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<東京怪談・PCゲームノベル>


古書肆淡雪どたばた記 〜マダムLのチョコレートレシピ
「クヒッ、それはあたし、ウラ・フレンツヒェンに対する挑戦ね? いいわ、受けてたちましょう」
 古書肆淡雪に訪れていた少女――ウラ・フレンツヒェン (うら・ふれんつひぇん)はぴしりとそう言った。
 店長、仁科・雪久の持った本から漂ってくる香りは、間違い無くチョコレート。甘く、ほろ苦く、寧ろ彼が手にしているモノがチョコレートではないというのが不思議なくらい、限りなくホンモノに近い香りだった。
「ま、何にせよ、素敵なチョコレートの香りが漂ってくるのですもの、作らずにはいられないわ」
 台所に準備された製菓用チョコレートをはじめ、ボウルや泡立て器、オーブンなどをチェックし彼女はやる気十分。
 彼女は雪久から受け取った本をじっくりと読み込む。
 1ページ1ページに込められた、マダム・リサのチョコレートへの思いを彼女はゆっくりと、そしてしっかりと受け止めていく。
 ふと、彼女の手がとあるページで止まった。
「そうねえ……チョコレートケーキを作ってみようかしら。チョコ生クリームをスポンジの間に挟んでいくのが楽しいのよね」
 いつもは自分流にアレンジするのだけれど、マダムのレシピを試したいわ、と小さく1人笑んだ。
 長い髪にゴシック・ロリータの衣装を纏った少女は、まるでアンティークドールのよう。古びた本と語らうようにしている様は妙に絵になる。
 そんな彼女の様子に雪久も目を奪われていたが、彼女が台所の製菓道具を手にした所でハッとした。
「ええと、ウラさん……」
 雪久の言葉にウラはちょっぴり首を傾げる。
 誰だっけ? とかそんな感じで。
 ストレートにぶっちゃける。ウラはレシピとケーキ作りに夢中だった為、雪久の存在は思いっきり意識の外側に置かれていた、というわけだ。
 雪久は改めてウラへと自己紹介をしはじめた。
「店主の仁科と言います。私でよければ多少は役に立てるかなと思いますが……」
「あら手伝ってくれるの? ありがとう。心配は無用よ」
 言いつつもウラは早速チョコレートを刻む。
「お菓子作りは趣味のひとつなのよ」と告げる彼女はどこか嬉しそうだ。
 なお、このチョコレートは後々ケーキの中に入れる生チョコを作る為に使うものなのだが……。
 なるべく細かく刻まなければならないものの、ちょっとウラの手つきは危なっかしい。
「あ、ええと、ウラさん、そういう時は……」
「大丈夫、任せておいて」
 何やら危なっかしい動きに雪久が手をだそうとオロオロ。それをぴしゃりと彼女は封じる。
 次に彼女は小麦粉をふるいに取りかかる。ココアとあわせてから大雑把にふるいはじめるとあまりに勢いを付けすぎたか、白の粉塵が大発生。
「ウラさん、ここは私が……!」
「もう、心配しなくても大丈夫よ」
 かなりオロオロしている雪久をスルーしつつウラはばふばふと小麦粉を振るう。
 雪久的には大丈夫と言われてもなんとなく不安が残るのだが……。
「お茶会の飲物は紅茶を所望するわ」
 ウラはそう告げ雪久の言葉を完全に封じた。
(「これは私の出る幕はなさそうだなぁ……」)
 ふう、と雪久はため息を付きつつ茶棚を眺める。困った事に緑茶しか無い。
(「確か、近所に紅茶の茶葉を扱ってる店があったはず……」)
 せめて良い紅茶を選んでこよう、と彼は財布を持って店を後にしたのであった。

 ――雪久が茶葉を買いに行ってからも、ウラの獅子奮迅の(?)活躍は続く。
 先ほど準備した粉に、砂糖と合わせて泡立てた卵を混ぜていく。
 出来た生地は型へと流し込み、やけどに気をつけつつ彼女はそれを余熱したオーブンへとそっと入れる。
 オーブンの中、ふっくらと膨らみはじめる生地。
 先ほどまでのチョコレートのみの香りではなく、焼き菓子ならではの甘く優しい香りがオーブンから漂いはじめる。
(「もしかしたら、今、マダムも一緒にこの時間を楽しんでるのかしら?」)
 焼き上がりを待ちながらウラはほのかにそんな事を思う。そんな彼女の傍にはマダム・リサのチョコレートレシピが黙して佇んでいるのだ。
 焼き上がったケーキを冷ましつつ、チョコクリームを準備。
 生クリームを温めそこに削ったチョコレートを入れると、真っ白だったクリームは次第にチョコレート色に染まっていく。
 ケーキにナイフを入れ二つに切る。出来上がったチョコレートクリームを挟み、デコレーションを開始。表面にはグラサージュショコラを用いて、更には薄切りにし、煮込んだオレンジも乗せる。
 大体仕上がった所で……。
「ただいまー」
 雪久帰ってきた。
「良い紅茶は手に入ったのかしら?」
「ああ、お店のオススメでね。ディンブラだそうだよ。チョコレート菓子にもよくあうと言われてたから…………!?」
「? どうしたの?」
 何やら息を呑んだ雪久にウラは不思議そうな顔をした。
「ちゃんとケーキは出来たわよ」
 彼女の指し示す先には、チョコレートケーキがある。
 ただ、ちょっとばかり見た目が荒ぶった。
 グラサージュショコラが、ちょっぴり場所によって濃淡が発生していたり、若干傾いていたりと大変な事になっているが、ウラは全く気にせず。
「さ、折角ですしお茶にしましょ」
「あ、ああ……」
 ウラはさくさくとケーキを運びテーブルに。
(「不安だ……」)
 喉元から溢れ出そうな言葉を雪久は必至に飲み込んだ。

