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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


■ Karte.1 学者たる者




「まったく…。キミというヤツはいつも厄介な問題ばかりを持ち込むなぁ」
 赤い髪に金色の瞳をした女性はいつもとは違い、白衣ではなく私服で草間興信所を訪れていた。小柄な身体だが風貌は随分と偉そうに見える。まるで少女が大人ぶっている様な、そんな雰囲気すら武彦は感じていた。
「悪いな、風。早速だが、問題の少女の家に行くから付いて来てくれ。状況は歩きながら説明する」
「はぁ、解った」


――。


「だいたいの話は解ったが、どうにも理解に苦しむな」風は武彦から大まかな説明を再び聞き、そう告げた。「第一、心を閉ざすにはそれなりの状況が必要な筈だ。キミみたいなタイプには解らないかもしれないけど」
「ハハハ…、相変わらず失礼なヤツだな」武彦は乾いた笑みを浮かべながら言葉を返した。「まぁ今回の件はどうにも素性が解らんからな。年齢や職業から見て、お前が一番適していると思ったんだ」
「ふむ。そういった症例はなかなか見る事が出来ないからな。医院に来るのはまだ自分の結論で動いて来てくれるが、こちらから見に行く事もなかなかない」風はそう言って歩いていると急に足を止めた。「はわぁ…、猫ぉ…」
「…はぁ、また始まった…」
 武彦は知っていた。風は極度の猫好きで、ただ横目に見て通り過ぎる事など出来る筈はない。垣根の上から尻尾をぶら下げて風を見つめている猫に、風は両手を構えてジリジリと近寄る。
「にゃんにゃーん…、こっちへおいでぇ…」風は満面の笑みを浮かべて近寄ろうとするが野良猫にこういった愛情表現は通用しない。猫はさっさと垣根の向こう側へと降りて行ってしまった。「はわぁ…、行っちゃった…」
 明らかに肩を落とす風を見て武彦は思わず笑ってしまいそうになる。が、風の前でこの状態を笑ってしまおうものなら、風は暫く不機嫌に黙り込む。武彦はそんな事例を以前味わった事があった。
「ホラ、あそこだ」武彦と風の歩く先に見えてきたのは、なかなかに豪邸と呼べる様な類の大きく立派な家だった。


 家の人間とのやり取りや案内は武彦に任せ、風は周囲の様子を窺いながら歩いていた。どうやら裕福で幸せな一般家庭、といった所だろうか。家族で集まって微笑んでいる写真が多く飾られ、それを物語っている様だ。
「この部屋です」依頼主である母に連れられて入った部屋は広い部屋だった。
 部屋の中央の椅子に腰かける少女はこちらを見向きもしようとせず、ただじっと座っている。
「解りました。一度席を外して頂けますか?」風がそう言って母の退室を促した。
 母が退室し、武彦が置いてあった椅子へ腰掛けた。風は少しずつ少女に歩み寄った。
「初めまして、ボクは有栖川 風。今日はキミに会いに来たんだ」
 風の呼びかけは虚しく、少女は何の反応も見せようとはしなかった。
「答えたくなければ、無理に答えなくて良いんだよ」風はゆっくりといつも身につけている手袋を外し、そっと手を握った。
「俺は外に出てるぞ」武彦はそう言って部屋を後にした。少女の緊張をほぐすべく、風と二人きりにするべきだと判断したのだった。風は小さく頷き、再び少女の顔を見つめた。
「今、ここにいるのはボクとキミの二人だけだよ。だから、これから言う事はボクの独り言だと思ってくれて構わない」風は優しくゆっくりとした口調でそう言った。少女の手がピクっと僅かに動く。「どうやら聞いてくれているみたいだね…。言葉が届いていて良かった」
 風の口調は変わらず、ただ少女を包み込む様にゆっくりと言葉を紡いでいた。風にとっては他愛のない口調だが、それは聞いている人間にとって安堵感をもたらす。他愛もない会話を続けた所で、風が再び少女をじっと見つめた。
「…どうやら、ボクの話しを楽しんでくれているみたいだね」にっこりと微笑んだ風には見えていた。少女の眼が少しだけ光りを取り戻している。「さて、ボクの話しはこれで一段落。次はキミについて幾つか聞かせて欲しいんだけど、良いかな?」
 少女の手にピクリと再び力が入る。風は少し様子を見ていたが、少女は拒否反応までは示そうとはしなかった。風はそこでまたゆっくりと口を開いた。
「家の中に入ったんだ。沢山の写真が飾られていた…。楽しそうに笑うキミの姿が撮られていた。キミは随分家族の人から愛されているみたいだ」少女の反応に、風は気付いていた。それでも風は言葉を続ける。「…でも、キミは心を塞いでしまった。何か理由があるね…。それは学校かな?」
「……」
「…違うんだね。じゃあ、御家族の事かな?」風の言葉に、少女の目元が一瞬引き攣った。「そっか、何かを見てしまったんだね…」
 少女の息が少し、荒さを増した。風は気付いているが、それでも言葉を続けた。辛く苦しいかもしれないが、今聞かなければ言わなくなってしまう可能性がある。風は勝負に出た。
「お母さんと、お父さん…」静かに風がそう言うと、“お父さん”というフレーズを口にした瞬間に身体が反応した。風は見逃す事はなかった。「そう…。お父さんが何かをしている姿を見てしまったみたいだね…」
 少女の肩が小刻みに微弱に震える。風は握っていた手をさすりながら、少女に向かって大丈夫と何度も言い続けた。
「あんなに仲が良かったのに、キミは心を閉ざしてしまった…。きっとキミにとってショックな出来事だったんだね…。お父さんは、何かをしていたのかな? それとも、誰かといたのかな?」
 少女の身体が顕著に異変を訴える。拒否反応を示す所で、風はそっと少女を抱き締めた。
「良いんだよ、怖がらなくても。キミは何も悪くないから…」



