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<東京怪談ノベル(シングル)>


おかしなお菓子の夢

●甘い誘惑
「こんにちはー、お届けものでーす!」
 ファルス・ティレイラの明るく、元気な声が聞こえたので、配達の仕事を依頼した妙齢の女性が玄関のドアを開け、お届けものを受け取った。
「ご苦労様。はい、これお代。それと、これはおまけ」
 そう言うと、一冊の本をティレイラに手渡した。
 少し古ぼけているが、ほのかに甘い香りがする。表紙にタイトルが書いてあるようだが、掠れていて何が書いてあるのかわからない。
「これ、何の本ですか?」
「一晩だけ本の中の世界の潜り込める魔法の本よ。あなた、甘いお菓子はお好き?」
「はい、大好きです♪」
「そう、良かった」
 悪戯を思いついた子供のようにクスリと笑い、笑顔でそう答えるティレイラを見る女性。何かを企んでいる様子だが、ティレイラはそれに気づかない。
「その本を読んでから枕の下に挟んで眠ると、お菓子に囲まれた楽しい夢が見られるわよ。是非、試してみてちょうだい」
 良い本貰っちゃった♪ と鼻歌を歌いながら帰るティレイラを見て、女性は良いカンジの子が見つかったわと微笑む。

 本を読んでからお菓子に囲まれた良い夢が見られると聞いたティレイラは、寝る前に本を読むことに。
 タイトル同様、ところどころ文字が掠れていて何が書いてあるのかわからなかったが、お菓子の挿絵が描いてあるので『ヘンゼルとグレーテル』のような童話かもしれないと頑張って最後まで読んだ。
「はぁ〜……肩こっちゃった〜。内容チンプンカンプンだったし。もう寝ようっと。そういえば、枕の下に挟んで寝るとお菓子の夢が見られるって言ってたなぁ。試してみようかな?」
 半信半疑で枕の下に本を挟み、お菓子の夢が見られますようにと眠る。読書疲れもあり、すぐに眠ってしまった。

●甘い世界
 夢見心地なティレイラの顔に、何かがふりかけられた。
「ん……もう朝……?」
 ベッドから身体を起こそうとした時、甘い匂いが鼻孔をくすぐる。
それに、いつも眠っているベッドと何かが違う。
 ゆっくりと身体を起こそうとしたが、手が積もった雪にのめり込むような感覚が。というより、柔らかいスポンジにめり込んだ感じに近い。良く見ると、周りに白い粉がついている。
「何だろう?」
 きめ細かな白い粉に触れ、おそるおそる匂いを嗅ぐとほのかに甘い香りが。まさかと思い舐めてみると、舌先に甘い味がした。どうやら、これは粉末状に砕いた砂糖のようだ。
 真っ白な粉雪を思わせる砂糖に柔らかいスポンジのような感覚。
「まさか、これって……」
 手元を掘ってみると、砂糖の下からスポンジケーキが顔を出した。
「これ、ケーキなの!? だとしたら……ここは、お菓子の夢の世界なのね。あの人の話、本当だったんだ」
 ゆっくりと身体を起こし、翼と角、尻尾を出現させ周囲を探検することに。

 しばらく飛んでみると、そこは銀世界に見立てたシフォンケーキであることがわかった。
「あ、雪だるまはっけ〜ん♪」
 妙に薄っぺらいので良く見ると、頭と胴体の大きさが異なる白いマカロンだった。一口食べてみたいなと考えたが、頭をかじられた状態では可哀相だとやめた。その側を、砂糖細工のトナカイ達が通り過ぎた。
「他には何があるのかな〜?」
 中央のくぼんだ部分には、綺麗な水色の水飴で出来た湖があり、湖面にはミルクキャンディで作られた飴細工の白鳥達が羽を休めている。
 周囲の白樺の木はマーブルチョコで、近くにあるログハウスは少し焦げたクッキーで出来ている。
「お菓子の世界、楽しいな〜♪」
 宙返りしながら上機嫌に飛び回るティレイラを、水晶玉の形をした飴玉に乗って見る女性の姿が。彼女の正体は、この世界に君臨している魔族だ。
「来たわね、待っていたわよ。あなたには、今度の魔法菓子の展覧会用の素材になってもらうわ」
 妖艶に微笑み、魔族はティレイラにそっと近づく。
「お菓子の銀世界に満足していただけたかしら、配達屋のお嬢さん」
「あ、あなたは……」
 何故ここにあの本をくれた人がいるの? と不思議がったが、素敵な夢を見せてくれたお礼を言った。
「いいのよ、あなたにはここに来てほしかったし。私の素材としてね」
「素材……?」

