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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


彼女の「動」と「静」

「広いですね……」
 目の前にある館内見取り図を見て、ファルスは一つため息をついた。

 事の起こりは、数時間ほど前に遡る。
 シリューナの本業は魔法薬屋であるが、実は薬だけではなく、魔力を込めた装飾品なども一部取り扱っていた。
 そして、そういった装飾品関係の大口の買い手の一人に、美術館を経営しているという女性がいた。
 その女性から、シリューナにある相談事が持ち込まれたのである。

 曰く、彼女の美術館の中に、美術品に取り憑く性質のある魔物の侵入を許してしまった、とのこと。
 幸いにもそれが発覚したのは美術館が閉館している時間であり、また魔物自体も暴れる程度の能しかなく、そこまで危険ではないと思われたが、だからといって魔物がいるまま美術館を開けるわけにもいかない。
 そこで、今日一日美術館を臨時休館とするので、その間に件の魔物を退治してほしい、ということであった。

「そんなに広くない、って言ってた気がするけど」
 シリューナが苦笑する。
 確かに、「美術館としては」そこまで広くはないかもしれないが、たった二人で、たった一匹の、それも「美術品に紛れ込んだ」魔物を探すとなると、これでも十二分に広すぎた。
「もたもたしてると日が暮れるわね。手分けして探しましょう」
「はい、お姉さま」
 話に聞いている程度の魔物なら、シリューナはもちろんファルス一人でも何とでもなるだろう。
 そう考えて、二人は美術館の入り口で一度別れた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「この辺り……とか?」
 ファルスが踏み込んだのは、美術館の奥にある倉庫だった。

 自分が魔物の立場だったら、一体どこに陣取るか。
 真っ暗な倉庫は視界も効かない上、狭い空間に多数の収蔵品があるので、一つ一つに十分な注意を払うことは難しい。
 そう考えると、ここが最も魔物が潜むに適した場所、ということになるだろう。
 自分が魔物であれば、ここに隠れてやり過ごすか、それが無理なら相手の不意をつく。
 そのファルスの読みは、見事に的中していた。

「……そこっ!!」
 倉庫の奥の暗がりの中に、ファルスは動くものの姿を認めた。
 相手の狙いは読めているから、不意をつかれることもない。
 逆に、こちらから魔法での攻撃をしかけ――ようとして、ファルスはふとあることに思い至った。

 当然のことであるが、魔物が取り憑いてしまった美術品については「破壊するのもやむを得ない」という言質は得ている。
 しかし、「できることならそれ以外の収蔵品に被害を出すのは避けてほしい」と言われているのもまた事実であり、そうなるとファルスが最も得意な火の魔法は使えない。
「それならっ!」
 唱えかけた呪文を中断し、とっさに延焼の危険のない光の矢の魔法を放つ。
 けれども、もともとあまり得意ではない他属性の、それも急いで唱えた程度の魔法では、魔物を倒すことはできなかった。
 光の矢が、魔物の取り憑いた仮面の手前で弾けて消える。
 予期せぬことに動揺しつつも、慌てて次の呪文の詠唱に移ろうとするファルス。
 だがそれより早く、魔物が大きく口を開け、その口内から、強烈な突風が吹きつけてきた。
「これは……!?」
 その突風に吹き飛ばされぬように足に力を込めつつ、何らかの魔力的なものを感じて魔法防御を展開する。
 そうして、攻める魔物と耐えるファルスの我慢比べが数秒ほど続いた後、不意に魔物が動いた。
「えっ!?」
 呪いの突風を吐き続けながら、魔物が急に下へと動いたのである。
 当然、風向きも下から上へ吹き上げるように変わり、ファルスの服の裾が大きくまくれ上がりそうになる。
「……っ!!」
 とっさに服の裾を押さえたのは、ほぼ反射的な、そして年頃の少女としてはごく当たり前の反応であったが――この状況下では、懸命な判断であるとは言えなかった。
 そちらに意識が向いた分、展開していた魔法防御がおろそかになり、その薄くなった障壁を破って、魔物の呪力が効果を発揮し始める。
 ファルスにとって悪いことに、その呪力の正体は「石化の呪い」であった。

「しまった……!」
 服の裾が、つま先が、ふくらはぎが……徐々に、石へと変わっていく。
 必死に魔法防御に集中しようとするも、一度破られた障壁はもはや役には立たなかった。
 腕が、腹が、胸が、そしてついに肩まで石と化す中で、ファルスはこう叫ばずにはいられなかった。
「どうして、いつも――」

 どうして、いつもこんな目に?

