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<東京怪談ノベル(シングル)>


フェンリルナイト〜混迷〜
「水流溢れ、其射抜く矢となれ!」
 またも、自然と言霊が浮かび、文字通り水の矢がモンスターを打ち抜いていく。
「はぁ、はぁ…。これで…、レベル、二つ…」
 ゲームとしてはありえない、息が上がる、という状態を体験しながらも、みなもは、近くの岩陰に腰を下ろした。
 全能の魔女から出された条件は二択。
 本来の≪フェンリルナイト≫であるならば、アレスの街で、最初の仲間と出会い、依頼をこなしていくうちに、また次の仲間が増える、というものだ。
 ならば、この街で仲間になるはずの剣士を引きいれた方が、パーティーとしてもバランスはいいし、条件をクリアするだけならその方が早い。
――でも、これは、普通のゲームじゃない。あたしは、プレイヤーとしてではなく、この世界の住人としてここに存在している以上、何が起こるか、見当もつきません。
 今、みなもが行おうとしていることは、自分の住む現実世界に帰ることであり、ゲームを進めることではない。ならば、ここは、仲間を加えず、一人でひたすらレベルをあげるしかないのだ。
――にしても、アレスの街の周辺の敵で、ここまで苦労することになるとは…。
 胸中で独りごち、みなもは夜空を見上げた。
 ゲーム序盤で訪れるアレスは、いわばチュートリアルミッションが用意された街。いくら近接戦に向かない魔術師といえど、苦戦する相手などいないと思っていたが。
――やっぱり、自分がこの世界にいるから、でしょうか。
 攻撃を受ければ、痛みを感じる。魔術を使えば、疲労する。それは、まるでこの世界の住人のような感覚だった。
――ありえません。
 浮かんだ言葉を、自分自身で否定する。今、頼れるものは自分だけ。そして、全能の魔女の知恵だけだ。
 それに、仮に、仲間を入れる選択をしたところで、アレスの街で仲間になるのは一人。どのみち、レベルを上げる以外他にない。
 ≪フェンリルナイト≫において、パーティーメンバーは主人公を含めて四人。それは、自分がどの種族を選択したかで職業は変わるが、基本的な性格や種族、名前までは変わらない。
 みなもが選んだ、ハーフエルフの魔術師が主人公の場合、最初に仲間になるのが、人間の男で剣士、人間の女で僧侶、そして最後に獣人の男で格闘家、のはずである。
 みなもがプレイしていた段階では、ちょうど僧侶が仲間になるかどうかの辺りだったので、最後のメンバーは、攻略サイトかどこかで知り得た情報だ。
――初期設定で選べる人種も、人間、ハーフエルフ、獣人。どれもファンタジーの中ではよく聞く人種だけど、なぜ“ハーフエルフ”なのかしら。ただの“エルフ”ではなく。
 それも、ファンタジーゲームにありがちな設定と言えばそうだが、他の種族より、際立って聞こえる気がする。
 そして、これもありがちだが、ファンタジーものにおいて、たいていハーフエルフは疎外される。
「ッ……!」
 その設定を思い出した瞬間、不意に、頭の中に何かが流れ込んでくるような感覚に襲われた。だが、それが何かはっきりしないうちに、すっと嫌な感じが引いていく。
――何でしょう、まるで、何かを思い出しかけたような…。
 実際、この主人公キャラは、一切の記憶を失っているのだから、そういう現象が起きてもおかしくはないのだが、今は主人公とはつまり、みなも自身を指すことになる。
――これは、あたしがこのキャラクターに同調しているということ? それとも、あたし自身の記憶?
 自問しても、先程のように何かがフラッシュバックするような感覚もなく、結局のところ、どちらかわからない。
――それに、魔女のあの言葉…。
 全能の魔女は、みなもに、元の世界に帰りたいか、と問うた。それは、当然、みなもが住む現実世界のことだ。そう思って、みなもは、ここから抜け出す方法を聞いたのに、魔女は、おかしなこと、と言ってきた。
――何でしょう、まるで、話がちぐはぐのような…。
 今になって、ふつふつと湧いてきた疑問。
 だが、その意味を考える暇もなく、
「ッ…!」
 異変に気付いて、体が反射的にその場を飛び退く。
 そこには、体中に電流を迸らせた、虎のような巨大なモンスターがいて、みなもが先程まで持たれていた岩を踏み砕いていた。
――こいつは、グリフィン! なぜこんなところに…!?
 本来なら、一人目の仲間を加えたところで遭遇するボスモンスターだ。
 もちろん、みなもは、プレイ中にこいつに出くわし、剣士と共闘し、倒した。いわば、二人パーティーになって、操作の幅が増えたことへの、チュートリアルも兼ねたボス戦だったことは、何となく覚えている、のだが。
――さすがに、一人で倒せるかどうか。
 あの頃より、レベルも、装備も上。だが、ボスモンスターに位置付けられている以上、油断は出来ない。何より、今は、生身の体で戦っているのと同じ状況だ。
――でも、勝てれば、一気にレベルを指定の五まであげられるっ!
 逃げられないのなら、やるしかない。
 覚悟を決めて、みなもは、自然と溢れてくる言霊を唱えた。
「陸地揺るがし、彼(か)傅(かしず)く鉄槌となれ!」
 杖の先から放たれた光がグリフィンを包み、刹那、大地が裂け、その巨体が傾ぐ。
 だが、さすがに、一撃で仕留められず、体勢を崩したまま放たれたグリフィンの咆哮が、風の刃となって、みなもを襲った。
「ッ…! 暴風吹き荒れ、空(くう)切り裂く刃となれ!」
 防御呪文を持たない魔術師では、同じような術で相殺するしかない。だが、その全ては打ち消せず、いくつかの鎌鼬がみなもを切り裂く。
「く…っ!」
 正直、ボスモンスターの登場といい、ここまで苦戦させられていることといい、予想外のことばかりだ。
――確実に、あたしの知っているゲーム内容とは違う。けれど…、弱点属性は、変わっていないはずです!
 ゲームのように数値化されないから、今敵がどんな状態にあるのか見当もつかない。それでも、今までも術で凌いできたのだ。
――やるしか、なんいです…!
 胸中で叫び、みなもは、再度、杖をグリフィンに向かって構えた。
「陸地揺るがし、彼傅く鉄槌となれ!!」
 同じ呪文で、威力は変わらないはず。それでも、自分の魔力を全て注ぐつもりで解き放った術は、先程の裂け目から土の塊を生み、それらは次々とグリフィンに命中していった。
 刹那、周囲に響く咆哮。だが、それは、みなもを攻撃しようとするものではなく、己が痛みに悶える声で。
 そのまま、グリフィンはその巨体を地響きと共に横たえ、消失した。
「や、った…?」
 放心状態で、思わず呟く。だが、確かに体中に力が溢れてくる感覚は、レベルが上がった証拠で。
「ほぅ、成し遂げたか」
 不意に聞こえた声に、思わず振り返れば、そこには幼い少女の姿をした、あの魔女が立っていた。
「これで、クラスチェンジの用件は整ったの」
「クラスチェンジ?」
 魔女の言葉にオウム返しに聞き返すが、彼女は、その幼い外見ににつかわしくない不敵な笑みを浮かべているだけだった。