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<東京怪談ノベル(シングル)>


■ 出生の起源・狂気の愛 ■


 十六年前、深夜。

 首都高を走る大型バスの中、男達が激しく揉み合っている。乱闘が続く最中でもバスはそのスピードを緩める事なく、フラフラと危うい足取りのまま進み続けていた。ハンドルを奪い取ろうとした男が運転手の首にボールペンを突き立てた。操縦者のいなくなったバスは中央分離帯を乗り越え、激しく火花を上げながら反対車線へと突っ込んだ。バランスを崩した大型バスは横転し、壁へと激突した。
「ぐ…! くそ…!」一人の男がバスの中で意識を取り戻し、必死にバスから這い出る。瞬間、バスから漏れていたガソリンが引火し、バスは炎上した。

――「おい、しっかりするんだ! おい!」駆けつけた救助隊が近くで倒れていた男に声をかけた。「一体何があったんだ!?」

               ――「…群馬海峡…から…逃げて…来た…」

          ――「群馬海峡…? 何を言っているんだ! 誰か早く処置を!!」




                      ――同時刻。

                 ――群馬某所にある大手製薬会社。 

 顔はこけ、痩せ細っている白衣を着た女が薬を調合していた。抗癌剤を調べている研究室には数々のサンプルが並べられていた。女の顔や身体付きには似合わぬ腹の大きさが臨月を迎えている事を物語っている。女は調合した薬を見つめ、歪な笑顔を浮かべていた。
「あぁ…これで…私の願いは叶う…!」
 調合結果を観測していたモニターを確認し、女はそう呟いた。どこまでも奇妙な光景だった。女は完成した抗癌剤を見つめながら、勝ち誇った様に笑顔を浮かべた。
「…っ! あぁぁ!!」
 不意に股下へと濡れる感覚。破水してしまった事実に女は顔を歪ませた。






――。



 現在。草間興信所。
 武彦がいつも通りに煙草を咥えながらソファに座り込み、古い事件を調べていた。向かい合うソファに腰かけているのは一人の女性だった。
「――ふむ、当時の記録ではバスジャック犯による凄惨な事故として扱われている様だな…。『麻薬中毒者による残忍な犯行』か…」
「兄は麻薬中毒者なんかじゃありません!」女が机を叩きながら力説する。「…すみません」
「いや、言い方が悪かった。救助隊が聞いた、“群馬海峡”という言葉をマスコミが推測を絡めて面白く書いた結果かもしれないな。とは言え、そんな地名も海峡も聞いた事はないが…」
「私もです。遺髪からは海水と同じ様な塩の成分も検出されたそうです。何かの聞き間違いなのかどうか、それすらも解らなくて…」女が俯く。「ただ、最近になって遺書らしき物が見つかったんです。“玲奈”という人へ宛てられた手紙だったのですが…」
「…三島さん。少々そのメモを預からせて頂いてよろしいですか? “群馬海峡”を調べる手がかりになるかもしれない」
「お願いします…」






「―って訳で連絡した訳だが、恐らくお前宛のモノだろう」武彦が向かい合う少女、“三島 玲奈”へとメモを見せながらそう言った。
「…このメモ、あたしの父に当たる人が…?」玲奈が呟く様に答えた。「それも、“虚無の境界”が私を利用しようとしている、って…」
「…それが書かれたのは十六年前の事だったな。お前は確か“虚無の境界”に…」
「そう。改造されてこうなった…。それが予見出来ていたっていう事…?」
「…いずれにせよ、調べてみる必要はあるな。資料によると、お前の親がいたという製薬会社は“ある組織”に多額な設備投資をしていた。会社は倒産。今となっては真実は闇の中だ。が、投資先の組織は“群馬海峡”と何か関連があるのかもしれないな」
「ある組織?」
「あぁ。通称“裏NASA”。米政府機密費を使い、隠蔽や世論操作を行う機関だ。生体実験をしているという噂もある。その本拠地は群馬にある。偶然とは思えない。一体群馬で何が起こっていたんだ…?」
「…行ってみよ、草間さん…!」