●甘い作品
 女性が黒いフードからゴソゴソと白い何かを取り出すと、それをティレイラに投げつけた。
 身体にぶつけられたそれは、甘い匂い、柔らかい感触がした。ひとつ口の中に入ったので、味わってみる。
「マシュマロ……って、な、何!?」
 両足に当たったその他のマシュマロが粘つき、納豆のように糸を引き絡みついた。
「いやぁー!」
 ネバネバとした気持ち悪さから逃れようと足掻くが、余計に絡みつき抜け出せない。
「逃がさないわよ」
 足を絡めとられたティレイラを、魔族はお菓子の魔法を駆使して捕らえようとする。
「捕まってたまるもんですか!」
 得意の炎魔法でマシュマロを溶かすと、魔族の手から放たれる鞭状の水飴を翼の機動力を駆使して避ける。木に水飴が当たると、瞬時に飴が固まった。
 続けざまに多数の飴玉が飛んできたが、炎魔法を盾に。運悪く巻き添えになった飴細工の白鳥の一羽が、飴玉の中に閉じ込められてしまった。
「飴玉を溶かしたわね、お嬢さん。自分から罠にかかってくれてありがとう」
「え……?」
 説明してと言う間もなく、ティレイラの足元からガム状のスライムが湧き出てきて、粘着力のある膜が尻尾の先から這い上がる。
「飴玉にはね、封印魔法が施されていたの。熱で溶けると、スライムになって全身を封じるね」
「そ、そんなぁ〜!」
 先程のマシュマロのネバネバ感が蘇る。
 気持ち悪いのはもう嫌! と慌てて足掻くが、時既に遅し。尻尾に絡みついたスライムは、あっという間に身体を覆いつくした。

「封印完了。さあ、どう仕上げようかしら」
 どう作ろうかと魔族は形を見るように、スライム越しのベソかきなティレイラに触れながら品定めをするのだった。
「決めた、これにしましょう」
 全身がこわばっているティレイラは、様々なポーズをさせられたり、服装や表情を変えさせられたりと魔族のなすがままにされていた。
「うん、見事な出来だわ。これなら、展覧会で良い賞が貰えるわね」
 魔法菓子の渾身の出来栄えに大満足な魔族。
 雪の妖精をイメージした白いドレス姿、蝶の羽、両手を広げ、見る者を幸福にするかのような微笑の飴細工なティレイラは、精巧な硝子細工を思わせる。
 魔族の作品の評価は高かったが、展覧会が終わるまで、ティレイラは身動きひとつ取れず、泣くに泣けない状態で早く元に戻れることを祈るのだった。
(早く、早くこの夢、覚めて〜……!) 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3733 / ファルス・ティレイラ / 女性 / 15歳 / 配達屋さん(なんでも屋さん)】

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■         ライター通信          ■
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 ティレイラ様、お久しぶりです。
 このたびはシチュノベシングルご発注、ありがとうございました。
 パウダーシュガーをふりかけたシフォンケーキの銀世界、いかがでしょうか?
 クリスマスケーキにしたかったのですが、時期はずれなにでやめました。
 生クリームの雪も面白そうだったのですが……。
 
 お菓子の誘惑、魔族の甘い魔法にかかってしまい、可哀相な目に遭ったティレイラ様を書くのは楽しかったです。
 あまりファンタジーな世界にはなっていませんが、お菓子の世界、飴のような甘い雰囲気を感じ取っていただければと思います。

 またお会いできることを楽しみにしております。

 氷邑 凍矢 拝