 テーブルには改めて白のテーブルクロスがひかれた。
 その上に置かれたのはウラの作ったチョコレートケーキ。グラサージュショコラが陽光を受けてキラキラと輝き、デコレーションの薄切りのオレンジも半ば透明がかった色合いで煌めいている。
 白磁のティーカップに飴色の茶が注がれ、雪久がそれぞれの席へと置いていく。まずはウラの傍、そして雪久と、もう1人分。
「……それは? ポットの為の一杯……というわけでもなさそうね」
 不思議そうに首を傾げたウラに雪久は穏やかに笑う。
「これはマダムの分だよ」
 その一言はウラを納得させるにも十分な一言だったのかもしれない。
 ケーキもマダムの分が用意され、お茶会が始まる。
「それじゃあ、頂きます」
「召し上がれ」
 おそるおそると言った様子で雪久がケーキへと手をつける。決して悪いわけではないが、見た目が少々荒ぶった為何となくおそるおそるになったらしい。
 銀色のフォークで一口大に切り、口へと運ぶ。
「…………美味しいね」
「ヒヒッ、勿論よ。あたしが作ったんだもの」
 フフン、と胸を張りウラは紅茶へと手を伸ばす。
「あら、なかなか良いお茶選んできたじゃない」
「褒めて頂けたなら何よりです」
 一口含んでのウラの言葉に雪久も微笑む。
 改めて台所を見渡すと、かなり危なっかしい手際ではあったものの、汚した様子が無いどころか、寧ろ綺麗に使われている。
(「お菓子作りは趣味のひとつ……というだけあって、本当は上手いのかな?」)
 雪久がそんな事を考える程に、ケーキは美味しく出来ていた。
 のほほんとお茶をしつつお菓子作りについての会話をしていると、気づけば古書店からはお菓子の甘い香りも、チョコレートのほろ苦さを含んだ香りも薄れていった。
 そして――それに気づいたのはウラだった。
「あら? マダムのお茶、何時の間にか無くなってるわ」
「ああ、じゃあ、そろそろだね」
「そろそろ……?」
 ウラが不思議そうな顔をした直後。からり、と小さな音がした。
 ティーカップの傍に古びた金色のコインが落ちていたのだ。
 ウラが指で摘み上げ陽光に照らすとコインは鈍く輝く。その面には――。
「ウラ・フレンツヒェンさんに幸せが訪れますように」
 丁寧に刻まれた一文。あまりにも古いコインにも関わらず、そこには彼女の名も書きこまれていた。
「マダムが存命だった時代に使われていたコインで、幸せを呼ぶと言われているお守りみたいなものさ。レシピを試したお礼として彼女が準備してくれるものなんだよ」
 恐らくウラさんはマダムに気に入られたんだね、と雪久は笑った。
「この古書店は少しだけ歪んでいる……と言われていてね。その為か偶に時代を超えて、こういう事も起こるのさ」
「なんだか少しだけロマンチックね」
 古びたコインを摘み上げたまま、ウラは仄かに笑う。
 彼女がチョコレートケーキを作っている間感じたマダムの気配は、きっとホンモノだったのだろう。
 マダムはあの時、お菓子を作る彼女を微笑ましく眺めていたに違い無い。
 古書店内を風が吹き抜け、残されていた僅かな甘い香りをさらっていく。
 そして、マダム・リサのチョコレートレシピも風にはらりと捲れ、本の最後に載っていたマダムの肖像が現れる。
 本を閉じようとしたウラの目には、老婦人の肖像が優しく微笑んでいるように見えたとか。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3427 / ウラ・フレンツヒェン (うら・ふれんつひぇん) / 女性 / 14歳 / 魔術師見習にして助手

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして。ライターの小倉澄知です。
 どうやら美味しいチョコレートケーキが出来たようです。
(雪久はどうなる事かとかなり気を揉んでいたようですが:笑)
 この度は発注ありがとうございました。もしまたご縁がございましたら宜しくお願いいたします。