 二人は群馬にある製薬会社の工場跡地へと足を踏み入れていた。
 データでは一切の追跡も出来なくなってしまっているが、工場跡地は十六年という歳月が経った今でも廃れる事もなく、いつでも動ける様に整備すらされている様子が覗える。


 そんな二人をモニター越しに見つめる男がいた。
「感付いたか。二人を始末しろ」
「はっ…!」




 ―多くの人の悔恨の念が渦巻いている。特殊な身体をした玲奈にはそれが痛い程の思念として頭の中へ流れ込んでいた。武彦にもたれかかる様に歩いていた、その時だった。

              『――お願い、玲奈。アナタは生きるの…』

 不意に流れ込んだ言葉。唐突に生まれた不思議な感情に玲奈の足が止まる―。


――。



 ―抗癌剤を調合していた女性が、破水した事に驚愕していた。絶望に表情を染めるかと思いきや、それでも狂気を振り翳し、女性は調合したばかりの薬が入った注射器を自らの腕へと突き刺した。
「これ…で…! この瞬間…を…待っていた! 私の身体に巣食う癌が、完全なる遺伝子となる…! 腫瘍を糧とした醜く愛しい娘…!」狂気に満ちた笑顔は歪に染まる。



――。


 ―思わず玲奈はその場に蹲った。母と思しき女が病魔を遺伝子として作り出し、敢えて異端児を産む事を望んだ。それが、自分だと知ってしまった。
「“腫瘍”として、私を生み出す研究をしていた…の…? こんな身体にする為に…!」
「おい、しっかりしろ! 一体何が…――」
 刹那、二人は不意に現われた亜空間への扉へと引き摺り込まれてしまった。


 ―突如飲み込まれた先は水の中にいるかの様な感覚だった。呼吸は浮かび上がる気泡となって漏れ出し、常人であれば一瞬の出来事に肺の空気を吐き出しきってしまっただろう。玲奈は特有の能力から水分中の僅かな酸素を皮膚を介して得ながら、武彦の身体を結界で包み、呼吸を可能にした。
「がはっ…、はぁはぁ…。助かった」
「草間さん、もしかしたらここが…―」
「―あぁ、群馬海峡とやらかもしれんな」武彦が異変に気付く。
「えぇ。ここは人為的な霊的空間。水と思しきこの水分は全て霊力の潮です…」
「道理で、あんな生き物がいやがる訳だ…」
 武彦が見つめる先にいたのは、魚竜や奇怪な深海魚の様な生き物だった。侵入者に気付くと、彼らは一気に二人の元へと襲い掛かった。が、玲奈は左目から強力な光線を出して彼らを焼き払った。安堵と共に、玲奈に再び女科学者の思念が流れ込んだ。
「…(“虚無の境界”に利用される為に、あたしは生み出されたの…? 何故…!?)」


――。



「―末期癌。私の命は限られている…。それでも、この薬品が完成さえすれば、私は娘を産み落とす事が出来るわ…」科学者が男にそう言っていた。
「だが、そんな事をすれば生まれてくるであろう娘は!」
「そうよ…! “群馬海峡”を造り上げ、エウロパに眠る“星の海”に怪物を撒き散らさせる片棒を…、“虚無の境界”の片棒を担う事になるわ」
「……」
「解っている…。それでも私は娘を、玲奈を生かしたい…! もう、私には時間がない…。玲奈を産む事だけが、私に許される最後の幸せなの…」一筋の涙が科学者の頬を伝った。
「…解った。俺が娘を…。玲奈を必ず守ってやる…!」




――。


 気が付けば、玲奈と武彦は“群馬海峡”から放り出されていた。


 目が醒めた玲奈の頬を、一筋の涙が伝った…―。


「愛してくれて、ありがとう…」



                                    Fin



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整理番号 7134 三島・玲奈




“ライターより”

初めてのご依頼、有難う御座いました。白神 怜司です。

シチュノベとしてご依頼頂いた今作、
内容の濃さから連作にしてでもしっかりと
書きたくなる様な設定でした(笑)

気に入って頂ければ幸いです。

今後もまた機会がありましたら、
是非とも宜しくお願い致します。

白神 怜司


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