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<東京怪談ノベル(シングル)>


■ 飛躍の兆候・変化の前触れ



 繊維工場から黒煙が立ち上り、煌々と紅く染められた夜空に炎が舞い上がる。そんな最中、炎の中を駆ける人影が外へと飛び出し、それに続く様にもう一つの人影がそれを追い、地面を叩き付ける様に取り押えた。
「IO2特殊部隊だ! 大人しくしろ!」
「ククク…」
「何が可笑しい!」
「フハハハ…! もう遅いわ…。“レイナ66”は正史から消えた…! 改変は成されたのだ…! フフフ…! ハハハハハ!」





――。




「…ん〜、どういう事なんでしょうか…」
 草間興信所で小首を傾げながら零は呟いた。
「解りません。ただ、十年前のあの事故は外部の犯行。不当に受け取った保険金を返したい、と故人が枕元で口にしていたので…」
 突如持ち出された依頼。生憎責任者である彼女の兄が出払っている為、零が話しを聞く形となってしまったが、それは十年前の“繊維工場爆発事故”の再調査依頼だった。
「解りました。情報の調査から着手させて頂きます」
「宜しくお願いします…」

「―っていう訳なんです」
『ふむ…。まぁ俺もちょっとばかり遠方に出ているからな。零が調べられる範囲で調べてみてくれるか? 俺もなるべくそっちの情報を仕入れておく』
 電話越しに零は兄に報告を済ませていた。本来、零は兄のサポートをする程度までしか仕事に対して関与する事はなかったが、出払っているからと言って仕事を先延ばしにする訳にはいかない。草間興信所は相変わらずの財政難である事は家事全般を行っている零も解っている事だった。
「解りました。ただ、お兄さん。おかしいと思いませんか?」
『何がだ?』
「今回の調査を依頼された工場は、あの不燃性のレイナ66繊維を作っていた工場です。私のデータによれば、レイナ66繊維は自らの発煙によって火を鎮火出来る筈です」
『…成程。ただの事故で燃え広がる可能性は極めて低いな…』
「はい。闇に葬られた事件、と考えるべきだと思います」
『なら、またアイツに聞いてみるか』
「アイツ?」
『あぁ。IO2ならそういった事件の資料も残っている筈だからな。玲奈だ』
「解りました。私はとりあえず当時レイナ66の多様化が激しかった歌舞伎町へ行ってみます」
『そいつは名案だ』感心した様に彼は言葉を続けた。『様々な文化の発祥であり、人種を問わず訪れる街だからな。そっちは任せるぞ』
「―はい!」

――。


「―ありましたよ〜」玲奈は携帯電話を片手に持ちながらパソコンで資料を見つめていた。
『何が書いてある?』零の兄が電話越しに尋ねた。
「えっと、正体不明の工作員による爆破だったみたいですねぇ」
『やはり事故ではなかったのか…』
「あ、草間さん。捕らえた男の証言も記載されていますね。え〜っと、“改変は成された。レイナ66は正史から消える”とか…」
『改変…か…。解った。いずれにしろ、俺もこっちの仕事を終えたら合流する予定だが、まずは零と合流してくれ』
「はぁ〜い。興信所に行けば良いですか?」
『いや、今頃零は色々と動いている頃だからな。携帯電話の番号を教えるから、お互いにやり取りしながら情報調査をしてくれ』
「人使い荒いですよねぇ、草間さん…。まぁ良いですけど〜」
『悪いな』誤魔化す様に笑って彼はそう言って電話を切った。
「…不思議な証言に工作員。私の名前と同じ、“レイナ66繊維”。引っかかるなぁ…」
 玲奈はそんな事を言いながらパソコンのデータを閉じ、部屋を後にした。