 その叫びは、しかし、最後までは言葉にならず。
 ついにその顔も、髪の先までもが残さず全て石となり、ファルスの意識はそこで途絶えた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 一方その頃。
 シリューナは、急いでファルスたちの方へと向かっていた。
 いくら美術館が広いとはいえ、閉館中の美術館の中はひっそりと静まり返っている。
 その中で戦闘など行えば、多少離れていても気配と物音ですぐにわかるのである。

 だが、シリューナが辿り着いた時には、勝敗はすでに決していた。
 そこにいたのはすっかり石像となってしまったファルスと、今まさに倉庫から出てきた仮面――魔物の姿であった。
「少し、もったいないわね」
 魔物の姿を認めて、シリューナはぽつりと呟いた。
 手っ取り早く魔物を倒すためには、取り憑いている美術品ごと破壊するしかない。
 しかし、その精巧にできた仮面は、少しばかり壊すには惜しい品のようにも思えたのだ。

 とはいえ、ここで躊躇うほどシリューナは甘くない。
 シリューナの姿を認めた魔物があの石化の突風を吐くよりも早く、シリューナの指先から放たれた魔力の弾丸が、一撃で魔物を仮面ごと粉砕した。
「少しもったいないけど、これも仕事なの。悪く思わないで」
 床に散らばった破片を見下ろしながら、シリューナは淡々とそう言ったのだった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 魔物を倒し終わって、シリューナはファルスの方へ歩み寄った。
 すっかりもの言わぬ石像と化した彼女に軽く手を触れ、かけられている呪いの詳細を調べる。
「……まあ、あの程度の魔物ならこんなところかしら」
 調査を終えると、シリューナは安心して息をついた。
 シリューナの一撃であっさり粉砕されたことからもわかるように、あの魔物は決してそう強力なものではなく、この石化の呪いもシリューナに言わせればレベルの低いものだった。
 この程度なら、シリューナの力をもってすればいつでも容易にもとに戻すことができる。
 それさえわかれば、その「いつでも」を「今」にする必要は全くなかった。

 数歩下がって、シリューナはもう一度しげしげとファルスの姿を見た。
 突風の中で石と化した彼女の姿は、動かぬ石像でありながら、どこか不思議な躍動感を感じさせる。
「こういう感じのは、あまりなかったんじゃないかしら」
 風になびく長い髪や、翻った服の裾。
 ときどき自分でも戯れにファルスに石化の術をかけているシリューナであったが、こういった姿になったことはあまり記憶にない。

 シリューナがそんないたずらをする理由は、たった一つ。
 こうして石像となったファルスに、普段とは違う魅力を感じるからであった。
 もともとファルスは活発で感情豊かな少女であり、その表情は刻一刻と万華鏡のように変化する。
 もちろんそれも彼女の魅力の一つではあるのだが、それは裏を返せばそのうちのどの表情も一瞬のものであり、ゆっくりと鑑賞することはできない、ということでもある。
 ところが、こうして石化している間は、当然その表情が変わることはない。
 よって、いくつもの表情は楽しめないが、そのただ一つの表情を、気の済むまで堪能することができる。
 言うなれば、それはファルスの「一瞬」を切り抜いて作られた、極上の芸術品なのである。

 刻一刻と変わり続ける「動」と、変わることなくあり続ける「静」。
 その二つの全く違った可愛らしさの両方を、そしてその二つのギャップそのものをも、シリューナは愛していたのだ。

「ねえ、ティレ」
 石像のままのファルスに呼びかけながら、そっと頬に触れる。
 手に伝わる感触は、普段の温かくて柔らかいものではなく、冷たく硬い石の感触そのものだ。
「ダメじゃない。この程度の魔物に不覚をとったりしちゃ」
 その頬を優しく撫でながら、シリューナはこう続けた。
「けど、そうね……魔物としては非力でも、芸術家としてはなかなかだったかもしれないわね」
 もちろん、「モチーフ」がいいおかげでもあるのだけれど――そう思うと、やはり少しもったいなかったかもしれない。
 そんなことを思いながら、シリューナは飽きずに普段と違った姿のファルスを愛で続けた。

 結局、ファルスが無事にもとの姿に戻れたのは、その日の夜のことであった。

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<<ライターより>>

 西東慶三です。
 この度はご用命下さいましてありがとうございました。

 以前にご依頼いただいた際の様子なども参考に、シリューナさんとファルスさんの雰囲気を出せるようにと考えて執筆いたしましたが、こんな感じでよろしかったでしょうか?

 もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。