先のお客さんと、今日も寒いですね、こんな日はゆっくりお風呂で暖まってさっさとお布団に潜り込みたいですよね、なんて話をしていたら、そう言えば貰い物の入浴剤があるけどうちは使わないからあげるよ、という話になったのだ。
 とても、ティレらしいエピソードだと思ったのだろう。そう、ともう一度頷いたシリューナが改めてガラスの小瓶を見つめたから、ティレは大好きなお姉さまによく見えるように、手のひらにガラスの小瓶を載せた。
 中に入ったピンク色の液体が華やかな、可愛らしい妖精の姿を象った繊細な細工だ。ティレは一目見てこの小瓶をすっかり気に入ってしまって、人の良さそうなそのお客さんに「ありがとうございます!」と頭を下げ、今日のお風呂をわくわくしながら待っていたのである。
 だから踊るような足取りで小瓶を抱えてバスルームに向かった、ティレの楽しげな背中と揺れる髪と尻尾を見送って、シリューナは湯浴みの準備をした。ティレの言葉ではないけれども、こんな寒い日はお風呂でのんびり暖まって、そのままお布団の中に転がり込んで夢の中に滑り落ちるのが良い。

「お姉さま、準備できました!」
「いま行くわ」

 可愛いティレがシリューナを呼ぶ、嬉しそうな声が聞こえる。それに応えてシリューナは、2人分の寝間着と下着を持ち、ティレの待つバスルームへと向かった。
 かすかに鼻孔をくすぐるフローラルの香りに、どこか、あの小瓶のように華やかな気持ちになりながら。





 バスルームには、柔らかなフローラルの良い香りと、暖かな湯気がいっぱいに立ち込めていた。シリューナより一足先に湯船に飛び込んだティレは、バスタブの縁に置いた、今は空っぽになったガラスの小瓶の妖精をわくわく見つめる。
 うっすら微笑んでいるかのような、繊細なフォルムの妖精は、まるで悪戯を企むようにティレを見つめて小首を傾げているかのようで。綺麗に洗って乾かしたら、大切にしまっておこうと考える。
 カチャ、バスルームの扉が開き、シリューナがするりと滑り込むように入ってきた。すでにバスタブに肩まで浸かっているティレを見て、怜悧な面立ちに微かな苦笑を浮かべる。

「のぼせるわよ、ティレ」
「はぁい」

 注意をしたシリューナに、ティレはそんな『良いお返事』をして、シリューナの為にバスタブの端へと避けた。そこまでしなくとも、スレンダーな女性2人が並んでお湯に浸かるのに、十分な程度の大きさはあったのだけれど。
 ひた、と爪先から湯船に入ると、とたん、しびれるような温もりがゆっくりと全身に広がった。部屋の中に居たとはいえ、身体の冷えていたシリューナが入ったことで少し温度が下がったのだろう、ティレがわずかに身を震わせて、顎までしっかりお湯に潜り込む。
 まったく、と子供のようなティレに微笑みながら、シリューナもゆっくり湯船に沈み込んだ。フローラルの心地よい香りが、全身の疲れを癒すようにシリューナの身体を包み込む。
 入浴剤の効果だろうか、お湯はほんの少しとろりとしていた。けれども粘っこいというわけではなくて、程良く滑らかなお湯が柔らかく肌を潤してくれる。
 そんなシリューナに、ほっ、とティレは安堵の息を吐いて、全身でうーんと伸びをした。せっかく貰った入浴剤だったし、どんなものなのか興味もちょっとあったから、敬愛するお姉さまが気に入ってくれた様子が嬉しかったのだ。
 パシャ、わずかな水音がバスルームに響く。ゆったりと、手足を伸ばし、時々は今日あった事なんかを話しながら、のんびりと温まって。
 ふいに、ぴく、と眉を動かしたシリューナがざっと湯をまき散らしながら、バスタブの中に立ち上がった。つい、お姉さまのうっとりするほど均整の取れた肢体に釘付けになってから、慌ててティレはわたわた目を逸らす。
 そんなティレをちらりと見てから、シリューナはそのままバスタブを出て、タオルを裸身に巻き付けた。それから改めて、可愛いティレを振り返った。

「そういえば、ティレ。聞いていなかったけれど、この入浴剤はどういうものなのかしら」
「どういう、もの‥‥?」
「ティレのお客さんから貰ったのは聞いたけれども、どこで買ったとか、あるでしょう?」

 きょとん、と目を丸くしたティレに言葉を補ってやると、ああ、と腑に落ちた表情になる。
 そうしてティレは、シリューナの予想――というよりももっと漠然とした予感――通りの言葉を、朗らかに告げた。

「そのお客さんも、誰かから『入浴剤だけど使わないからあげる』って貰ったんだそうです。どこで買ったとかはわからないし、その人もまた別の人に貰ったみたいだ、って言ってました」
「――そう」

 つまり、出所不明という訳だ。少なくともティレに譲った人物は、悪気があったわけではないのだろうが。
 あの、とさすがにここまでくると不安そうな眼差しで、ティレがシリューナを見上げた。

「なにか‥‥?」

 不安に揺れる眼差し。それをシリューナは見下ろして、ほんの僅か躊躇い、それから彼女は口を開く。
 ねぇティレ? と子猫を宥めるような声色で。

「そのお湯、少しずつ、とろみが増してきたでしょう?」
「ぇ‥‥?」

 そう言われてティレは、ひょい、と反射的に手元のお湯をすくった。ほんの少しとろみが付いているような、滑らかに心地良く肌に馴染むだけだったそれは、けれどもシリューナの言う通り、確かに最初よりもしっかりと、確かにとろみがあると解るほどになっていて。
 きょとん、と瞬きをする間にも、どんどんとお湯はどろどろになっていく。とろみなんてレベルを超えて、それはどろどろと粘りつき、まるでそれ自体が意思を持つスライムになってしまったかのように、驚いて身じろぎしたティレの全身を包み込むように絡みつき始めて。

