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<東京怪談ノベル(シングル)>


ヒノキ盆梅展123誰?な

1.
「これ、パチモンじゃないの? なんか値段も市場価格の3分の1じゃない?」
「本物ですよ」
 中年の女性客は怪訝そうな声でそう聞くと、三島玲奈(みしま・れいな)は間髪いれずにそう答えた。
 ここは雛人形の問屋街。何故かここでバイトする羽目になった玲奈はにっこりと接客をしていた。
 服装はいつものセーラー服の上にエプロンをつけただけのシンプルなスタイルである。これも問屋街ならではであろう。
 …先ほどの玲奈の答え、実は続きがある。
 正確には『本物のパチモノですよ』だ。日本語って難しいね。
 う〜んと唸りをあげて考える中年の女性客に、玲奈はニコニコとした笑顔で待つ。待つ。待つ。
 …いい加減疲れてきた頃、「うわぁー!!」と目の前で悲鳴が聞こえた。
「えっ!?」
 瞬きしている間に、玲奈が売りつけようとしていた中年女性客がいなくなっていた。
 と同時に雛人形の顔がオヤジの顔に挿げ替えられているではないか!!
「何? 何が起きたの??」
「おい! 犯人捕まえたぞ!!」
 集まる群衆に、玲奈も思わず駆け寄ると見知らぬ男性が羽交い絞めにされていた。
「お、俺じゃない! 顔が人形で檜です…違う。人形は顔が檜です! いや、だから俺じゃなくて顔が檜で!!」
 警察に任意連行されていく後姿を見送りながら、ふと横を向くと見知った顔があった。
「雫ちゃん!」
「はぁい、玲奈ちゃん。最近ねー、ここで雛人形とお客さんが強奪される事件が多発してるんだって。で、有力な情報掴んじゃったんだけど…どう? 興味ない?」
 雫はにやにやとしている。まるでおもちゃを子供の目の前にちらつかせて楽しんでいる顔だ。
「つまり、ついてきて欲しいってことだよね? しょうがないなぁ。ついていってあげるよ」
 玲奈がそう言うと、「それじゃ、レッツゴー!」と雫は玲奈の手を掴んで走り出した。


2.
 梅の花咲き乱れる長浜市。昼間は盆梅の展示と屋台で賑っている。
 …主におばあちゃんとかおじいちゃんで。
 その場所に、玲奈と雫は2人で夜を待った。
 日が沈むと共に寒さは急激に2人の体温を奪っていく。2人は抱きしめあうように肩を寄せ合った。
 夜の闇がすっかり辺りを覆いつくしたとき、それは唐突に起こった。
「…あ」
 白い息と共に、小さな声で雫が呟く。
 その視線の先には何か木のような影がうごめいている。
 少しずつその距離を縮めて、うごめく陰の近くへと身を隠す。
「なに…してるんだろうね?」
 雫の問いに、玲奈は更なる疑問をぶつける。
「そもそも、あれ何? 踊る木とか知らないんですけど?」
 ごそごそとそんな会話を交わしつつ、2人は様子を窺った。
『檜っ! 盆梅展っ! 檜っ! 盆梅展! ちゃ〜っちゃら〜♪ちゃ〜っちゃら〜♪…』
 わらわらと枝を揺らしながら踊る木の真ん中には、いつの間にやら巨大なプロレスのリングが出現している。
 そしてそのリングのど真ん中には、今日玲奈から雛人形を買おうとしていた中年の女性客がのびていた。
「そうか! あれ、ヒノキだ! 玲奈ちゃん!!」
「いや、今の聞いたらフツーはわかるよ?」
 しかし、わからないのは何故檜がこんなことをしなければならないのか?
 どうしたらこの凶行をとめることができるのか…?
 情報が足りない。
「まだだ、まだ何か足りない…パズルのピースがまだ揃ってない」
「出直そう、玲奈ちゃん。…あ、その前に…」
 雫は静かにリングに向かって手を合わせた。
「…? あ」
 気がついた玲奈もそれを見習って、静かに黙祷をささげたのであった…。