――。



 新宿、歌舞伎町。零は今回の案件に最も重大な意味を持つとされる“レイナ66”の痕跡を得るべく、あらゆる情報を得なくてはならなくなった。
「おぉ、アンタ草間さんの妹じゃねぇか」
「ご無沙汰してます」
 零が訪れたのはとある風俗店だった。以前草間興信所に依頼をしてきたお客の中に、この業界に詳しい人物がいる事は零も独自に資料を漁って情報を得ていた。
「電話で聞いた様な素材迄は解らなかったんだけどねぇ、2002年って言えばちょうど“アイツ”がいた時代だったかなぁ」
「“アイツ”?」
「あぁ。零ちゃんにこんな事言うのはどうかと思うんだけどなぁ…」頭を掻きながら男はそう言って言葉を続けた。「伝説のコスプレ女がいたのさ」
「どんな人ですか?」
「あぁ。まるでその世界にいるかの様に観客を魅了する女でね。勿体ないぐらいの良い女だったんだけどなぁ。ちょっと危なかったんだよね、言動が」
「言動…ですか?」
「あぁ。まぁこんな業界だからな、クスリをやってる奴もいりゃ、変な宗教に携わってるヤツもいてさ。アイツはどっちかって言えば後者だったみたいだが…」
「つまりは宗教に関わっていたんですか?」
「あぁ。俺が当時やっていた店にいたからな。子供がいたみたいだけど、その消息は解らず、だ。えっと…」そういって男は奥の棚にあったファイルを一部取ってパラパラと捲り始めた。「ほら、こいつだ」
「…三島…。もしかして、娘さんの名前って…?」
「確かレイナだかレナだかって名前だったと思ったけど、知ってるのかい?」
「…いえ、憶測に過ぎませんので…」
「まぁいずれにしても、危ない言動が目立ち過ぎて客が離れた時期もあったんだよ。ただ、働いてる女の子達に書かせてた顧客名簿に、一人“同志”とか書いてあるんだよ。こいつだけは頻繁に顔を出してたな」
「…同志…。有難う御座います」零はそう言って一礼すると、その場を立ち去った。

――。




「…成程。それで私の元へ辿り着いたという訳か」
 訪ねてきた零から経緯を聞いた男は、静かにそう呟いた。幸いにも記録されていた電話番号は当時のままで、男は喫茶店への呼び出しに応じてくれたのだった。
「はい。今回の調査はあくまでも“情報収集”でしたが、不思議な話しが幾つも出て来たので…」
「…我々。つまり、私と彼女はその通り、“同志”だ。地球脱出教団の、ね」男は静かに語り始めた。
「地球脱出教団?」
「そうだ。当時、彼女はよく口にしていたのだよ。トバ事変の再来による、人類の飛躍的な進歩への仮説をね」
「トバ事変と言えば、約七万年前に起きた火山の大噴火による人類滅亡の危機ですよね?」
「そうだ。あの事変によって起こった世界的な大寒冷。そして生き残る為に生まれた衣服という文化。そして、同時期に発祥したと言われるY染色体。人類はその大きな進化を大事変によって遂げたのだよ」
「Y染色体…。性決定とかにも関係ある染色体ですね」
「いかにも。そして、彼女はこう考えた。『類似の事変を起こし、劣化する一途のY染色体を排し、人類は進化する』と」
「そんな!」零が思わず声をあげた。「それには莫大な犠牲者をも生む形になります!」
「あぁ、そうだ。しかし、私達はもう動いているのだよ…」
 男がそう言った途端、零の携帯電話が鳴り出した。零は手に取るべきか迷っていたが、男がどうぞ、と一言声をかけてきた。
『零、ある情報が手に入った! よく聞け!』
「お兄さん…。どうしたんですか、そんなに慌てて…―」
『テロ結社・地球脱出教団ってのが、地震誘発兵器や噴煙を上げる人工火山“クロノス”とかいう巨大な尖塔型プラントなんて造ってやがる…! そいつらが十年前の事件の黒幕だ!』
 零の向かいに座っていた男の口元が歪に釣りあがった――。