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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜フェンリルナイト・予兆〜
 全能の魔女、とやらの依頼は、至極簡単なものだった。
 前口上があっただけに、それなりの難易度を科せられると思っていたのだが、何のことはない。
 街の道具屋に行き、指示された品物を手に入れ地図で示された場所へ行く、ただそれだけだ。
――内容としては、ゲームを始めたばかりのキャラクターが挑むような依頼内容。ですが…。
 みなもは、おもむろに、手にしていた薄い魔導書のような本を開いた。
 そこに載っていたのは、いわゆる、ステータス画面だ。
 だが、今自分がいるのはそのゲーム世界。ステータス画面など、どうやって開くのか見当もつかなかったのだが。
――なるほど、ゲームの中では、このように自分の情報を見ていることになるのですね。
 それは、ギルドを出る際、渡された登録証だ。
 これを持っていれば、どの街でも仕事の依頼を受けられ、こなした依頼も記録できると言われて渡されたものだが、確かに、ゲーム序盤、チュートリアルの戦闘をクリアした後でこの登録証を渡され、そこからステータス画面が開けるようになったのを、何となく思い出した。
――今のレベルは…。ちょうど、プレイ中にあたしの意識がなくなる前のもの。ということは、レベルも服装も術技も所持品もそのままに、ゲームの冒頭に戻ったということでしょうか。
 恐らく中盤と呼べる辺りまでも進んではいないだろうが、割とフリーバトルを重ねてレベルを上げていた甲斐はあって、ストーリー上に現れるボスは、仲間の力をほぼ借りなくても余裕で倒せるほど。
――レベル的には、もう少し中級の仕事もこなせるのでしょうが…。
 そこまで考えて、みなもは思考を中断させた。
 これは、ただのゲームではない。
 ストーリーを進めるためだけなら、どんどん仕事をこなし、レベルを更に上げていけばいい。そして、物語を先へ進めていく。
 だが、今のみなもに必要なことは、元の世界に戻ることである。
――ひとまず、急ぎましょう。
 自分に言い聞かせるように言って、登録証を閉じ、バッグに入れると、地図で指示された場所に、足早に向かった。


 辿り着いてみれば、指定された先は古い洋館だった。
 全能の魔女という名にふさわしいたたずまいは、ある意味ありきたりとも言えたが、今はそんなことを言っている場合ではない。
 とりあえず、中に入らなければ話も進まない。
 みなもは、扉に着いたライオンをかたどった飾りに持ち手が付いているのを見、それを手にすると、下の金属と打ち合わせた。
 叩く度にゴンゴンと音が響き、来訪者がいることを知らせているはずだが、誰かが出てくる気配はなかった。
 そして、しばしの沈黙。
――これは、勝手に入って良いと判断してもいいものでしょうか。ゲームなら、当たり前のように入っていくところですが…。
 だが、操作キャラではなく、自分が実際その立場に立ってみると、案外思いきれないものである。
「あの、すみません……っ!」
 さすがに、ノックだけでは聞こえないのかもしれないと、声を張り上げようとした瞬間、重厚な物音と共に、ドアがいきなり開いた。
 思わず驚きで声を出しそうになるのを何とか抑えながら、みなもは、相手が顔を出すのを待つ。
 全能の魔女、というくらいだ。恐らく、ローブに身を包み、口数少なく意味深な言葉だけを口にするような、そんなキャラクターに違いない。
 そう、思っていたのだが、
「はいはーい!」
 聞こえてきたのは、明るい返事。というより、声が異様に高い。
 そして、目線の先には誰もいなかった。
――これが、既に魔女の力?
 そんなことを思っていると、
「こっちじゃ、こっち!」
 今度ははっきりと、自分の足元の方から声が聞こえた。
 何となく嫌な予感がしつつも、みなもがゆっくりと目線を下げると、
「お前さんが、わしの依頼を引き受けてくれたものかの?」
 口調だけ聞いていれば、それは老婆のものに近い。
 だが、
「こ、子供…っ!?」
 目の前にいるのは、5,6歳ほどの小さな女の子である。まるで、自分の身の丈にそぐわないズルズルのローブを身にまとい、彼女は、だが子供らしくない笑顔で微笑んだ。
「まぁ良い。着いてこい」
 そう言うが早いか、少女は踵を返してしまう。
 だが、一瞬見えたあの表情、それは、本当に力ある者の表情のような気がした。
――自分が、今ハーフエルフになっているからでしょうか。今の一瞬で、あの方の力が垣間見えた気がします。
 それは、とても強大で、確かに、全能の魔女、と呼ばれる程の力の持ち主だとうかがい知れる。
――依頼の品を見た時には、本当に大丈夫かと心配もしましたが…。
「どうしたのじゃ?」
「はい、すぐ行きます!」
 呼ばれ、みなもは慌てて少女の後を着いていく。
 外もそれらしい洋館なら、やはり内装もそれなりである。怪しく揺れる蝋燭の灯りに、ところどころ並ぶ魔法道具と思しき品々。そのどれもが、見たこともないアイテムだった。
「さぁ、ここじゃ」
 そう言われて、招かれた場所は、まるで占い部屋のような場所だった。2人が入るので十分な程の狭い部屋。真ん中には机があり、そこにも蝋燭の灯が揺れていた。
「それで約束の品は?」
「はい、こちらです」
 急かされ、みなもは手にしていた袋を全能の魔女に渡す。すると、今度は、まるで子供のように瞳を輝かせた。
「おー、これじゃ、これじゃ! これがないと、どうにも頭が捗らんでなぁ」
 言いながら、魔女はその中身、砂糖菓子をおもむろに食べ始める。
――本当に大丈夫なんでしょうか、この方。
 思わず、一抹の不安がよぎったみなもだったが、
「そうまでして、元の世界に帰りたいかえ?」
「ッ…!」
 自分の思考を言い当てられ、みなもは思わず息を飲んだ。
 だが、そんな彼女の様子に気付いていないかのように、全能の魔女は続けた。
「わしの存在は、この世界では隠しキャラのようなものじゃ。だからこそ、全てを知っておるし、ここへ呼んだ」
「でしたら、教えてください! どうすれば、あたしはここから抜け出せるのですか!?」
「抜け出す? おかしなことを言う」
「え……?」
 魔女に言われ、みなもは思わず聞き返していた。
 彼女が示した言葉と、自分の意思は同じはず。だが、どうして、こんなにも違和感を覚えるのだろう。
――でも、今頼れる人は、この人しかいない。
 八方ふさがりのみなもにとって、この不思議な魔女の存在は、唯一、元の世界に戻る手掛かりだ。
「お願いします!」
 もう一度、念押しの為に言ってみる。すると、魔女は何かを考えているかのように顎に手をやり、それから、にやりと笑った。
「ならば、おぬしが信頼に足ると思った仲間を2人、連れてこい。種族、職業は問わん。それができないというなら、あと5ばかりレベルを上げてもらおうかの」
「5…っ!?」
 予想外の言葉に、みなもは思わず声を上げる。
 確かに、ギルドで中級の依頼をこなせば、レベルに合うものになるだろうとは思っていた。だが、ここは始まりの街。中級と言っても、そう易々レベルの上がる依頼は入らない。
――でも、残された道が二つしかないなら、やるしかない…!
「わかりました、すぐ戻ります!」
 そう言うが早いか、みなもは踵を返すと、勢い良く部屋を出て行った。