 少女は相変わらずだったが、どうにか落ち着きを取り戻した。風はこれから少女の母を呼び、事実を告げる事を少女に伝えた。少女は相変わらずだったが、それは承諾のサインだった。風は武彦に声をかけ、母を連れて来てもらう事にした。
「連れて来たぞ、風」
「…原因が、解ったのですか…?」
「えぇ…。彼女に色々な質問をさせて頂きましたが、どうやら問題はお父様にあるみたいです」風はそう言って母を見つめた。「彼女はお父様がある人と一緒にいる所を見てしまった」
「ある人…?」
「…実に申し上げにくいのですが、お父様は不倫している様です」
「そ…そんな…!」
「彼女はその現場を何らかの形で見てしまった。大好きな父親が、裏切る様な行為を取っている現実が突きつけられたのです」風は言葉を続けた。「御家族で出かけた写真、ボクも拝見してきましたが、とても仲が良い。だからこそ、その事実をお母様にも伝えられず、心の奥にしまい込もうとしていたのでしょう…」
「…そんな…、そうならそうと、言ってくれれば…―」
「―言えないのですよ…。多少の憎しみがあれば、それを告げる事も出来たかもしれない。皮肉にも、彼女はお父様を憎む事すら出来ず、ただただ黙っている事しか出来なかったんです…」
 風がそう告げた瞬間だった。少女の眼から一筋の涙が伝った。母はそんな少女を抱き締め、泣き始めた。少女もそれをきっかけに、堰を切った様に泣きじゃくり始めた。ごめんねとお互いに謝りながら、それは暫くの間続いていた。




――。



「良かったのか? あのままにして出て来て…」
 前をスタスタと歩く風に向かって武彦が声をかけた。二人は少女の家を後にして、帰路へとついていた。
「良かったも何も、あとは家族間の問題だよ。ボクに出来る事は、少女の心を表に出してあげる事。あそこまで泣けば、あとは自分で喋って伝えられる」
「…やれやれ。とりあえずは一件落着ってトコか…」目の前のコンビニを見つめて武彦が口を開いた。「風、飲み物でも奢ってやるよ。何が良い?」
「牛乳」
「…マジか?」
「うん」
 武彦が溜息を吐きながらコンビニの中へと歩いていく。
 家族間の問題に、他者が口を挟むべきではない。風は若いながらもそういったロジックに関しては理解しているつもりだ。それでも、やるせない気持ちは風の胸の内を支配している。
「ほらよ」
 コンビニから出て来た武彦から牛乳を受け取り、ストローすら使わずに風は一気飲みをしてみせた。さながら銭湯の名物光景の様に、腰に手を当てて飲み干し、ぷはっと息を吐いて風はゴミ箱にパックを棄てた。
「…所詮ボクは、ただの精神科医に過ぎないんだ…」
「あ? 何か言ったか?」
「…別に…あ、猫ぉ…」
 昼間に逃げられた猫を再び見つけ、一瞬で顔色を変えた風が猫を見つけてしゃがみ込む。
「にゃんこぉー、おいでぇー」
「…ったく、天才とは思えない光景だ…」
「…来た…来た来た来たぁぁ〜」
 足に擦り寄る猫を見つめ、幸せそうに撫でる風を見つめ、武彦は煙草に火を点けた。そのまま猫を撫で続ける風を、一時間以上待つ事になるなんて、武彦は思いもしなかった…――。



                                    Fin


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主人公キャラ 整理番号8375
  有栖川 風



ライターより。

初めてのご依頼参加、有難う御座いました。白神 怜司です。


キャラクターの個性が強く、非常にイメージし易かったのですが、
猫に対する理性崩壊をどの程度にするかが問題でした(笑)


気に入って頂ければ幸いです。

今後もまた、機会がありましたら是非宜しくお願い致します。

白神 怜司

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