「きゃ‥‥ッ」
「ティレ、動かないで!」

 ティレの裸身を包み込もうとするスライムに、シリューナは捕縛の魔法を放った。ぴしり、と粘性を持って蠢くスライムの表面が、大きく漣を打つ。
 けれどもベビーピンクのソレは、そこで動きを止めたりはしなかった。ゆっくり、ゆっくりと今や確かな意思を持って、ティレを爪先から頭の天辺まで包み込もうと、滑らかな肌を這い登っていく。

「お姉さまぁ‥‥ッ」
「良い子ね」

 必死に逃れようと半泣きになりながら、敬愛するシリューナを呼べば、険しい顔のシリューナが子猫を宥めるようにそう言った。そうして再び呪文を唱え、スライムの捕縛を試みようとする。
 ぴしり、と。また、スライムの表面が大きく、漣を打った。けれどもやっぱり変化はない――いや、変化は、ある。
 ティレは、それに気付いた。気付いて、文字通り真っ青になってベビーピンクのスライムを見下ろした。

「お、お姉さま‥‥これ、お姉さまが魔法を使うたびに、硬くなってます‥‥ッ!?」
「あら――それは困ったわね」

 涼やかな声色からすれば余り困ってないように聞こえるが、実はしっかり困ってシリューナは、魔法を紡ぐ手を止める。そうしてじっと、憂えるような眼差しでベビーピンクに包まれたティレを見つめた。
 日頃、ティレをあれやこれやの手で彫像にしては楽しんでいるシリューナだが、それはあくまでティレを元に戻す手段なり、効果時間なりがあるからだ。けれどもこのスライムはあいにく、出所も不明でどんな危険があるかも解らない。
 ふむ、とシリューナは目先を変えて、バスタブから零れ落ちたベビーピンクの湯だまりへと試みに、捕縛の魔法を放った。するとその湯だまりは、シリューナの魔力を吸収したかのように――否、恐らくその通りなのだろう、シリューナの魔力を吸収して、ピンクの光を放つ魔宝石と化す。
 ころん、とバスルームの床に転がった魔宝石を、シリューナとティレは無言でジッ、と見つめた。嫌でも、無言にならざるを得なかった。
 このスライムを放っておけば、やがてティレを飲み込んでしまう事だろう。といって捕縛しようとすれば、その魔法力を吸って魔宝石と化し、ティレをやっぱり閉じ込めてしまうに違いなく。
 困ったわね、とシリューナが美しい顔を悩ましげに曇らせるのを、祈るような眼差しでティレは見つめた。その間にももちろん、何とか逃れようと足掻いているのだけれども、スライムの如き粘性を保ったベビーピンクのお湯は、手応えがあるどころか動けば動くほどティレを絡め取って行く。
 大人しくしてなさい、とシリューナはティレに言いながら、じっと魔宝石を見つめ続けた。その眼差しがふと、僅かに見開かれる。
 彼女の眼差しの先で、ベビーピンクの輝きを放つ魔宝石はふいに、無色透明の液体となってぴしゃん、と崩れた。そっと指先で触ってみると、何の変哲もないただのお湯に戻っている。

「大きさの問題かしら? それとも、注いだ魔力が関係しているのかしら」

 ブツブツと呟き始めたシリューナはやがて、うん、と大きく頷いて。

「やってみましょう、ティレ」
「な、何を、です、か‥‥?」
「一応は時間が経てば元に戻るみたいだし、まずはそのスライムを捕縛するわよ。それともティレ、そのままで居たいの?」

 くす、と美しい笑顔で物騒な事をのたまったお姉さまに、ヒク、とティレは唇の端を引きつらせた。
 もちろんこのままでは居たくない。居たくないけれども、魔力を注げばすべて吸収して魔宝石となってしまうような代物の中に、これから閉じ込めると宣言されても素直に頷くことは出来ないのが、普通の反応だろう。
 けれども敬愛するお姉様は、艶やかな笑顔で捕縛の呪文を唱え始めた。身の危険を感じ、必死にバスタブから逃げようとするけれども、ベビーピンクのスライムは逃すまいとばかりに絡みつく。
 あぁ、もう、何て災難‥‥ッ!

「きっと大丈夫よ、ティレ。もしかしたら封印までされるかもしれないけれども、多分時間が経てば戻るはずだから」
「お姉さまッ、仮定が多過ぎます〜〜〜ッ!」

 決して広くはないバスルームに、ティレの悲鳴が響き渡った、のだった‥‥。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /      PC名     / 性別 / 年齢 /      職業      】
 3785   / シリューナ・リュクテイア / 女  / 212  /     魔法薬屋
 3733   /  ファルス・ティレイラ  / 女  / 15  / 配達屋さん(なんでも屋さん)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

お師匠様とお弟子さんの、入浴剤を巡る一騒動、如何でしたでしょうか。
お湯がとろっとする感じの入浴剤は蓮華も好きだったりするのですが、こんな入浴剤だったらものすごく嫌ですねorz
おちおち、お風呂ものんびり入っていられなさそうです(苦笑

ご発注者様のイメージ通りの、ほんの少し混沌としたコメディちっくなノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と