3.
 現場を離れた玲奈と雫はインターネットカフェへとやってきた。
 モニターの中は無限の知識の宝庫。
 ネットという海をさまよいながら、雫は検索キーをひとつずつ鍵穴に入れていく。
 その全てがこの事件につながるものではないが、だが、少しずつ絞られてきた。
「雫ちゃん、どう?」
 ドリンクコーナーから飲み物を2人分持ってきた玲奈は、雫に片方を渡しながら聞いた。
「あ、ありがと。…あのね、花言葉かもしれない」
「花言葉?」おうむ返しに玲奈が聞くと、雫はモニターを指差した。
「『梅』は厳しい美。『檜』は不滅…ほら、何か感じない?」
 それを見た玲奈はニヤリと笑った。
「対立関係が読めたわ! パズルは全て揃った…雫ちゃん、これはもうやるしか!」

 次の日。
 雛人形の問屋街で、玲奈はまたバイトをしていた。売るのはもちろん雛人形である。
 そしてお客は…雫だ。
 これは陽動作戦である。
 玲奈の読みが当たっているのなら、ヤツは…きっと来る!
「じゃあ、これもらお…!?」
 お客のふりをした雫の声が突然途切れ、何者かに抱きかかえられた。
 檜だ! すたすたと優雅に歩いている。ついでに雛人形もすりかえられている。
「こぉんのぉ!!! 待てぇ!!」
 檜は尋常ではない速さで雫を抱きかかえ、盆梅展会場へと去っていく。
 行き先はわかっている。そこできっちり決着をつける!


4.
 盆梅展特設リングにつくと、既にそこは阿鼻叫喚の歓声が上がっていた。
 問屋街から誘拐された母娘連れ客が「1・2・3ターッ!」と檜に投げられ捲っている。
 哀れ母娘、いくらレギンスはいているからって丸見えはかっこ悪いですよ。
 そこに先ほど連れ去られた雫も到着した。
 雫ちゃんが危ない! …と玲奈が早急に駆けつけようとしたところで、雫はレフリーからマイクを奪い取った。
「花言葉が不滅だからって梅を蔑むとか…無いわ! その花っ柱へし折ってあげる!」
 会場中に流れる雫の宣戦布告。素晴らしいマイクパフォーマンスに沸き立つ会場。
 あっけに取られる玲奈。
「ちょww雫自重。ていうか、檜の花っ柱折ったら即花粉症になるからやめときな!」
 雫がリングに上がり、檜を挑発する。
 言うことはいっちょまえだが、百戦錬磨の檜を前にはなす術もなく容易く投げられてしまった。
「…くっ! 玲奈ちゃん、タッチ」
 雫の手のひらが玲奈の手のひらに軽く触れ、玲奈はリングへと上がった。
「1・2・3ターッ!」
 檜が早々に技を仕掛ける。
 玲奈に近寄るとその腕をむんずと両枝でつかみ…おぉっとこれは背負い投げか!?
 ていうか、背負い投げはプロレスの技じゃないんじゃないか! 反則じゃないの!?
 …なんてことはクレームつけない健気な玲奈。そんなことで負けるわけにはいかないのだ。
 宙に浮いた体から背中が破れるのも気にせず、翼を広げて檜ごと持ち上げた。
「ちょ! 玲奈ちゃん!?」
 雫の叫び声が小さく聞こえるほど、高く飛び上がり檜もようやく状況を把握した…ところでそのまま檜の腕をするりと払いのけた。

 ひゅ〜〜〜べしっ

 檜へし折れてKO! スリーカウントする必要もないほどの圧勝!
 勝者・三島玲奈!!
「女子の諍いって怖いわねぇ。こんな思いもよらない八つ当たりちっくなことで恨まれるなんてホント怖い…」
 翼を折りたたんだ玲奈は、憂いを含んだ瞳で敗者の檜を見た。
 他の檜に介抱されてはいたが、ピクリとも動いていなかった。
「リングの上の玲奈ちゃんも充分怖かったよ」
 苦笑いをしてタオルを渡そうとした雫に、玲奈が思わずその手を掴んだ。
「こら〜、雫〜!!」
「あーれー! お代官様、おやめください! ていうか、マジでやめよう!? 玲奈ちゃん!」
 逃げ惑う雫、追いかける玲奈。
 満開の梅の花の下で女子2名の戦いは、満員の観客によって見守られていた。
 …主におじいちゃん、おばあちゃんでしたけど。